第7話 火の聖者・メディ(2)
戦闘の開始が告げられた直後、将也は後ろに大きく跳んでメディから距離を取る。彼は相手から目を逸らすことなく、両足でしっかりと着地した。
一方、メディは落ち着いた様子で黒い鞘から剣を抜いていた。
(リーシャの時とは違って、今回は魔法もあるんだよな……メディはどう来る? 俺はどう動けばいい?)
将也は重心を低く保って、相手の様子をうかがった。
ここで無暗に動いたところで、返り討ちにされることは火を見るより明らかだ。リーシャとの仕合を経てレベルが大幅に上がっているとはいえ、聖者たちとの差は開いたまま。正面から風魔法を撃ち込むだけでは勝つ見込みなど無い。
将也は全身に魔力を巡らせながらも、その場から動こうとはしなかった。
彼の視線の先では、メディが右手で持った剣を下ろし、その切っ先を地面に向けていた。彼女もまた相手を見るだけだったが、将也と違ってその表情には余裕がある。
「ふーん。様子見か……だったら、あたしからいくか!」
メディはそう言うや否や、左手に炎を纏わせた。彼女は左手を横に薙ぎ、巨大な火の玉を将也に向けて投げつける。
彼はそれを目で捉えた。
「ウィンドブロック!」
将也は周囲に風を巻き起こし、風の防壁を作り上げる。
放たれた炎の塊は風に激突し、彼の視界を紅に染める。迫りくる熱波に耐えながら、将也は風のバリアに更なる魔力を送り込んだ。勢いを増した風が炎弾を飲み込み、空へ巻き上げるかのように炎を散らしていく。
撃ち込んだ火の玉が消え、メディは不敵に微笑んだ。
「へえ……確かに魔力はたいしたもんだな。だったら、これはどうだ!」
メディは勇ましく声を上げ、再び左手を横に薙いだ。
彼女の左手から伸びる炎が、蛇のようにうねりながら将也に襲いかかる。その先端から末尾に至るまで、先ほどの炎弾に匹敵する熱を帯びている。わずかでもそれに触れてしまえば、無事では済まないだろう。
将也は魔力を込め、風のバリアを強化した。
彼を取り巻く風が勢いを増し、足元の砂を周囲に吹き飛ばしていく。そこにメディの放った炎蛇が迫り、防風に激突した。その瞬間、風と炎が互いを打ち消し合い、両者の威力が半減する。
ここで、メディが駆け出した。
彼女の左手から魔力の供給が途切れ、炎はその勢いを失った。その反対に将也の風は力を取り戻し、竜巻の中に炎を呑み込み、それらを消していく。
将也は自らの魔力を最大限に使い、火聖の炎攻撃を見事に防ぎ切った。
だが、これはただの小手調べにすぎない。
炎が消えてから間髪入れずに、メディが暴風の中に突撃した。彼女は荒れ狂う風をもろともせず前へと突き進み、将也に剣を振り下ろす。
将也は咄嗟に後ろに跳んだ。
剣の切っ先が大きく空振る。
彼女が突進してくることを、将也は目で捉えていた。さらに、四肢に取り付けられた重りのおかげで相手の動きは遅い。そのため、彼は振り下ろされた剣を楽に回避することができた。
だが、初撃を避けられることはメディも想定済みだった。彼女はすぐに次の攻撃へと移る。
メディは再び将也に迫り、彼の喉元に向けて剣を突き出した。その速度はリーシャの槍に比べれば遥かに遅い。将也は体を右にずらして剣の突きを避ける。
続いて、メディは右方向に回転斬りを繰り出した。体を回すことによって勢い得た刃が、将也の胴体を斬り裂こうと襲いかかる。将也は咄嗟に後方へ大きく跳んだ。剣は将也の髪の先端を掠る。
将也は相手から離れた場所に着地した。しかし、必要以上に遠く跳んでしまったことにより、彼は砂に足を取られてしまった。
それと同時にメディは将也に向けて左手を突き出し、火の玉を発射した。
