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記者会見

新宿第二ダンジョン攻略作戦を、翌日に控えたその日。


日本政府は、全世界の歴史を文字通り根底から塗り替えることになる、一本の「緊急記者会見」を急遽執り行った。


場所は首相官邸、大ホール。普段であれば、国家の命運を左右する経済政策や、緊迫する外交問題などを発表する、厳粛にして格式高き場所。

しかし、今日この場所に集められた世界中の報道機関が放つ空気は、かつてない異様な緊張感と、言語化できない不穏な予感に包まれていた。


『――間もなく、日本政府による緊急の公式発表が行われます』


『現時点で発表の内容については一切が完全に秘匿されており、我が国の政府首脳陣だけでなく、米国をはじめとする世界各国も極限の警戒態勢のなかで注目している模様です』


街頭の大型ビジョン、テレビの生放送、インターネットの動画配信、そして地球上のあらゆる主要メディア。


そのすべてが、同時通訳の回線を繋ぎ、今まさに開かれようとしている日本の門戸を凝視していた。


やがて、重厚な扉が開き、壇上へと一人の男が姿を現した。神宮寺。日本政府特別対策室の最高責任者であり、この未曾有の国難において事実上の全権を握る男だ。

彼は無数のフラッシュを浴びながら、一歩一歩、確実な足取りでマイクの前へと歩みを進めた。その表情は鉄の如く冷徹で、寸分の揺らぎもない。


「……本日は、我が国の国民の皆様、そして今この瞬間、この放送をご覧になっている世界中のすべての皆様へ、極めて重要かつ、信じがたい事実をお伝えするためにこの場に立ちました」

神宮寺の声がスピーカーを通じて響き渡った瞬間、それまでざわついていた会場が、水を打ったように静まり返る。


「これまで我々人類は、突如として現れた『ダンジョン』という未知の超常、そしてそこから這い出る魔物の脅威に対し、常に防戦を強いられ、戦い続けてきました。多くの尊い命が失われ、我々の愛する国土の多くが危険区域として人類の手から奪われました。……しかし」

神宮寺は、一度言葉を切った。その視線が、レンズの向こうにいる何億という人類の瞳を射抜く。


「我々は先日、これまで人類が歴史のなかで一度たりとも確認したことのない、完全なる『規格外の存在』と接触いたしました」

その一言で、前列の記者たちが目に見えてざわつき始めた。


「存在……? 一体何のことだ」

「新種の、未知の高等魔物ですか!?」

矢継ぎ早に無数の質問が飛び交うが、神宮寺は一切の動揺を見せず、静かに、しかし断固とした拒絶の意を込めて首を横に振った。


「違います。魔物などという、低俗な括りではありません。その存在とは――」

会場の空気が、張り詰めた弦のように限界まで引き絞られる。


「――『神』です」

一瞬。あまりにも突拍子もないその単語に、誰も反応することができなかった。


「……今、何とおっしゃいましたか?」


「神……? 宗教的な比喩ですか?」


困惑と失笑、そして疑念が瞬く間に記者たちの間に広がっていく。しかし、神宮寺の瞳は、冗談を言っている人間のそれではない。


「我々も、最初はその冷酷な現実を、にわかには受け入れることができませんでした。しかし、彼女は我々人間の浅薄な知性と科学の粋を集めても、決して説明のつかない『超常の力』を目の前で示されました。そして、滅びの淵に立つ人類へ向けて、明確な協力を申し出たのです」


神宮寺が手元のスイッチを押すと、ホログラムの巨大スクリーンに、ある一本の映像が映し出された。


そこに映っていたのは、夜の闇のような美しい銀髪をなびかせた、一人の儚げな少女――月詠霞。


それは、彼女が首相官邸の最高警戒区域に、いかなる物理的予兆も残さず、空間そのものをガラスのように歪めて平然と姿を現した瞬間の記録映像だった。


最新の防衛システムが全く感知できず、超高精度のカメラのフレームレートすら乱しながら「無」から「有」へと転移したその現象。映像が流れた瞬間、会場は悲鳴にも似た騒然たる空気へと一変した。


