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第二世代能力者

深夜零時。

日本全国の都市機能が、束の間の眠りにつく時間帯。


北は北海道の広大な試験場から、南は東京の巨大病院まで、それぞれ全く異なる日常を生きていた五人のもとへ、一分の狂いもなく同時に「それ」は届いた。


スマートフォンではない。もちろん、一般的な電子メールやメッセージアプリでもない。


民間回線からは完全に隔離された、防衛省と内閣官房が最高機密事案の伝達にのみ用いる極超短波暗号通信。手元の端末が、聞いたこともない低い不協和音を響かせて震える。

ディスプレイに浮かび上がったのは、発信元すら秘匿された漆黒の背景に、無機質な明朝体で綴られた数行の文字列だった。


【内閣官房特別災害対策本部】

本文:

国防および国家最高機密案件における極秘協力者として、貴殿の招集を要請します。

本要請に対する拒否権は保障されます。

ただし、本作戦が扱う対象は「日本国そのものの存亡」に関わる事象です。

猶予は十五分。

零時十五分、指定の場所へ迎えの車両が到着します。


その無駄を削ぎ落とした、あまりにも冷徹な文面。

脅迫めいた言葉は一切ない。しかし、だからこそ受け取った者たちには分かった。

国家が、その背負うすべての権力とリソースを以て「本気」になっているということが。


1. 神崎精密工業 — 鉄と火花の求道者

東京都大田区の片隅。年季の入った町工場「神崎精密工業」の内部は、昼間と変わらぬ熱気に満ちていた。

「キィィィン……!」という、鼓膜を突き刺すような工作機械の駆動音。


超硬合金の削り出しによって生じる火花が、暗い工場の中で星屑のように飛び散る。

その中心で、一人の男が巨大なハンマーを振るっていた。


神崎鉄也。

他県の大手重工業メーカーからも「彼にしか削れない金属がある」と囁かれる、伝説的な金属加工の職人である。

滴る汗を無骨な腕で拭ったその時、作業着の胸ポケットに忍ばせた、政府支給の特殊端末が重く振動した。


「……政府だと?」

怪訝そうに眉をひそめ、表示された文章を目で追う。


最初の数行を読んだ段階では、「また防衛装備庁が新しい耐熱合金のテストでも持ってきたのか」と、半ばあきれたようにため息をついた。だが、読み進めるうちに、ハンマーを握る神崎の手にじわりと力がこもる。


『日本の存亡……か』

神崎は静かに、そして迷いなく、数千度に達していた電気炉のブレーカーを落とした。

徐々に光を失っていく赤い炉を見て、傍らで作業を補助していた若い弟子が慌てて声を上げる。


「お、親方!? まだ試作品の焼き入れの途中ですよ! 今止めたら、これまでのデータが台頭に……!」

「今日は終わりだ。道具を片付けろ」

その声は、いつもの厳しい職人のそれだったが、同時に信じられないほど静かだった。


弟子を振り返った神崎の瞳は、まるで見たこともない未知の鉱石を目の前にした子供のように、ギラギラとした純粋な光を宿していた。


2. 国立超常現象研究所 — 数式で世界を視る者

地下深く、完全に電磁遮蔽された研究室。

壁一面の大型マルチディスプレイには、世界各地の霊脈から検出されたという「魔力」の波形データが、膨大な数式となって滝のように流れ落ちている。


「やっぱりね……」

白石凛は、手にしたマーカーをホワイトボードに叩きつけるようにして、新たな数式を書き加えた。ボサボサの髪に、位置のずれた眼鏡。しかし、その知性は極限まで研ぎ澄まされていた。


