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能力の活用

ピシッ――。

静電気のような微小な破裂音が、防音対策が完璧に施されているはずの部屋に響いた。

直後、会議室の頑丈なLED照明が、一瞬だけ激しく明滅し、パチパチと音を立てて明度を落としていく。


「な、んだ!? 停電か!?」

防衛大臣が思わず立ち上がる。しかし、この地下最深部には自立型核融合ジェネレーターを含む三重のバックアップ電源が存在する。停電など、あり得ない。


「空間の……圧力が変化している……?」

水城が呟き、自らの喉を押さえた。肺が空気を吸い込むのを拒絶するような、圧倒的な「気圧の歪み」が、五人の全身に重くのしかかる。


天井付近の何もない空間から、光の粒子が染み出し始めた。それは、細かな金色の砂のようであり、あるいは夜空にきらめく星屑のようでもあった。金色の光の粒子は、重力を無視してゆっくりと渦を巻き、会議室の中央、円卓のちょうど真上の空間へと集束していく。


「まさか……」

総理の顔から、一気に血の気が引いた。


「月詠様……!? お約束の時間は、十五分後だったはずでは……!」

「予定より早い……! 生体認証も、空間隔離障壁も、すべて素通りだと!?」

官房長官が目を見開き、愕然として叫ぶ。


集束していく金色の光の中心が、一際まばゆく弾けた。

「――お待たせいたしました、と言いたいところだけれど。少し気が急いじゃって」

凛とした、しかし鈴の音のように可憐な声が、会議室の冷たい空気を一瞬にして塗り替える。


光の霧がサァと晴れたそこには、宙に浮かんだまま、静かに和傘を回す少女が立っていた。

月詠霞が、そこに降臨していた。

「あなたたちが、この国の『最高の可能性』ね」

その瞳に見つめられた瞬間、五人の天才たちは、それぞれ全く異なる「プレッシャー」をその身に受けていた。しかし同時に、彼らの鋭い知性は、彼女が放つ気配の異常さに気づく。


霞はふわりと床に降り立った。

「驚かせてしまってごめんなさいね。でも、どんな人が選ばれたのか見てみたかったのよ。」

霞の瞳から、ふっと温度が消えた。

「ダンジョンは、地球という惑星が新しい次元へと移行するための『産みの苦しみ』よ。だけど、ダンジョンを食い止めるための力を持っている人間はかなり少ないわ。だからあなたたちには武器を作って欲しいの、そしてダンジョンを有効活用させ文明を成長させて欲しいわ。」

霞は白くて細い指先をすっと伸ばし、五人を指し示した。


「今戦っているあの子たちは、ただの時間稼ぎ。この破滅の波を乗り越えるために本当に必要なのは、武力じゃない。この『新しい世界』の物理法則を理解し、手懐け、新たな文明の土台を築き上げる、あなたたち五人の『知恵』なのよ」

「なるほどね」

神崎が、作業着の袖を乱暴に捲り上げた。

「つまり、俺たちにその『新しい世界』とやらを生き抜くための道具を作れってことか。だがな、神様。俺たちの技術は、既存の金属加工の限界にぶち当たってんだよ。あの魔物の皮を貫くには、この世界の物理法則じゃ足りねぇ」


「だから、それを書き換える『権利ライセンス』をあげるのよ」

霞がくすりと笑い、和傘の先端で、神崎の胸元を軽く突いた。


その瞬間、神崎の全身に古代の術式のような鈍い金属光沢の文様が浮かび上がっていく。だが、同時に彼を襲ったのは、焼け付くような熱と凄まじい衝撃だった。


「ぐっ……!? なんだ、この熱さは……!」


「神崎鉄也。あなたには『神域鍛冶マシンスミス』のライセンスを。触れた金属の分子構造を一時的に神代の合金クラスに引き上げる力。ただし、無から金属は生み出せないわ。より強い合金を造るには、それに見合う未知の鉱石を自力で『叩き混ぜる』必要がある。そして――引き上げた強度に比例して、あなたの筋肉と骨に凄まじい物理的反動がかかる。無理をすれば、あなたの腕が先に消し飛ぶわ」

神崎は歯を食いしばり、己の腕にかかる過負荷に耐えながら、不敵に笑った。


「ハッ、ただの魔法じゃねぇってわけだ。己の肉体を引き換えに限界を超える……。職人の仕事としては、その方が燃えるぜ」

霞はそのまま、流れるように他の四人へと向き直り、指先をかざしていく。


「白石凛。あなたには『真理観測アカシック・アイ』を。魔力という世界の情報コードを視覚的に捉える力。ただし、流れ込む情報量が多すぎるため、長時間の使用はあなたの脳細胞を焼き切るわ。1回の限界は数分。それに、見えるのは『暗号化された複雑な数式』だけ。それを解読してシステムに落とし込むのは、あなたの泥臭い計算力次第よ」


