第27話 風狼将軍・ウィン(2)
将也にウィンが迫る。
危機感が全身を駆け抜けるが、将也は動けなかった。
風狼将軍は堂々と将也の正面に接近し、右の剣を振り上げる。
その剣が斬り下げられる寸前、リーシャが槍を横に掲げて二人の間に割り込んだ。
ウィンの剣が彼女の槍の柄に激突する。途方もない衝撃がリーシャの体に打ち込まれるが、彼女はそれに負けることなくその場に留まった。
「リーシャ!」
剣と槍が拮抗するなか、将也は思わず叫んでしまう。
リーシャは将也に背を向けたまま、槍を握る手にさらなる力を込めた。
「安心するんだ……ショウヤには、指一本触れさせない!」
水聖は体をバネのように跳ね上げ、剣を押し返す。
それにより、風狼将軍の体勢が大きく崩れた。
リーシャはすかさず右足でウィンの胴体を蹴りつけ、その体を突き飛ばした。
彼の体が宙に浮かび上がるのと同時に、彼女は左手を突き出す。そして間髪入れずに、巨大な水塊をウィンに向けて撃ち込んだ。
強烈な威力を秘めた水弾が風狼将軍に迫る。足が浮いた状態では、彼は回避行動に移れない。着地と同時に直撃を受けるのは必然だ。
ウィンは両剣を体の前で交差させ、防御態勢をとった。後方に飛ばされる勢いのままに、彼は地に足を着ける。
その瞬間、水塊がその体に激突した。水が爆発四散し、とてつもないダメージが風狼将軍を襲う。
しかし、大陸最強の軍人はここで終わらない。
彼は魔法攻撃を受けるのと同時に小さく跳んでいた。それによって彼の体はさらに後方へと飛ばされるが、水弾の衝撃が一部受け流された。
この力の流れを利用して将軍は空中で後ろに一回転。両足で着地した彼は、すぐにバランスを整えて剣を構え直した。
無理に防ぐのではなく、あえて受けることで次へと繋げる。風狼将軍の戦闘センスSSという評価は、伊達ではないようだ。
それでも、将軍は水聖からの反撃をやり過ごしてから間もない。
アイリスとメディはそこにわずかな隙を見出した。二人は再び攻撃を仕掛けようと密かに魔力を活性化させた。
だが、ウィンはその魔力の異変を背中で感じ取っていた。
彼はすぐに反転してリーシャに背を向け、火聖と地聖に向かって駆け出した。
ウィンは豪速で突き進む。
二人の魔法が発動するより早く、彼はアイリスに接近した。
アイリスは咄嗟に魔力の使用方法を転換し、自身の前に土の防壁を生み出す。
しかし、風狼将軍は怯むことなく突進し、右肩でその防御を粉砕した。
アイリスは目を見開き、反射的に斧を前に出す。彼女は向かってくる敵をそのまま串刺しにするつもりだったが、将軍にとってそれは児戯に等しかった。
ウィンは左の剣を斬り上げ、斧を上に払い飛ばす。
大斧が宙を舞い、アイリスは無防備になった。
ウィンは左足で地面を踏みつける。彼はその足を軸にして右回転し、右足でアイリスの腹を蹴りつけた。
アイリスは為す術も無く押し飛ばされ、盛大に地面を転がっていく。
その直後、風狼将軍の足下から炎が噴き上がった。
ウィンは炎の直撃を受けて追加の火傷を負う。しかし、彼はその痛みに負けることなく、即座に踵を返した。
次の標的はメディだ。
彼女は咄嗟に炎攻撃を止め、突進してくるウィンに向けて剣を突き出した。それと同時に、左手に炎を忍ばせる。
(この突きを野郎に防がせ、ヤツが剣を振った直後、その隙だらけの胴体に本命の炎を叩きつけてやる!)
