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第36話 終戦

 将也の体から白い光が消える。


 彼は海の方向に足を向け、そのまま宙に浮かぶ。静まり返った世界の中で、風聖は遠ざかっていく黒い霧を茫然と眺めた。


「終わった、のか……?」

「ええ、おつかれさまでした、ショウヤ」


 将也の呟きに、ルシアが穏やかな声で応える。

 その言葉を聞き、彼は力を抜いて口元を緩ませた。


 いきなり転移させられてからというもの、休む間もなく戦いが続いていた。その戦いも、ここでようやく終わりを迎える。


 将也は肩の荷が下りた気がした。

 そんな風聖とは対照的に、ルシアは深呼吸をして気を引き締める。


「さて、私には最後の仕上げがあります。ショウヤも魔王城の最上階に向かってください。魔王たちを再封印しますから」


「ああ、わかった」


 将也はすぐに頷き、主人の言うことに従って魔王城最上階へと飛んで行った。




 将也が魔族島の上空に差し掛かった頃には、島の様子は元に戻っていた。


 崩れ落ちたはずの魔王城は元の姿に戻っていて、城郭やその周辺にも戦いの跡は残っていない。島の至るところに魔物が存在しているが、魔物たちは力を使い果たしているのかほとんど動かずにその場に留まっている。


 将也は空中から魔王城最上階に入った。

 リーシャ、メディ、アイリス、そしてルシアの四人は、すでに到着していた。


 将也は減速し、軽やかに着地する。


 この場の中央には、大きな黒い塊が一つ鎮座していて、その周りには四つの黒い卵のようなものが存在している。その四つの塊は黒く、大きさは普通の人間より一回り大きい程度で、それぞれが赤、青、茶、緑の色を帯びている。