「魔力は熱や光のような『エネルギー』じゃない。

それは環境を書き換えるための、極めて高密度な『情報』そのものなのよ」

その自己完結した思考を破るように、デスクの上で端末が電子音を立てる。


文字をスクロールした彼女は、眼鏡のブリッジを指先でクイと押し上げると、喉の奥で小さく、愉悦に満ちた笑い声を漏らした。

「ふふ……。やっと来た」

「……先生?」

後ろで仮眠を取っていた助手がおずおずと尋ねる。白石は、着古した白衣を乱暴に脱ぎ捨てると、椅子の背もたれに掛けられていたコートを手に取った。


「政府も、ようやく机の上の論理じゃ何も解決しないって理解したみたい。

いい? 実験室の檻の中に閉じこもっているだけじゃ、この世界の本当の真理には絶対に届かないのよ」

彼女の目は、すでにこの部屋の壁を通り越し、まだ見ぬ超常の深淵を見据えていた。


3. 首都中央医療センター — 死線を支配する執刀医

「先生! 急患、心肺停止です!」

「バイタル、完全にフラット!」

救急救命センターの赤色灯が回る中、ストレッチャーが凄まじい勢いで滑り込んでくる。


「AED準備!」「アドレナリン1ミリ、静注!」

飛び交う怒号。しかし、その混沌の中心に立つ水城透の心音は、不気味なほど一定だった。


水城は、ただ静かに患者の胸元に両手を置く。

周囲の誰もが諦めかける中、彼は目を閉じ、まるで体内の細胞一つ一つと対話するかのように、深い呼吸を一つ吐いた。


「戻れ」

冷徹とも取れる、静かな一言。


その瞬間。

「ピ――――」と一直線に伸びていた心電図の警告音が、突如として激しく跳ねた。

「ドクン……ドクン……」

規則正しい鼓動の音が、モニターに蘇る。


「バイタル回復! 奇跡だ……」

息を呑む若手医師たち。だが水城は、その賞賛を浴びる間もなく、胸ポケットで震える端末を取り出した。

文章を数秒で見つめ、水城は血のついた手袋を無造作に外した。


「院長。少し外します」

「えっ!? 水城先生、しかしこの後のオペは……!」

すれ違いざま、不安そうに引き止める看護師が声を絞り出す。


「……戻って、きてくれますよね?」

水城は足を止め、振り返ることなく、ほんの少しだけ口元を和らげた。


「生きていればね」

その言葉だけを残し、彼は夜霧の立ち込める夜の街へと歩き出した。


4. 極秘研究施設 — 魔導と科学の融合者

無人のドローンが、火花を散らしながら自律的に金属骨格を組み立てていく。

SF映画のような巨大なプライベートラボで、桐生悠真は、青く淡い光を放つ「魔石」をピンセットで挟み、ホログラムディスプレイにかざしていた。


「あと少し……。

出力のバイアスをもう3%削れば、魔力と電気信号の完全な同調反応が起こるはずなんだけどな」


彼の独り言に答えるように、コンソールの上に置かれた端末がバイブレーションを響かせる。

「政府?」

メッセージを読んだ桐生は、肩をすくめた。


そしてキーボードを一叩きし、稼働していた数十台のドローンと、すべてのホログラムを一瞬でシャットダウンする。部屋は一転して、魔石の青い光だけが漂う静寂に包まれた。


「悪くないね。

この僕に頼まざるを得ない案件ってわけだ。神様気取りの役人どもが、どんな顔で僕を迎えるか……話くらいは聞いてあげるよ」

薄暗がりの中、彼の端正な顔立ちに不敵な笑みが浮かんだ。


5. 農業試験場 — 異界の緑を育む手

茨城県にある、広大な国立農業試験場の温室。


そこには、地球上のどの植物図鑑にも載っていない、蛍光色の葉を持つ植物たちが整然と並んでいた。

藤堂千春は、その中の一株の前にしゃがみ込み、土の湿り具合を確かめながら、愛おしそうに葉を撫でていた。


「あなたも、この冷たい空気の中でよく頑張ったわね……」

彼女のスマートで優しい時間が、ポケットの端末の振動によって破られる。

電子の画面に映る「最高機密要請」の文字。

千春は驚く風でもなく、ただ「……とうとう、その時が来たのね」と小さく呟いた。


「ダンジョンの植物。

私に育てられない、私と意思を通わせられない植物なんて、この世に存在しないもの」

彼女は立ち上がり、温室のガラス越しに、重く垂れ込める夜空を見上げた。


零時十五分。

五人が待つそれぞれの場所へ、闇に溶けるような漆黒のセダンが、排気音すら立てずに滑り込んできた。