その火弾は野球ボールほどの大きさ。しかし、小さくても強大な威力を秘めていることは、未熟な将也でもすぐにわかった。だが、今の彼は風のバリアを張る準備も出来ていなければ、足を動かしての回避行動をとることもできない。
将也は隙ができることを覚悟して、後ろに倒れ込んだ。
反らした上体を掠めるように、火弾は彼の上を通り過ぎていく。火の玉はそのまま空中を突き進み、何もないところで大きな爆発を起こして消えた。
後方からの爆風と熱を感じながら、将也は砂地に背中を付ける。雲一つない青い空が彼の目に映った。
しかしそれも束の間。彼の視界の端に、剣を逆手に持ったメディが現れた。彼女は仰向けになった将也に追い打ちをかけに来たのだ。
将也は目を見開き、咄嗟に左へ転がった。
メディの剣は彼の髪を数本切断し、砂に刺さる。
彼は地面を両手で押し、跳ねるようにして起き上がった。彼は波打ち際に足を着ける。砂から剣を抜き終えたばかりのメディに向けて、将也は両手を突き出した。
「ウィンドショット!」
将也は最大限の魔力を込めて風の塊を放つ。
メディはそれを視認すると、自身の前に炎を噴き上がらせて風弾を防いだ。その魔法を使う時、彼女は一切の予備動作をとらなかった。
二人の実力差を思い知らせるかのように、風と炎が消える。海辺から戦いの音が無くなり、波の音だけが聞こえてくる。
メディは肩に刀身を置いて、満足そうに口元を上げた。
「なるほど、反応も悪くねえ。だがな、てめぇを風聖として認めるには、こんなんじゃまだまだ足りねえよ!」
メディは自身の周囲に数多の火球を浮かび上がらせ、将也に向けて次々と発射した。
将也は風を巻き上がらせてそれらを防ぐが、半数ほど防いだところでバリアを破られた。火弾が風壁の裂け目を縫って彼に襲いかかる。
将也は横に跳んで、寸でのところで回避した。
彼は転がる勢いを利用してすぐに立ち上がり、波打ち際を走った。そんな彼を追撃するかのように、火塊は途切れることなく撃ち出されていく。火の弾は将也の背後を通り過ぎ、海の中に突っ込んで静かに消えていった。
やがて、メディの周囲から火球が消えた。浮かび上がらせていた球を彼女が撃ち尽したようだ。わずかな間でも相手の攻撃が途切れることは、将也にとって大きな好機。
将也は足を止めてメディに体を向け、両手を伸ばした。
だが、彼が攻撃に移るより早く、メディが動いた。彼女は砂の上を走り、右手に剣を携えて将也に迫った。
将也が風を放つ直前、メディが横斬りを繰り出す。
彼は咄嗟に魔法攻撃を中断し、しゃがんで剣を回避した。彼はそのまま砂地の方向に跳んで前転し、メディに背中を向けたまま魔力を放つ。
「サンドトルネード!」
将也の掛け声とともに、メディの周囲に風が巻き起こる。
その風は周囲の砂を取り込み、茶色の竜巻へと姿を変えていく。風と土を相手にぶつけると同時に、その視界を奪い取る。これは、リーシャ戦では有効な攻撃手段だった。
将也はもう一度前に飛んで前転し、すぐに立ち上がって後ろを向いた。相手から十分な距離をとり、状況を見る。
巻き上がる風と土煙は勢いを増し、海が見えなくなっていた。メディの気配は竜巻の中心に感じる。どうやら、彼女はこの砂嵐に呑まれて身動きが取れないようだ。
(少しは効いてるな)
将也は魔力を送り込みながらそう思った。
だがその直後、竜巻の中で強大な爆発が起きた。その炎の威力はすさまじく、あれほど強力に渦巻いていた風と砂が炎とともに一瞬にして消し飛んでしまった。
「なっ!?」
将也は驚きのあまり顎が外れそうになった。
