第34話 魔力結集
魔族島が激しく揺れる。
城壁の脆い部分が崩れ落ち、至る所で砂埃が舞う。木々は数多の葉を散らし、幹が折れて次々と倒れていく。島内で動いていた魔物は激振によって体の自由を失い、力尽きては黒い霧へと姿を変えていった。
島中の黒霧は魔王城最上階へと吸い込まれる。やがて、魔王城の後ろに巨大な紫色の月が浮かび上がった。その紫月は時間を重なるごとに光を増し、魔族島とその上空を妖しく照らす。
このとてつもない振動の中で、将也は倒れないよう必死に踏ん張っていた。
「なんだ! なにが起こってるんだ!」
将也は叫ぶように声を吐き出す。
突然の大地震に、彼は我を失いそうになった。だが、その困惑を大声にして解放することで、少しは冷静さを取り戻すことができた。
将也は魔王城最上階に目を向ける。
その場所に、魔族島全土から魔物の生命力が送り込まれている。将也はそれを視認して初めて、ヤシロが言い残した事の意味を理解した。
「封印は解かれているってことは……まさか、このまま魔王が復活すんのか!?」
将也は自分の言葉に身震いする。
そうなってしまえば、この戦いが無意味なものになる。これまで自分が戦ってきたのは、魔王の復活を阻止するためだった。連戦の甲斐あって、魔族に操られたキターノ国から大陸を守ることはできた。しかし、ここで魔王が目覚めてしまえば、大陸は再び危機にさらされる。
将也は焦燥感で歯を食いしばった。
そのとき、視線の先で白い光が見えた。
集まってくる黒い霧に対抗するかのように、白光は強さを増していく。その清らかな光は周囲の禍々しい空気を浄化し、邪悪な力の増大を抑え込んでいた。
「ルシアか? あいつが、魔王の復活を止めてる、のか?」
将也はそう呟き、自らの主を思い浮かべる。
いつも能天気な顔をしていたルシアは、見た目だけで言えばただの少女だ。とても大陸最高の大魔法使いには見えない。
だが、行動を共にしてきた将也には、彼女がそうであることに疑う余地はなかった。そんな彼女が、今は一人で魔王復活を食い止めている。しかし、いくら大魔法使いであっても、この魔族の莫大な力を一人で抑え込むことは不可能だろう。
「助けに行かねえと……っ!」
将也は背筋を伸ばし、一歩前に出る。
しかし、強い揺れのせいで足元が狂い、彼はその場に倒れてしまった。身動きが取れず、地震の衝撃を受け続けることしかできない。歯痒い思いのまま、彼は自分の身を守ることに専念した。
それから少し経って、揺れが収まった。
将也は体の自由を取り戻すや否や顔を上げ、立ち上がる。
その直後、リーシャ、メディ、アイリスの三人が彼のもとに駆けつけた。
「ショウヤ! 無事か!」
「風魔の野郎は出てきやがったか!?」
「ルシアは! ルシアは間に合ったのですか!?」
三人は口々に言葉をかけ、ふらついていた将也を支える。
将也は助けを得ながら足を踏みしめ、三人に微笑んだ。
「ああ、俺は大丈夫だ。風魔はここで俺が倒した。ルシアは、今は魔王城の最上階で魔王の復活を阻止してる。でも、あいつ一人じゃこれ以上もたねえ……四人で助けに行くぞ!」
将也はそう言うと、三人の返事も待たずに風魔法を発動させた。
四聖の体が風に包まれ、浮き上がる。リーシャ、メディ、アイリスに了承を取っていないが、彼女たちは嫌な顔を一切していない。三人も将也と同じ気持ちだった。
四人は風に乗って上昇し、魔王城最上階へと向かった。
目的地は大きく開いた造りになっていて、壁がほとんど無い。そのため、空中からでも容易に入ることができる。
将也たち四人は最上階に足を着けた。
最上階の中央には大きな黒い塊が鎮座し、禍々しい光を放出している。その卵型の物には黒い霧が絶えることなく送り込まれていて、黒い光は勢いを増し続けている。
その一方で、ルシアは黒塊の前で両手を突き出し、魔力全開で白い光を放ちながら踏ん張っていた。
邪悪な力と聖なる力が拮抗している。
双方の光はより強大になっていく。しかし、それに伴ってルシアの疲労は色濃くなっている。
将也たち四人は大魔法使いに加勢するため、走り出した。
だがその直後、ルシアが大声を上げた。
「ダメです! 来ないでください!」
それは、従者たちが聞いたことの無い、切羽詰った声だった。
四聖は思わず足を止めてしまう。
それと同時に、黒い光が優勢となった。
ルシアは目の前の塊を見ながら、力なく笑う。
「なにをどうやっても、結局は復活しちゃうんですね……」
彼女の口から漏れたのは、諦めの言葉だった。
その瞬間、邪悪な力が爆発した。
