第31話 三聖者vs三魔将(1)
城郭外の堀にて。
水聖リーシャと火魔ベルブティの戦いが始まった。
火魔は初手から魔力を最大限に高め、周囲に爆炎を放つ。
リーシャは咄嗟の判断で自身の周囲に水バリアを張り巡らし、迫り来る黒炎から身を守った。
ベルブティの放った爆炎は堀を埋め尽くす。それだけでは留まらず、この業火は空に向けて際限なく燃え上がった。
城を囲むこの炎の威力は凄まじいものだった。堀の水が一滴残らず蒸発し、灰すらも焼き尽くされていく。
また、むやみやたらに燃え盛っているわけではない。堀の中とその上空以外には、まったくと言っていいほど火が進出していなかった。
爆炎は続き、リーシャの姿は黒炎に呑み込まれて見えない。炎に満たされた堀の中では、もはや彼女が生きているかどうかもわからない。
それでも火魔は油断せず、爆炎の勢いをさらに強めた。
その時、パチンッと、指を鳴らす音が周囲に響き渡った。
直後、堀の遥か上空に大量の水塊が現れた。その水は豪雨と化し、堀の中だけに落下していく。
雨は視界が失われるほどに密集し、炎の壁を猛スピードで地面へと押し戻す。あれほど燃え盛っていた黒炎は瞬く間に勢力を弱め、ついには完全に鎮められた。
それでも雨は止まない。
火魔は槍のように降り注ぐ水をその身に受け、崩れるように倒れ込む。
そして、堀の水位が元に戻ったところで、雨はピタリと止んだ。
「まったく。たいした威力だよ」
リーシャはそう呟き、黒い水の中から飛び出した。彼女は槍を右手に持ったまま、悠々と水面に足を着ける。
彼女の髪や肌には、若干の焼け跡があった。さすがの水聖でも、火魔の全力攻撃は防ぎ切れなかった。しかし、彼女が受けたダメージはごくわずか。戦いに支障はない。
リーシャは水面に立ち、槍を両手で構える。
水中のある一点を睨みながら、彼女は声を張り上げた。
「いつまで寝ているつもりだ? わたしが引き上げてやろうか?」
それは明らかな挑発だった。
だが、それに乗るかのように、彼女の視線の先から気泡が湧いてきた。黒い水中から、いくつもの白い泡が絶え間なく浮かんでくる。まるで、火魔が自分の居場所を知らせているかのような光景だった。
リーシャはそこを凝視する。
その直後、彼女の数メートル後ろで、ベルブティが静かに水面から浮き上がってきた。火魔は気配を消したまま空中を移動し、堀の壁に足を着ける。
そして、ベルブティは石壁を強く蹴り、リーシャの背後に襲いかかった。
これは火魔の策だった。炎で水中の一点を加熱し気泡を生じさせることで、リーシャにはその場所から自分が浮き上がってくるものだと思い込ませる。彼女の意識が前方に向いている隙に、背後から攻撃を仕掛ける。火魔はそれを実行してみせた。
作戦は上手くいった。魔法では分が悪くても、不意打ちでの物理攻撃であれば、自分でも聖者を倒すことができる。ベルブティはそう考えていた。
だが。
「甘い」
リーシャはそう短く呟き、後ろに振り向くと同時に槍を豪速で突き出した。
水を纏った細刃が、火魔の胸をいとも簡単に貫いた。半人半馬の巨体は槍の柄の中ほどに留まり、吊るされる。
水聖はベルブティを串刺しにしたまま、その赤い目を見上げて不敵な笑みを浮かべた。
「水の中で起きていることに、わたしが気づかないとでも思ったのか?」
「ぐっ、み、見事……」
火魔はわずかに口元を上げ、目を閉じる。
策を看破され、完全な敗北を喫した。それでも、魔族の元ナンバー2らしく、ベルブティは相手を称えた。
リーシャは火魔の体に聖なる魔力を流し込む。ベルブティはその白い魔力に包まれて体の輪郭を崩し、黒い霧へと姿を変えた。
この邪悪な霧は散らばることなく、魔王城の最上階へと吸い込まれていった。
自分から離れていくその霧を、リーシャは無言で見送った。
魔王城、城門前にて。
火聖メディと地魔ブロスの戦いが始まった。
「火聖……コロスッ!」
地魔は初手から魔力を全開にし、両拳を地面に叩きつけた。
超重量の拳が激突し、地面が大きく揺れる。拳の周囲が大きくへこみ、土が爆発するかのように飛び散っていく。
その裏で、地魔の後方から無数のツタが伸び、メディに襲いかかった。
火聖はそれを目で捉えたが、回避行動には移らなかった。
