第5話 水の聖者・リーシャ(2)
風聖試験の開始直後、将也は両手を突き出す。
「ウィンドショット! ウィンドショット! ウィンドカッター! トルネード!」
将也はリーシャに向けて魔法を連射した。
風の塊を二つ発射し、風の刃を仕向け、竜巻を発生させる。力は圧倒的に相手の方が上なのだから、初めから全力でいかなければ将也に勝ち目はない。
初手からの風魔法連撃を、リーシャはその目で捉えた。彼女は二発の風弾を一歩動くだけで躱し、風の刃は槍で弾き飛ばす。竜巻は避けようとせず、その中心で腰を低くして攻撃に耐える。
将也の集中が切れると同時に、竜巻が消えた。リーシャがほぼノーダメージなことに、彼は舌打ちをする。
リーシャはその場から動かず、涼しい顔で風聖候補を見る。
「ふーん、なるほど。今はまだこの程度か。次はわたしからいくよ!」
リーシャはそう宣言した直後、将也に向かって駆け出した。
彼女は一気に距離を詰める。将也が気づいたときには、水聖は彼のすぐ目の前に居た。彼は相手の移動を目で捉えきれず、ただそこで目を見開くことしかできなかった。
リーシャは将也の腰を左足で横から蹴り飛ばす。
将也の体が浮かび上がり、数メートル先の地面を転がった。
「気を抜くな! ショウヤ!」
「ぐっ!」
将也は痛みに耐え、すぐに立ち上がる。
そこに、リーシャが顔めがけて槍を豪速で突き出してきた。
「ひっ!?」
将也は反射的に頭を右に傾けて穂先を避ける。
槍は一旦引っ込むが、再び顔に向けて繰り出された。将也は頭を左に傾けて回避したが、またすぐに三撃目が顔の中央めがけて飛んでくる。将也はしゃがみ、寸でのところでそれを避けた。槍の穂先は彼の長い髪を掠めた後、引き戻される。
身を屈めた将也に向けて、リーシャは容赦なく槍を突き出す。
将也はその攻撃を上に跳んで避けるが、リーシャはそのまま槍を振り上げてきた。柄の部分が彼の股間に迫る。
「ああっ!? かぜええええ!」
将也は咄嗟に叫び、風を下に吹きつけて上昇する。
その風を受け、リーシャの槍が止まった。
将也は後方宙返りをして、少し離れた場所に着地する。彼は油断することなく、即座にリーシャを見た。
彼女は両手で槍を構え、口元を上げていた。
「へえ、これを避けられる程度には体が動くようだね」
リーシャは将也を称えながら、腰の位置を低くしていく。
「でも、まだまだ甘い!」
彼女はそう一喝して駆け出し、将也に接近した。その勢いのままに槍を高く上げ、将也の脳天めがけて振り下ろす。
「うわぁぁ!」
将也は恐怖に身を任せて右に跳び、迫りくる槍を避けた。
槍は空を切り、地面の寸前で止まる。リーシャは槍を軽く右に寄せた後、左に振って将也に追い打ちをかけていく。
将也は足元がぐらつくなか、反射的に仰け反った。横薙ぎに襲いかかってくる槍が、彼の上を通り過ぎていく。ギリギリのところで回避はできたが、彼は大きくバランスを崩してしまう。
将也は倒れ、その背中が地面に着いた。
この隙を、リーシャが逃すわけがなかった。
仰向けになった将也に、彼女が槍を突き出す。彼は咄嗟に体を左に傾けた。穂先は彼の髪を数本切断し、地面に刺さった。
将也はそのまま数回転がり、跳ねるようにして立ち上がった。彼はすぐにリーシャに体を向ける。
その時には、リーシャはすでに追撃態勢に移っていた。彼女は槍を突き出しながら迫って来ている。
将也は体を大きく横にずらして突きを避けた。
それから、リーシャは突きを連続で繰り出した。彼女の打突を、将也は大きく跳びながら避け続ける。
それが何度も行われた後、リーシャが口を開いた。
「どうしたどうした! ショウヤは風の聖者ではなかったのか!? 避けてばかりいないで、少しは反撃してみせてよ! ほらあ!」
リーシャは煽るような声で将也に言葉をぶつける。彼女は顔や腹などの反応しやすい箇所を狙って単調な突きを繰り出していた。
それは明らかな挑発だった。しかし、回避行動しかできない将也は、焦りもあってその挑発に乗ってしまう。
「クソがッ! なめやがってえええええ!」
将也は大きく後ろに跳ぶと同時に、リーシャに向けて両手を突き出した。
「トルネード!」
将也は怒声とともに魔法を発動させ、反撃に出た。
リーシャを取り囲むように竜巻が発生する。強風が渦巻きながら彼女に迫る。この風に呑み込まれてしまえば、水の聖者といえども無傷では済まないだろう。
