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第6話 火の聖者・メディ(1)

 将也を包んでいた光が弾ける。

 その瞬間、彼の視界に街の広場が飛び込んできた。


「うおっ!? いきなりなんだここ!?」


 将也は素っ頓狂な声を上げて周囲を見渡す。


 後ろには円形の石壁に囲まれた噴水があり、彼の両隣にはルシアとリーシャが立っている。広場には魚介類の歩き売りをする人や体操をする人が目立ち、絵を描いている者や読書をする者もいた。


 朝日に照らされたこの街には、木造の家屋が並んでいる。その大半が三階以上のもので、屋根は三角形。石畳の道路は綺麗に整備されていて、この時間から多くの人が行き交っている。ありきたりな言い方をすれば、中世ヨーロッパ風の街並みだった。


 将也が周囲を一通り見終えたところで、ルシアが両手を広げた。


「ここは大陸西側に位置するウェッセイ国、その沿岸部にあるセカセカという街です。学術や芸術に加えて漁業も盛んなところですね。美味しい魚料理がたくさんありますよー」


 彼女は両手を広げてそう言い、愉快そうな笑みを浮かべる。そして、その場で体を横に一回転させた。


 その一方で、リーシャは腕組みをしながらため息をついていた。


「わたしは、人混みが苦手なのだけどね。まあ、これも我らの使命のためだ。仕方ない」


 楽しそうなルシアと、困り顔のリーシャ。そんな対照的な二人を見ながら、将也はルシアに尋ねる。


「それで、今回合流する火の聖者って奴は、どんな難題を押し付けてきてるんだ?」


「ああ、そのことですが、時間が無いみたいだから直接診療所に案内しろ、と火聖は言ってましたよ。時間に余裕を持ってショウヤを召喚した場合には、ショウヤ一人に診療所を探させるというめんどくさいイベントがあるんですけど、パス出来てよかったです」


 ルシアは白い歯を見せながら、心の底から嬉しそうに笑う。

 彼女のその仕草に、将也は思わず眉をひそめてしまった。


「お前、その喜びよう……まさかその途中で戦闘があったんじゃないだろうな?」


「まあ、その通りですねー。具体的には、ひったくりを将也が追って、その先で火聖と会うという感じです。これ、石板に彫らないといけないイベントのようなので、カットできて本当に最高の気分です」


 ルシアはそう言って咳払いをし、表情を引き締めた。


「さあ、いつまでも立ち話なんかしてないで、さっさと火の聖者に会いに行きましょう!」


 彼女は従者たちにそう告げて右手を高く挙げ、率先して歩き出す。それは勇み足と言うのが相応しいほど、力強い足取りだった。


 しかしその直後、ルシアの腹から壊滅的な音が鳴り響いた。彼女は両腕で腹を抱え、青ざめた顔でしゃがみ込む。


「あいたたたた……せきばん、せきばん……」


 ルシアは苦悶の声を漏らしながら、異空間から石板とノミとハンマーを取り出した。彼女は石板を魔法で胸の前に浮かせ、金具を両手に持つと即座に文字を刻み始める。


 すると、腹の音が鳴り止み、彼女の顔色がみるみるうちに回復した。

 ルシアは跳ねるように立ち上がり、笑顔で従者二人に振り向く。


「さあ、気を取り直してゴーゴー!」


 ルシアは明るい声で宣言し、再び目的の方向へと歩き始めた。


 将也とリーシャは互いに目を合わせて苦笑し、ルシアの後をついて行った。


 盛大に音を立てながら石板を彫るルシアは街の人々から奇異の目で見られていたが、当の本人はまったく気にしていない様子だった。将也とリーシャは極力他人の振りをしながら、ルシアの後を追うのだった。




 それから賑わう市場をしばらく歩いた後、三人は小さな道に入った。


 その道を少し進むと白い建物が見えた。その入口には人が列を作って何かを待っている。その数は十人を超えている。どうやら、この三階建ての家屋が、目的の診療所のようだ。


 ルシアは石板と金具を異空間に放り投げ、診療所へまっすぐに歩いていく。


「ごめんなさーい! 私ここの関係者なので通してくださーい!」


 ルシアは待機列を割って、悠々と診療所の中へ入った。


 将也とリーシャは待機列の人たちに小声で断りを入れながら、申し訳なさそうに目的地の敷居をまたいだ。


 診療所の一階は、椅子とベッドがあるだけの殺風景な部屋だった。一面白色で清潔感はあるが、飾り気といったものは一切無い。


 そして、その椅子には一人の美少女が座っていた。


 彼女はショートカットの茶髪で、活発そうな顔つきをしている。身長は将也よりも少し低めで、スレンダーな体型。シャツと長ズボンは赤色で、その上には白いマント。足には茶色のブーツを履いている。