「嘘だろ……合成じゃないのか!?」


「あの少女が……本当に、神なのか……?」

神宮寺は、ざわめく群衆を冷徹な声調で制しながら説明を続けた。


「彼女の名は、月詠霞。本人の言葉を借りるならば、この世界というシステムそのものを『管理・運営する存在』だそうです。世界中が今、この映像を目にしていることでしょう。信じがたいかもしれませんが、これが我が国、そしてこの地球に起きた紛れもない『現実』です」


さらに、神宮寺は次の機密資料を画面に表示した。


「そして、彼女は人類がダンジョンという絶望に対抗するための『大いなる力』を、我が国に授けてくださいました」


青白い光のなかに映し出されたのは、昨日力を授かったばかりの五人のポートレートだった。

東條蓮、白石凛、黒崎修吾、藤堂玲奈、桐谷蓮司。日本の頂点に立つ戦士たちの姿だ。


「この五名は、神より直接その魂に異能を刻まれた、最初の『神授能力者アポストル』です」

ホールの喧騒は、すでに制御不能なレベルにまで達していた。


「能力者だと!? 人間に神の力を与えたというのか!?」


「本当にそんな漫画のようなことが現実に……!」


押し寄せる怒号のような質問を余所に、神宮寺は淡々と、しかし確固たる決意を込めて告げた。


「彼らは明日正午、特別攻略部隊として初のダンジョン攻略作戦を敢行します。目的は唯一つ。現在の人類には到達不可能とされていた未開区域へと足を踏み入れ、神の力がもたらす『人類の反撃の可能性』を、その戦いをもって世界へ証明することです」

一人のベテラン記者が、狂気すら孕んだ目で必死に手を挙げ、叫んだ。


「その『神』とやらは、本当に、本当に我々人類の味方なのですか!? 何か恐ろしい対価を求められているのでは!?」

神宮寺はその問いに対し、ほんの少しだけの間を置いた。そして、重々しく答えた。


「少なくとも、現在我々が確認し、契約を交わした情報においては。彼女は人類に対して牙を剥くような敵意は持っていません。そして――彼女から授かったこの力によって、我々は絶望的な防衛戦を終え、初めてダンジョンへ挑むための『武器』を手に入れた。その事実こそがすべてです」

会見をリアルタイムで見ていた世界中の人々は、完全に言葉を失っていた。


神の実在。超常の能力。そして、新たな神授の攻略隊。今まで神話や空想の絵空事の中にしか存在しなかった概念が、圧倒的な現実として目の前に突きつけられたのだ。


そんな中、


政府が用意した、最高級の迎賓館の一室。


霞はソファーにだらしなく寝そべりながら、大画面のテレビに映し出される神宮寺の神妙な顔を眺め、高級なポテトチップスをパリパリと音を立てて囓っていた。


「へぇ。あのおじさん、随分と大層に、ちゃんと私のことを説明したじゃない」

会見を終え、額の汗を拭う暇もなく報告に訪れた神宮寺が、部屋の入り口で一礼する。


「不都合はございませんでしたでしょうか、霞様」


「うん、全然いいわよ」

霞は振り返り、悪戯っぽく笑った。


「変に隠し通して後からバレる方が、人間ってパニックになるものでしょう? それにね」

彼女は手についた塩をパッパと払い、少しだけ真面目な顔をして言った。


「私が神様だって誰も知らないまま、私が授けた力だけが都合よく使われるのって、なんだか神様としてのプライドに障るじゃない。私が力をあげたんだって、世界中に威張ってくれた方が気持ちいいもの」

そう言ってクスリと笑うと、彼女は画面に映し出されている五人の戦士たちの顔をじっと見つめた。


「さて。この子たちが明日、私のあげたオモチャを使って、どんな面白い未来を見せてくれるのか……少しだけ、楽しみにさせてもらうわね」

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