第3話 ――ルクス視点――
――ルクス視点――
「ローザが、娼館落ちになるらしい。または、溺愛執着の上に快楽落ちさせられるらしい!」
「真っ昼間から物凄い単語を聞いた」
乳兄弟で侍従のサイラスが、飲み物を噴き出しそうになった。
こいつは幼少期から一緒に居るから、本当の兄弟みたいな関係だ。
「しかも、俺がローザをそんな目に遭わせるらしい」
「あー……溺愛王子の執着快楽落ち?やりそうで怖いよね」
「そっちじゃないんだ!娼館落ちにさせるんだと、この俺が!」
呑気なサイラスの顔を見て、余計に腹が立ってきた。
「お前が?溺愛してるローザ嬢を?え、寝取られるのが好きな方向にシフトしちゃったの?流石にヤバいって」
「そんなわけあるか!そんな事、考えただけで発狂しそうだ。……いつものローザの妄想だ」
ああ、あの可憐なローザに男共が群がる姿なんて想像するのも悍ましい。
「え、溺愛執着快楽落ち?やだ、ローザ嬢の妄想、激しい。え、ちょっと萌え……」
「想像するなよ。首を落とすぞ」
サイラスは両手を上げ、降参のポーズを取った。
流石にこちらの苛立ちは伝わったらしい。
「溺愛執着旦那を紹介しろと言われた……」
俺は顔を両手で覆う。
我ながら、なんて憐れなんだ。
「でも、アレでしょ?最近女の子達に流行ってる小説。悪役のご令嬢がまさにそんな目に遭うやつがあったな。現実と混同し過ぎだよね。まあ、女の子ってそういうの好きそうだけど」
「読んだのか?」
「いや、無理だって。あまりにも気障ったらしい男の台詞に、本を投げ出したくなるんだもん」
そう言いながら、サイラスは露骨に顔をしかめた。
そこまで酷いのか。逆に気になってきた。
「貸してくれ。俺がそんな本を買った時点で、色々な所に情報が回ってしまう……」
「いいけどさ。変な性癖に目覚めるなよ」
「想像させるな。……ローザは少し抜けているが、基本的に馬鹿じゃないんだ。その流行りの小説を読んでみよう」
サイラスから借りた本を三冊ほど読んだ。
――公爵令嬢の娼館落ちエンド。
様々な男に次々と……。
悲惨すぎて読むだけで死にたくなった。
――修道院エンド。
彼女の懺悔に泣きたくなった。
浮気をした王子が全て悪いだろう!
――溺愛執着からの快楽落ちエンド。
快楽落ち!?嫌がる彼女が段々と……!
くそ!耐えられない!死んでしまう!
とうとう見ていられなくなり、大きな音を立てて本を閉じた。
「悪意を感じる。明らかにモデルがローザだ。そして、公爵令嬢のその後が……!多種多様な……駄目だ、想像すると死にそうだ……」
「女の子向けって体裁だけど、やたらと具体的に公爵令嬢がエッチな目に遭うんだよね~。そこがまた……ひっ!」
「貴様、読んだな」
サイラスが、肩を跳ねさせて黙り込む。
「いや、だってさ。ルクスがそんなになるなんてつい興味が。というか、流行っているから読んでる男は多いと思うぞ」
「殺す。あれを書いたやつは殺す。読んだ男も想像したやつも殺す。ヒロインとやらも殺す」
「本性出てるって。怖いって」
じりじりと後ずさるサイラスを、なぜかそのまま壁際まで追い詰めてしまう。
……男だからか?
そうだ、こいつも男だった。
いや、待て。落ち着かなければ。
くそっ!苛立ちすぎて思考がまとまらない!