ナンバープレートの数字は存在せず、車体には国章も、警察の旭日章も、自衛隊のマークも一切ない。完全な無記名。


運転席から降りてきたのは、仕立ての良いスーツを着用した公安警察の精鋭、そして内閣情報調査室(CIRO)の極秘任務専従職員たちだった。

「神崎鉄也様」

「白石凛様」

「水城透様」

「桐生悠真様」

「藤堂千春様」

「お迎えに参りました。どうぞ、ご乗車ください」

彼らは決して、目的地や作戦の全貌を口にしようとはしなかった。


ただ一言、

「これより、日本政府が管轄する『最高機密区域』へご案内します」とだけ告げ、ドアを開ける。

五人は、互いの存在も、自分と同じように召集された異才が他に四人いることも知らないまま、それぞれの黒塗りの車へと乗り込んだ。


車が走り出した瞬間から、東京へと向かうすべての高速道路は、一般車の進入が完全に「全面規制」された。

前方を先導するのは、赤色灯を消した警視庁の白バイ隊。そして後方を固めるのは、重武装を施された覆面パトカーの車列。


さらに夜空を見上げれば、警察の航空隊ヘリだけでなく、陸上自衛隊の最新鋭戦闘ヘリコプター「AH-64D アパッチ」が、まるで国賓を送迎するかのように低空で警戒飛行を行っている。

そのあまりにも異常な、戦争一歩手前の護衛体制を車窓から眺め、神崎は低く唸った。


「おいおい……。一国の総理大臣でも動かす気か? ここまでやるかね」

一方、別の車両でノートPCを開いていた白石は、窓の外を飛び去る自衛隊ヘリのシルエットを見て、興奮を隠しきれずに笑う。

「ふふ……。この破格の扱い。会う相手は、落ちぶれた政治家や大臣なんてレベルじゃないわね。もっと『別格』の何かだわ」


水城は後部座席で静かに目を閉じ、体力を温存するように深い呼吸を繰り返していた。


桐生は、車内に施された防弾ガラスを指先で軽く叩き、その積層構造と防弾性能を脳内で瞬時に分析して「……フン、対物ライフルでも防ぐ気か」と鼻で笑う。


藤堂は、規制されて静まり返った首都高速の夜景を見つめながら、これから始まる「世界の変化」を予感し、小さく息を吐き出した。


彼らはまだ、誰も知らなかった。

自分たちがこれから向かう先に待つ者が、日本国の最高権力者である総理大臣でもなければ、他国の元首でもないということを。


彼らを待つのは、この世界の物理法則、魔力、そして運命の「ことわり」そのものを指先一つで書き換えることのできる存在。

唯一無二の神――月詠霞つくよみ かすみ


そして、この深夜の密会こそが、人類の文明を数百年先、あるいはその先の次元へと一気に押し進める、歴史上最も偉大な「最初の一歩」になることを、この時の五人は知る由もなかった。


そこは、防衛省の地下百メートル――いや、図面上には決して存在しない、日本国が最後にして最大の砦として築き上げた「極秘地下施設・最深部」であった。幾重にも及ぶチタン合金製の電磁遮蔽隔壁、網膜・静脈・遺伝子情報による三重の生体認証ゲート。それらすべてのセキュリティを通過した先にある「地下特別会議室」は、不気味なほどの沈黙と張り詰めた空気に満ちていた。


重厚な防爆扉が、重い空気圧の音を立てて開く。


最初に案内されたのは、作業着姿のままの男、神崎鉄也だった。

「こちらになります。どうぞ中へ」

案内役の公安職員に背中を押されるようにして一歩を踏み出した神崎は、その瞬間に自分の心臓の鼓動が一段高くなるのを感じ、思わず足を止めた。


「……なんだこれは」

さすがの神崎も、目の前の光景に絶句した。

広大な楕円形の会議室。壁一面には、世界の軍事衛星から送られてくるリアルタイムのデータが明滅する巨大マルチモニター。天井からは、国家元首の緊急ホットライン用と思われる幾重もの超高度暗号化通信設備がぶら下がっている。


そして何より、長机の周囲に腰掛けている面々が異常だった。

テレビのニュースや国会中継で、嫌というほど見かける「日本政府の最高幹部」たちが、一枚のテーブルを囲んで全員揃っていたのだ。


円卓の中央には、厳しい表情を浮かべる内閣総理大臣。

その脇を固めるのは、実務を取り仕切る内閣官房長官、鋭い眼光を放つ防衛大臣、外務大臣、経済産業大臣。さらに、その背後には制服姿の統合幕僚長をはじめとする自衛隊の最高幹部、警察庁長官、国家安全保障局(NSS)局長が直立不動で控えている。


