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第2話 風の聖者、召喚!(2)

 体を包んでいた光が消え、将也の視界が明瞭になった。


 彼の体は遥か上空にあった。空は紫がかった黒色で、その下には黒い海と、禍々しい雰囲気を放つ大きな島がある。


 将也はその島に向けて、隕石のごとく猛スピードで落下していた。


「えっ!? はあっ!? ど、どうなってんのこれ!?」


 状況のあまりの激変ぶりに、将也は戸惑うしかなかった。彼は素っ頓狂な声を上げながら、もがくように手足を大きく振る。


 そのとき、彼は自分の体に途方もない違和感を覚えた。


「てか声高っ! 髪ながっ! 服ゆるっ! 胸のあたりだけ妙にキツイ! え、なにこれ女!? 俺、女になっちゃったの!?」


 将也は自分の体を見て驚愕した。


 ごつごつしていた指が、細くて長い指に変わっている。胸には二つの大きな膨らみがあり、それらが窮屈そうにワイシャツを押し上げている。身長はそのままだが、体の線は細くなっている。視界の端でたなびく黒髪は艶やかで、腰を通り過ぎるほどの長さがあるが、前髪だけは目にかからない程度の長さを保持している。おまけに、彼自身は確認できていないが、その顔は格段に端整なものへと変貌していた。


 一言で言えば、松峰将也は絶世の美少女になっていた。


 彼は頭が混乱し、自分の体のいたるところを見て触ることしかできない。トラックに轢かれると思ったら光に包まれて変な場所に放り出されて体は女に変わっている。そのような状況では、取り乱さないほうが異常だった。


 困惑している間にも、彼の体は落ち続けていた。

 近づく島を目にして、将也の思考は強引に切り替わる。


「俺が女になったとか、今そんなのどうでもいい! 落ちる落ちるヤバイヤバイヤバイ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! マジで死ぬってば!」


 差し迫る死に将也は恐怖するが、その体は止まるどころか島の中心部に向けて加速し続ける。


 そして、気付いた時には、地面はもう目の前だった。


「うわああああああああああああああああああああ! 浮いてくれえええええええええええええ! 俺の体あああああああああああ!」


 将也はたまらず絶叫した。


 そのとき、彼の体が緑色の光を放った。


 将也の周囲に風が巻き起こる。その途端、落下の速度が急激に小さくなった。地面衝突の寸前には、彼の体は空中で静止していた。


 突然の出来事に、将也の頭は真っ白になった。


 それから数秒間の浮遊の後、風が消えた。将也は地面に落下し、尻餅をつく。


「いってててて……なんだ? さっきの風は? あれのおかげで助かったみたいだけど……というか本当にここはどこだ?」


 将也は疑問を思い浮かべながらも、周囲を見渡す。


 彼が今居るのは広場のようだ。生えている草は黒みがかった緑色をしていて、それと同じような色の葉を付けた木が何本も植えられている。周囲は黒の高い壁に覆われていて、将也の背後には西洋風の大きな城が禍々しくそびえ立っていた。


 そして、その城の入口には屈強な獣人が五体並んでいた。


 そのどれもが二メートルを超える巨体を誇っている。五体すべてが巨大な棍棒や鉄剣を携えていて、剛腕であることは間違いない。


 将也が城の方向に顔を向けた直後、獣人のうちの一体が将也を指差して声を荒げた。


「いたぞ! あれが侵入者だ! 捕えろ!」


 五人のリーダーらしき個体がそう言った瞬間、獣人たちが一斉に走り出した。


 それから数秒も経たないうちに、将也の周囲に様々な異形の物が現れた。スライム状の怪物や、四足の禍々しい生物、ゴブリンなどが物陰から飛び出てきて、将也に向かっていく。


 城の入り口からだけでなく、左右からも化け物が襲ってくる。

 危機的状況を察知した頭が、将也の体を急激に活性化させた。


(やべぇ……よくわかんねぇけど、逃げるしかねえ!)


 将也は立ち上がり、壁の門に向けて駆け出した。


 その方面にも怪物たちは存在するが、後ろと左右に比べればその数は格段に少ない。逃げるのであれば門の先以外に選択肢は無い。


「侵入者が逃げるぞ! 門を閉じろ!」


 獣人が大声を上げる。

 その声に応えて、逃走先の大きな門が閉まり始めた。


(マジかよ! こんなの逃げられねえ!)


