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第32話 三聖者vs三魔将(2)

 魔王城、城郭付近の森林にて。

 地聖アイリスと水魔ウィシュチェルの戦いが始まった。


 水魔は天敵の地聖に火聖討伐への道を阻まれ、その場に立ち尽くしている。


 対するアイリスは、右手で大斧を小さく振りながら地面を叩いていた。凶悪な武器には不釣り合いな小柄な体で、これまた似つかわしくない柔らかい笑みを彼女は浮かべている。


 膠着状態の中で、水魔は突破方法を考えた。


 単純なスピードならば自分のほうが遥かに上だ。魔力も自分のほうがわずかに大きい。しかし、属性の相性が悪いため、力任せに水魔法を放っても防がれてしまう。また、地聖を無視して城門へ向かったとしても、転移魔法で追いつかれるだろう。膂力は圧倒的に向こうの方が強く、物理戦においてもこちらの勝ち目は薄い。


(なれば……こうするしかなかろう!)


 水魔は決心し、アイリスに向けて突進した。


 予備動作は無かった。地聖がウィシュチェルの動きを認識する前に、その圧倒的なスピードで水魔は距離を詰める。


 魔将は少女に接近し、相手の腹部に右手を当てた。


「はあっ!」


 水魔は魔力を手のひらに素早く集め、そこから莫大な量の水を撃ち出す。


「ぐっ!?」


 アイリスは強大な水塊を腹部に受け、堪らず声を漏らした。その衝撃を受けて彼女の体は浮き上がり、黒い水に呑まれる。


 水魔は次々と水を放出した。


 生み出された水は間もなく濁流と化し、土や木々を巻き込みながら城門の方向へと流れていく。水魔の後方にはまったく変化が無いが、前方は洪水状態となって森としての体裁を失っていた。