黒い閃光がこの場を呑み込み、強烈な衝撃波がルシアたち五人を襲う。彼女たちは咄嗟にバリアを張ったが、黒卵から押し寄せる力はその防御をいとも容易く打ち破った。
五人の体は宙に浮かび、そのまま外に投げ出される。
少女たちは為す術も無く魔王城から引き剥がされていく。そのなかで、将也は魔王城最上階が崩れていくのを目の当たりにした。
その途端、彼の意識が薄くなった。
視界が暗くなり、何も見えなくなっていく。衝撃波によるダメージは想像以上に大きかったようだ。
それでも将也は風魔法を使い、自分たちの落下速度を少しでも緩めようとした。
風が五人全員の体を包み込む。
そこで、将也は気を失った。
巨大な音に体を揺さぶられ、将也は目を覚ました。
彼と同じく、ルシア、リーシャ、メディ、アイリスも意識を取り戻す。彼女たちはよろめきながらも、一斉に立ち上がった。
「ここは、城門の前か? こんなところまで飛ばされたのかよ」
将也は頭を右手で押さえながら、周囲を見渡す。
自分を含め、全員にたいした外傷はない。どうやら、風魔法がうまく機能して落下の衝撃を和らげてくれたようだ。また、周辺に魔物は全く見当たらない。
将也は安堵した。
そのとき、再び轟音が湧き上がった。五人は手で耳を塞ぐ。
咆哮にも似たその音が、島全体を揺らす。爆音は上空から聞こえてくる。しかし、少女たちは自分の耳を守ることに精一杯で、音の発生源に目を向けることはできない。
(なんて禍々しい音なんだ……ッ! しかもこの魔力……とんでもねえぞ!)
将也は背中を丸めながら、悪寒で歯を打ち鳴らす。
この邪悪な空気の波に、大魔法使い一行はただ耐えることしかできなかった。
やがて咆哮が収まった。
五人は息を吐いて耳から手を離し、背中を伸ばして空を見上げる。その先にあるものを認識した瞬間、彼女たちの目が大きく見開かれた。
魔王城の上空に、巨大な竜が浮かんでいた。その全身は黒く光る鱗に覆われている。長い手足は垂れ下がり、その先に生えるのは鋭いかぎ爪。背中の両翼は左右に大きく広がり、今はわずかに揺れているだけ。腹には四つの腫れがあり、それぞれ青、赤、茶、緑の色に光っている。紫色の月を背にしたその姿は禍々しいものだが、心なしか輪郭はぼやけ、全身がわずかに透けていた。
将也はルシアに目を向け、声を震わせる。
「あれが、魔王か?」
「ええ、あれが魔王です。ステータスはレベル100、体力100、魔力100オーバー、力100、速さ80、防御100、戦闘センスはAです。不完全な状態で復活したためこのような数値ですが、脅威であることには変わりありません。ちなみに、完全体であれば、全パラメーターは200を超えますし、戦闘センスもS以上になるでしょうね」
ルシアは黒竜を睨みながら、真剣な声色で将也に応えた。
将也は視線を上空の魔王に戻し、改めてその姿を見る。
「はは……とんでもねえな」
将也は力なく笑った。
そのとき、黒竜が翼を大きく振った。はためく翼から風が巻き起こり、魔王が移動を始める。巨竜が飛んで向かう先にあるのは、オッキーナ大陸だ。
「あいつ! 大陸で暴れるつもりだ!」
将也が叫ぶ。
彼に続いてリーシャ、メディ、アイリスも声を上げた。
「このままではマズイぞ!」
「魔王が大陸の生命力を奪えば、完全体になっちまう!」
「なんとしてでも阻止しなければ! でも、どうやって!」
四聖はすがるようにルシアへ視線を向けた。
焦る彼女たちとは対照的に、ルシアは落ち着いている。彼女は何も答えず、顔を上げて目を閉じる。無表情ではあるが、諦めたわけではなさそうだ。
少しの沈黙の後、ルシアは口元を上げた。
「一つだけ方法があります。私たちだけで、魔王を再封印できる方法が」
ルシアはそう言って目を開け、四聖に視線を向ける。
彼女のその顔は、いつもと同じ、朗らかなものだった。
「なんだ! その方法ってのは!」
将也が一歩前に出て、ルシアに問いかける。
ルシアは満面の笑みを浮かべた後、不敵な表情で将也を指差した。
「あなた、ですよ。ショウヤ」
「……へ?」
将也は間抜けな顔を晒した。
彼には、ルシアの言うことが理解できなかった。あまりにも唐突な指名に、言葉を浮かべることすらままならない。
ルシアは腕を下ろし、得意げな顔で将也を見つめる。
「ショウヤに私たちの魔力を結集させるんです。そして、めちゃくちゃ強くなったショウヤに魔王を倒してもらう。それが一番よさそうです」
「はぁ!? ちょ、ちょっと待て! ここに来て俺に丸投げかよ!」
将也は声を荒げてルシアに詰め寄る。