 将也は絶望しながらも、とにかく走った。


 門は完全に閉まった。前からも魔物が来る。将也は四方を囲まれてしまった。このまま走ったところで、捕まって袋叩きに遭うのは目に見えている。


「飛ぶしかねえじゃんこんなのさあああああ!」


 将也は自棄になって地面を蹴り上げた。


 素のジャンプ力では、彼は門を越えるどころか目の前の魔物を跳び抜くことすらできない。体が一メートルほど浮き上がった時には、跳躍の勢いは失われていた。


 このままでは、無意味に跳んで着地し化け物に捕まるだけ。


 だが、跳躍の最高点に達した直後、将也の周囲に風が巻き起こった。


 将也の体は風に押し上げられて大きく飛び上がる。後ろから追ってきた獣人は、寸でのところで彼の足首を掴み損ねた。


 将也は上昇を続け、壁を越えて城の外へと脱出した。


「うわっ! ほんとに飛んだ! わけわかんねえ! わけわかんねえけど、このまま逃げるしかねえ!」


 将也は困惑しながらも、周囲を確認した。


 彼の目には、まっすぐに伸びる石畳の道が映った。その道の両側には黒い森が広がっている。


 将也は緩やかに下降し、石畳の上に着地した。彼はそのまま道を走り出す。身体は女になっているが、走るスピードは元の体よりも格段に速くなっていた。


 城郭から百メートルほど離れたとき、彼の後ろで門の開く音がした。門はまだ開き始めたばかりだが、怪物たちは門のわずかな隙間から身を乗り出して将也を追おうとしている。


 城の外に出ても、危機的な状況にあることには変わりなかった。


「ここ、島だったよな……このまま逃げても行き止まりか……とりあえずどこかに隠れてやり過ごすしかねえ!」


 将也は全速力で数秒走った後、横の細い道に入った。


 その直後、彼は後ろから何かに抱きつかれた。その何者かの力は異様に強く、将也は抵抗する間もなく茂みの中に引きずり込まれてしまう。


 将也はそのまま尻餅をついた。


「う、うわっ! な、なんだ! む、むぐう!」


 将也は驚愕のあまり悲鳴を上げそうになったが、何者かの手が彼の口を塞いだことで声を上げずに済んだ。


 将也は自分の身を自由にしようと暴れたが、羽交い絞めにされていて思い通りには振りほどけなかった。


 その間に城郭の門が開き終り、怪物たちの怒声が島中に響き渡った。

 遠くの荒い声とは対照的に、将也の耳元で少女の穏やかな声がした。


「落ち着いてください。私はあなたの味方です」


 彼はその言葉を聞いて暴れるのを止めた。すると、将也の体が解放された。彼は咄嗟に声の主から少し距離を取り、身を低くしたまま後ろを振り返った。


 そこに居たのは、長い金髪の、黒いローブを身に纏った、美少女だった。


 その姿に将也の胸が高まるが、彼はすぐに眉根を寄せた。


「な、なんだお前は。俺の味方ってどういうことだ。今はあの怪物どもから逃げないといけないんだよ」


「静かに。説明は後です。ひとまず、ここでやり過ごしましょう」


 金髪少女は自らの口に人差し指を当て、草の根元に身を寄せる。


 どうやら、この少女は今の状況をそれなりに把握しているようだ。そのうえ、この辺りの草は背丈が高く数も多いため、身を隠すのにはうってつけだ。


 将也は黒衣の少女に従うことにした。

 茂みの中、二人は身を寄せ合って息を殺す。


 そうしているうちに、怪物たちの足音が迫ってきた。数えきれないほどの足が石畳を激しく踏みつけ、その衝撃で地面が揺れる。


「まだ遠くには行っていないはずだ! 走れ!」

「まずは海岸だ! こまけえ場所は後だ!」

「魔王様の供物にしてやらあ!」


 怪物は声を荒げながら、大群で道を埋め尽くしながら走っていく。


 荒れ狂う者どもは、そこに標的が居るとも知らずに、将也と金髪少女が隠れている茂みを次々と通り過ぎる。


 やがて静かになり、将也と金髪少女は二人して大きく息を吐いた。


「行ったようですね……」

「そう、みたいだな……」


 二人は胸を撫で下ろす。

 だが、危機が去ったわけではないということを、彼女たちはわかっていた。


「でも、このままじゃそのうち見つかっちまう」


