第26話 風狼将軍・ウィン(1)
その姿を一目見ただけで、将也は身震いした。
「あ、あれが……」
「ええ。あの白い男性が、キターノ国軍四狼将筆頭の風狼将軍ウィン。ステータスはレベル98、体力95、魔力88、力96、速さ92、防御95、戦闘センスSS。53歳でありながら魔王軍との戦いで最前線に立ち続ける、正真正銘の化け物です。おそらく、単純な戦闘能力だけで言えば、大陸最強でしょう」
ルシアは将也の隣でそう言って、生唾を飲み込む。
その直後、風狼将軍が高く跳び上がった。
「リーシャ! メディ! アイリス! 三人で将軍の相手を! ショウヤは後方で援護を! 私は邪魔が入らないようにバリアを張ります!」
ルシアは切羽詰った声で矢継ぎ早に指示を出す。続けて、自分たち五人と将軍の周りを囲むように半球状のバリアを張った。
その魔法防壁の範囲は広いが、内部に居るのはこの六人のみ。魔族の増援が来ないように、この空間は完全に隔絶された。
大魔法使いの言葉を受け、聖者たちが動き出す。
「承知した!」
「やってやらあ!」
「最高の戦いになりそうですね!」
リーシャ、メディ、アイリスの三人は、それぞれに返事をして武器を構える。槍、剣、大斧の三者が、両剣の猛者を迎え撃つ形となった。
「任せとけ!」
将也は指示通りに三人の後ろへと下がり、支援のために魔力を活性化させた。
ルシアは彼の後ろへ移動し、魔法防壁の維持に努める。
大魔法使いと聖者の戦闘態勢が整うのと同時に、風狼将軍が門前に降り立った。鎧の重い音が、地面を揺らす。
ウィンは曲げた膝をゆっくりと伸ばし、顔を上げる。
そして、その赤い目が五人の少女に向いた。
「来ます!」
ルシアがそう叫んだ直後、風狼将軍が駆け出した。
ウィンは猛烈な速さでリーシャに接近し、右の剣を突き出す。
リーシャは寸でのところで反応した。槍の柄で剣を受け、その軌道を逸らす。しかし、そのあまりの威力に彼女はバランスを崩してしまった。
だが、不利なことばかりではない。ここで、ウィンにわずかな隙が出来る。
彼の右にメディが接近し、全力で剣を振り下ろす。彼女に少し遅れて、アイリスがウィンの背後に向けて飛びかかり、大斧を振り上げた。
重心が揺らいでいるところに、死角からの二人同時攻撃。並の戦士はおろか、これまでの四狼将の三人ですら、これを防ぎ切ることはできないだろう。
しかし、筆頭の風狼将軍は格が違った。
ウィンは即座に左へと半回転し、左の剣でメディの攻撃を防いだ。彼はそのまま剣を振り切り、メディを払い飛ばす。
その直後、風狼将軍の体が地聖に向いた。
アイリスの背中に悪寒が走る。それでも彼女は迷わず、相手に斧を叩きつけようとした。
だが、その動きは四狼将筆頭にとっては緩慢以外の何物でもない。斧が振り下ろされる寸前に、ウィンはアイリスの腹を右肘で突き飛ばした。
二人の聖者が反撃を受けて宙を舞う。
それでも、この程度で怯んでいては勝機など無い。
ウィンの背後で、リーシャは強引に体勢を整えて槍を構え直す。その動きを、風狼将軍は空気の流れで察知していた。
ウィンは左に半回転し、右の剣をリーシャに向けて振り下ろす。
彼女はその攻撃を槍の柄で防いだ。
しかし、その衝撃は相当なものだった。彼女の両腕が痺れ、両足は杭を打たれたかのように硬直してしまう。
そこに、風狼将軍の右足が突き出される。水聖はその蹴撃を腹部に受け、後ろへ大きく吹き飛ばされてしまった。
ウィンは深追いせず、その場で直立する。
聖者の三人は地面を盛大に転がった後、跳ねるように起き上がって地に足を着けた。ここで図らずしも、距離はあるものの、三人でウィンを包囲する形になる。
彼女たち三人は同時に唾を呑み込んだ。
「な、なんだこの反応の早さは……」
「威力も半端ねえぜ……」
「接近戦で勝ち目は無さそうですね……だったら!」
三人はそう呟いた後、自らの周囲に魔力を巡らせる。
その直後、聖者の強大な力がこの場の空気を歪めた。
リーシャの周りには水蛇がうごめき、メディの体は燃え上がり、アイリスの足下には大量の土と緑のツタが現れる。その魔力の圧だけで、周囲の建物に亀裂が入った。
三人の中で、メディが真っ先に左手を突き出す。
風狼将軍に狙いを定めながら、火聖は口元を大きく上げた。
「魔法でやり合うしかねえよな!」
威勢の良いその声とともに、彼女の左手から業火が放たれる。灼熱の炎は瞬く間にウィンを包み込み、天高く渦巻いた。
次の瞬間、炎の竜巻が跡形も無く消し飛んだ。ウィンの起こした豪風が、メディの魔法を内側から吹き飛ばしたのだ。
火と風が相殺され、ともに消える。
そうして生まれた一瞬の静寂の中で、ウィンの鎧と皮膚が若干焼けているのが見えた。