 五つの黒塊の中には、水魔ウィシュチェル、火魔ベルブティ、地魔ブロス、風魔ヤシロ、そして黒竜の姿がおぼろげに浮かび上がっていた。


 将也は仲間たち四人のもとに歩み寄る。

 彼女たちは将也の帰還を笑顔で迎え入れた。


「よくやったな、ショウヤ」

「少し前までは頼りなかったのによぉ。まったく、たいしたもんだぜ」

「帰った後は、ショウヤと再び手合わせをしたいですね。もちろん、手加減無しで」


 三聖者はそれぞれ将也に言葉をかけ、彼はそれに微笑んで応える。

 そのやり取りが終わった後、ルシアが風聖をまっすぐに見た。


「おかえりなさい、ショウヤ。では、魔王の、そして三魔将と風魔の再封印をおこないますよ!」


 ルシアは高らかにそう宣言して、黒いローブを翻した。彼女は従者たちに背を向け、この階の中央部に向けて歩き始める。


 四聖は無言でルシアの後についていった。


 大きな黒塊の一メートルほど前で、ルシアは立ち止まる。その場所で彼女は静かに深呼吸をした後、右手を前に突き出した。


「封印を始めます。四聖の皆さん、私に魔力を集めてください」


 大魔法使いは真面目なトーンでそう告げる。


 四聖は彼女の後ろで横一列に並ぶ。彼女たちは自分の顔の前で両手を握り合わせ、ありったけの魔力をルシアに捧げた。


 莫大な魔力をその身に込め、ルシアは大きく息を吐く。

 そして、右手から白い光を放ち、五つの塊に封印の魔力を送り込んだ。


 聖なる力を受け、四つの塊はすぐに沈黙する。三魔将と風魔の姿が消え、それらはただの卵型の塊と化した。しかし、中央の巨塊は、依然として黒竜の姿を映し出していた。


 黒塊の中で、魔王がもがく。


「おのれ! おのれええええええ! このまたしても! またしてもこの我を封じるか! この裏切り者の末裔めが!」


 魔王は噛み殺さんばかりの勢いでルシアを睨み付け、低く禍々しい声で彼女に呪詛の言葉を浴びせる。


 ルシアは静かに目を閉じた。


「確かに、私たちの一族は、あなたから見れば裏切り者でしょう」


 少女は落ち着いた声でそう言葉を返す。

 そしてゆっくりと目を開け、魔王の双眸を見上げた。


「ですが、私たちからすれば、あなたは魔族最高の魔法使いに愛想を尽かされた、哀れな魔王でしかないんですよ」


 ルシアは澄んだ、それでいて意志の強い眼差しを相手に向ける。


 その直後、白い光が勢いを強めた。封魔の力が卵塊に浸透し、黒竜の姿が徐々に薄まっていく。


 魔王は最後の力を振り絞り、その姿を色濃く映し出した。


「ぐぬうううううううううううううう! 我は! 我は諦めぬぞ! いつか必ず甦り、この世界を手中に収めてくれるわ! ぐぅ!? ぐおおおおおおおおおおおお!」


 その言葉を残し、魔竜は白い光に呑み込まれていった。


 邪悪な力が押さえ込まれ、巨大な球体は完全に沈黙する。魔王の姿は消え、ただの黒い塊がそこにあるだけの状態になった。


 ルシアは魔力の放出を止め、右手を握り締める。


「その時はまた、私か、私の力を継いだ者が、あなたを封印しに行きますよ。ですから、それまでは、おやすみなさい。魔王様」


 彼女は不敵な笑みを浮かべ、優しい声で右手を下ろした。


 魔王の封印が完了し、この場は静寂に包まれる。

 だが、大魔法使い自身がそれを即座に破った。


「さーて! 終わりましたー! みんなで帰りましょう! 私たちの場所へ! そしてお腹いっぱい食べて飲んで騒ぎましょう!」


 ルシアは一転して明るい笑顔になり、四聖に振り返る。


 封印中はもちろんのこと、その後も四聖は神妙な面持ちでいた。しかし、場違いなまでの笑みを浮かべる主人につられて、彼女たちも表情を崩した。


「そうだな。帰って、五国の王族にもてなしてもらおう」

「パーッとやろうぜ!」

「今日ばかりは、何を食べても神はお許しになるでしょう」

「なにが出てくるか、楽しみだな!」


 リーシャも、メディも、アイリスも、そして将也も、役目を終えた達成感と開放感でいっぱいになった。


 当然、ルシアもそうだった。

 しかし、突如として彼女の腹が破滅的な音を鳴らした。


「アッ!? あげげげげげげげげっ!」


 ルシアは左手で腹部を押さえて、その場にうずくまる。


 彼女は苦痛で顔を歪めながらも右手を挙げ、その先に繋いだ異空間から石板と金具を取り出し、すぐに石板に文字を彫り始めた。


 その瞬間、ルシアの表情が一気に和らいだ。

 魔王城最上階に、金属音と石の破砕音が鳴り響く。


 必死に石板を彫るルシアの姿を見て、将也は苦笑した。


「そう言えば、そんな設定あったな」


「設定とは何ですか設定とは! まったくもうこの呪いは! 戦闘が終わったらすぐにこれですよ! なんで打ち上げが終わるまで待ってくれないんですか!」


 ルシアは怒りながらも文字を彫り進めていく。

 そんな彼女に、将也は同情した。


「記録してると両手が塞がる。かと言って記録しないと腹が痛い。これじゃ、打ち上げもお預けだな」


「それは嫌です! 一年前と同じように、誰かに食べさせてもらいながら記録を彫りますから! 今回は将也が食べさせてくださいよね!」


 ルシアはそう喚いて、将也を涙目で睨み付ける。


 魔王封印時の凛々しい姿はどこへいったのか。今の彼女は、まるでしょぼくれた子犬のようだ。


「はいはい、わかりましたよ」


 将也はルシアの命令を断れず、呆れたような笑みを返す。


 先祖代々受け継がれてきた呪いに苦しむ大魔法使い。そんな彼女を、リーシャもメディもアイリスも苦笑しながら見守った。


 和やかな雰囲気の中で、ルシアはただ一人、石板を彫り続ける。

 彼女は金具を石板にぶつけながら、すがるように天井を仰ぎ見た。


「ああ! もう! やっぱり! 戦闘記録がめんどくさーい!!!」


 その心からの叫びは、魔族島の隅々にまで響き渡るのだった。





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