「ですから、この隙に島の外に逃げましょう。私についてきてください」


 黒衣の少女はそう言うや否や立ち上がり、茂みの中を走り出した。足音は殺しているが、将也に劣らないほどの速さが彼女の走りにはあった。


「おい、待てって! ……ああ、もう! 今はあいつの言う通りにするか!」


 将也は考えるのを止め、すぐに立ち上がって少女を追った。


 彼が金髪少女に追いついてからは、二人並んで森の中を走った。森の中では敵に遭遇することは無かった。


 二人が森を抜けると、海が見えた。


 海の向こうには大陸らしき影が微かに見える。この島の外にも別の陸地があるということは、将也にとってわずかな救いとなった。しかし、目の前は断崖絶壁で、その先には荒れた黒い海が広がっている。絶望的な状況であることには変わりなかった。


 将也は思わず舌打ちをする。


「くそ、やっぱり行き止まりじゃねえか」


「いいえ。行き止まりなんかじゃありませんよ。ここからあなたの力で飛ぶんです」


 歯噛みする将也とは反対に、隣の少女は冷静な様子だった。


 だが、その口から発せられた突拍子も無い言葉に、将也は困惑するしかなかった。


「はあ? 俺の力で飛ぶって? どうやって?」


「あなた、風の力を二回も使いましたよね。だったら三回目もいけるはずです」


 彼女は真面目な顔でそう言って、将也の背中に飛び乗った。

 将也はよろめきながらも、反射的に少女を支える。


 反論する暇を与えられないまま、将也はバランスを取ることに専念せざるを得なくなった。言いたいことは山ほどあるが、ここで注意を分散させてしまえば海に落ちる危険性があった。


 将也は金髪少女を背負い、両足を踏ん張って体勢を整えた。


 その時、彼の後ろから物音がした。


「いたぞ! しかも二人だ!」

「まとめて捕まえろ!」


 将也は後ろを振り向く。数多の怪物たちが森の中を走って来るのが見えた。

 狼狽える彼に、黒衣の少女は一喝する。


「いいから早く飛んでください!」


「ああもう! わかったよ! どうなっても知らねえからな!」


 将也は意を決し、海に向かって跳んだ。


 だが、その体は崖に沿って落ちるだけだった。将也は近づいてくる海を睨みながら歯を食いしばる。


(飛べ! 飛べ! 飛べ! 飛べええええええええええええええ!)


 彼は心の中で強く念じたが、その体は浮くどころか落下の速度を増していく。


 水面がさらに近づく。荒れ狂う海で波が白く泡立ち、至る所に渦が巻いている。さらに、彼の下では、鮫のような黒い生物が水面から顔を出して口を大きく開けていた。


 このままでは体を噛みちぎられ、海に呑まれる。

 恐怖が、将也を追い詰めた。


「飛べええええええええええええええええええええええ!」


 将也は目を固く閉じ、腹の底から叫んだ。

 その瞬間、将也の周囲に風が巻き起こった。


 風は将也と金髪少女を包み込み、二人の落下速度を急激に緩めていく。海面まであとわずかというところで落下は完全に止まり、上昇に転じた。待ち構えていた怪物が慌てて口を伸ばすが、その歯は将也の足を捕えることなくぶつかり合った。


 将也は浮遊感を覚え、目を開く。


 海面が少しずつ遠ざかり、鮫のような生物が恨めしそうに睨んでいるのが見える。将也はそこで、自分の身に起こったことを理解した。


「飛んだ……本当に飛んだ!」

「やったああああああ! やっぱりあなたで正解です!」


 将也は目を見開いて喜びを露わにしたが、それを遥かに上回る勢いで背中の少女がはしゃいだ。彼女は両手を大きく挙げ、両足をバタつかせる。


 少女を落とさないように力を込めたせいで、将也の顔はしかめ面に変わってしまった。


 それから数秒の後、少女は上機嫌な声とともに前方を指差した。


「さあ、このまま、あの大陸の真ん中まで飛び続けてください。落ちないように集中してくださいね」


「わ、わかった」


 将也は言われるがまま、飛ぶイメージを保ったまま前へ飛び続けた。





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