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第4話 水の聖者・リーシャ(1)

 日が高く昇った頃、とある高山にて。


 将也はルシアを背負いながら、一続きの長い石段を上っていた。


「クソッ! なんで! こんなこと、しなきゃ、いけねえんだよ!」


「まあまあ、なんやかんやでこれが最短ルートなんですよ」


 将也は苛立ちを声に表し、背中のルシアは能天気に彼をなだめた。


 彼女は目の前に石板を浮かせながら、両手に持ったノミとハンマーで文字を刻んでいる。石と金具の甲高い音が耳元で鳴り続け、削られた石が粉となって体に付着していく。これもまた、将也のストレスの一因だった。


 彼は早朝からこの階段を上り続けているが、昼になってようやく中間地点に着いたところだ。


 この山は中央のセルトア国と東のヒガトン国の境界に位置している。ルシアの「最速で世界を救います」宣言の後、将也とルシアの二人は転移魔法でこの山の麓にやって来たのだった。


 将也は東側の平地を横目で見る。


 至る所に建物群があり、そこからは煙が立ち上っている。ヒガトン国は工業が得意分野という話だから、あの建物群は工場なのだろう。


 視線を階段に戻し、将也は大きく舌打ちをする。


「ったく! こんなんで本当にヒガトン国の水聖様は俺を認めてくれるのかよ!」


「ええ、認めます認めます。というかこうしないと認めてもらえません。転移魔法や風魔法で上に行ったところで、水聖に蹴飛ばされて一からやり直しです。一応、私の従者になったことでショウヤの身体能力は底上げされてますから、この階段を徒歩で上り切れないということはないですよ」


「それでもキツイものはキツイっての!」


 将也は悪態をつきながらも、一歩一歩確実に上っていく。


 後ろからルシアがお気楽な声で励ましてはくれる。だが、この苦行に対して愚痴を言わずにはいられない。


「クソッ! 最初の水聖からこんなのとか、次の火聖と地聖はどんだけめんどくせーんだよ」


「いやぁ、面倒なのは水聖だけだと思いますよ。これも彼女なりのレベリング……じゃなくて訓練の一環だと思います。ちなみに、これから会う従者三人は私に負けず劣らずの可愛い子たちばかりなので、期待していてくださいね」


「ああ! そう! そりゃよかったな!」


 将也は投げやりな声を上げて、ルシアの言葉を跳ね除けた。


 確かにルシアは美少女だが、それを肯定すれば彼女は図に乗ってしまうだろう。階段上りの苦痛と石板彫りの騒音で苛立ちが募っているというのに、そこにルシアによる茶化しが加われば、将也の精神はどうにかなってしまう。


 将也はある時は不平不満を漏らしながら、またある時はルシアの小言を受け流しながら、階段を上り続けた。




 やがて時間が過ぎ、夜になった。一日かけて脚を動かし、ここに来てようやく終わりが見えてきた。


 将也が一歩、また一歩と階段を上るたび、視界が開けていく。最後の段から少し離れた場所に、小さな門が見える。それは主に木で作られていて、茅葺屋根がある。少し古びていることもあり、その門はどことなく仙人庵のような雰囲気を醸し出していた。


 そして、その門前には、一人の少女が腕組みをして立っていた。


 切れ長の目が特徴的な、端整な顔立ち。髪は紺色のポニーテールで、腰を通り過ぎるほどの長さがある。身長は日本の平均的成人男性とほぼ同じ。全体的に線は細めだが、女性らしい体つきをしている。上下が繋がった緩めの青い服を着ていて、下のロングスカート部分には深めのスリットが入っている。靴は紺色の布製で、丈夫で動きやすそうだ。


 将也はその少女を見て、何度もまばたきする。


(あれが……水聖か? 確かに可愛いというか綺麗というか凛々しいというか)


