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作戦決め

劇的な能力付与の儀式から、数時間が経過した。


日本政府特別管理区域の地下会議室には、再び政府首脳陣とダンジョン研究班の精鋭たちが集結していた。


しかし、昨日まで室内に立ち込めていた、あの押し潰されそうな絶望感と焦燥は、今はもうない。誰もが肌で感じていたのだ。

この国は、いや人類は、ついに世界の理を覆すほどの絶対的な力を手に入れたのだという、確固たる事実を。


正面の大型モニターには、日本各地に点在するダンジョンの最新状況が、冷徹な光を放ちながら映し出されている。

「現在、我が国の領土内で確認されているダンジョンは合計三百二十七ヶ所」

天城研究所長がレーザーポインターを手に、淀みのない声で説明を始める。


「そのうち、魔物の氾濫アウトブレイクが懸念される危険度A以上の指定ダンジョンは四十二ヶ所。……そして、特に国家防衛の観点から喫緊の課題となっているのが、この三ヶ所です」

画面が切り替わり、禍々しい赤色で強調された三つの地名が表示された。


『北海道第七ダンジョン』『大阪地下迷宮』『東京第一深層ダンジョン』


その文字を目にした瞬間、室内に鋭い緊張が走る。


「いずれのダンジョンも、未だ人類が足を踏み入れていない未到達区域ブラックボックスを大きく残しています。これまで我が国の誇る攻略隊を何度も編成し、決死の覚悟で派遣してきましたが、いずれも最深部への到達すら叶わず、手痛い撤退を余儀なくされてきました」

鬼塚防衛大臣が、深く刻まれた眉間の皺を指でなぞりながら腕を組む。


「つまり、神託によって生まれたあの五人の力を投入する、最初の実戦候補地がこの三ヶ所ということだな」

「はい」

天城は小さく頷いた。

しかし、彼女の知性的な瞳には、慎重な光が宿っている。


「ですが、私は彼らをいきなりこれら最深部の攻略へ向かわせるべきではない、と考えています」

その言葉に、中央に座る神宮寺総理が静かに問いかけた。


「……理由は何か、天城」

「霞様から授かったあの力は、間違いなく規格外のものです。ですが、現在の我々にはその詳細なメカニズムが完全には把握できていません。実戦の過酷な環境下で、脳の処理速度や肉体への負荷がどのように発現するのかは未だ未知数です。まずは、想定内のリスクで運用できる安全な環境において、出力の検証と連携の確認を行う必要があります」


「要するに、私たちの『試運転』が必要ってことでしょ?」

会議室の端、影を背負うようにして控えていた五人の中から、白石凛が鈴を転がすような、しかし不敵な声を出した。

全員の視線が、一瞬にして彼女たち五人の異能者へと集まる。


天城はその視線を受け止め、毅然と頷いた。

「その通りです。まずは中級ダンジョンで新能力の検証を行い、実戦データを取り除く。その後、段階を経て高難度ダンジョンへと移行するのが最も合理的です」


第一部隊の隊長に任命された東條蓮が、ホログラムの地図を鋭い眼光で見つめる。

「検証に適した候補地はどこだ?」


天城が手元を操作すると、新たなデータがポップアップした。

「『神奈川第二ダンジョン』。危険度B。現在の攻略率は六十七パーセントです。最深部には未確認領域が残されており、生息する魔物の強度も、新能力の検証および戦闘データの収集には最適であると判断しました」


東條は自身の拳を軽く突き合わせ、冷徹に微笑んだ。


「丁度いいな。ただの訓練場での的当てでは、力の限界値は測れない。命の危険が適度にある戦場こそ、検証にはお誂え向きだ」


白石凛もまた、その美貌に獰猛な笑みを浮かべる。

「ふふ、これなら退屈しなさそうね。私の新しい魔力、早く試してみたかったの」


神宮寺は、すでに自らの力を御しつつある五人の顔ぶれを見据えた。

「異論はあるか?」


誰一人として、声を上げる者はいなかった。その目に宿るのは、人類の反撃を背負う者としての、圧倒的な覚悟だけだ。

「決まりだ」

神宮寺は手元の資料をパタンと閉じる。


「三日後、新設された特別攻略部隊による、神の力を得た初のダンジョン攻略作戦を実施する」


その重々しい一言に、会議室は水を打ったように静まり返った。人類史上初、神授の力を得た者たちによる前転攻勢。この作戦の結果は、これからの人類の生存戦略を、そして戦い方の歴史を根底から塗り替えることになる。