 やがて、水魔からはアイリスの姿が完全に見えなくなった。


「ここまでやれば、すぐには動けぬであろう……」


 激流を放ちながら、ウィシュチェルは呟く。

 だが、水魔は警戒を緩めることなく右手から水を出し続けた。


 それだけでなく、水の中に呑み込んだものに強い圧力をかけ、物理的に潰しにかかった。その力によって、水流内の木々が次々とひしゃげていった。


 そのとき、異変が起こった。


 前方に向かって進んでいたはずの水が、水魔の足下に伸びてきたのだ。それはすぐに量を増し、ウィシュチェルのくるぶしまでが黒水に浸かった。


 水位は上昇し続け、瞬く間に水面は彼女の膝に達した。水の流れが変わったのか、後方の森も洪水状態になる。


 水魔は疑念を抱いて顔を歪めた。


「何かが、何かがおかしい……わらわの水が、逆流しておるような……堰き止められているような……まさか!」


 水魔は右手を払い、水の放出を止める。

 激流が急速に勢いを失い、水面が静かに波打つ。


 その直後、この森を浸していた水が一気に引き始めた。泥水の高さはウィシュチェルの膝の下へ、すねの下へと移っていく。


 この異様な光景に、水魔は目を見開いた。


「っ!? わらわは水を消してなどおらぬぞ……これではまるで、水が吸われておるかのようではないかっ!」


 魔将がそう言っている間にも、水はその量を急激に減らしていった。水位はすでに、ウィシュチェルのくるぶしにまで下がっている。


 そのとき、後方の森が急激にざわつき始めた。木々が揺れ、無数の葉が擦れ合い、周囲は不気味なほど騒がしくなる。


 水魔は後ろを振り向く。


 その瞬間、木々から無数の葉が放たれた。おびただしい数の黒い葉が、一斉にウィシュチェルへと向かっていく。


 四方八方からの急襲。水魔に逃げ場などなかった。


「ぐっ!」


 魔将は咄嗟に、両腕で自らの頭をかばった。


 葉の一枚一枚が鋭利な刃物であるかのように、水魔の肌を切り裂いていく。葉の大群による猛攻に、水魔は一歩も動けなくなった。


 そして、森を洪水状態にしていた水が、一滴残らず地面へと吸い込まれた。地面は元の適度な湿り気を取り戻す。


 直後、水魔の前にどこからともなくアイリスが姿を現した。


 転移魔法でこの場に戻ってきた彼女は、右手に斧を携えた状態で、葉の嵐の中を平然と立っている。


 地聖と水魔の視線が合う。

 その刹那、アイリスの姿が消えた。


 ウィシュチェルは困惑した。この敵は、激流に呑み込んで強烈な水圧をかけたはずだ。それなのに、ダメージを受けた気配すらない。しかも一瞬で戻ってきた上に、再びどこかへと転移していった。その姿を、完全に見失った。


 一方のアイリスは、水魔の目と鼻の先に現れていた。


 身長二メートル超えのウィシュチェルと、小柄なアイリス。魔将の視界では、自分の足元に居るこの少女をすぐには捉えられなかった。


 アイリスは地魔法を使い、足元の土を盛り上げる。彼女は体の位置を上昇させながら、水魔の首を左手で掴んでその体を持ち上げた。


 土の突出は一メートルで止まった。

 水魔は宙に吊るされ、顔を歪める。


 そんなウィシュチェルの目を見上げながら、地聖は目元を緩ませた。


「最初の一撃はなかなかのものでした。ですが、その後の力押しにはガッカリです。森を土壁で囲んで水を吸い込んでしまえば、それで終わりですから」


 彼女は澄んだ声でそう言いながら、左手に力を込める。


 水魔は歯を食いしばった。魔将は敵の言葉には一切応えず、反撃するため左手をアイリスの頭に伸ばす。


 そして、間髪入れずに左手から水塊を射出した。


 魔将の攻撃は、魔法の相性的には効果が薄い。しかし、物理的な威力はある。高速で放たれた圧縮水弾が直撃すれば、地聖の受けるダメージは相当なものになるはずだ。


 だが、ウィシュチェルが水弾を放つのと同時にアイリスは姿を消していた。

 そして、一瞬のうちに彼女は水魔の背後に現れた。


 魔将の体が落下する。アイリスは敵の体が空中に残っているうちに、そのわき腹を左脚で蹴りつけた。


 その威力は強烈だった。水魔は苦悶の声すらも上げられずに、地面へと叩きつけられ、土に塗れながら転がっていった。


 何度も跳ねた後で、水魔の体がうつ伏せの状態で止まった。


 ウィシュチェルは葉の攻撃やアイリスの蹴りによって多大なダメージを受けていた。それでも己の使命のために立ち上がろうとした。


 そのとき、転移魔法でアイリスが水魔の目の前に現れた。


 彼女は両手に持った大斧で、水魔の背中に軽く触れる。その刃は青白い皮膚をわずかに斬るだけで止まった。


 傷口から、小火の煙のごとく黒い霧が漏れ出す。


 ウィシュチェルは無言で顔を上げる。その目は驚きと絶望で大きく開き、口はだらしなく半開きになっていた。


 アイリスは水魔を無表情で見下げる。


「あなた、一年前より弱くなりましたか? いえ、わたくしが強くなったのかもしれませんね」


 アイリスは冷たい声でそう言い放ち、聖者の魔力を敵に流し込んだ。


 大斧から伝わった白い光が、水魔の全身を包んでいく。清い力が邪な力を塗りつぶし、魔将に大きな苦痛をもたらした。


 ウィシュチェルは歯を食いしばりながら、アイリスを見上げる。


「ぐっ……おぬし……これでは終わりだとは思わぬことじゃ……わらわなど所詮、足止めに過ぎぬ……」


 水魔は喉から声を搾り出し、地聖に忠告する。


 その後、魔将の体は崩れて黒い霧へと変化した。その黒霧は密集したまま、魔王城の最上階に吸い込まれていく。


 アイリスは遠ざかっていく邪気を見ながら、大斧の柄を右肩に乗せる。


「負け惜しみ、ではなさそうですが……次の機会があれば、その時は火魔と戦ってみたいものですね」


 彼女はそう呟き、微笑んだ。





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