国家を動かす文字通りの「脳髄」が、この一室に凝縮されていた。


ほどなくして、二人目が案内される。

白衣をだらしなく羽織り、寝不足の目を擦りながら入ってきた白石凛は、部屋の面々を見回した瞬間、緊張するどころか愉快そうに口元を歪めて苦笑した。


「なるほど。予想以上ね。国会を開くより贅沢なメンバーじゃない」

続いて、静かな足取りで水城透が、不敵な笑みを浮かべた桐生悠真が、そして周囲の物々しさに少し肩をすくめた

藤堂千春が順に室内に案内された。


五人全員が揃い、円卓を囲む予備の椅子に座らされる。


お互いに初対面。しかし、彼らは一目で理解した。隣に座る人間たちが、それぞれ常人とはかけ離れた領域に達している「異才」であることを。誰も安易な言葉を発しない。ただ、五人の間に流れる張り詰めた沈黙だけが、会議室の温度を数度下げているかのようだった。


その沈黙を破ったのは、円卓の主座に座る総理大臣だった。彼はゆっくりと立ち上がり、五人をまっすぐに見据えた。

「本日は、このような深夜に突然の非礼な呼び出しをしたにもかかわらず、ご協力いただき心より感謝いたします」

総理は、最高権力者としての威厳を脱ぎ捨てるように、五人に向けて深く、深く頭を下げた。


「まず最初に、包み隠さず申し上げます。……我々は今、皆さんという、この国が持つ至高の『頭脳』と『技術』に、日本という国家の未来そのものを託したいと考えています」

そのあまりにも重い言葉に、会議室の空気が一気に張り詰める。


桐生悠真が、手元のホログラム端末を弄ぶ手を止め、冷ややかな、しかし関心に満ちた声をあげた。

「国家プロジェクト、ですか? 自衛隊の兵器開発や、魔力関連の新薬開発といった類の」

「その認識で構いません」

総理はゆっくりと顔を上げ、静かに、しかし断固とした口調で首を横に振る。


「ただし、これまでの人類の歴史上に存在したどんな国家プロジェクトとも、その次元が違います」

総理が手元のスイッチを押すと、背後の巨大モニターが一斉に点灯した。

映し出されたのは、最新の3D世界地図。しかし、その各地には、血のように赤い光が無数に灯り、不気味に明滅していた。その光の塊は、日本列島周辺にも密集している。


「現在、地球上で確認されている『ダンジョン』の分布図です」


次の瞬間、モニターの映像が切り替わった。

ノイズ混じりの防犯カメラやドローンの映像。そこには、地球の急激な変動によって突如として自然発生した「ダンジョン」から、神話から抜け出てきたような巨大な魔獣が這い出て、近代的な都市のビル群を紙細工のように薙ぎ倒す光景が映し出されていた。近代兵器による爆撃も、魔物の皮膚に弾かれて黒煙を上げるだけだ。

