表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/29

特別会議

すべての条件を提示し終えた霞は、張り詰めた室内の空気などどこ吹く風といった様子で満足そうに頷くと、パチンと小さく、軽快に手を叩いた。


「それじゃあ、まずは私がしばらく滞在する部屋を用意しておいてちょうだい。できれば静かで、お菓子がいつでも食べられる場所がいいわね」

あまりにも場違いで無邪気な要望に、張り裂けそうだった会議室の空気が、ほんの少しだけ弛緩する。


国家の命運を握る総理大臣である神宮寺は、その少女らしい我が儘に苦笑を隠すことなく、穏やかに頷いてみせた。


「分かった。我が国の威信に懸けて、最高の一室を責任を持って用意しよう」


「ふふ、ありがとう」

霞は嬉しそうに微笑むと、今度は人差し指を一本、いたずらっぽく立てて見せた。


「それと、明日から本格的に仕事を始めるわ。能力を授けてほしい人がいるなら、私のところへ連れてきて頂戴。……一応、希望する能力があるなら聞くだけは聞いてあげる。でも、その人の適性に合わない力は与えられないからね」


その言葉に、天城が眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、真剣な表情で問いかける。

「つまり、最終的にどのような能力が発現するかは、すべてあなたが決定する……ということですか?」

「半分は私、半分はその人自身ね」

霞は事も無げに、しかし世界の真理を語るかのような穏やかさで答えた。


「魂の格や、その人が元々持っている才能に合わない能力を与えても、器が耐えきれずに力を扱えないのよ。だから、私はその人の本質を見極めて、本当に相性のいい能力しか授けられないわ」

神宮寺が深く息を吐き、静かに頷く。


「先ほど、能力を見極めることもできると言っていたな。それは他者の適性を看破できるという意味か」

「ええ、その通りよ」

霞は当然の権利を行使するかのように胸を張った。


「能力の付与を希望する人も、まずは自分の適性を知りたいという人も、まとめて私のところへ連れてくればいいわ。ただし――」

そこで霞の笑みがふっと消え、その瞳に底知れない神威の片鱗が宿る。


「一週間に私が見られるのは、五人まで。能力の付与も、適性の見極めも、すべて合わせて五人よ。それ以上は、私がこの世界から受け取る『対価』に見合わないわ」


再び、会議室が水を打ったように静まり返った。


一週間に、わずか五人。日本という国家の危機に対して、あまりにも、絶望的に少ない数字だった。しかし同時に、それは彼女がもたらす「神の力」が、世界のバランスを崩しかねないほど莫大な価値を持つことの裏返しでもあった。

神宮寺は重い沈黙を破り、ゆっくりと頷いた。


「……承知した。ならば、その選ばれし五人は、日本の、いや人類の未来を左右する象徴となるだろう」

その言葉に、霞は満足のいく回答を得たと言わんばかりに、再び無邪気な少女の笑みを浮かべた。


「ええ。だからこそ、あなたたちが誰を私の前に連れてくるのか、少し楽しみにしているわ」

それだけ言い残すと、霞は軽やかな足取りで部屋を後にした。重厚な防音扉が静かに閉まり、ガチャリ、と冷淡な金属音が響く。


その音を合図にしたかのように、会議室に張り詰めていた見えない圧力が霧散し、一同は一斉に深く息を吐き出した。


しかし、誰もすぐには口を開こうとはしなかった。先ほどまで自分たちの目の前にいた、あの掴みどころのない少女。あれが本当に、世界を、ダンジョンを支配する“神”という存在なのか。あまりの超常現象の連続に、この国の最高頭脳たちの現実感が、未だに追いついていないのは明白だった。


神宮寺は、ずしりと重い金属製の椅子に深く腰を下ろした。疲れを隠そうともせず、額を手で押さえながら呟く。

「……率直な意見を聞こう。あの『霞』という存在について、各々どう思う」


最初に沈黙を破ったのは、鬼塚防衛大臣だった。その拳は白くなるほど強く握りしめられている。

「私は、彼女との契約には反対です」

一片の迷いもない、即答だった。


「あまりにも危険すぎます。あの少女は、国家どころか、人類すべてをその気一つで滅ぼせる力を秘めている。そんな爆弾以上の存在を国内に引き入れ、自由に行動させるなど、到底正気の沙汰とは思えません」

神宮寺は鬼塚の危機感を否定せず、ただ静かにその言葉を受け止め、そして淡々と問いかけた。


「では鬼塚、我々の手で彼女を排除できると思うか?」

鬼塚はハッと息を呑み、言葉に詰まった。数秒の、ひどく長く感じられる沈黙。彼は悔しげに歯を食いしばり、小さく首を横へ振った。


「……不可能です。彼女は身じろぎ一つせず、我が国の最高精鋭である護衛隊の銃身を、触れもせずに圧折しました。もし彼女が本気になれば、この地下施設ごと、我々は一瞬で消塵に帰すでしょう」