 そんな少女の前では、十歳前後の男の子がベッドに腰かけていた。男の子の右脚は、本来向いてはならない方向に曲がって腫れている。


 少女はその男の子の脚に両手を伸ばした。


 すると、少女の手が緑色に光り、その光は骨折した箇所を優しく包み込んだ。それから十秒もしないうちに腫れが引き、男の子の右脚は正常な形に戻っていった。


 少女は患者の脚を触って完治したのを確認すると、満面の笑みを浮かべた。


「よし! これでいいな! 度胸試しはいいけど、屋上から飛び降りるなんて馬鹿なことは二度とすんなよな!」


「うん! わかった! ありがとう、おねえちゃん! お金置いとくね!」


「おう! 怪我しねえようにな!」


 少年は数枚の硬貨をベッドに置くや否や、笑顔で外へと走り去っていった。


 医者らしき少女は少年の背中を微笑ましそうに見送った直後、表情を一変させてルシアたちを睨み付けた。


「おい、急患じゃねえなら割り込みやめろ」


「やだな~メディったらもう! 私のこと忘れちゃったんですか~?」


 診療所の主から厳しい視線を向けられているにもかかわらず、ルシアは緩んだ笑みを浮かべた。


 メディと呼ばれた少女は、冷めた目で大魔法使いを見ながらため息をつく。


「忘れてねえよ。んで、そこの女の姿をした男が、風聖か。後で相手してやるから海のほうで待ってろ。今は忙しいんだ。ここで石板をカンカンされるのも迷惑だしな」


 メディはそう言って手を払い、視線を入口に向ける。


「次の人、どうぞー!」


 彼女がそう呼びかけると、今度はガタイのいい中年男性が左肩を押さえながら入って来た。彼の肩に巻かれた包帯は赤く染まっている。


 医者の少女は立ち上がり、その男を椅子に座らせた。彼女は患者の後ろに立ち、診療に集中し始めた。


 そんな状況の中、ルシアたちは診療所の隅で互いに顔を見合わせる。


「ここはメディの言う通りにしておきましょうか」


 ルシアはそう言って指を鳴らし転移魔法を発動させた。彼女は将也とリーシャを引き連れて、静かに診療所から姿を消した。




 その後、ルシアたち三人は浜辺の石段で体育座りをして、メディを待った。


 将也とリーシャはひたすら海を眺め、ルシアは石板を彫り続ける。海では漁師たちが威勢の良い声を出しながら作業をしている。そんな時間が過ぎていった。


 やがて昼になり、仕事を終えた漁師たちが街のほうへ歩いていく。

 それと交代するかのように、三人の後ろから少女の声が聞こえた。


「待たせたな」


 その言葉で三人は我に返り、瞬時に後ろを振り向いた。


 そこには、メディが柔らかな笑みを浮かべながら立っていた。彼女の服装は診療所に居た時と大差ないが、その腰には剣の鞘が黒光りしながらぶら下がっている。


 ルシアはメディを見るや否や、頬を膨らませながら両手を突き上げた。


「もう! 遅いじゃないですかー! 時は一刻を争うんですよ!」


「ははっ、わりぃわりぃ。今日の午前を最後にしばらく診療所を閉めるっつったら、患者が押し寄せて来やがってよ。でもまあ、海の仕事も一段落ついたとこみてぇだし、ちょうどいいんじゃねえのか?」


 メディはそう言いながら頬を緩める。悪いと思っているのかいないのか判別がつかない、そんな笑みだった。


 彼女が遅れた理由を述べている最中、ルシアはその両脚を拳で何度も叩いていたが、メディはまったく動じなかった。


 メディは柔らかな表情のまま、将也に顔を向ける。


「それで、お前が風聖候補のショウヤだな。だいたいのことはルシアから聞いてる。あたしはメディ。このバカっぽい大魔法使いの従者の一人で、火の聖者だ。普段はこの街で診療所をやってる。よろしくな」


