第37話 さらば、風の聖者(最終話)
魔王封印から一段落ついた後、大魔法使い一行の五人は魔族島から去った。
まずは島の南海まで将也の風魔法で飛んで行き、そこからルシアの転移魔法でオッキーナ大陸のセルトア国に帰還した。その時にはもう夜が明けていた。
セルトア国到着後は王城へ行き、五人揃って各国の指導者に魔王封印の報告をおこなった。
そしてその夜、五人と各国代表者三名の計二十人での宴会が開かれた。代表者たちは慎みを持って振る舞っていたが、ルシアたち五人は礼儀も作法もへったくれもない姿で料理を貪り食っていた。
将也の加入から魔王の封印までのことは、たった三日間の出来事だった。その中であれだけの激闘を繰り広げたのだから、気力と体力と魔力の消耗は並大抵のものではない。彼女が暴食する様子を、各国の代表者たちは好意的な目で遠くから見守っていた。
ルシアは宣言通り、石板に戦闘記録を彫りながら、将也に料理を食べさせてもらっていた。将也はルシアの口に食べ物を放り込みつつも、自らも豪華な食事に舌鼓を打った。
宴会終了時、用意された食べ物はきれいさっぱり無くなっていた。床には腹部を膨張させた聖者四人と大魔法使いが転がっていた。
宴会の翌日以降、ルシアたち五人はしばらくの間、王城に留まることになった。ルシアが必死こいて石板に文字を彫る様を、リーシャとメディとアイリスと将也の四人が監視する。そんな日々が続いた。
その一方で、オッキーナ大陸の五国は協議を重ね、各国間の協力をより強めていくことで合意した。今回の魔族によるキターノ国の乗っ取りについて、その主な原因は他国の軍事的支援の不足であるとされた。今後の魔族侵攻に備え、キターノ国以外の四か国も軍事力の強化や大陸の防衛に努めていく方針となった。
また、キターノ国の軍人は、四狼将を含めて全員快方に向かっているようだ。
大陸の被害を最小限に留めたうえで五国間の結束を強める。ルシアが戦いの前に提示した目標は、無事に達成された。
大魔法使いとその従者の四聖は、この戦争における最大の功労者だった。しかし、その存在は引き続き秘匿されることになった。そのため、今回のことは公的には「魔族によるキターノ国の乗っ取りが起こったが、各国から集められた特務部隊が即時対応に当たったため、事なきを得た」と発表された。
それから三か月が経ち、ルシアは石板への記録を終えた。
作業を止めれば容赦なく襲ってくる腹痛、常に記録内容を考えなければならない頭脳的負担、睡眠時以外ほぼ休みなく石板を叩き続けなければならない肉体的負担。そういった苦痛から解放されたにもかかわらず、ルシアはまったく喜ばなかった。
単純に、喜ぶ体力も気力も残っていなかった。
記録を終えた直後のルシアは、まるでゾンビのような様相だった。青白い顔をして口と目を半開きにしながら、王城内を徘徊し続けた。そんな主人を、四聖は面白がって放置していた。
戦闘記録の終了から一週間が経って、ようやくルシアは回復し、明るい顔で能天気なことを口走る状態にまで戻った。
だがそれは、別れの時が来たということでもあった。
ルシア完全回復の翌日、昼。五人は王城の屋上に集まった。
快晴の空の下、将也は四人と向き合う。
「じゃあ、俺は元の世界に戻る。楽しかったぜ」
将也は戦友たちに満面の笑みを送る。
リーシャ、メディ、アイリス、そしてルシアも、彼に朗らかな顔を返す。
「ああ、わたしもだ」
「じゃあな。また来いよ」
「いつか必ず、もう一度手合わせしましょう」
「空間の道は繋がりましたから、簡単に行き来できますよー」
四人はそれぞれ将也に言葉をかける。
その後、ルシアが一歩前に出た。
「では、今回はこれで。また魔族が動き出したら、その時はよろしくお願いしますね、ショウヤ」
「ああ、任せとけ。今度はもっと早く終わらせてやるよ」
「頼もしいですね。それでは、元の世界へ、ジャーンプ!」
ルシアは右手を勢い良く挙げ、転移魔法を発動させる。
将也の足元に魔法陣が浮かび、彼の体が黄色い光に包まれる。その光は段々と強くなり、彼の視界を狭めていく。
「リーシャ! メディ! アイリス! それからルシア! またな!」
将也は四人の姿を眼に焼き付けながら、大きく右手を振る。
そして、彼の体は光に覆われた。その瞬間、黄色い光が盛大に弾け、風の聖者はこの世界から去っていった。
将也の意識が戻る。
彼はコンクリートの地面で、尻餅をついていた。
目の前では、トラックが歩道に乗り上げた状態で止まっている。車体に目立った破損は無い。降りてきた運転手は肩を手で押さえているが、出血はしていないようだ。
(あの時に、戻った……?)
