神との取引
霞はゆっくりと足を組み、神宮寺たちを見渡した。
その黄金色の瞳には、取引相手を見極めるような鋭さが宿っている。
「そうね。それじゃあ、私から条件を話すわ。」
会議室の空気がさらに張り詰める。
神宮寺も黙って続きを促した。
「まず、この国には圧倒的に冒険者の数が足りない。」
霞は指を一本立てる。
「今のあなたたちの覚醒率では、ダンジョンの増加速度にまったく追いついていないわ。このままでは、防壁都市はいずれ限界を迎える。」
その言葉に、政府関係者たちの表情が強張る。
誰も反論できない。
それは政府内部で何度も議論されてきた現実だったからだ。
「だから私は、その問題を解決してあげる。」
霞は当然のように言った。
「人にはそれぞれ、生まれ持った資質や才能がある。それを私は見抜くことができるわ。」
彼女は軽く胸に手を当てる。
「剣士に向いている者、魔法を極める者、治癒に優れた者、結界を扱う者……そういった才能を見極め、本来持っている力を引き出してあげる。」
天城が思わず身を乗り出した。
「それは……覚醒者を人工的に増やせるということですか?」
「ええそうね。能力を付与して欲しい人がいたら付与してあげるわ。
だけど、全員にするというわけではないわよ。」
もし本当にそんなことが可能なら、人類の戦力は飛躍的に向上する。
神宮寺は慎重に尋ねる。
「……その見返りは。」
霞はにっこりと笑った。
「難しいことじゃないわ。」
全員が息を呑む。
神なら何を要求しても不思議ではない。
莫大な資源か。
国の主権か。
あるいは、人命か。
様々な予想が頭をよぎる。
しかし霞の口から出た言葉は、誰の予想も裏切るものだった。
「私が日本を助けていることを、公表してほしいの。」
一同は思わず顔を見合わせた。
「……それだけですか?」
九条が思わず聞き返す。
「ええ。」
霞はあっさり頷く。
「神は信仰を集めることで力を得る存在なの。」
「だから、人々が『月詠霞という神が日本を守ってくれている』と知ってくれるだけで十分よ。」
神宮寺はようやく納得した。
なるほど、と心の中で呟く。
神にとって信仰が力になるのであれば、この条件は理にかなっている。
国家としても、受け入れられない条件ではない。
「それと――」
霞が少しだけ照れくさそうに笑う。
「もう一つだけお願いがあるんだけど……。」
「何でしょう。」
「美味しいお菓子が食べたいわ。」
「…………。」
会議室が静まり返る。
鬼塚は思わず聞き間違いかと思った。
「お菓子……ですか?」
「ええ。」
霞は嬉しそうに頷く。
「この世界のお菓子、大好きなの。」
「特に日本のお菓子は最高よ。」
そう言いながら、どこか期待するような目で神宮寺を見る。
「それと、美味しいご飯も食べたいわ。」
「甘いものばかりだと飽きちゃうもの。」
先ほどまで神の威厳に圧倒されていた空気が、一瞬だけ和らぐ。
天城は思わず苦笑し、高城も肩の力を抜いた。
しかし神宮寺だけは真剣な表情を崩さなかった。
目の前の少女は、お菓子をねだる普通の少女にも見える。
だが同時に、この世界の命運を左右できる"神"でもある。
その二つの姿があまりにも自然に同居していることこそが、月詠霞という存在の恐ろしさなのだと、神宮寺は静かに理解していた。




