第六話 暗転
例年よりいくらか遅い梅雨入りを迎え、今日も外は雨模様だ。
エアコンの調子が悪く、室内には湿気が籠もっている。
3日前に業者が来て、罵詈雑言の書かれた紙が多数貼り付けられていた玄関のドアを綺麗にしていった。
同様の被害の再発を防ぐために、自腹を切っていくつかの機器を設置した。
玄関前に人がいると照明が点滅する動体センサー付きライトと、監視カメラ。
もっともカメラの方はガワだけの偽物だが。
本格的に録画保存するだけのシステム一式を導入するとなると、それなりに費用が掛かる。
払えない額ではないが、一介のIT土方の収入には手痛い出費だ。
カメラを模したハリボテで我慢する事にした。
外観からはハリボテなのか本物のカメラなのか識別する事は困難であり、それなりの抑止効果はあるだろう。
防犯用品への投資が効果を発揮したのか、あれ以来おかしな事は起こっていない。
毎朝玄関のドアを確認しているが、誹謗中傷の書かれた紙が貼り付けられる様な事は発生していない。
私は平穏な日常を取り戻しつつあるらしい。
仕事はそれなりに立て込んでいる。
今年の春に入った新人が逃亡したとかで、新人の分の業務は当然として、その処理に追われる上司の仕事の一部までが降ってきて、作業チームはてんやわんやだ。
山積するタスクをどうにか片付けて、今日の仕事はここまでと切り上げた時には21時を回っていた。
備蓄の食料は既に尽きている。
冷蔵庫の中には調味料くらいしか残っていない。
本格的な買い出しは明日にするとして、とりあえず今夜の食事を調達しなければ。
こんな時間ではコンビニくらいしか開いていないだろうが、他に選択肢がないのだからどうしようも無い。
財布をポケットに突っ込んで、サンダルをつっかけて部屋を出た。
.............................
Booting emergency mode.....
「うっ……」
自分の呻き声で目が覚めた。
ここはどこだ?
真っ暗で何も見えない。
身体を動かすことも出来ない。
座った姿勢で椅子に縛り付けられている。
いったいどういう事だ?
この状況に至る記憶がまったく抜け落ちている。
確か私は仕事を終えて、夕食を調達するために外出しようとしていたはずだ。
電脳の活性を簡易check。
Checking...
42%...61%...78%...88%...96%...98%...Complete!
Resultは概ね問題無いようだ。
今は6月15日23時42分だ。
回線接続状態はoffline。
どういうわけかinternetに接続することが出来ない。
構成deviceのstatus一覧を呼び出す。
cellular回線に接続するためのdeviceがdisableになっていた。
有効化しようとするが、操作が拒否されてしまう。
その他の通信関係deviceも軒並み同様だ。
何者かによるcrackingを受けている可能性が高い。
それは椅子に縛り付けられている現状と根を同じくする問題だろう。
早急に今私の身に起こっている事態を把握する必要がある。
過去3時間の動作logを読み込み、再生する。
20:42 orderである拡張現実プログラムの不具合修正作業を実施中
20:44 別の作業者が担当する箇所との不整合を発見し、担当者に問い合わせ
20:48 担当者からメッセージを受信
20:49 明日の始業後すぐに打ち合わせを実施する事を提案される
20:51 提案を了承する旨を担当者に返信
20:54 本日分の業務報告を上司に送信
ここら辺は良いだろう。
何か異変が起こったとしたら、もっと先だ。
21:35 コンビニで焼きうどんと明太子スパゲティのどちらにするべきか逡巡する。
21:36 コンビニで発泡酒にするべきか酎ハイにするべきか迷う。
この辺も関係ないだろう。もっと先だ。
21:51 自宅マンションに戻る。
21:52 エレベーターの呼びだしボタンを押す
何かあったとしたら、この辺だ。logのlevelをlowからmidに上げる。
21:52:58 エレベーターが到着
21:53:03 エレベーターに乗り込む
21:53:39 エレベーターが9Fに到着
21:54:41 エレベーターの扉が開く
21:54:45 エレベーターから降りる
21:55:07 自室の玄関前に到着
21:55:08 ポケットから鍵を取り出す
21:55:09 後頭部に強い衝撃
21:55:10 意識喪失
ここだ。ここで何者かによる攻撃を受けたのだ。
その後、logはblankになっている。
先程目が覚めるまでの間の事はまったく記録されていない。
意識すると後頭部がジワジワと痛み出した。
何かで殴られて失神した可能性が高い。
おそらく犯人は意識を失った私を拉致してここに縛り付けたのだろう。
極めて危険な状態だ。
助けを求めようにも、通信関係のdeviceは軒並みdisable化されていて、どうしようも無い。
私は改めて自分が絶体絶命の危機にある事を認識した。
続く