しかし、そんな彼の期待を、リーシャはいとも簡単に打ち砕いた。
彼女は空気の流れに乗り、傷一つ負うことなく竜巻から抜け出した。槍使いの少女はそのまま歩き出し、威圧感を醸しながらゆっくりと将也に近づいてくる。
「チクショウ! ウィンドカッター! ウィンドカッター! ウィンドカッター!」
将也はリーシャに向けて風の刃を乱発する。
しかし、彼女は足を止めることなくそれらをすべて槍で弾き飛ばした。将也の攻撃が途切れた瞬間、リーシャは歩行速度を速めた。
将也はすぐに風の刃を連発する。
しかし、その攻撃は一度も水聖には当たらない。
「くそっ! 当たれ! 当たれ! 当たれってば! なんで当たんねえんだよ!」
将也は焦燥感に耐え切れず声を荒げた。
その時、リーシャが駆け出した。彼女は一瞬で距離を詰め、将也の目と鼻の先で止まった。
将也は反射的に顔を後ろに引いてしまう。
リーシャはその場で、将也の瞳をまっすぐに見つめた。
「馬鹿正直にしか撃たないから、当たらないんだよ」
恐ろしいほどに平坦な声だった。
リーシャはそう告げた直後、将也の視界から一瞬で消え去った。だが、将也は自分の周辺に彼女の気配を感じ取った。
「トルネード!」
将也は自身を中心にして竜巻を起こす。
手応えは無かった。だが、風で自分を守っている間は、将也が攻撃を受けることは無かった。
彼は数秒後に竜巻を消した。すると、後ろから涼しげな声が聞こえてきた。
「でもまあ、勘は良いみたいだね」
将也は咄嗟に後ろを向いた。
その瞬間、リーシャは槍の柄尻を振り上げた。柄の底に装着された石突が将也の顎を強打する。
そのあまりの衝撃に将也の頭が揺さぶられた。体が大きく浮き上がるなかで、彼の意識が闇へと飛びそうになる。
その瞬間、彼の脳がフル回転した。
(なんで俺は槍相手に素手で戦ってるんだ? なんでリーシャはあんなに速く攻撃できるんだ? ……体勢が安定してるから? そうだ。俺はバランスを保つために武器を持ってないんだ。そうか。リーシャの体を崩せば、俺にだってチャンスはあるかもしれない……ああ、馬鹿正直にやるのはこれでやめだ!)
彼がこの考えに至るまで、一秒もかからなかった。
将也は空中で意識を覚醒させる。周囲に風を起こし、体を強引にひねって後方宙返りをする。彼は体勢を整えながら、リーシャから離れた所に着地した。
「風よ、砂を巻き上げろ!」
将也は足を付けるや否や、周囲の地面すれすれに突風を吹かせて土煙を立てた。これにより、将也とリーシャは互いの姿を目で捉えることができなくなった。
リーシャは口元を上げながら、槍を構え直す。
「ふーん、考えたね。でも、気配は消せていない!」
彼女は地面を蹴りつけ、将也に向かって一直線に駆け出した。土埃を割りながら、水聖は風聖候補へ突進する。
二人の距離が半分以上縮まった時、将也は彼女の影を目視した。その瞬間、彼は体中の魔力を使い切る勢いで攻撃を開始した。
「ウィンドショット!」
将也は両手を前に突き出して叫ぶ。
リーシャは彼のその動きを視認していた。
(また馬鹿正直に正面からか)
彼女はそう考えた。
しかし、その直後、リーシャの背中に土を含んだ風の塊が激突した。
「うぐっ!?」
リーシャはたまらず苦しげな声を漏らす。彼女は前のめりになり、槍の穂先が地面に突き刺さった。走行の勢いを消せずに、水聖は大きく体勢を崩す。
将也は風の流れの中から空気の塊を作り出し、密かにリーシャの後ろへ向かわせていたのだった。両手を突き出したのは、後方からの奇襲を悟らせないためのフェイク。さらに、大量の土を纏った風弾は、水属性の彼女に対しては風だけの攻撃に比べて何倍もの威力を持つものだった。
(これは一本取られたな)
リーシャは舌打ちをする。
だが、これしきの事で水聖は取り乱したりはしなかった。彼女は無理にバランスを取ろうとはせず、槍から手を離し、突進の勢いを利用して前に跳んだ。
彼女は地面に両手を付け、跳ねるように前転宙返りをする。
その瞬間、将也はありったけの魔力を込めて攻撃を仕掛けた。
「ウィンドショット、ダブル!」
土を纏った風の塊がリーシャの正面と背後に現れ、彼女に向けて同時に放たれた。着地直後の隙を狙った、前後からの挟み撃ちだ。
空中のリーシャはその攻撃を目で知ることはできても、体で防御態勢に入ることはできなかった。