逃げ惑う人々。瓦礫に埋もれる街。懸命な救助活動を行う特殊部隊。


「これは……」

藤堂千春が、思わず両手で口元を覆い、息を呑んだ。

「全部、フェイクニュースや映画のCGではなく……本物ですか?」

「はい。一切の加工はありません」

官房長官が重苦しい声を重ねる。


「今この瞬間も、世界のどこかで起きている現実です。そして、次の映像をご覧ください」

映像がさらに切り替わる。


今度は、人間の姿が映し出された。

全身に凄まじい炎の揺らめきを纏い、魔物の群れに突撃する青年。

天空から巨大な落雷を呼び寄せ、一瞬にして広範囲の敵を殲滅する女性。

手にした大剣を一振りするだけで、ビルサイズの魔物を真っ二つに両断する戦士。


神崎が太い腕を組み、鋭い目でその映像を睨みつける。

「随分と派手な戦いぶりだな。これが噂の『覚醒者』ってやつか」

「その通りです。これが現在、日本各地のゲートを守り、辛うじてこの国の崩壊を食い止めている『第一世代能力者ギフテッド』たちです」

総理は静かに、しかしその声にはどこかかげりがあった。


「しかし……彼らだけでは、もう限界なのです」

画面が再び切り替わる。


激しい戦闘の結果、無残に砕け散った特殊合金の武器。

身体の半分を魔力の毒に侵され、なす術もなく担架で運ばれていく負傷した能力者たち。

研究施設の地下に山積みにされた、解析不能な輝きを放つ未知の鉱石。

そして、すべてのエラー値を吐き出し、「ANALYSIS FAILED(解析不能)」と赤く点滅し続けるスーパーコンピュータの画面。


白石凛が、自嘲気味に首を振って深く頷いた。

「当然ね。どれほど個人の武力が優れていようとも、それを支えるロジック、武装の量産、医療のバックアップがなければ……文明としての継続は不可能だわ。長年研究しているけれど、ダンジョン自体は地殻変動のように湧き出たただの自然災害。そんな無慈悲な大自然の驚異に対して、戦士の数だけで立ち向かうなんて限界があるに決まっている」


「その通りです。白石博士」

総理の目が、五人一人ひとりを射抜くように動いていく。


「だからこそ、我々は皆さんを選びました。武力で戦う者たちではなく、その過酷な自然現象に適応し、世界を根底から再構築できる、それぞれの分野の『神域』に達した異才を」

静まり返る会議室。


五人は、瞬時に自らの役割を脳内で定義し始めていた。

「……つまり」

神崎が低い声で言葉を引き取る。

「俺の技術で、あの魔物の皮膚を切り裂く、化け物じみた武器を造れ、と」


「私は、その武器や防具の基礎となる『魔力』という、新しく地球に混ざり始めた超常現象を、科学の言葉で定義して研究しろということね」

白石が冷徹に続ける。


「私は、前線で傷つき、既存の医学では治療不可能な魔力毒に侵された者たちを救う、新しい術式と前線医療の確立ですね」

水城が、静かに自らの役割を見定めた。


「だったら僕は、その魔力と科学を安全に融合させ、誰もが扱える規格へと落とし込む『魔導技術』のデバイス開発だ。既存のコンピューターがゴミになるなら、新しいシステムを僕が組む」

桐生が挑戦的な笑みを浮かべる。


「そして……私には、ダンジョンから溢れる植物や資源を管理し、食料や新たな素材として自給足できるシステムを、大地に築けということですね」

千春が、決意を秘めた目でそう締めくくった。


五人全員が、説明されるまでもなく、ほぼ同時に己の果たすべき天命へと辿り着いた。


総理大臣は、その驚異的な理解の速さに感嘆の息を漏らし、満足そうに頷いた。

「素晴らしい。やはり、皆さんは我々の期待を遥かに超える理解力をお持ちだ。……ですが」

そこで総理は一度言葉を切り、テーブルの幹部たちと視線を交わした。


会議室全体の空気が、それまでとは明らかに異なる、どこか畏怖を孕んだ重さへと変質していく。


官房長官が、深く、自らの呼吸を整えるように呼吸を置いた。

「皆さんには、まだ一つだけ、説明していない最も重要なことがあります」

「説明していないこと?」

神崎が不審そうに片眉を上げる。


「ええ。皆さんに、これからこの地下施設で会っていただく『相手』についてです」


総理が静かにボタンを押すと、壁の巨大モニターの映像がすべて消え去り、ただ一枚の、信じられないほど鮮明な「写真」が浮かび上がった。


そこに写っていたのは、一人の少女だった。

絹のように細く艶やかな、輝く銀色の長い髪。

夜空の星々をそのまま閉じ込めたかのような、神秘的な深い藍色の瞳。

和傘を差し、現代の衣服とは異なる、どこか浮世離れした格式高い着物を纏っている。


その姿は、連日のテレビ報道やネットニュースで、今や「日本を、世界を根底から揺るがす絶対的な存在」として報道され、知らない者はいないはずのあの少女だった。


神崎は驚くというよりは、あまりの展開の早さに呆気にとられたように声を漏らした。

「おいおい……。あの、テレビで連日大騒ぎされている『神様』か。ニュースで見ない日はないが、まさか政府が直々に、俺たちに引き合わせる準備まで整えていたとはな」


桐生もまた、皮肉っぽく肩をすくめて笑う。

「世界中に放送されて一躍トップスターになったあのお嬢様だ。僕でも知っているよ。だけど、大自然のバグであるダンジョンに立ち向かうために、僕たち人間に超常のギフトを授けてくれている『本物の神様』が、本当に政府の保護下にいたとはね。メディアの演出じゃなくて、やっぱりリアルな話だったわけだ」


