第22話 水狼将軍・クリス(2)
強烈な蹴撃を受け、アイリスの体が船外へと投げ出される。
「アイリス!」
将也は思わず叫んでしまった。
あまりのダメージに、アイリスは空中で意識を失った。その右手から大斧が離れる。彼女の体は遥か遠くまで吹き飛ばされて海面に激突し、大きな水柱を上げながら海中へと消えていった。
これにより、旗艦には将也と水狼将軍の二人だけになった。
クリスは投げていたナイフを甲板に落ちる寸前に掴む。彼は両手のナイフを逆手に構え直し、間髪入れずに将也に向けて走り出した。
「ッ! ウィンドバリア!」
将也は瞬時に竜巻を消し、自身の周囲に風のバリアを張った。
そこに水狼将軍が接近し、ナイフを振り上げる。その刃は風に阻まれて将也には届かない。それでもクリスは攻撃をし続け、風壁を一枚一枚斬り剥がしていく。
将也は自分を守るため、このバリアの維持に専念するしかなくなった。
その間に、周囲の敵船が再び動き出していた。竜巻が消えたことで障害が無くなり、進軍が可能になったのだ。キターノ水兵は船腹からオールを出して水を掻き、水魔法と合わせた人力航行で援軍に向かう。
(まずい! このままじゃ合流される!)
将也は焦った。
一般兵を遮るために力を使えば、バリアが消えて水狼将軍に殺される。だが、このままバリアを張り続ければ、やがては物量で押し切られてしまう。
「くっ! ウィンドショット!」
将也は苦し紛れに風弾を放った。
だが、水狼将軍はそれを難なく回避し、再び将也に斬りかかってきた。
右手のナイフが、バリアを斬り裂いて将也に向かってくる。防御を突破され、将也は咄嗟に上半身を反らした。
銀色の刃先が、彼の首元を掠めていく。
攻撃に意識を割いたことで、風壁の力が弱まっていた。たった一発の風弾が、これほどの危機を招いてしまったのだ。
(クソッ! これじゃ攻撃できねえ!)
将也は風のバリアを張り直し、水狼将軍を弾き飛ばした。
クリスは両足でしっかりと着地した後、懲りることなく将也へと突撃した。
そして、再び膠着状態に陥った。将也は防御に全力を注ぎ、将軍はバリアを斬りながら援軍の到着を待つ。
そこに、クリスが水魔法での攻撃を追加した。海から水が浮き上がり、その塊が将也に向けて発射される。
水砲が絶え間なく着弾し、強大な衝撃が風のバリアに加わる。それによって風の流れが乱れ、防護球が揺らぐ。
将也はその場に踏みとどまることで精一杯だった。
(このままじゃ……このままじゃ、やられる!)
将也は歯ぎしりをする。
自分だけでは、キターノ国の将軍には敵わない。それを嫌と言うほど思い知らされる。だが、それを認めてしまえば楽になった。
「俺一人じゃ無理だああああああああ! アイリスうううううううう!」
将也は叫び声を上げた。
届くかどうかもわからない言葉を、腹の底から押し上げ、周囲に響かせる。相棒の助けがないと駄目なのだと、必死に助けを求める。その慟哭と同調するかのように、将也の長い黒髪が風球の中で舞い乱れた。
そのとき、海に沈み続けていたアイリスが目を覚ました。
彼女は意識を取り戻すや否や、転移魔法を使って海中から消えた。
そして、水狼将軍の背後にアイリスが姿を現した。
クリスは彼女の気配を感じてナイフ攻撃を止めようとするが、その前にアイリスが彼の胴体にしがみついた。
無類の速さを誇っていたクリスが、その動きを完全に封じられる。
「油断しましたね、水狼将軍!」
アイリスは口元を大きく上げ、クリスとともに将也の前から消えた。
将也は二人を完全に見失う。
「ショウヤあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
だが、すぐに空から叫び声が聞こえた。
将也は顔を上げる。
遥か上空にアイリスと水狼将軍の姿が見えた。大の男が少女の腕の中で、もがいている。地聖はその馬鹿力で、クリスの体を拘束し続けていた。
将也はアイリスの意図を汲み、両手を空に突き出す。
「トルネード!」
彼は風のバリアを取り払い、その分の魔力を上空へ送り込んだ。
その直後、アイリスの周りに竜巻が発生した。それと同時に、甲板を覆っていた土が風に巻き上げられる。大量の土と強力な風が空中で混ざり合い、その砂嵐が地聖と水狼将軍を包み込んだ。
この土砂暴風により、クリスは一気に体力を奪われた。
アイリスは風の流れに乗り、体を高速で回転させる。彼女はその細い腕で将軍の体を締め上げながら、不敵に口元を上げた。
「さすがはショウヤ! わかってます、ねええええええええええええ!」
アイリスはそう叫んで急降下を開始する。
そして、その勢いのままに、水狼将軍を旗艦に向けて投げつけた。
砂塵竜巻はアイリスから離れ、クリス一人にまとわりつく。その猛烈な威力に彼は為す術も無く、頭から甲板に墜落した。
水狼将軍の体は床板を突き破り、船底に叩きつけられる。土と風が爆散し、割れた板がその衝撃を受けて飛散し、船が大きく揺れた。
土埃で視界が遮られるなか、将也はその場で踏ん張った。激しい振動に見舞われながらも、彼は倒れることなく魔力を制御し、風を止めた。
暴風が消え、土の空中暴走が終わり、周囲が静かになった。
それから少し経つと、船の揺れが収まり、土埃も晴れた。
アイリスが将也の隣に着地する。
彼女は両足で甲板を踏み締め、状況を確認した。
旗艦は見るも無残な姿になっていた。至る所から木板が剥がれ、その破片が甲板や海面に散らばっている。白かった帆は土で茶色く染まり、大きく破けていて、船を前に進めるという役割はもう果たせない。そして、クリスが激突したところには大きな穴が開いていた。
「ふぅ。これだけやれば、水狼将軍も戦闘不能に陥っていることでしょう」
アイリスは右手の甲で額の汗を拭い、満足気な笑みを浮かべる。
一方の将也は、船の惨状を見て呆れ顔になっていた。
「さすがにやりすぎじゃねえのか?」
「わたくしたちにとっては、キターノ国の将軍は三魔将よりも厄介な相手です。なので、やりすぎなんてことはありませんよ」
彼の言葉に、アイリスは穏やかな表情を返す。
あれだけ激しく危ない戦いだったのにも関わらず、彼女はどこか楽しそうに見えた。
(やっぱりこの人、戦闘狂だな……)
将也は苦笑するしかなかった。
その直後、甲板の穴から黒い霧が噴き出した。




