第25話 北国動乱
大魔法使いの力が遠く離れた二か所を繋ぎ合わせる。
将也とアイリスはサウナン国南海において、水狼将軍および地魔の撃退に成功した。それからすぐに、二人は主人のルシアとともにセルトア国北国境の防衛線に戻ってきた。
「はーい! 最後も無事に戻ってきましたー! みなさんお疲れ様でーす!」
ルシアは両手を挙げて朗らかな笑みを浮かべる。その様子からは、やはり疲労や魔力欠乏といったものは一切感じられない。
しかし、従者の四人は垂れ下がった顔つきで息を大きく荒げていた。
「だ、だめだ……しんどい……」
「だ、大艦隊が……相手でしたものね……ひ、干からびそうです……」
将也とアイリスはその場で崩れ、四つん這いになる。
防衛線でキターノ国軍の侵攻を食い止めていたリーシャとメディは、バリアに両手を押し付けて踏ん張っている。
「ルシア! いつまでこうしていればいいのだ!」
「キターノ国の奴ら、撤退し始めてんぞ! もういいだろ!」
二人は顔に青筋を立てながら必死に叫ぶ。
彼女たちの言う通り、敵兵は魔法防壁から距離を取っていた。前衛の者は体をこちらに向けているが、後方の兵士はすでに背を向けて全力疾走している。
猛攻を受け続けたことにより、バリアは真っ黒に変色している。だが、現在は攻撃がまったく飛んでこないため、その姿は揺らいでいなかった。
水聖と火聖の言葉に、ルシアはゆったりとした動きで数回頷く。
「そ~ですね~。この状況で、キターノ国には他国に攻めるほどの力は無いでしょうし、もういいんじゃないですかね~。というわけで、かいじょー」
ルシアは緊張感の無い顔でそう言って、指を鳴らした。
心地の良い乾いた音が鳴り、その直後に巨大なバリアが一瞬で消える。行く手を阻んでいた魔法壁が姿を消したが、キターノ国兵は攻撃に転じることなく退却を続けた。
バリアを維持していた二人が、その場に座り込み、荒い呼吸を繰り返す。
リーシャとメディは、無言でルシアに顔を向ける。将也とアイリスも同じく視線を突き刺す。四人の気持ちは一つだった。
そんな従者たちに向けて、大魔法使いは申し訳なさそうに顔を歪める。
「あー、皆さんが言いたいことはわかりますよ。でも今はそんな時間無くて……」
彼女はそう言った直後、右手を自分の頭に添えた。それから目線を上に向け、何かに耳を傾けるような仕草をする。
「あーはい、ルシアです……ええ……ええ……はい、やりましたよ三国とも……はい……はい……ええ? ああ、やっぱりそうなりますよね~。わかりました。すぐそっち行きまーす」
ルシアは軽い口調で誰かと会話をし、それが終わると頭から右手を離した。
彼女は四人の従者を見渡す。
「どうやらですねー、ヒガトン国とウェッセイ国とサウナン国のお偉いさんが血相を変えてセルトア国の中央部に詰めかけてるみたいなんで、ちょっくら説得しに行ってきますね~」
ルシアはそう言うや否や、自分一人の足元を黄色く光らせた。これは転移魔法だ。
将也は咄嗟にルシアの手首を掴む。
「ちょっと、待て……回復……」
「ああ、そうですね、ごめんなさい忘れてました。では、回復~」
ルシアは舌を出して頭を掻く。
悪びれた様子を微塵も見せずに、彼女は両手を広げて回復魔法を使った。
緑色の光が聖者四人を包み込む。
それと同時に、彼女たちに向けてルシアは手を振った
「では、いってきますね。みなさんはここを守っててください、お願いしまーす」
ルシアはそう言い残し、転移魔法を使って黄色い光とともにこの場から消えていった。
それから間もなくして、四人を包んでいた緑色の光が消えた。四人の顔色が一気に良くなり、呼吸も整う。
体力も魔力も全回復した彼女たちは、全員よろよろと立ち上がった。
「はぁ、なんか地獄と天国を往復してるみたいだ」
将也は青空を仰ぎ見ながら、右腕で額の汗を拭った。
ルシアの回復魔法によって、肉体は軽くなった。だが、敵幹部との戦闘を立て続けにおこなったことで、精神的な疲労は相当なものになっていた。
「くそ、心の疲れも取っていけよ、大魔法使い様よぉ……」
将也は愚痴を漏らしてしまう。
そんな彼に、他の三人が優しく声をかけた。
「ご苦労だったな。だが、これで充分に力は付いただろう?」
「このまま魔族島に殴り込んでも問題無さそうなくらいだぜ? 今のショウヤは」
「そうですね。ショウヤはもう、立派な風の聖者ですよ。わたくしも安心して背中を任せられます」
リーシャ、メディ、アイリス。激戦を共にしたこの三人の言葉を受け、将也は口元を緩める。
「なんか照れ臭いな。改めてそう言われると」
将也は長い黒髪を手で弄る。
ただの高校生だった自分が、こうして聖者たちと並び立てるまでになった。それは物凄く嬉しいことだった。だが、この心地良さにいつまでも浸ってはいられない。戦いはまだ終わっていないのだ。
将也は頭を左右に振り、表情を引き締めた。
「よし! ルシアが戻ってくるまで、ここを守ろうぜ!」
彼はそう言って、キターノ国の方向へと、勇んで一歩前に出る。
「ああ!」
「おう!」
「ええ!」
リーシャ、メディ、アイリスの三人は彼の言葉に景気よく声を返し、彼の隣に並ぶのだった。