「あはっ……! 見える、世界が光の文字列で構築されてる……! でも、確かにこれ、脳が沸騰しそう……! 面白いじゃない!」

白石は眼鏡を外し、金色に輝き出した瞳から一筋の鼻血を流しながら、狂喜の笑みを浮かべた。


「水城透。あなたには『因果治癒レトロ・アクティブ』を。患者の肉体を『傷を負う前の状態』へと巻き戻す力。ただし、巻き戻せる時間は『負傷から最大1時間以内』。そして、巻き戻す際に発生する『激痛と疲労のログ』の一部を、あなた自身の肉体がバイパスとして一時的に肩代わりしなければならない。完全な死者を蘇らせることも不可能よ」


水城は、自分の手の平から立ち上る穏やかな青い光を見つめた。

「……命の時間を少しだけ巻き戻す権利。その代償が私の肉体への負荷ならば、安いものです」


「桐生悠真。あなたには『万物同調シンクロニシティ』を。魔力と電子回路を同調させ、魔導デバイスを起動させる力。ただし、接続にはあなた自身の神経(指先)を直接デバイスに同期させる必要があり、過負荷は神経系の麻痺を招く。それに、あなた自身が精密な『同調プログラミング』を物理的に組まなければ、ただの鉄屑のままよ」


「なるほど」桐生は神経に走るピリピリとした電流に顔をしかめつつ、不敵に笑う。

「完璧なプログラミングと、それを流す特殊なハードウェアがなきゃ動かない。ワンタップで動く都合のいい魔法アプリなんて存在しないってわけだ。素晴らしいね」


「そして、藤堂千春。あなたには『豊穣の福音グリーングロウ』を。ダンジョン植物の意思を汲み取り、成長を促す力。ただし、魔力を含んだ特殊な土壌や環境が物理的に整っていなければ、植物はすぐに枯れる。そして、狂暴な魔界植物と深く繋がりすぎれば、あなたの精神も一時的に侵食され、自我を失う危険があるわ」


「魔法で一瞬にして森を作ることはできないのね……」

千春は胸を締め付けられるような植物たちの声を聞きながら、静かに微笑んだ。

「でも、環境を整え、お互いを知りながら育てる。それは私がずっとやってきた『農業』と同じです。」


五人の身体に、それぞれの「不完全な刻印ライセンス」が刻まれる。

霞は、彼らが己の能力の「制約」と「対価」を瞬時に理解したのを見て、満足そうに和傘を揺らした。


「ふふ。勘違いしないでね。私はあなたたちを『無敵の超人』にしてあげるわけじゃない。そんなことをしたら、あなたたちの素晴らしい『人間の知恵』が腐ってしまうもの。これは扱いを間違えれば自分を滅ぼす、ただの不自由な『道具』。さあ、この諸刃の剣とあなたたちの最高の頭脳で――この絶望をどう攻略してみせる?」

