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神との対話


 誰も、息をすることすら忘れていた。


 巨大スクリーンいっぱいに映し出された銀髪の少女。


 先ほどまで瓦礫の街を歩いていたはずの彼女は、今や画面の向こうからこちらを覗き込むように微笑んでいる。


 その笑みには敵意も悪意も感じられない。


 しかし、それがかえって政府関係者たちの警戒心を刺激していた。


 人類が築き上げた最新鋭の監視システム。

 軍事衛星。

 量子通信。

 魔力観測装置オーディン


 それらを、まるで子どもの玩具でも扱うかのように乗り越え、少女は映像へ直接干渉してきたのだ。


「通信系統を確認!」

 主任オペレーターの篠宮美月が叫ぶ。


「外部からのハッキングですか!」

 通信担当が素早く端末を操作する。


「違います!」

「ネットワークに侵入された形跡はありません!」

「量子暗号も正常!」

「衛星回線も正常です!」

「なら、この映像は何だ!」


 鬼塚防衛大臣が机を叩く。


 しかし誰も答えられない。


 白峰綾人は震える手でキーボードを叩き続けていた。


「あり得ない……。」

 彼は誰に聞かせるでもなく呟く。


「これは通信じゃない。」

「映像データでもない。」


「まるで……。」

 天城悠真が言葉を引き継ぐ。


「空間そのものへ干渉しています。」

 神宮寺総理が静かに二人を見る。


「説明できるか。」

 白峰は苦々しく首を振った。


「できません。」


「ですが、例えるなら……。」

 彼はスクリーンへ目を向ける。


「彼女はカメラへ映っているのではなく、私たちの認識へ直接、自分の姿を映し込んでいるような状態です。」

 誰も理解できなかった。


 だが一つだけ確かなことがある。


 この少女は、人類の科学を遥かに超えている。


 その時だった。


 画面の中の少女が、小さく首を傾げる。


「ハーイ。」

 

 透き通るような声が監視室へ響いた。


 スピーカーから聞こえているはずなのに、不思議と耳元で囁かれたようにも感じる。


「聞こえているでしょう?」

 少女は柔らかく手を振る。


「日本政府の皆さん。」

 監視室が静まり返る。

 誰も返事をしない。

 いや、返事ができなかった。


 少女は困ったように笑う。


「あら、急に話しかけたから驚かせちゃったかしら?」


 その口調は年相応の少女そのものだった。

 天真爛漫で、どこか人懐っこい。

 しかし、その無邪気さが逆に不気味でもある。


「自己紹介をした方がいいわよね。」

 少女は優雅にスカートの裾をつまみ、軽く一礼した。


「初めまして。」


「私は――月詠霞。」


「世界と世界の狭間を旅する神よ。」

 その一言で、室内の空気が凍りつく。


 鬼塚が思わず鼻で笑う。

「神だと?」

「ふざけているのか。」


 だが天城は笑わなかった。


 いや、笑えなかった。


 オーディンが解析できなかった理由。


 科学で説明できない力。


 あらゆる常識を超えた存在。


 それらが一本の線で繋がってしまったからだ。


「総理……。」

 天城が静かに言う。


「少なくとも、彼女は自分を神と名乗りました。」

 神宮寺はスクリーンから目を離さない。


「……続きを聞こう。」

 霞は嬉しそうに微笑む。


「ありがとう。」

「話が早い人は好きよ。」

 そう言うと、彼女は後ろを振り返った。


 崩壊した東京。

 瓦礫の山。

 遠くでは黒煙がゆっくりと空へ昇っている。


「この世界。」


「ずいぶん大変なことになっているわね。」

 その言葉には同情も嘲笑もなかった。


 ただ、事実を口にしただけだった。


「だから少し、お話をしたいの。」

 霞は再びこちらへ向き直る。


「できれば直接。」

「そちらへ行ってもいいかしら?」


 監視室に緊張が走る。


 鬼塚が真っ先に反対する。

「駄目です!」

「正体不明の存在を政府中枢へ入れるなど論外です!」

「もし敵なら、日本は終わります!」

 

 朝霧も慎重な表情を浮かべる。

「危険性は否定できません。」

「ですが、拒絶した場合の結果も予測できません。」


 高城は総理を見る。


「総理、ご決断を。」


 神宮寺は腕を組み、静かに目を閉じた。


 相手は未知の存在。

 もし敵なら、東京第一防壁へたどり着ける時点で通常戦力は意味をなさない。


 逆に味方になれば、人類にとってこれ以上ない希望になる。

 情報が足りない。


 だからこそ、会うしかない。


 神宮寺はゆっくりと目を開いた。


「……許可する。」

 室内がざわつく。


「ただし条件がある。」


 霞は嬉しそうに頷く。

「なあに?」


「こちらも最低限の警備は行う。」


「君がそれを敵意と受け取らないなら、歓迎しよう。」

 一瞬だけ沈黙が流れた。


 そして霞は、小さく笑った。

「もちろん。」

「警戒するのは当然だもの。」

 

 その答えに、神宮寺はわずかに安堵する。


 少なくとも、話は通じる相手らしい。

「では。」

 霞はにこりと笑う。


「今から行くわね。」

 その一言を聞いた瞬間。


 白峰が顔色を変えた。

「総理!」

「転移反応!」

「こちらへ来ます!」

 監視室中に警報が鳴り響く。


「会議室を封鎖!」

「特殊警護隊を招集!」

「全員、第一種戦闘配置!」

 赤い警告灯が地下施設を照らし出す。


 誰もが固唾を呑み、会議室の方向へ視線を向けた。

 そして次の瞬間――。

 誰もいないはずの会議室に、淡い月明かりが静かに降り注ぎ始めた。

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