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政府による対応

 監視室に重苦しい沈黙が流れる。


 巨大スクリーンには、崩壊した東京の上空を静かに進む少女の姿が映し出されていた。


 まるで散歩でもしているかのような穏やかな足取り。


 荒廃した世界とは対照的なその姿が、かえって職員たちの不安を掻き立てる。


「主任。」


 一人の若い分析官が、緊張した面持ちで口を開いた。


「外見だけでは判断できません。魔力観測システム《オーディン》による精密解析を実施します。」

 主任分析官は一瞬考えたあと、小さく頷いた。


「許可する。ただし解析レベルは最高段階だ。誤差は許されない。」


「了解。」


 分析官が認証キーを端末へ差し込む。


 それだけで監視室の照明がわずかに暗くなった。

 膨大な電力が地下深くに設置された巨大演算施設へ送られていく。


 魔力観測システム《オーディン》。

 ダンジョンブレイク後、日本政府が国家予算を惜しみなく投入して完成させた世界最高峰の解析システムである。


 全国に設置された観測衛星、地上センサー、防壁都市の監視装置、そして無人偵察ドローン。


 それらすべての情報を統合し、一つの存在を解析する。

 魔力量。

 身体能力。

 危険度。

 種族推定。

 魔力波形。

 未知生命体との一致率。


 あらゆる項目を瞬時に演算する、人類最後の切り札だった。


「解析開始。」


 分析官がキーを押し込む。


 少女の姿が立体映像へ変換され、全身を幾重もの青い光が走る。


 画面には無数の数値が流れ始めた。

『身体構造解析』

『年齢推定』

『生命反応解析』

『魔力密度測定』

『危険度測定』


 監視室の誰もが固唾をのんで結果を待つ。


 最初に表示されたのは身体情報だった。

『推定年齢 十五~十七歳』

『身体構造 人類に酷似』


 監視員の一人が安堵の息を漏らす。


「やっぱり人間じゃ──」


 その言葉は最後まで続かなかった。


 次の瞬間、画面いっぱいに赤い警告表示が走る。


『警告』

『未知の高次エネルギーを検出』


「高次……エネルギー?」


 聞いたこともない項目だった。


 オーディンにそんな分類は存在しない。


 分析官が目を見開く。


「そんな馬鹿な……。」


 画面の数値が急激に跳ね上がる。

 100。

 500。

 3,000。

 15,000。

 80,000。


「急上昇しています!」


「まだ止まりません!」


 警報音が監視室へ響き渡る。

 100万。

 500万。

 1000万。


 数値は留まることを知らない。


「上限突破!」


「第二演算機へ切り替えます!」


「追いつきません!」


 画面が激しく点滅し始めた。


『演算不能』

『測定範囲を超過』


『再測定』


『再測定』


『再測定』


 何度解析しても結果は同じだった。


 やがて画面は真っ赤に染まり、大きく一行だけ文字が表示される。


『対象を解析できません』


 監視室が静まり返る。


 世界がダンジョンに侵食されてから八年。

 災害級魔物。

 竜種。

 S級覚醒者。


 国外で確認された超大型個体。


 オーディンはそのすべてを解析してきた。

 しかし、解析そのものを拒否したのは今回が初めてだった。


「システム故障か?」

 主任分析官が尋ねる。


 技術主任はすぐに首を横へ振る。

「全システム正常です。」

「サーバー異常なし。」

「演算施設正常。」

「観測衛星正常。」

「ドローン正常。」


「……つまり。」

 主任分析官が苦々しく呟く。


「機械では測定できない存在ということか。」

 誰も答えられなかった。


 その空気を破るように通信士が席を立つ。


「至急、総理官邸へ連絡します。」


「国家安全保障会議招集レベルです。」


 主任分析官も迷わなかった。


「官房長官、防衛大臣、統合幕僚長、国家安全保障局長、ダンジョン対策本部長、研究所長を至急招集。」


「優先順位はコードブラック。」


 その言葉に職員たちの表情が変わる。


 コードブラック。

 それは日本存亡に関わる事態でしか発令されない、最高レベルの緊急招集命令だった。


 数分後。

 地下施設の奥にある専用エレベーターが静かに動き始める。


 普段は固く閉ざされた扉がゆっくりと開き、一人、また一人と政府中枢の人間たちが姿を現した。


 その先頭を歩く男こそ、日本国の内閣総理大臣だった。


 誰一人として言葉を発さない。


 だが、その表情だけで、この事態の重大さを理解していることが伝わってきた。


 監視室の全員が立ち上がり、一斉に敬礼する。


 総理は短く頷くと、巨大スクリーンへ視線を向けた。


 そこには依然として、静かに空を飛び続ける銀髪の少女が映っていた。


「……あれが、報告にあった未確認存在か。」


 静かな問いに、主任分析官が一歩前へ出る。


「はい、総理。」

「現時点で判明していることは一つだけです。」


 総理は目を細める。

「何だ。」

「我々の知る常識では、説明できません。」

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