 彼はそう思いながら最後の一段を踏み上がり、そのまま青い少女のもとへ歩いていく。この間にも、ルシアは将也の背中で石板を彫り続けていた。


 青服の少女の前で、将也は立ち止まる。

 すると、彼女は腕を解いて微笑んだ。


「よくぞ上りきったな、風聖候補のショウヤ。第一段階は合格だ」


「ああ、そりゃどうも。てか俺の名前……」


 将也が疑問をぶつけようとする。

 彼がそれを言い終える前に、青の少女は凛々しい声で応えた。


「ある程度のことはルシアから聞いている。わたしはリーシャだ。以後よろしく……となるかどうかはお前次第か。とりあえず、今日のところは休むといい。ルシアも、もう降りていいよ」


「あっ! そうですか! では、よっと!」


 リーシャの言葉の直後、ルシアは躊躇いも無く将也の背中から跳ぶようにして地面に降り立った。


 将也は久々に体が軽くなり、身も心も解放された気分になる。

 そんな二人に、リーシャは微笑ましそうな目を向けていた。


「じゃあ、二人とも。入って」


 彼女はそう言って、将也とルシアを門の先に招き入れた。


 三人は門をくぐる。木製の塀で囲まれたこの敷地には、ただ広いだけの殺風景な黄土色の地面と、小さな家があるだけだった。各所に火の灯された燭台があり、視界は確保できている。家は平屋建てで、茅葺屋根と縁側があり、東洋の古民家のような趣があった。


 リーシャは歩きながら、敷地内を両手で示す。


「ここにある物は自由に使ってくれて構わない。ショウヤは明日からの戦いに備えるように」


「お、おう……」


 将也は言葉に詰まったものの、とりあえず返事をしておいた。


(ここにある物って、何があるんだよ……)


 彼は心の中でそう呟きながらも、決してそれを口に出そうとはしなかった。


 リーシャは板の間に上がると、すばやい動きで布団を三つ敷いた。

 将也はそれを見た途端、睡魔に襲われた。


 今日はいきなり異世界に呼び出されて、魔族の本拠地から脱出し、一人の人間を背負って山を登ったのだ。眠くなるのも無理はない。


 将也は無意識的に靴を脱いで家に上がり、一番近くの布団の上に倒れ、そのまま深い眠りへと落ちていった。




 翌朝。将也の意識がまだ眠りの世界にある頃。


「起きろ! ショウヤ!」

「ぐえっ!?」


 天を貫くような声とともに、将也は布団を剥ぎ取られて板の間を転がった。板の堅い感触によって、彼の意識がまどろみの世界から強制的に引き上げられる。


 将也は目を開け、顔を上げる。

 そこには仁王立ちのリーシャが居た。


「これより実戦形式の試験をおこなう! 早く庭に下りるんだ!」


 彼女はそう言うや否や、将也を蹴飛ばして縁側へと追いやる。


 将也は訳も分からないまま急いで靴を履き、言われた通りに庭へと下りた。


 日の出は迎えているようで、燭台の火は消えている。庭の全貌がわかる程度の明るさはあるが、それでもまだ薄暗い。いつもの将也であれば、今はまだ眠っている時間帯だ。


 将也は目をこすりながら、大きなあくびをする。


 その時、突如として彼の頭上から大量の水が落ちてきた。冷たく清らかな水が彼の全身を覆い尽くし、足元に水たまりを作る。彼の長い髪も、服も、皮膚に張り付くほど濡れてしまった。