「私も同じ認識だ。排除という選択肢は、最初から存在しない」

神宮寺の声には、冷徹な諦観と、それゆえの覚悟が滲んでいた。


続いて口を開いたのは、ダンジョン研究所長である天城だった。彼女は眼鏡の位置を直しながら、知性的な眼差しで総理を見つめる。

「私は、危険を冒してでも契約を継続すべきだと考えます」

すかさず鬼塚が鋭い視線を向け、理由を問い詰める。


「理由はなんだ、天城」

「彼女の言動は、最初から終始一貫していました。契約を重んじる。対価以上のものは求めない。そして、契約以上のこともしない。もしあの態度が我々を欺くための演技だとしたら、あまりにも徹底しすぎています。むしろ彼女は、我々とは全く異なる高次元の『ルール』に従って動いていると見るべきです」

その分析に、九条も深く同意するように頷いた。


「私も天城氏と同意見です。彼女は会話の中で何度も『契約』という言葉を強調しました。おそらく、それこそが彼女たち『神』と呼ばれる存在の絶対的な行動原理なのでしょう。ルールが明確である以上、それを守る限りにおいて、彼女は交渉可能な相手です」

最後に、高城官房長官が手元のタブレットに目を落とし、重々しく告げた。


「問題は、明日です」

その一言で、会議室の空気が再び鋭く引き締まる。


「一日……いえ、一週間にわずか五人。その貴重極まる『五人の枠』を、一体誰にするのか」


神宮寺の問いかけに対し、真っ先に声を上げたのは鬼塚だった。その声には、長年国防の最前線に身を置いてきた者特有の、いささかの迷いもない確信が籠もっていた。


「自衛隊です。何よりもまず、戦力強化を最優先すべきです」

鬼塚は一歩前に出ると、手元の資料を叩くようにして言葉を続ける。


「具体的には、東京第三ダンジョン攻略部隊の隊長、あるいは特殊作戦群や第一空挺団の精鋭たち。まずは我が国が誇る最強の戦力をさらに底上げし、盤石な防衛体制を築くことこそが急務であると考えます」

圧倒的な武力を推す鬼塚に対し、天城は静かに、しかし毅然とした態度で首を横に振った。


「私は、鬼塚氏の意見には反対です」

会議室の視線が天城に集まる。彼女は落ち着いた声調を保ったまま、反論を展開した。


「先ほど、霞は明確に『適性』という言葉を口にしました。もし神が与えるというその力が、本人の戦闘経験ではなく『才能』に依存するものであるならば、軍組織の階級だけで候補者を絞り込むべきではありません。もっと広い視野を持つべきです」

天城の言葉に同調するように、九条が深く頷きながら議論に加わる。


「天城氏の言う通り、視野を広げるべきでしょう。候補者は軍組織の中だけにいるとは限りません。冒険者協会にも、実戦で鍛え上げられた有能な人材が多数所属しています。現在のSランク冒険者たちを至急調査し、その中から最高峰の戦力を選抜するべきです」

腕を組み、険しい表情で議論を聞いていた高城が、ここで重い口を開いた。


「……待て。医療分野や研究者の可能性は捨てきれん。もし、戦場を維持するための治癒能力や、ダンジョンを分析する能力が授けられるとしたらどうだ?」

その言葉に、会議室が一瞬、沈黙に包まれる。非戦闘職の有用性。それもまた一つの正論に思えた。


しかし、その甘さを断ち切るように、神宮寺がゆっくりと立ち上がった。

「いや、今回は戦闘職だけで固める」


総理の断固たる一言に、室内がピリッと張り詰める。神宮寺は集まった幹部たちの顔を鋭い眼光で見据え、その理由を告げた。


「今、我々が直面しているのは、いつ決壊してもおかしくない防波堤の前に立たされているという現実だ。どれほど優れた研究や治療があろうとも、それを発揮する前に前線が崩壊すれば全てが終わる」

神宮寺は机を両手で突き、前傾姿勢になって言葉を繋ぐ。


「最優先すべきは、これ以上のダンジョン拡大を絶対に防ぎ止めること。そして、神託の力を授かる『器』そのものを確実に護衛し、生存させることだ。戦闘能力のない者を未知の最前線に立たせるリスクは侵せない。まずは、単体で最高峰の戦闘力を誇る者たちで布陣を組む」


その現実的かつ冷徹な決断に、天城や高城もハッと息を呑み、即座に表情を引き締めた。確かに、理想を語っている余裕はない。今必要なのは、即効性のある「圧倒的な盾と矛」なのだ。


鬼塚が深く頷き、その目に覚悟の炎を宿す。

「御意に。自衛隊の精鋭、そして冒険者協会の頂点。文字通り、我が国最強の5人を選抜いたします」


全員の意思が「純粋な武力選抜」へと完全に一つにまとまったのを確認し、神宮寺は最後に、毅然とした態度で全員へ告げた。


「本日より、国家の命運を賭けた極秘作戦を開始する。作戦名は――」

室内のすべての視線と、張り詰めた緊張感が神宮寺の一点へと集約される。


「『神託計画プロジェクト・オラクル』」


神宮寺は鋭い号令を下した。


「明日の正午までに、日本中から『最強』の候補者を選抜し、この施設へ集めろ。自衛隊、冒険者協会、我が国が持つすべての武力を動員する。日本の未来は、明日決まる。以上だ、動け!」


その絶対的な号令が一歩の合図となり、静まり返っていた会議室は、怒号のような喧騒と共にあわただしく動き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぜひ評価お願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