将也はそう感じながら、周囲を確認した。
日本語の表記があり、整備された道路があり、自動車が走っている。ここはまぎれもなく現代日本であり、将也が異世界に転移する直前に居た場所だった。
将也はふと、自分の体を触った。
手には堅い感触があった。胸の膨らみは消え、代わりに股間の部分に物が追加されている。腰を通り過ぎるほどに長かった髪は、数センチ程度の短さになっていた。ワイシャツに黒いズボンという制服姿に、違和感は一切無い。
(男に戻ってるか……なんか変な感じだな)
将也は久しぶりの間隔に戸惑いながらも、立ち上がった。
そこに、トラックの運転手が歩み寄って来る。その小太りの中年男性は、痛みや焦燥感などで顔を複雑に歪めながら、将也に声をかけた。
「兄ちゃん、大丈夫か? 怪我は無いか?」
「え、ええ。大丈夫ですよ。そちらこそ大丈夫ですか?」
「ちょっと肩打っちまったけど、たいしたことねえよ。ほんとすまなかったな」
「いえ、お互い、大きな怪我が無くてよかったです」
将也と運転手は互いの無事を確かめ合い、安堵のため息をついた。
その後、駆けつけた警察や救急隊員に少しだけ話をして、将也はその場を後にした。そこから少し離れた場所にある河川敷に行き、穏やかに流れる川を眺めた。
(あの世界でのことが、なんだか夢だったみたいだな)
なにもかもが元通りになった現状を見ながら、将也は異世界でのことを思い出す。
激しい戦いだった。昨日のことのように鮮明に思い出せる。だが、こうして現代日本に居ると、異世界での出来事がすべて夢だったかのような感覚に陥ってしまう。あの戦いは確かにあったはずなのに。
将也は寂しい気持ちを抱えながら、右手を前に出す。
「ブリーズ」
将也は力を込めながら、そう言ってみた。
だが、何も起きなかった。将也は小さく笑う。
「なんてな。魔法なんて使えるわけないだろ」
将也はそう呟き、歩き出した。
その時、そよ風が吹いた。穏やかな風が、将也の背中を撫でていく。
妙な気配を感じて、将也は後ろを振り返る。
そこには何もなかった。ただ一本の道が伸びているだけだった。
「まさか、な」
将也は力を抜くように笑った。
そして、再び前を向いて歩き出そうとした。
しかし、進行方向に向き直ったとき、将也の目には信じられない光景が映っていた。
黒いローブと茶色のブーツを身に着けた、金色の長い髪の少女が、そこに居る。彼女は左手に石板を持ち、右手に金具を握り締めながら、仁王立ちで将也を睨み付けていた。
「ショウヤ~?」
「ルシア!?」
将也は驚愕で跳び上がる。
あまりにも早すぎる再会だった。いや、それよりも、現代日本にルシアが居るということのほうが驚きだ。
彼が足を着けると同時に、ルシアが口を大きく開く。
「こっちの世界で魔法を使うなー! 記録しないといけなくなったらどうするんですか! めんどくさいんですよー!」
ルシアは怨念を込めて叫びながら、将也に迫る。
「ご、ごめんなさーい!」
将也は踵を返し、ルシアから逃げるように走り出す。
ルシアはそのまま、将也を追い始めた。
そうして、二人はしばらくの間、この現代日本で追いかけっこをするのだった。
作者の武池 柾斗です。
『戦闘記録がめんどくさいので最速で世界を救います!』はこれで完結です。文芸というジャンルの通り、半分以上がアクションシーンです。接近戦と魔法戦を組み合わせたバトルアクションでしたが、楽しめましたでしょうか?
今作は完結五作目にして初めて、テーマが存在しません。この作品を通して伝えたいことは一切ありません。その代わり、「全体的にはお気楽な雰囲気で、ただしアクションシーンは本気で」という明確なコンセプトがあります。それに沿って一つ一つ異なったシチュエーションで様々な戦闘を描いてきました。
バトルを盛り上げる要素にはいろいろなものがありますが、今作は、戦闘の展開と組み立て、動きの描写、の二つを重視しています。
これまでの作品にもアクションは盛り込んでいましたが、バトルアクションそのものにこれだけ向き合ったのは初めてのことでした。書いている時はかなり考えて悩みましたが、それ以上に楽しかったなあという印象です。得るものも多くありました。
もともと、この作品は純粋な異世界転移ものとして考えていましたが、長くて面倒くさいという理由で小説という形にはしていませんでした。そこからいろいろな過程を経て、結果としてアクションエンタメノベルとして発表するに至りました。読者の方々が気楽にアクションを楽しめたのなら、作者としてそれ以上の喜びはありません。お気に入りの戦闘シーンが見つかったのであれば、とても嬉しいです。
それではここで感謝の言葉を。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。連載中にアクセスしてくださった方々、ブックマーク登録をしてくださった方々、皆様の存在が励みになり、こうしてこの作品も無事に完結させることができました。本当にありがとうございました。
これからもアクション有りの小説を書いていくつもりです。この作品で得たものを発揮しながら、それをさらに発展させていければいいなと思います。
評価、感想等ありましたらお気軽にどうぞ。単純に作者が喜びます。
それでは今回はこの辺りで。またどこかでお会いしましょう。
2021年4月30日(金) 武池 柾斗
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。