「ローザが言っていたんだ。ヒロインは低位貴族か平民で、特待生で、転入生だと」
「まぁ、具体的で有り難いね。今度の平民の子なんか当てはまっちゃうなぁ」
この時期に、編入生。
あまり例がないことだった。
「本当に来るのか?なあ!現実なんだから、高位貴族の奴らが何人も落とされるって事態はないよな!?」
「そりゃあ、自分の立場を守らなきゃいけない奴らが、平民ちゃんに入れあげる理由も無いしなぁ」
――数日後。
「あり得るんだねぇ。かわいい平民の子だから、愛人にしようって近づいてるのかな」
「俺は浮気王子とローザから呼ばれている」
「うわ~……」
なるほど。かける言葉もないらしい。
「奴らのせいだ。この先、俺まであの状態に陥るとローザが思っている。というか世間が俺をそういう目で見てくる」
「うわ、思った以上に深刻な事態」
サイラスが口元に手を当てて、大袈裟な素振りを見せるが、怒る気力も湧かない。
「俺を陥れるのが目的なのか?それとも国か?王族か?いまいち狙いが読めない」
サイラスが少しだけ声を潜め、真顔で告げた。
「そういえばさ、あの平民ちゃん。調べたら実は……」
「隣国の王女なんだろ。側妃の子で、身分を隠して入学してきた」
「あ、やっぱり調べはついてたのか」
「ただの平民なら、隠れて処せたものを。面倒だ」
――そんな事情がある以上、近寄ってこられても無下には出来ない。
この前は、ローザの前で馴れ馴れしくベタベタと!
「こうなると、あの小説は怪しいね」
隣国の王女相手に嫉妬で危害を加えれば、確かに本の通りになる可能性がある。
あまりにもタイミングが良すぎる。
隣国の事情を事前に掴んでいたのか、それとも彼女がこちらへ来るよう仕向けたのか。
どちらにしろ、碌でもない。
「大方、王子が平民と恋に落ち“実はその相手は隣国の姫君でした”という筋書きだろう。もしくは、うちの国の高位貴族へ嫁がせるか」
サイラスも納得したように頷いている。
随分と高尚なハニートラップを仕掛けてくれるものだ。
「うーん、回りくどいけど、学生相手だからこそ出来る手段だね。上手くいったら御の字程度かな?」
隣国では名ばかりの王女だ。
正式に婚姻を打診されたところで、こちらが相手にするはずもない。
「あの小説を書かせた奴も身元が割れている。俺の側近だ」
「えっ!?俺じゃないよ!?」
「知っている。あの自称平民に親切にしているセイン、あいつだ」
宰相の子息――セインの名前を出す。
「あぁ。ローザ嬢に歪んだ愛を抱いて……。そういや、この間食事に誘ってたもんな」
「黙れ。聞きたくもない」
「あ、今日の放課後にも街中デートをするって言ってたような」
「何!?そんな事は許さない!用事を言いつけて阻止するぞ」
勢いよく立ち上がった拍子に、大きな音を立て椅子が倒れた。
「俺、思ったんだけどさぁ。要はセインの奴はただ、ローゼリア嬢に惚れてるんじゃない?」
指を一つずつ折りながら、サイラスが話し出す。
「娼館落ちは、そのまま奴の欲望。修道院行きは、純粋な彼女への憧れ。で、本命は、溺愛執着旦那になって彼女を快楽落ちさせること?」
その言葉を聞き、手が自然と胸元へ向かった。
懐に隠し持った護身用の短剣に触れる。
「……斬りたい。気が晴れるまで斬り刻みたい」
「それ、俺のことじゃないよね?ね?怖いってばーー!」
大袈裟に距離を取る。
ちっ!本当に斬るわけがないだろう。
多少、ストレス発散をしたかっただけだ。
勘のいいやつめ。
「でも大昔じゃないんだから、小説を書いたからって不敬罪に問うのは不可能だからな?」
「ふん。裏から手を回すくらいは出来る。最初から隣国の王女だと知って近付いているしな。まずはそこから尻尾を掴んでやる」
ゆっくりと拳を握り込む。
脳内で、何かがぐしゃりと音を立てて潰れた。
あくまでイメージである。
「……あぁ、なんで気づいたんだろうな」
サイラスが、わざとらしく首を傾げる。
大方、こいつだって見当はついているだろうに……。
外交官の叔父の筋が一番濃い。
まあ、そこは本人に聞けば済む話だ。
しかし、散々ローザを妄想で快楽落ちにしてくれた奴だ。
許さない。
「とりあえず、ご希望通り快楽落ちエンドにしてやろう。自分が落ちる方だが」
「ひえぇぇぇ」
――「え、それって男?女?いや、やっぱり聞きたくない!」と喚きながら、サイラスが腕を擦る。
それを無視して、俺はローザの姿を探しに歩き出した。
――見つけた!まだ間に合う!