これが、この一瞬で彼女が考え出した策だった。
だが、あろうことか、風狼将軍はそのまま突っ込んできた。
突き出された剣先に臆することなく、ウィンは火聖に迫る。刃が左頬を裂いていくのもお構いなしに、彼はメディの目と鼻の先にまで到達した。
そして、その勢いのままに、風狼将軍は頭突きを繰り出した。
鋼鉄かと思い違えるほどの堅い頭が、メディの額を直撃する。
彼女は完全に意表を突かれ、頭を揺さぶるこの衝撃すらも認識できなくなる。そして、受け身を取ることも出来ずに地面を転がっていった。
地聖と火聖を一瞬で黙らせた後、ウィンは背中を伸ばす。
次の標的は、水聖だ。
彼の目が彼女に向く直前、突然現れた大量の水が風狼将軍の全身を覆いつくした。水は圧縮し始め、鎧がへこむほどの圧力を内側にかけていく。
ここで、ウィンの目がリーシャを捉えた。
彼女は左手を突き出し、ウィンの体を水牢内に捕えていた。仲間の二人が撃破される様を、彼女は黙って見ていたわけではなかった。無策には動かず、来るべき機会に備えていたのだ。
だが、それでも十分ではなかった。風狼将軍の抵抗は予想を遥かに上回っていた。彼の動きを封じるために、リーシャは水球の維持に全力を使わざるを得ない。彼女の全身から大粒の汗が浮き上がり、滝のように流れていく。
そんな水聖を嘲笑うかのように、風狼将軍が歩き出した。
目指す先は、リーシャだ。
「くっ! これほどの圧をかけているのに、死なないどころか、動く余裕まであるだと……」
リーシャは焦燥を口から漏らし、歯を食いしばる。
そうしている間にも、ウィンは彼女に近づいてくる。
メディとアイリスは倒れている。将也とはウィンの風魔法を抑えつけるので精一杯。ルシアは結界の維持に力の大半を注いでいる。自由に動ける者が他に誰一人としていない。
「このままでは、風狼将軍に斬られる……っ!」
リーシャは苦悶の表情で左手を震わせる。
この状態で何もしなければ、風狼将軍は難なく水聖を倒すだろう。その次に標的にされるのは将也だ。当然、将也だけでは将軍に勝つことなど不可能。四聖が各個撃破されれば、ルシアの身にも危険が及ぶ。
この危機的な状況の中で、将也の頭に一つの考えが思い浮かんだ。
「ええい! イチかバチかだ! あいつの風魔法を解放する!」
「正気か! そのようなことをすれば、わたしの魔法が吹き飛ばされる!」
リーシャは敵に水圧をかけながら、作戦の提案者に怒声を上げる。
そんな彼女とは対照的に、将也は冷静だった。数々の激闘を経て大きく成長した彼は、静かな口調で自らの考えを述べる。
「それでいいんだ。風狼将軍がお前らの魔法をぶっ飛ばした時、そこに隙があった。俺がそこに全速力で突っ込む。それしかない」
「くっ、無茶苦茶な。上手くいくわけ、ない、だろっ!」
リーシャは反射的に将也の作戦を批判する。
そのとき、四聖全員の頭にルシアの声が響いた。
(リーシャ! それでいくしかありませんよ! 将也の勘を信じましょう! メディ! アイリス! 起きなさい! 風狼将軍にありったけの魔力をぶつけるんです!)
ルシアの声を受け、メディとアイリスが目を覚ます。
二人は朦朧とする意識のなかで顔を上げ、倒れた状態のままウィンに両手を向けた。
(ああ、やってやるよ……)
(頼みますよ、ショウヤ……)
二人のか細い声が将也の頭に響く。
その直後、猛烈な量の炎と土が風狼将軍の周囲に湧き起った。
重い土が水牢に張り付き、業火が彼を取り囲んで渦巻き始める。水と土の豪圧と、火炎の灼熱がウィンを襲う。このとてつもない威力に、彼の動きが大きく鈍る。それでも四狼将筆頭は歩みを止めない。
四聖全員の魔法を一斉に浴びせても、風狼将軍には勝てなかった。
リーシャはそれを目の当たりにし、覚悟を決めた。
「将也! お前に任せた!」
「ああ。いくぜ……解除!」
水聖の言葉を受け、将也は風魔法の抑制を止める。
その途端、将也とウィンの体が軽くなった。
間髪入れずに、両者は次の行動に移った。将也はクラウチングスタートの姿勢を取って自分の周囲に魔力を巡らせる。一方のウィンは体内の魔力を一気に高めた。