それから数時間が立ち、日が傾き始めた頃。黄色い光とともにルシアが聖者四人の前に現れた。
「お待たせしました~。大魔法使いルシア、ただいま帰還です」
彼女は緩んだ笑みで敬礼しながら、聖者たちと対面する。
従者たちは主人の帰りに安心し、頬を綻ばせた。
「それで、ここは大丈夫でしたか?」
「ああ、誰一人攻めてこなかったぞ」
「それはよかったです」
将也の報告を受け、ルシアは満足したように口元を大きく上げる。
だがその直後、彼女は手を下ろし、一転して真剣な表情を作った。それを見て、四人はただならぬ気配を感じ、目つきを険しくする。
「手短に言います。良い情報と悪い情報が一つずつあります」
ルシアはそう告げて、わずかに口元を上げる。
「まずは良い情報から。東、西、南の三国はキターノ国に報復攻撃をするつもりでしたが、私たちの説得で思い留まりました。キターノ国の侵攻は魔族の手によるものだということを、他国の上層部に理解していただけました。これで、大陸全土に及ぶ戦争を防ぎつつキターノ国以外の国々にも責任を感じさせるという、私たちの目的は達成されました」
ルシアは穏やかな顔で良い報告を終える。
彼女は一呼吸置く。その次には打って変わって口元を引き締め、眉根を寄せた。
「そして悪い情報ですが、キターノ国内に魔族の大軍が現れました。その魔王軍の奇襲部隊は本国の防衛にあたっていた風狼将軍の部隊と共に、人々を無差別に襲っているようです」
ルシアからの報告は衝撃的なものだった。
だからこそ、将也は真っ先に口を開く。
「早く倒しに行こうぜ! その部隊の大将を!」
「ええ。そのつもりです。敵の大将はキターノ国軍四狼将筆頭の風狼将軍ウィン。そして彼に憑依している魔王側近の風魔ヤシロ。私たちの標的はこの二人です」
ルシアは真剣な表情で指を鳴らした。
五人の足下が黄色く光り出す。その光が強まるなかで、大魔法使いは自らの両拳を叩き合わせた。
「今度は全員で行きます。場所はキターノ国の首都ノッシュ。一秒でも早く敵の大将を倒し、大陸に平和をもたらすために」
「おう!」
聖者たちの勇ましい声が天高く響く。
そこで、ルシアは表情を緩めた。
「では、みんなで、ジャーンプ!」
彼女の柔らかな声とともに、黄色い光が五人を包み、少女たちはセルトア国の北国境から姿を消した。
転移魔法の発動から一瞬にして、ルシアたち五人はキターノ国首都ノッシュの上空に姿を現した。彼女たちはそのまま自由落下していく。
曇り空の下、ルシアが両手を挙げて笑みを浮かべた。
「とーちゃーく! 目標はあそこ、城壁の南に居まーす!」
彼女は呑気な声でそう言って、遥か下を指差す。
聖者四人は示された先に目を向けた。
そこには巨大な城郭都市があった。城郭は二つあり、都市全体を囲むものと、中央の城を囲むものがある。
都市は碁盤目状に整備されている。建築物は石造りの二階から五階建てのものが主流で、色は灰色が多め。都市内外は薄っすらと雪を纏っていて、ここが厳しい土地であるということを物語っている。
そして、都市のあらゆるところでは、火の手が上がっていた。けたたましい金属音と人々の声が、遥か上空にまで聞こえてくる。今の首都は、民間人を巻き込んだ地獄の戦場と化していた。
正気に戻ったキターノ国兵士が、魔族部隊と魔族支配下の人間兵を必死に足止めしている。彼ら彼女たちの尽力により、被害の拡大は抑えられているようだ。しかし、人間側は苦戦を強いられていて、長くはもちそうにない。
「助けに行く暇は無いよな……クソ!」
将也は自分の太ももを叩き、焦りを露わにした。
魔族、魔族支配下の人間、人間側の兵士、それらに加えて民間人が入り乱れる状況で、敵だけを一斉に吹き飛ばすなどということは不可能だ。どうやっても、犠牲者をゼロにすることはできない。将也の胸は悔しさでいっぱいになった。
そんな彼にルシアは振り向き、頼もしい笑顔を見せる。
「大丈夫! 私たちが風狼将軍と風魔を早く倒せばいいだけの話です!」
「ああ……そうだな! 加速するぞ!」
ルシアの言葉で、将也は奮い立った。
理想ばかりを考えても仕方がない。聖者としてやるべきことは、魔族を退け、今助けられる命を一人でも多く増やすことだ。
将也は自分と仲間たちに風を纏わせ、標的に向けて急降下を開始した。
目標は中央城壁の南門。その外側に向けて、五人は宙を突き進む。冷たい空気を豪速でかきわけながら、少女たちは魔物が闊歩する都市へと急接近する。
そして、あっという間に五人は城門前へとたどり着いた。
着地寸前、将也は風を操って全員を浮遊させる。それと同時に強力な風を巻き起こし、周辺の敵兵士や魔物を吹き飛ばした。
五人全員が地に足をつける。
風が止み、周囲が静かになった。
彼女たちの周りでは、戦いの音がしていない。人間側の兵士はここまで攻め込めておらず、魔族側は先ほどの風でまとめて沈黙させられていた。
そんな静寂の中で、将也は南門を見上げる。
城壁の上に、たった一人、体の大きな白髪の男が立っていた。その全身は白銀の鎧に包まれ、両手には白銀の片手剣がそれぞれ握られている。立派な白ヒゲを蓄えた彼の目には、禍々しい赤色の光が宿っていた。