金色の光が粒子となって消え去り、再びLEDの照明が元の明るさを取り戻す。


会議室に残されたのは、超常の力を得ながらも、それと同時に「物理的な限界、凄まじいリスク、他者の技術との連携の必要性」を突きつけられた五人の異才。


「……おい、総理」

神崎が、まだ放熱しきれない無骨な腕を組み、冷や汗を流しながら笑う。


「俺一人じゃ、型を維持するだけで腕が焼き切れる。桐生、てめぇのデバイスで、この鍛造時の熱を外部に逃がす冷却制御回路を作れ。すぐにだ」

「言われると思ったよ」

桐生はキーボードを超高速で叩きながら答える。


「白石姉さん、まずはその『眼』で、神崎のオヤジにかかる過負荷の波形パターンをデータ化して僕に送って。同調コードの最適化をするから」

「ええ、任せて! でも長時間は持たないから、一発で計測を終わらせるわよ!」

白石が鼻血を拭い、金色に輝く瞳で、神崎の腕に渦巻く熱の数式コードを凝視する。


「肉体の損耗は、私がその都度最小限に引き受けます。三人とも、手を出してください」

水城が静かに、彼らの負担を肩代わりするための準備に入る。


「私は、ダンジョン植物から抽出できる『耐熱性のある樹液』をすぐに精製します。神崎さんの防護服や、桐生さんの精密機器の絶縁体に使えるはずです」

千春がすでに温室の図面を広げ、植物たちの声を頼りに最適解を模索し始める。


神の力を得たからこそ、彼らはより深く、お互いの「技術」と「知恵」を繋ぎ合わせる必要があった。

完璧な役割分担、そして絶対的な相互依存。


総理大臣は、眼前で繰り広げられる「魔導科学の共同開発」の始まりに、震える手で深く深く頭を下げた。

「……すべて、要求通りに。国家の命運を、君たちに委ねる」


零時三十分。

外はまだ深い闇に包まれた、静まり返る日本。


しかし、この地下最深部から、人類が「不完全な神の理」をハッキングし、自らの知恵で未来を創り変える「最初の咆哮」が、静かに、そして確実に上がり始めていた。


東京都葛飾区。

かつては地下鉄の延伸予定地だった地下廃墟。そこが突如としてダンジョン化し、現在は「E級(最低ランク)」の低難度ダンジョンとして管理されていた。


出現する魔物は、鋭い牙を持つ巨大なネズミ「ダイア・ラット」や、酸を吐く粘液質の「アシッド・スライム」。

初心者ギフテッドが最初に挑むような、ごくありふれたダンジョンだ。


しかし、いくら最低ランクとはいえ、生身の人間にとっては十分に命懸けの場所である。

「うわあああ! 剣が、剣がスライムの酸で溶けた!」

「盾持ち(ディフェンダー)! 前を塞げ! 早く!」

若手の探索者パーティが、スライムの集団に囲まれて悲鳴を上げていた。


彼らの装備している鉄の剣や盾は、近代の量産品。魔力への耐性がなく、スライムの分泌する魔力性の強酸にあっさりと腐食させられてしまうのだ。


そこに、足音が響いた。

コツ、コツ、と、あまりにもこの場に不釣り合いな、落ち着いた足音。


「おいおい、そんなナマクラでダンジョンに入り込むなんて、自殺志願者か?」

作業着の腕をまくり、肩に大きな工具箱を担いだ神崎鉄也が姿を現した。

その後ろには、白衣を着た白石凛、神経接続用のグローブをはめた桐生悠真、救急カバンを持った水城透、そして小さな花の鉢植えを抱えた藤堂千春が、まるでピクニックにでも行くかのような気楽さで歩いてくる。