茶緑色の触手はメディの全身に巻き付く。それだけには留まらず、無抵抗な彼女を強く締め付け、その身動きを封じた。
そこで、地面の揺れが収まった。
それと同時に、メディを取り囲むように地面が高速で盛り上がり始める。黒い土は五メートルに達した瞬間、弾けた。するとそこに、ブロスをかたどった土人形が四つ、姿を現した。
地魔の分身四体がメディを包囲し、一斉に両拳を振り上げる。
土人形とはいえ、魔将の強大な力で作られたそれらは凄まじい重量を誇っている。その拳を八つも叩きつけられてしまえば、メディは跡形も無く潰されてしまうだろう。それに加えて、彼女は膂力では到底打ち破れない強度で拘束されてしまっている。
地魔にとっては好機、火聖にとっては絶体絶命の危機にある。
だが、メディはこの状況で呆れたようにため息をついた。
その瞬間、彼女を中心にして豪炎が巻き起こった。
炎は天高く渦を巻き、ブロスの分身四体を一瞬のうちに焼き払った。火炎渦の熱波はブロス本体にも襲いかかり、その体毛を焦がしていく。
数秒後、業火は霧散するかのように消えた。
火の粉一つとして残らず、周囲は一瞬で元の温度に戻る。白い灰が雪のように舞い、焼け焦げた土が上空から雨のように降り注ぐ。
その中心で、メディは涼しげな顔で立っていた。
彼女の体を拘束していたツタは跡形も無く消え、一本の繊維すらも残っていない。服にも土は一切付着しておらず、彼女の白いマントは神々しく揺れていた。
「火の聖者相手に地属性の魔法で戦うか? 普通。不利にもほどがあるぜ」
メディは首をゆっくりと回し、その後に地魔を見て笑みを浮かべる。
「まあ、テメェらじゃそうするしかねえか」
火聖は右手の剣をぶら下げ、左手を腰に当てて、その場に留まっている。攻撃にも防御にも移れる姿勢だが、積極的に仕掛けようという意思は見られない。
そんな彼女を見て、ブロスは激しい怒りを覚えた。
「オレは……三魔将……バカに、スルナッ! ウオオオオオオオオオオオオオオ!」
地魔は雄叫びを上げながらメディに向けて突進し、右拳を振り上げる。凄まじい威力を秘めた物理攻撃が繰り出されようとしていた。
一撃でも受ければ絶命必須。
そんな攻撃が迫っていても、メディは冷静だった。
彼女は左手を前に突き出し、火魔法を放つ。
地魔は敵に殴りかかる寸前で、回避行動をとれなかった。強力な火炎放射を正面から浴びてしまい、体毛は一瞬のうちに焼け焦げ、その下の強靭な皮膚も熱に侵されていく。
それでもブロスは体を止めなかった。絶え間ない炎を受けながらもメディに接近し、渾身の右拳を振り下ろす。
その瞬間、メディの火炎が止んだ。
右拳が地面に衝突し、土が爆散する。
地魔の視界に火聖の姿は無い。あまりにも力が強すぎて、手応えがあったかどうかもわからない。だが、舞い散る黒土のなかに、血肉は一切含まれていなかった。
そのとき、ブロスの背後でメディが跳び上がった。
彼女は地魔の拳を楽々と回避していた。その後は敵の後ろに回り込んで気配を消し、とどめの一撃に備えて魔力を溜めていたのだった。
メディは空中で剣を両手に携え、大きく振り上げる。
彼女が気合を入れるのと同時に、その体と剣が赤白く光り輝いた。
「せやあああああああああああああああああああああああああああああ!」
そして、メディはすべての力を込めて剣を振り下ろした。
地魔の右肩と首の間に、彼女の刃が襲い掛かる。金属の甲高い音と肉体の鈍い音が同時に鳴り上がり、剣と皮膚が拮抗する。
だが、その停滞は一瞬だった。
火聖の剣が地魔の堅い皮膚を打ち破り、その下の肉を斬り裂いた。
大きく開いた傷口からは黒い霧が噴き出し、剣は黒肉に埋もれた状態で白い光を放つ。聖者の魔力が剣を伝って、地魔ブロスの体に流れ込んでいった。
「ぐがああああああああああああああああ! オレはッ! オレは……マタッ!」
地魔は体を震わせ、絶叫する。
苦しみの咆哮を上げる地魔の全身が、聖なる白い光に包まれる。そして、その輪郭が崩れ、体は黒い霧へと変わり、爆散した。
黒い霧は散らばったまま、魔王城の最上階へと吸い込まれていった。
地魔ブロスが消え、メディは軽やかに地面へと足を着ける。
彼女は右肩に剣を添えながら、地魔が消えていった先へと目を向ける。
「何度でも相手してやるよ。でも、今は眠ってろ」
メディはそう呟き、口元を緩めた。