 将也は全身から水を滴らせながら、目を大きく開く。


「ぶはあっ! な、なんだ!? つめてぇ!?」

「目が覚めた? ついでに体も綺麗にしておいたよ」


 彼の目の前にはリーシャが立っていた。彼女は右手を将也に伸ばした状態で、不敵な笑みを浮かべている。


 将也は右手で顔を拭い、その手を勢いよく振り下げた。


「ああ、おかげさまでな!」

「ふっ、それならいい」


 リーシャは右手を軽く握る。

 すると、将也に落ちた大量の水が蒸発し、彼の髪も服も足元も一瞬で乾き切った。


「ルシア! 準備完了だ! 審判を頼む!」

「あっ! できましたか!? わっかりましたー!」


 リーシャが庭の隅に声をかけると、そこからルシアの返事が飛んできた。


 ルシアは端のほうで石板を彫っている最中だった。彼女はリーシャの声がかかるとすぐに石板と金具を異空間に放り投げて立ち上がった。


 ルシアは黒いローブをはためかせながら、リーシャと将也のもとへ駆けつける。


「はいはーい。審判のルシアでーす! まずはリーシャからルールの説明をお願いしまーす!」


 彼女は二人の間で急停止し、右手を高く挙げながら能天気な声を出した。


 その言葉を受けたリーシャは、視線をルシアから将也に移す。


「わたしがショウヤを風聖として認める条件は、ここでわたしと戦って勝つこと。それだけだ。ただ、ショウヤは戦いの素人。普通にやれば勝ち目はない。そこで、わたしは魔法を使わず、槍だけで戦う。わたしの背中が地面に着くか、わたしが魔法を使ってしまえば、その時点でショウヤの勝ちだ。そして、ショウヤに反則は無く、敗北条件はお前が降参すること以外に無い」


 リーシャはそう言って、右手に力を込めた。


 その直後、彼女の手が光った。周囲の土が浮かび上がり、その手に向かって集まっていく。集まった土は棒状のものを形作っていき、二メートルほどの長さに達すると強い光を放った。光が弾けて消えると、彼女の手には銀色の槍が握られていた。青服の少女が魔力を使ってからわずか数秒で、土は武器へと姿を変えた。


 リーシャは槍を立て、口元を緩める。


「ただ、ショウヤには時間が無いから、魔法に専念した方がいいと、わたしは思うけどね。武器に慣れる暇も無いし、なにより下手に武器を持つと体のバランスが崩れてかえって不利になるだろうからね。ちなみにこの槍は錬成魔法で作ったもので、これだけは例外措置とさせてもらう。これから試験が終わるまでは魔法を使わない。わたしからは以上だ」


 リーシャはそう言って、ルシアに目を向けた。


 従者からのアイコンタクトを受けた彼女は、朗らかな笑みを浮かべて左手を挙げる。


「では、私からショウヤにアドバイスでーす! リーシャの属性は水で、火に強く地に弱いです。風属性は他の属性に対して有利不利がありませんので、あまり難しく考えなくていいです! あと、二人の能力を1から100とE~Sのパラメーターで表すと、リーシャはレベル91、体力72、魔力92、力84、速さ83、防御84、戦闘センスA! ショウヤはレベル10、体力10、魔力80、力10、速さ10、防御10、戦闘センスD! ちなみに一般人の平均値は5なので、ショウヤは今の状態でも十分に強いですよ!」


 ルシアはそう言いながら、二人のパラメーターを空中に映し出した。


 それらの文字は青く光っていて、昨日の大陸地図と同じ要領で示されている。どういうわけか、将也にはこの文字が日本語に見えた。


 彼は数値化された能力を見ながら愕然とする。


「おいおいなんだこの差は……」


「だからリーシャには結構なハンデがあるんですよー! まあ、頑張ってリーシャに勝ってレベルとセンスを上げちゃってくださーい!」


 勝てないと震える将也に対して、ルシアは呑気な声で言う。


 そんな彼女の態度に将也は呆れそうになった。それでも、やる以外に道は無いのだ。そう思って、彼は深く呼吸をして気持ちを入れ替えた。


「ごちゃごちゃ言ってる場合じゃないか……おう! リーシャ! この戦い、受けるぜ!」


「そうこないとね。さあ、どこからでもかかっておいで」


 将也とリーシャは互いに距離を取って睨み合う。将也は腰を低くして全身に力漲らせ、リーシャは槍に手を添えたまま余分な力を抜く。


 そのちょうど真ん中で、ルシアが両手を大きく上げる。



「では、試験スタートー!」



 ルシアは声を張り上げ、両手を勢いよく振り下ろした。





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