「ローザ!待ってくれ!」
ようやく見つけた彼女は、セインにエスコートされ、今まさに馬車に乗り込もうとしていた。
間一髪だった。
「ルクス様?」
ローザが驚いた顔をしている。
だが、今は説明している場合ではない。
声音を落とし、セインに問いかける。
「ローゼリアは俺の婚約者だが?男と二人きりで出掛けるなど許すはずがないだろう?」
庇うように二人の間に入り込むと、セインは一歩下がった。
「申し訳ありませんでした。護衛も居ますし、悲しんでいる彼女の為になるなら、と。決して疚しい気持ちではありません」
「俺の前でペラペラとよく回る口だな。あぁ、筆もよく動くようだな?後でしっかりと事情を聞くとしよう」
――流石に顔色を変えたか。
後ろに控えていた護衛にセインを連れて行かせ、ローザへ向き直る。
未だに事態が把握できていないのだろう。
彼女は目を丸くして、落ち着かない様子だった。
仕方がない……仕方がないが。
「お前、浮気者だな。俺を捨ててセインに乗り換える気だったのか」
「なっ!そういうのじゃありませんわ。ただ、最近辛いことばかりでしたから、セイン様が気遣ってくださっただけです!さっきのは一体どういう事ですの」
温室育ちで、男の欲望にも悪意にも鈍い彼女。
セインの思惑まで説明したところで、きっと理解しきれないだろう。
ただ、早く彼女の誤解を解きたい。
彼女は、予定通りに俺の妻になるのだと教えたい。
そして。
綺麗な赤髪が風にそよぐ。
ああ、今回は本当に辛かった――。
でも彼女が無事だ。それだけでいい。
◇◇◇
いつもの庭園だ。やはり私は彼と過ごすこの時間が好きなんだわ。
「ローザ。あの小説は、国家転覆が目的だと判明した」
「え!まさか小説で?恋愛小説でしたよ?」
ルクス様が深刻な声で告げた言葉に、思わずお茶をこぼすところだった。
「王子が馬鹿で盛大にやらかして幽閉されたり、継承権を剥奪された上に、あらぬ所へ婿に出されていただろう」
「はっ!そういえば」
やらかした王子も、それはそれは悲惨な……でも一部の女性には大人気な目に遭ったりもしていた。
「それに、今回の騒動の中心にいる平民の生徒だが、隣国の王女だ。身分を隠している」
「なんて無謀な!国際問題になりかねません!」
思わず強い口調になってしまった。
しかし本当にそうなのだ。
何か問題が起きた時、責任を取らされるのは勘弁ですわ。
「まぁ、普通はそうだな。周りの迷惑を考えない阿呆だ。隣国に、今回の婚約破棄騒動の顛末とあわせて正式に抗議し、送り返す事になった」
――そうだったの。
あの小説にそんな裏があったとは。
騎士団長のご子息の彼や……。
(はっ!最近求婚間近かと思ったセイン様はどうなるの!?)
「あの、平民もとい王女様に侍っていた方々は、婚約解消してしまいましたが……元には戻りませんわよね?」
「さぁ?それは当事者同士で決める事だろう。……それで、本当にお前が気になっている相手は誰なんだ?どうなったか教えてやるよ」
いつもより優しい声音に聞こえる。
彼にも、今回の騒動は思うところがあったのかしら?
「あぁ、その……最近交流があった宰相のご子息のセイン様がどうなったのか少し……」
セイン様の名前を出した時に、ルクス様の眉がピクリと動いた。
あわわわわ……!
浮気じゃないですわ。まだ、未然です……!
「あぁ、あいつは真実の愛に目覚めたらしく、二十歳上のマダムと結婚したよ」
「まぁ、年の差ですのね!きっとそれで悩んでいて、私を相手に口説く練習をなさっていたんだわ」
――危うく、好かれていると勘違いするところだったわ。恥ずかしい。
「で、お前と俺の約束があったろう」
「溺愛執着旦那様による快楽落ちエンドを手伝って下さるって約束?それは忘れてくださいませ……」
自分の発言を思い出して、頭を抱えたくなる。
男性に対して、なんて破廉恥なことを言ってしまったのでしょう!
私の馬鹿ーー!
「俺自身でその全てを叶えてやるよ」
「……!ちょ、ちょっと!卑猥ですわ!それに淡白なルクス様には無理です!」
誤解だわ。そんなこと望んでいないんです……!
これ以上辱めないで下さいませ……。
公爵令嬢の尊厳がゼロよ!
「試してみればいい。まずは溺愛からか……」
彼は身を乗り出し、私に口付けをした。
「な!なななな……」
「実はな、俺はずっとこうしたかったんだ」