渾身の攻撃だったのにもかかわらず、いとも容易く潰された。しかも、ちょうど相殺されるように威力を調整した上で。無力感よりも、火聖の力に対する畏怖のほうが遥かに大きい。いや、大魔法使いの正式な従者の力に、と言ったほうが正しい。リーシャも魔法を使えば、同じようにこの竜巻を消せたに違いない。
将也が立ち尽くしていると、土煙の中からメディが姿を現した。
「いいぜいいぜ~! そういう小賢しいの!」
メディは刀身を肩に置いて笑い声を上げる。
傷一つない余裕なその姿に、将也は舌打ちをしてしまう。
(クソッ! 魔法と剣、どっちか一つだけならまだ楽なのに、両方で攻められたら対処できねえ! 特に火魔法! 生きてんのかってくらい炎が自由に動く! せめて火魔法さえなんとかできれば……)
将也はメディを睨み付けながら考える。
そうしている間にも、メディは自身の周囲に炎を浮かび上がらせている。これから攻撃をするのだと、彼女は親切に予告しているのだろう。
ふと、将也の視線が、メディの後ろの海に吸い込まれた。
(ん? 火魔法? 火ってことは、水に弱いんだよな……そして、ここにあるのは……っ!)
その時、将也は逆転の一手をひらめいた。
彼はメディに向けて両手を突き出す。
「ウィンドウェーブ!」
将也は前方に強風を送り込んだ。
当然、この程度の風ではメディの炎は消えない。将也の放つ風は彼女にダメージを与えることなく、後方の沖へと流れていく。
「なんだこのそよ風。やる気あんのか?」
メディは眉間にしわを寄せ、厳しい視線を将也に突き刺す。
そんな彼女に向かって、将也は不敵に笑った。
「ありまくりだよ!」
将也はそう叫ぶや否や、両手を返して自身に引き寄せた。
その直後、沖から陸に向けて爆発的な風が発生した。炎が激しく揺れ、メディは後ろに振り返る。大量の海水が暴風によって吹き上げられ、今にも彼女に襲いかかろうとしていた。
風によって作り上げられた水壁は高く、横も広範囲に及ぶ。両手足に超重量の重りを装着したメディには、この迫りくる水から逃れる術は無かった。
天高く上がった大量の水が、滝のように降り注ぐ。メディはその直撃を受けて怯み、周囲に浮かび上がらせていた炎もすべて消えてしまう。
空からの濁流は砂浜にも押し寄せた。水は将也の足元を浸し、浜をかけ上がって石段に弾き返される。ルシアは咄嗟にバリアを張り、自分とリーシャを水から守った。
巻き上げた水を落とし終えた直後、将也は走り出した。怯んだままのメディに彼は接近し、相手の腹部に向けて右手を突き出す。
メディは将也の手に目を向け、海水を滴らせながら口元を大きく上げた。
「気づくのおせぇんだよバーカ……」
「ウィンドショット!」
メディの呟きと同時に、将也は風の塊を放った。
彼女は抵抗しなかった。強大な魔力が込められた風弾は彼女の腹に直撃し、その体を大きく吹き飛ばした。
メディは弧を描きながら宙を舞い、沖の水面に背中から落下した。着水した彼女はそのまま、海中へと沈んでいく。
将也は右手を伸ばしたまま、茫然と海を眺めた。
そして、数秒経ってから、彼は状況を理解した。
「やった……? 勝ったのか、俺……? やった! 勝った! 勝ったぞ! やっほーい!」
将也は両手を挙げ、その場で飛び跳ねながら喜びを露わにする。足元の泥が飛び散るのもお構いなく、彼は子供のようにはしゃぎ回った。
将也は喜々として海に背を向け、ルシアを見る。
「おいルシア見たか! 今度は反則勝ちじゃねえぞ! ちゃんとぶっ飛ばして勝ったんだぜ! リーシャも見たか!?」
将也は審判の二人に人差し指を向け、自らの戦いぶりを誇らしげに自慢する。