しかし、ここで高城官房長官が、ふと思い至ったように一つの懸念を口にした。

「……総理。あの『霞様』は、今回の作戦に同行されるのでしょうか?」


その問いに、室内の全員が神宮寺の反応を待った。彼女が前線に立てば、どんなダンジョンであれ一瞬で塵に帰すだろう。神宮寺は少しの間、目を閉じて思考を巡らせた。そして、ゆっくりと目を開く。


「……私が直接、確認してこよう」

数十分後。政府が彼女の要望通りに最高級の設えで用意した、迎賓館の一室。


重厚な扉を開けた神宮寺の目に飛び込んできたのは、テーブルの上に山ほど積まれた高級洋菓子を前に、楽しげにテレビのバラエティ番組を眺めている霞の姿だった。


「霞様、少々よろしいでしょうか」

神宮寺が極めて礼儀正しく声をかける。


「あら、総理。どうしたの? このクッキー、すごく美味しいわよ」

霞は振り返り、手にした焼き菓子を掲げて無邪気に見せた。


「恐れ入ります。……実は三日後、先ほど能力を授けていただいた五名による、初のダンジョン攻略作戦を予定しております」

「へえ、そうなの」

霞はクッキーをサクッと小気味よく囓りながら、興味なさげに画面へと視線を戻した。


「それで? 私に何か用?」

「もし可能であれば、彼らの初陣に、霞様も同行していただけないかと考えておりまして。神の御前で、彼らの戦いを見ていただきたく存じます」

神宮寺の丁寧な要請に、霞は咀嚼の手を止め、少しだけ首を傾げて考え込んだ。


「うーん……」

長い睫毛が揺れる。そして、彼女は再び少女らしい満面の笑みを浮かべて言い放った。


「行かない!」

それは、一切の交渉を拒絶する、あまりにも見事な即答だった。


「……不躾ながら、その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

予測していたとはいえ、神宮寺は落胆を押し殺して問いかける。


「だって」

霞はソファーの上で膝を抱え、諭すように神宮寺を見つめた。


「私が最初からずっと一緒に付いていって、横から手を貸しちゃったら、あなたたち人間はそこから先、全然成長しないでしょ? 私はあなたたちに『生き残るための力を貸す』と契約したけれど、『すべての問題を代わりに解決してあげる』とは言っていないもの」


神宮寺は、言葉を失って沈黙した。彼女の言うことは、あまりにも冷徹で、そして正論だった。神の庇護に完全に依存した種族は、自立する力を失い、いつか滅びる。


霞はテレビを消し、その神秘的な瞳で神宮寺の心を射抜くようにして言葉を続けた。


「私はね、あなたたちがその知恵と、新しく手に入れた力を使って、自分たちの足でどこまで遠くへ行けるのかを見てみたいのよ」

そう言って、彼女はいたずらっぽくクスリと笑った。


「でも、安心しなさい。本当に、どうしてもあなたたちの手に負えなくなって、全滅しそうなくらい危なくなったら、ちゃんと助けてあげるから。……一応、これでも私は神様だからね」

軽やかで、まるで冗談のような口調。

しかし、その言葉の裏には、この世界のどんな軍隊や兵器よりも絶対的な「安心感」という名の神威が横たわっていた。


「……肝に銘じます。お騒がせいたしました」

神宮寺は深く一礼し、部屋を後にした。


神の同行は得られなかった。しかし、それでいい。いや、それこそが望むところだ。


こうして、神の傍観に見守られながら、人類初の神授能力者たちによる、運命の最初の攻略作戦が静かに幕を開けようとしていた。


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