荒唐無稽な作戦にも限度というものがある。いや、作戦と言うことすらおこがましい。よりにもよって新参者の自分に一人で魔王と戦わせるなど、正気の沙汰とは思えない。
憤慨する将也に、ルシアは穏やかに言い聞かせる。
「まあまあ、落ち着いてください。いいですか? 今の魔王は魔族の力を集めて無理矢理復活してる状態なんです。なので、私たち大魔法使いや四聖の魔力に滅茶苦茶弱いんですよ。ですから、魔力を一点に集めてぶつければ、手っ取り早く魔王の力を削ぎ落とすことができます。空中戦になりますから、風使いのショウヤが適任なんです。これで納得してもらえますか?」
ルシアは丁寧に理由を述べた。
その直後、彼女は一転して険しい表情を浮かべた。言葉は無い。しかし、これ以上説明している時間は無いと、その顔は言っている。
将也は舌打ちしつつ、首を縦に振った。
「わかったわかった! やってやるよ! ここまで来たんだから最後まで付き合ってやる! 時間が無いなら、さっさと俺に魔力を集めろ!」
将也は半ば自棄になりながらも、戦う意思を表明する。
ルシアは将也の言葉を聞き、嬉しそうに歯を見せて笑った。
「ありがとうございます! ショウヤ! あなたを呼んで正解でした! では、いきますよ! リーシャ、メディ、アイリスも、ショウヤに魔力を貸してください!」
「承知!」
「任せたぜ!」
「わたくしの分まで戦ってきてください!」
四人は将也に向けて両手を伸ばす。
彼女たちの手から魔力が放たれ、将也に集まっていく。
そして、将也の体が白、青、赤、茶、緑の色を帯び、激しく光り出した。風が勝手に巻き起こり、彼の長い黒髪がうねるように暴れる。莫大な魔力が、高揚感とともに風聖の体を駆け巡った。
将也は思わず叫び声を上げる。
「うおおおおおおおおおおおおおおお! 漲ってきたあああああああああああ!」
将也は肺の空気を出し切るまで絶叫し続けた。
その後、彼は息を思いっ切り吸い込み、浮ついた気持ちを抑えつけた。次に、静かに息を吐く。その時にはもう、この凄まじい魔力を自分でコントロールできるようになっていた。
最終決戦に向かう準備は整った。
将也は遠くの黒竜を一瞥し、仲間たちに満面の笑みを見せる。
「行ってくる!」
将也はそれだけ言って、地面を蹴りつけて飛び上がった。
風聖は魔竜を遥かに上回る速度で空中を翔け抜け、一直線に標的へと向かう。聖者と魔王の距離は時間とともに大きく縮まっていく。
そして、一分も経たないうちに、将也は巨竜に追いついた。
「はああああああああああああああああ!」
将也は右手を握り締め、魔王に突進した。
とてつもない速度で、拳が尾の付け根に激突する。その威力は強大で、魔王の体は前方に大きく突き飛ばされた。
だが、黒竜はすぐに体勢を立て直して反転し、将也を睨みつけた。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
魔王は彼に向けて咆哮を上げる。
その爆声は衝撃波と化した。
それを受けて将也は大きく吹き飛ばされる。彼はすぐに風魔法を使ってブレーキをかけ、空中でバランスを整えた。
「くそっ! どうなってやがる! 全然効いてねえぞ!」
将也は魔王を凝視しながら顔を歪める。
そのとき、彼の脳内にルシアの声が響いた。
「ショウヤ! 落ち着いてください! ラスボスに普通の攻撃が効かないのは当たり前でしょう!」
「ああ!? だったらどうしろって言うんだよ!」
「相手をよく見てください!」
ルシアの助言を受け、将也は魔王の姿を注意深く観察する。
巨大な黒竜。全身は硬い鱗に覆われている。物理攻撃も魔法攻撃もすべて防いでしまいそうな、絶望感のある姿。しかし、それに似つかわしくない部分が、腹部にある。異質な光を放つ、四つの膨らみ。将也の視線はそれらに集中した。
「なるほど、あの腫れたところをぶっ叩けば、ソッコーで倒せるんだな」
「おそらくそうです! その未来だけが視えませんから! 不完全な魔王なんか、さっさと倒して封印しちゃいましょう!」
「おうよ!」
将也は両拳を合わせ、魔力を全開にした。
彼が臨戦態勢に入ったことを受けて、魔王が再び吠える。大音量の咆哮が黒い空と海を激しく揺らした。それとともに魔竜の力が増大し、腹部の腫れが強く光る。
この四つの膨らみから、将也は魔将の気配を感じ取った。
「水魔ウィシュチェル、火魔ベルブティ、地魔ブロス、それと風魔ヤシロ。しつこい奴らだ」
将也はうんざりした気分で呟く。その後、大きく深呼吸をした。
魔王と風の聖者が静かに睨み合う。
そして、戦いの火蓋を切るかのように、将也が翔け出した。