だが、喜ぶ彼とは対照的に、ルシアとリーシャは呆れたようにため息をついた。二人の視線が将也から逸れ、その後ろへと向く。
その直後、将也の背後で小さな水音が立った。
「あたしの背中はまだ地面についてねーよ」
「ひぃっ!?」
将也は背筋が凍る感覚を覚え、後ろに振り返った。
そこにはメディの姿があった。彼女はずぶ濡れになってはいるものの、将也のすぐ近くで平然とした様子で立っている。将也の喜びは一瞬にして消え去り、代わりに恐怖が彼の心を支配した。
将也は目を見開く。
その直後、メディは彼の顎を殴り上げた。
将也の体は宙に浮かび、大きな弧を描いて背中から泥の上に落ちる。
「はへぇ、あへ、あへぇ……」
将也は殴られた衝撃で意識が朦朧とし、動けなくなった。この状態では、彼はしばらく戦闘不可能だろう。
メディは拳を下ろす。そして、険しい表情から一転して誇らしげな笑みを浮かべた。
「おいルシア! あたしの負けだ! 泳ぐために重りをぶっ壊しちまった!」
メディは大きな声でそう宣言して、両手を横に広げる。
そこにあったはずの黒い重りが、きれいさっぱり無くなっていた。両手だけでなく、両足に装着していたものも、完全にその姿を消している。
身軽になったメディを見て、ルシアは驚いたように両手を合わせた。
「あっ! 確かに、これではハンデになりませんね! なので、重りを外したメディの反則負け! よって、ショウヤの勝ちです!」
ルシアは両手を高く挙げ、将也の勝利を宣言した。
将也はその声を聞き、目を覚ます。彼はすぐに跳び起きてルシアに体を向けた。
「おい! 今、俺の勝ちって言ったか?」
「ええ、言いましたよ。メディを海にぶっ飛ばしたのが決め手だったみたいですね~」
ルシアは締まりの無い笑みで、力士の張り手のごとく手を突き出す。
将也は茫然とした。
彼は自分の勝利を信じられなかった。視界がまだ揺れていて、戦える状態ではないのだ。そのような中で、勝ったと言われても、それをすぐに受け止められないのも無理はない。
そんな将也の背中を、メディが軽く叩く。
それによって将也は我に返り、後ろを振り向いた。
「ショウヤお前、そんなぼけーっとしてねえで、さっきみたいに喜べばいいのに。魔法もそこそこに使いこなせてきたんじゃねえか? たいしたもんだぜ。まあ、最後に油断したのは減点対象だけどな」
メディは軽快に笑いながら将也に右手を差し出す。
「ってことで、あたしはショウヤを風の聖者として認める。あたしは大魔法使いルシアの従者の一人、火の聖者メディだ。よろしくな」
「あ、ああ、よろしく」
将也は少し躊躇いながらも、右手を伸ばしてメディの手を取った。
二人が握手を交わした直後、ルシアが手を叩く。
「さあさあ! 次行きますよ次! 将也はこの試験でレベル50、体力25、魔力87、力24、速さ25、防御22、戦闘センスC+になりましたから、次もなんとかなるでしょう! 日も傾き始めましたから、急ぎますよー!」
ルシアは早口でそう言って、指を鳴らした。
将也、ルシア、リーシャ、メディの足元に黄色い魔法陣が現れる。これは、もうすでに見慣れてしまった転移魔法だ。
あまりの展開の早さに、将也は驚愕で顔を歪める。
「はあっ!? 海の幸ご堪能イベントとかねえの!?」
「私たちにはそんな必要も暇もありませーん! はい、ジャーンプ!」
ルシアは軽い声でそう言い放ち、魔法を発動させた。
魔法陣から放たれた光が四人をそれぞれに包み込み、弾けて消えた。ついでに、周囲の砂浜も風聖試験がおこなわれる前の状態に回復させていった。