「お、おじさんたち、誰だよ!? ここは一般人が入っちゃダメな……!」

「いいから下がってな。今から、お前らの常識をちょっとばかり書き換えてやる」

神崎は工具箱をドサリと置くと、中から数振りの「奇妙なナイフ」を取り出した。


一見すると普通のサバイバルナイフだが、刃の表面には、青く細い光のライン――桐生が組んだ簡易的な「魔導回路」が走っている。


「さあ、テストを始めましょうか」

桐生が手元のスマートフォン型端末を操作する。


「神崎のオヤジが叩き、千春姉さんの『高硬度竹(ダンジョン竹)』の繊維を混ぜ込んだ試作1号。白石姉さん、スライムのコアの魔力周波数は?」


白石は金色に輝く瞳で、うねうねと迫り来るスライムたちを観察する。

真理観測アカシック・アイ』。

「スライムたちの情報コードは、水分と酸の『二重らせん構造』ね。その中心にある核――赤く光る数式の結合部分を狙えば、10グラムの衝撃で分子構造が自壊するわ!」


「なるほど、それならそんなに強い力(出力)は要らないね」

桐生は端末の画面をタップした。

「ナイフの振動周波数を、スライムの核の破壊周波数に同調シンクロ。神崎のオヤジ、いって」

「おうよ!」

神崎は、自らの腕に浮かび上がる鈍い金属光沢の文様――『神域鍛冶マシンスミス』を起動させ、ナイフの刃を撫でた。


神崎の体へのフィードバックは、ほんの少し「腕が温かくなる程度」に抑えられている。

神崎は、逃げ遅れた若手探索者の溶けかけた「鉄の剣」を拾い上げると、その刃の表面に、魔導ナイフから放たれる青い光をサッと移した。


「ほら、兄ちゃん。これを使ってみろ。一瞬だけ、そいつを『神代の合金』並みの硬度にしてやった。反動は俺のナイフが全部吸い取るから、お前には負荷はいかねぇよ」

「え、ええ……?」

呆然としながら、溶けかけた剣を受け取る若手探索者。


そこに、一匹の巨大スライムが飛びかかってきた。

「ひいっ!」

探索者が反射的に剣を突き出す。


その瞬間。

ジュ、と音がして剣が溶けるはずだった。

しかし、スライムの体躯が剣に触れた刹那、まるでガラスに熱湯をかけたかのように、スライムの肉体が「バチン!」と音を立てて霧散したのだ。

核が、一瞬にして分子レベルで自壊したのである。


「は……? え? 今、何が起きたの?」

剣を握った若手探索者は、全く手応えのなかった自分の手を見つめて固まった。

剣は、酸を完全に弾き返し、磨き上げたばかりのようにピカピカと輝いている。


「よし、次はこれだ。千春さん、例のやつを」

桐生が言うと、千春は微笑みながら、抱えていた鉢植えから「小さなトゲだらけの種」を取り出した。


「あの子たちは、アシッド・スライムの強酸が大好物なんです。……いってらっしゃい」

千春が種をスライムの群れに向かって投げ入れる。


『豊穣の福音グリーングロウ』。

千春の優しい魔力が種に宿った瞬間、種はスライムの強酸をぐんぐんと吸収し、一瞬にしてツタを伸ばした。ツタはスライムたちを次々と絡め取り、その酸を「栄養」にして、美しく黄色い花を咲かせていく。

ものの数十秒で、通路を埋め尽くしていたスライムの群れは、綺麗な「お花畑」へと姿を変えてしまった。


「う、嘘だろ……。あの厄介なアシッド・スライムが、一瞬でただのひまわりみたいに……」

若手探索者たちは、もはや腰を抜かして座り込んでいた。

「これ、後で回収して製薬ギルドに持っていけば、スライム除けのポーションの原料になるわ。お小遣い稼ぎにはぴったりね」

白石が楽しそうに笑う。


その時、ダンジョンの奥から「ギャアアア!」という耳を裂くような鳴き声とともに、このダンジョンのボスである「ダイア・ラット・キング(D級)」が姿を現した。


通常のネズミの数十倍、軽自動車ほどの大きさがある凶暴な魔獣だ。

「ボ、ボスだ! 逃げて――!」

探索者が叫ぶが、神崎は一歩前に出ると、魔導ナイフの柄をトンと叩いた。

「おい悠真、あのデカブツの額の硬度、少し下げられるか?」

「簡単だよ。白石姉さん、ターゲットロック」

「オッケー、額の分子結合コードを書き換え(デコード)したわ!」

桐生が指先からコードを送り、神崎がそのナイフを無造作に、ネズミの額めがけて投げた。


ただのナイフスロー。しかし、白石の観測と桐生の同調によって「ネズミの額の硬度だけが、豆腐並みに柔らかくなった瞬間」に、ナイフが正確に突き刺さった。


ドォン!!

物理的な衝撃以上の、魔力の波動がネズミの脳内で弾け、巨大なボス魔獣は一歩も動けぬまま、その場に崩れ落ちて消滅した。

「――テスト終了。お疲れさん」

神崎が、煙の上がるナイフを拾い上げ、肩をすくめた。


「あの……おじさん、お姉さんたち、一体何者なんですか……?」

若手探索者が、震える声で尋ねる。

水城が、戦闘で少し擦り傷を負った探索者の前にしゃがみ込み、静かに手をかざした。

因果治癒レトロ・アクティブ』。

「かすり傷ですね。はい、10秒前に巻き戻しました」

「えっ、治っ……ええ!?」

水城は優しく微笑み、立ち上がった。


「私たちは、ただの『技術屋』ですよ。……神崎さん、この普及型の魔導回路、通常の探索者の魔力でも安定して稼働するようです。これなら、今のアカデミーで配られている粗悪な装備を一掃できますね」


「おう。大田区の町工場をフル稼働させれば、来月にはこの『スライム殺しの剣』を数千本は出荷できるぜ。ギフテッドじゃない普通の人間でも、これがありゃダンジョンで死ぬことはなくなる」


「はは、魔導武器の量産化だね。これでギルドのパワーバランスも、僕たちの手の中でひっくり返るわけだ。ワクワクするね」

桐生がスマートフォンをポケットにしまい、満足そうに笑った。

神から与えられた、欠陥だらけの不自由な力。


しかし彼らは、それを「一般の探索者でも安全に、かつノーリスクで使えるシステム」へと、見事に落とし込んでみせた。

普通のダンジョン。

それは昨日まで、人々が命を散らす過酷な戦場だった。


しかし今日から、この五人の「知恵」によって、そこは安全に資源を回収できる、ただの「狩り場」へと書き換えられていく。


「あはは! これでまた、世界が私たちのロジックにひれ伏すわね!」

白石の笑い声が、地下鉄ダンジョンの奥深くへと響き渡る。

人間の知恵による、ダンジョンの完全ハッキング。

彼らのもたらす「日常の革命」は、ここから静かに、世界中に浸透していくのだった。


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