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神との取引

 腰まで届く美しい銀髪は月光を溶かしたように輝き、黄金色の瞳はこの場にいる誰もが見たことのない深い光を宿していた。


 白を基調とした衣装は風もない地下施設の中で静かに揺れ、その姿はまるで一枚の絵画から抜け出してきたかのような神々しさを纏っている。


 その場にいた誰もが言葉を失った。


 護衛隊は銃を構えたまま動けず、研究者たちは目の前の光景を理解しようと必死に思考を巡らせる。

 

 この場で最も冷静であるはずの神宮寺でさえ、胸の鼓動が僅かに速くなっていることを自覚していた。


 少女は会議室をゆっくりと見渡した。

 一人ひとりの顔を確認するように視線を巡らせると、最後に神宮寺へと目を向ける。


 そして、柔らかな笑みを浮かべた。


「初めまして。」

 鈴が鳴るような澄んだ声が静かな会議室へ響く。


「私は月詠霞。」

 少女はスカートの裾を軽く摘み、優雅に一礼した。


「今日は、あなたたちと少しお話をしに来たの。」

 その仕草は礼儀正しく、どこか気品に満ちている。


 だが、それ以上に誰もが気になったのは、その言葉だった。

 あなたたちと話をしに来た。


 国家の中枢を前にしても臆する様子は一切ない。

 

 まるで近所へ挨拶に来たかのような自然さだった。


 神宮寺はゆっくりと息を吸い、心を落ち着かせる。

 ここで感情に流されるわけにはいかない。

 目の前の少女が何者であろうと、自分は日本という国家を代表する立場にある。

 それを忘れてはならない。


「私は日本国総理大臣、神宮寺誠だ。」

 名乗ると同時に、一歩だけ前へ出る。


「歓迎の言葉を述べるべきか迷うところだが……まずは、ここへ来た目的を聞かせてもらいたい。」

 霞は嬉しそうに微笑んだ。


「やっぱりあなたが一番話が早そうね。」

 そう言うと、彼女は会議室の中央に置かれた円卓へ視線を向ける。

 まるで誰の許可も必要ないと言わんばかりに、空いていた椅子へ自然な動作で腰を下ろした。


 護衛隊が一斉に身構える。

 鬼塚防衛大臣は思わず一歩踏み出したが、神宮寺は手で制した。


「構わない。」

 霞はその様子を見て、小さく笑う。


「ありがとう。」

「それじゃあ、本題に入りましょう。」

 その一言だけで、会議室の空気が再び張り詰めた。


 霞は円卓に肘をつくこともなく、背筋を伸ばしたまま全員を見回す。


「私は今回、この世界を滅ぼしに来たわけじゃないわ。」

 その言葉に、何人かが目に見えて安堵の表情を浮かべる。


 しかし、その直後だった。

「でも、このままなら……あと数年も持たないでしょうね。」

 静かな口調だった。


 だからこそ、その言葉は重く響いた。

 

 神宮寺の表情が険しくなる。

「……その根拠は。」

 

 霞は少し首を傾げる。

「根拠?」

 不思議そうに呟いたあと、小さく笑った。

「見れば分かるもの。」

「この世界は今、ゆっくりと壊れているもの。」

 

 その黄金色の瞳は、まるで世界そのものを見透かしているかのようだった。


 霞の静かな一言が、会議室に重く響いた。


 誰も言葉を返せない。


 それは希望を失ったからではない。


 彼女が口にした言葉が、政府が長年隠し続けてきた現実と完全に一致していたからだ。

 防壁都市。

 ダンジョンの封鎖。

 食料や資源の不足。

 年々減少する人口。

 そして、増え続けるダンジョン。


 政府内部では、人類があと十年生き残れるかどうかという試算まで出されていた。


 その事実を知る者は、この部屋にいる者たちを含めても、ごくわずかしかいない。


 神宮寺は霞から目を逸らさず、静かに口を開いた。

「……君は、この世界についてどこまで知っている。」

 霞は小さく微笑んだ。


「どこまで、か。」

 彼女は少し考えるように視線を天井へ向ける。


「少なくとも、あなたたちよりは知っているわ。」

 

 その言葉に鬼塚が眉をひそめる。

「そんなことを、どうして言い切れる。」


 霞は鬼塚を見ると、怒るどころか不思議そうに首を傾げた。

「だって、本当のことだもの。」

 あまりにも自然な返答だった。


 見下しているわけでも、自慢しているわけでもない。


 人が「空は青い」と言うのと同じように、事実を口にしただけ。


 その態度が、かえって彼女の言葉に重みを与えていた。


 天城がゆっくりと手を挙げる。

「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか。」


「ええ。」


「あなたは先ほど、自分を神だと言いました。」


「そうよ。」


「その神というのは……比喩ではなく、本当に神なのですか。」


 霞は一瞬だけ目を丸くし、くすりと笑った。

「面白い質問ね。」

「でも答えは簡単よ。」

 彼女は右手を胸に当てる。


「私は神として生まれ、神として生きてきた。」


「だから神なの。」

 その答えはあまりにも簡潔だった。


 だが、その口調には一切の迷いがない。


 まるで自分の名前を答えるのと同じくらい当たり前のことを話しているようだった。


 神宮寺は話を戻す。

「先ほど、『取引をしに来た』と言ったな。」


「ええ。」


「その取引とは何だ。」

 霞は神宮寺の目をまっすぐ見つめる。


 黄金色の瞳は、まるで相手の心の奥底まで見透かしているようだった。


「あなたたちは、この世界を救いたい。」


「そして私は、この世界で欲しいものがある。」


 霞はそこで一度言葉を切る。


 会議室は静まり返り、誰もが次の言葉を待った。




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