リーシャが地面に足を付ける。体のバランスが崩れた状態で、二つの風弾がすぐそこに迫る。槍だけではどちらか一つしか防ぐことはできない。
彼女は反射的に声を上げた。
「はあああああああああああああ!」
その直後、突如としてリーシャの周囲に大量の水が現れた。その水は彼女を球状に囲い込み、バリアの役割を果たす。
二つの風弾が水球に激突する。土と風の二つの属性を持った強力な攻撃によって水壁の形は崩れるが、弾はどちらもリーシャには届かなかった。
リーシャは後ろの将也に振り向きながら、手に水を集中させる。
彼女は将也と真正面に向き合ったその刹那、右手を前に伸ばした。
「せい!」
リーシャが気合を入れ、右手から巨大な水の塊を発射する。その大砲弾は豪速で将也に向かっていく。
迫りくる水塊に彼は反応できず、気づいたときには全身に水を受けていた。
「ぐぼぉ!?」
将也は苦悶の声を上げながら後ろに大きく吹っ飛び、そのまま地面を転がった。
「そこまで!」
ルシアの声が響き渡る。
その直後、将也の体は塀にぶつかって止まった。
「ぐぇっ!? ……うぅ、いてててて……くっそ~、上手くいったと思ったのになぁ」
将也は悔しさで声を上げながら、ずぶ濡れの体を起こす。彼は痛む背中を両手でさすりながら、その場に座ってルシアに目を向けた。
(はぁ、俺の負けか)
彼はそう思い、力なく息を吐く。
だが、ルシアは誇らしげな顔で将也を見ていた。落ち込む彼とは対照的に、ルシアは高揚した様子で右手を高く挙げる。
「判定! リーシャの魔法使用を確認! これは反則行為です! よって、将也の勝ち!」
ルシアの宣言が高山にこだました。
何度も反響して聞こえてくるその言葉を聞ききながら、将也は目を丸くする。
攻撃を受けてダウンしてしまったのに、勝ったのはリーシャではなく自分。そんな状況を、彼はすぐに呑み込むことができなかった。
リーシャは満足気に微笑みながら、突き出していた右手をゆっくりと下ろした。
「ふっ、咄嗟に使ってしまったよ。たいしたものだ」
彼女はそう言って将也に向けて歩き出す。
どうやら、将也が勝ったというのは彼の聞き間違いではないらしい。審判のルシアだけでなく、対戦相手のリーシャも彼の勝利を認めている。
将也は立ち上がり、困惑しながらルシアとリーシャを交互に見た。
「えっ!? 俺勝ったの!? こんなんでいいの!?」
彼は素っ頓狂な声で尋ねる。せっかくの美少女顔が、驚愕のせいで台無しになっている。
そんな間抜け面の将也に、ルシアとリーシャは微笑みかけた。
「ええ! 勝ちですよ! リーシャに魔法を使わせたんですから、上出来上出来!」
「まったくだ。魔力以外は一般人に毛が生えた程度の力しかないのにね」
リーシャは将也を称えながら、彼の前に立ち止まる。
彼女の口元は、微笑んでいた。
「というわけだ。わたしは、お前を風聖として認めよう。わたしは大魔法使いルシアの従者の一人、水聖リーシャ。改めてよろしく、ショウヤ」
彼女は凛々しい表情を浮かべ、将也に右手を差し出した。
将也は戸惑いながらリーシャの顔と右手を見る。こんな勝ち方で認められることに躊躇いがあった。だが、受け入れることはできた。彼は水聖の目をまっすぐに見て、その手を力強く取って握り返した。
「ああ、よろしく、リーシャ」
二人は堅い握手を交わし合う。
それと同時に周囲が明るくなる。それはまるで、昇り行く太陽が将也を祝福するかのような光景だった。
それから数秒後、二人が手を離すのと同時にルシアが咳払いをする。
「こほん。先ほどの試合で将也のステータスは、レベル30、体力15、魔力85、力15、速さ15、防御15、戦闘センスCになりました! この調子でどんどん上げていきましょう! では、時間がありませんので、このまま次に行きましょう!」
ルシアがそう言った直後、三人の足元に黄色い魔法陣が浮かび上がった。これらはルシアが無詠唱で発動させたものだ。
朝日に照らされながら、将也は眉間にしわを寄せる。
「は!? もう次行くのかよ! 戦いの後の団欒とかねえの!?」
「つべこべ言わない! はい、ジャーンプ!」
ルシアは能天気な声で将也の抗議を跳ね除ける。
魔法陣が光を放つ。その光が三人をそれぞれ包み込み、弾ける。光が消えるのと同時に、将也たち三人の姿も消えたのだった。