そこにすかさず、リーシャが攻撃を仕掛けた。
大量の水が蛇のようにうねりながら、ウィンに激突する。水蛇は形を崩したが、弾け散った水は瞬時に敵を取り囲むように集まり、球状に再構築された。閉じ込められたウィンに、水球内の激流が容赦なく襲いかかる。
だが、リーシャが瞬きをした直後、水球は爆発するかのように弾け飛んだ。先ほどと同じように、ウィンが球内で風を巻き起こし、水の牢獄を打ち破ったのだ。
水と風が互いを打ち消し合う。
水が蒸気となって空気に取り込まれていくなかで、ウィンの鎧が少し削れているのが聖者たちの目に映った。
息つく暇を与えず、アイリスが魔法攻撃を開始した。
彼女の足元からツタが豪速で伸び、ウィンの手足に巻き付いてその動きを封じる。続いて大量の土が彼の体に襲いかかり、その全身を覆う。土は密集して人の形となり、内側に固められたウィンに強烈な圧力をかけていく。アイリスはこのまま相手を圧殺するつもりだった。
だが、彼女が手に力を込めるのと同時に、土人形が盛大に砕け散った。またしても、ウィンは己の風で聖者の魔法攻撃を相殺したのだった。
土とツタが吹き飛ばされ、風が止む。
土煙が舞い上がるなかで、ウィンの顔に一筋の赤い線が見えた。
接近攻撃だけでなく、魔法攻撃も簡単に対処されてしまった。しかし、効果が無かったというわけではない。ウィンの顔の傷からは血が流れ、白銀の鎧には大きな傷跡やへこみがある。また、彼の肩はわずかながらではあるが上下していて、疲労の色が見える。
だが、三聖者の魔法を消し飛ばしただけで終わる将軍ではなかった。
ウィンは雄叫びを上げながら、自身の周囲に風を巻き起こした。その強力な黒い風は聖者の三人を軽々と吹き飛ばしていく。
将也はその光景を見て、舌打ちをしてしまう。
「マジかよアイツ……聖者の魔法攻撃も防ぎやがった。反撃も早い」
「風魔の力も使っているようですね……本当に厄介です」
将也の後ろで、ルシアが歯ぎしりをする。
彼女はバリアの維持に手一杯で、風狼将軍との戦いに加勢することはできない。できるのは、状況を見て指示を飛ばすことくらいだ
前衛の三人が空中でバランスをとり、地に足を着ける。
ウィンは風を巻き起こしたまま、二本の剣を高く掲げ、体の横に振り下ろす。
それが、小手調べの終わりを示していた。彼はここから、剣と魔法の両方を駆使して攻めてくる。本当の戦いはここからだ。
リーシャ、メディ、アイリスは風が襲ってこない場所まで後退し、大きく息を吐いた。
「なんて力だ……これでは近づくどころか、魔法すら届かない」
「属性に有利不利が無い分、風属性は厄介だぜ」
「それでも、わたくしたちが退くわけにはいきません。魔法であれば、ある程度の効果はあるのですから」
三人は口々にそう言って、武器を握り締める。
その後ろで、将也が両手を突き出した。
「だったら、俺に任せろ! リムーブウィンド!」
将也は風魔法を使い、風狼将軍の風バリアに干渉する。
これまで様子見に徹していた将也が戦いに加わった。ウィンの周りで渦巻いていた風が、彼の力を受けて弱まっていく。
「もうひと押し!」
将也はさらに力を込める。
次の瞬間、将軍の周囲から風が完全に消えた。
ウィンはバリアを打ち消されたことに少し驚いたのか、視線を動かしながら眉をひそめる。そこに隙は無いが、彼が戦闘手段を一つ封じられたことには変わりない。
「今だ! やっちまえ!」
将也はそう叫んで歯を食いしばる。
今の彼は、ウィンの風魔法を押さえつけるので手一杯だ。それ以外の行動をとれば、将軍はすぐさま魔法を取り戻すだろう。それほどに敵の力は強大だ。
「わかりましたわ!」
アイリスは将也に応え、地魔法で無数のツタを伸ばす。
襲いかかってくる緑の鞭を、風狼将軍は剣で次々と斬り払った。
魔法が使えなくなったとはいえ、彼の剣技は健在だ。ツタは一本たりともウィンには届かない。
「上がガラ空きだぜ!」
そこに、メディの声が響き渡った。
彼女は左手を高く挙げ、魔力を放出する。
ウィンの遥か頭上に赤い光が起こり、そこから猛烈な火炎が下方向へ噴射された。その火柱は風狼将軍をいとも容易く呑み込む。さらに、炎はツタの残骸を巻き込んでその勢いを増した。
灼熱の炎はウィンを閉じ込め、その全身を焦がしていく。
だが、これで沈黙する風狼将軍ではない。間もなくして、彼は己の膂力のみで火をかきわけ、炎牢を打ち破った。
ウィンは火柱から飛び出るや否や、駆け出した。風狼将軍は前衛の三人を素通りし、そのまま走り続ける。
彼の標的は将也だ。
三聖者はそのことに気付く。しかし、魔法を使っているアイリスとメディは、即座に対処することができない。
リーシャは魔法攻撃の発動を直前で止め、敵の後を追った。