「ああ、よろしく」


 将也はメディの融和的な態度に困惑しつつも、彼女に無難な挨拶を返した。


(なんか、俗っぽくて聖者らしくないな……まあ、ボーイッシュな可愛らしさはあるけど)


 彼はメディと目を合わせながら、そんなことを思った。


 メディはまだルシアに脚を叩かれ続けているが、そのようなことはまったく気にも留めずに涼しい顔をしている。ポカポカという擬音が似合いそうな光景だった。


 火の聖者は将也を数秒間見つめた後、その視線を水の聖者へと移した。


「で、リーシャが認めるってことは、こいつはそれなりに強いってことでいいんだよな」


 メディは右手の親指で将也を指し、リーシャにウィンクをする。

 リーシャは凛々しい表情で頷いた。


「ああ。現時点では魔力以外たいしたことは無いが、戦闘の素質はそれなりのもの。鍛える価値はある」


「そっかぁ。それなら、あたしもそこそこのハンデをつけよっかね」


 メディは上機嫌そうに跳び上がり、砂浜に降り立った。彼女は将也たち三人に振り向き、自分の足下を指差す。


「よし、ショウヤ! ここでテストするぞ! ルシアはリーシャの時と同じように審判をやれ!」


「ああ! さっさとやろうぜ!」


「はいはーい!」


 将也は意気揚々と立ち上がり、ルシアは一転して明るい表情を浮かべた。二人はメディとともに砂浜の中央部に向けて歩き始める。少し遅れてリーシャも立ち上がり、三人の後をついて行った。


 目的の場所に到達すると、メディと将也は互いに距離を取って相対した。


 メディは彼に向けて右拳を勢いよく突き出す。


「ショウヤ! 風聖になりたいなら、あたしを認めさせてみな!」


「待たせたくせに偉そうにしやがって! お前も経験値にしてやる!」


 将也も彼女と同様に声を張り上げる。


 実のところ、将也はメディの強引さに押されそうになっていた。だが、試験が始まる前に臆していては負けたのと同じ。将也はあえて強い言葉を使うことで、自らの戦意を増大させた。


 睨み合うメディと将也の間にルシアとリーシャが立つ。

 ルシアは大きく息を吸い込み、右手を高く挙げた。


「というわけで。第二回、風聖試験をおこないまーす! ルールはメディのほうからどぞ!」


「ルールは簡単だ。あたしとショウヤが戦う。ショウヤは自由にやれ。あたしは剣と魔法を使うけど、手足に結構な重りを付ける。あたしの背中が地面に付くか、あたしが重りを外してしまえばショウヤの勝ち。ショウヤが降参すれば、あたしの勝ち。ショウヤが勝てば、あたしはショウヤを風聖として認めてやるよ」


 メディは右手を突き出したまま、将也に向けて試験のルールを説明する。


 その後、彼女はリーシャに目を向けた。その視線受けた水の聖者は、面倒くさそうにため息をつく。


「で、その重りをわたしに作れってことか。まあ、いいけど」


 リーシャは渋々といった様子で、メディに向けて両手を伸ばした。


 水聖の両手から魔力が放たれる。すると、周囲の砂が浮かび上がり、メディの両手足に巻き付き始めた。それらは次第に黒へと変色し、やがては腕輪と足輪に姿を変えた。それはまるで四肢に鉄が巻き付いているかのような光景だった。


 メディは腕の重りに引っ張られて、少し背を丸めてしまった。


「おいおい重いなこれ。まあ、ちょうどいいや」


 彼女は両腕を力なくぶら下げながら、愉快そうに口元を上げる。その後すぐにメディは深呼吸をして、背筋を伸ばした。


 メディの視線が将也に向いた瞬間、ルシアが両手を挙げて口を開いた。


「参考までに、二人のステータスです! 将也はレベル30、体力15、魔力85、力15、速さ15、防御15、戦闘センスはC! 一方、メディはレベル91、体力70、魔力95、力82、速さ85、防御81、戦闘センスはA! メディの属性は火なので、地属性に強く水属性に弱いです!」


 審判の彼女は早口でそう述べる。その頭上には、リーシャ戦と同じように青い文字が浮かび上がっていた。


 大魔法使いは手の指先を伸ばし、大きく息を吸い込む。


「それでは、試験スタート!」


 ルシアの大声とともに、彼女の両手が勢いよく振り下ろされた。





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