水城透だけは、その表情を一切変えず、ただ静かに写真の少女の「眼光」の奥にある何かを観察していた。テレビの画面越しでは分からなかった、生と死を超越した瞳。


そして――白石凛だけは。

「ふふ……。あははは!」

彼女は低く、しかし確信に満ちた声を漏らし、眼鏡を押し上げた。


「やっぱり。テレビの生放送で彼女を初めて観た時から、ずっと脳が痺れるような興奮が収まらなかったのよ。ダンジョンという過酷な自然現象が発生したのに対して、まるで人類が滅びないように、整合性を合わせるようにして都合よく『能力ギフト』を与えるシステムが存在している。地球の地殻変動に意思はないはずなのに、彼女がそれを補うように人間に恩恵を与えているのよ。……神が、本当にそこに実在していたのね」

会議室中の政府幹部、そして他の4人の視線が、一斉に白石へと集まる。


白石は狂おしいほどの歓喜を瞳に宿し、机に身を乗り出した。

「ダンジョンは自然にできたもの。だけど、人類にそれへ抗うためのシステムを与えているマスタープログラムが彼女なのよ。科学的に考えてこれ以上の驚異は存在しないわ。ようやく直接会える……! 私たち人間に能力を授ける、あの理の超越者に!」

そのマッドサイエンティスト然とした白石の反応に、総理は緊張をいくらか和らげるように、小さく安堵の息を吐き出した。


「安心しました。テレビでの大々的な周知があれど、いざ対面となると困惑されるかと心配しておりましたが……少なくとも、お一人だけでも、この状況を前向きに、瞬時に受け入れてくださったようで……」

しかし、その安堵が、次の瞬間に訪れた「異変」によって完全に吹き飛ぶこととなる。


ピシッ――。

静電気のような微小な破裂音が、防音対策が完璧に施されているはずの部屋に響いた。

直後、会議室の頑丈なLED照明が、一瞬だけ激しく明滅し、パチパチと音を立てて明度を落としていく。


「な, んだ!? 停電か!?」

防衛大臣が思わず立ち上がる。しかし、この地下最深部には自立型核融合ジェネレーターを含む三重のバックアップ電源が存在する。停電など、あり得ない。


「空間の……圧力が変化している……?」

水城が呟き、自らの喉を押さえた。肺が空気を吸い込むのを拒絶するような、圧倒的な「気圧の歪み」が、五人の全身に重くのしかかる。

天井付近の何もない空間から、光の粒子が染み出し始めた。

それは、細かな金色の砂のようであり、あるいは夜空にきらめく星屑のようでもあった。


金色の光の粒子は、重力を無視してゆっくりと渦を巻き、会議室の中央、円卓のちょうど真上の空間へと集束していく。

「まさか……」

総理の顔から、一気に血の気が引いた。彼は腰を抜かすように椅子を引いて立ち上がる。テレビや中継であれほど人々を畏怖させたその神気が、今、まさに至近距離に満ちようとしていた。


「月詠様……!? お約束の時間は、十五分後だったはずでは……!」

「予定より早い……! 生体認証も、空間隔離障壁も、すべて素通りだと!?」

官房長官が目を見開き、愕然として叫ぶ。


集束していく金色の光は、次第にその輝きを増し、絶対的な熱量を持たないにもかかわらず、部屋全体の温度を心地よい暖かさへと変えていく。


五人の天才たちは、その光の美しさと、本能が警鐘を鳴らすほどの圧倒的な「存在の格の違い」の前に、ただ息を呑んで立ち尽くすしかなかった。


そして、光の渦の最奥から。

「ふふっ」

鈴が転がるような、どこまでも無邪気で、しかし世界のすべてを見透かしたような、あのテレビ越しに全世界を魅了し恐怖させた、楽しげな少女の笑い声が響いた。


誰もいないはずの虚空から、地球に猛威を振るう大自然のダンジョンすら超越するように、ただ人間に恩恵ギフトを授けるその「神」が、今、姿を現そうとしていた。

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