ここからはスピード勝負。風狼将軍が圧倒的な力で三聖者の魔法を消し飛ばした後、将也が突っ込むのが早いか、ウィンが将也を斬るのが早いか。単純に速い方が勝つ。
そして、事態が動く。
風狼将軍が雄叫びを上げ、全方位に爆風を放ったのだ。
彼自身の魔力と、憑依している風魔の力が合わさり、風は強大な力を持った。黒い風は三聖者の魔法を内側から押し上げ、ついには爆散した。
豪風が水牢を弾き飛ばし、土塊を砕き、炎渦をかき消す。風狼将軍を捕えていた三つの魔法が、すべて消えた。
それと同時に、ウィンが巻き起こした風も消える。
「ここだ!」
一瞬の静寂を突いて、将也は地面を蹴りつけた。
「ウィンドバレット!」
将也は自分の体を風で飛ばし、ウィンに向けて猛スピードで突進した。
弾丸と化した将也の接近に、風狼将軍が気付く。
魔力を大量に消費した後であっても、ウィンの反応速度は健在だった。彼は振り向きざまに右の剣で将也を斬り払おうとする。
このままでは、将也は頭を真っ二つにされるだろう。
それでも将也は臆することなく、さらに突撃スピードを上げた。その加速によって、ウィンの目測が狂った。
そして、剣が将也に届くより先に、将也がウィンの右わき腹に激突した。
捨て身のタックルが直撃し、風狼将軍の体が吹き飛ばされた。将也は着弾してもなお風魔法を使い続けた。
その結果、将也とウィンはともに宙を舞った。
二人の体が放物線を描き、地面に衝突する。
風狼将軍は受け身を取れず、バウンドしながら激しく転がっていく。一方の将也はなんとか体勢を整えて着地し、数回転んで衝撃を殺した後、地面にうつ伏せになった。
ウィンの体が城壁にぶつかり、止まる。彼は仰向けで気を失った。
土埃が舞い、周囲が静かになる。
超高速の一手により、激闘が終わった。それを認識するのに、大魔法使い一行の五人は数秒の時間を要した。
だが、彼女たちは自らの認識を信じられなかった。
リーシャは片膝をついてもなお、風狼将軍を注視し続けている。メディとアイリスは魔力切れで虫の息となっても、敵に手を向けたままでいる。将也はうつ伏せのまま動けなかったが、意識だけはウィンを捉えている。ルシアに至っては、倒れた将軍と聖者たちを眺めて立ち尽くすだけの存在になっていた。
結界の中は、まるで時間が止まったかのような様子だった。
だが、結界の外は大きく動き始めていた。
親玉の風狼将軍が倒れたことにより、その配下のキターノ兵たちの洗脳が解けたのだ。彼らは強大な支配から解放された余波で意識を失い、その場に倒れ込んだ。
洗脳兵が無力化されたことで、形勢は一気に逆転した。魔力側の戦力が激減し、人間側が息を吹き返す。勢いづいた兵士たちは、あっという間に魔族を斬り倒していった。
首都中で、次々と黒い霧が霧散していく。
ここで、ようやく、ルシアが茫然と口を開いた。
「勝った、んですか……? 私たちだけで、あの風狼将軍に……? やった……やりましたよ皆さん!」
ルシアは現状を正しく認知するや否や、両手を挙げて喜びを露わにした。それだけでは収まらず、彼女は何度も飛び跳ねて満面の笑みを浮かべる。
そんな大魔法使いとは反対に、四聖者は苦痛で顔を歪めていた。
「ま、魔力が、ない……」
「よ、喜んでる場合じゃ、ねぇだろ……」
「は、早く回復を、おねが、しま……」
「いってぇ……死ぬ、いやこれマジで死ぬ……」
彼女たちはそれぞれに苦悶の声を上げる。
それはもはや怨念とも言えるものだった。従者たちの言葉がルシアの耳に届くとすぐに、彼女は両手を下げた。
ルシアは深呼吸をし、自らを落ち着かせる。
「そうですね。確かに、まだ倒すべき相手がいましたね。では、回復ッ!」
ルシアは力強く声を出し、右手を前に突き出した。
四聖者の体が緑色の光に包まれる。その光は彼女たちの姿が見えなくなるほどに強さを増し、五秒後に弾けて消えた。
治癒の光が消えた時、すでに聖者たちは完全に回復していた。風狼将軍との激闘で負ったダメージも傷も無くなり、魔力は満タン。すぐにでも戦える状態だ。
聖者たちは全員起き上がり、大魔法使いとともにウィンを注視した。倒れたままの四狼将筆頭を、彼女たちは固唾を飲んで見守る。
そして、その体が黒い閃光を放った。




