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第14話 水魔・ウィシュチェル

 アレフの体が上空で浮遊する。


 黒い光は強さを増しながら、禍々しい空気を彼の周囲に溢れさせていく。青い空が黒紫色へと変わり、魔族島のような不気味さを醸し出す。


 この雰囲気の急変に、飛竜は狼狽えて急停止した。


 そして、炎狼将軍の体から濃い黒色の霧が放出した。


 その霧は彼のそばで集まり、凝縮されていく。黒霧はやがて人型のものを形作り、アレフの体からすべての瘴気が抜けた後、青黒い閃光が起こった。


 その光が消えると、霧は人型の女の姿に変わっていた。


 女の身長は炎狼将軍よりも高く、絶世のプロポーションを誇っている。胸と股には黒色の鎧が着けられているが、それ以外の箇所は素肌をさらけ出している。顔の造形は目鼻立ちが良くてかなりの美人だが、肌は不気味なほどに青白い。彼女の黒色の髪はその身長よりも長く、風に煽られて激しく揺らいでいた。


 その女は、浮いたままのアレフを蔑むように見下ろした。


「ふん、炎狼将軍ともあろう者が、あのような小娘どもにやられるとは……使えぬ。とんだ期待外れであったわ」


 青い女は低い声で呟き、アレフの腹を踏みつけた。


 その途端、彼の体から黒い光が完全に消え、体は支えを失って落ち始めた。炎狼将軍は赤い鎧を身に纏ったまま、山脈に向けて頭から落下していく。


 飛竜はそこで我に返り、主人を救うために急降下していった。


 一方、将也は上空での出来事を見て唖然としていた。


「おいおいおいおい。なんだあの血行の悪そうな露出狂は」


 彼は声を震わせる。

 その横で、ルシアの目玉が彼の言葉に淡々と答えた。


「あれが水魔ウィシュチェルですよ。ステータスはレベル99、体力92、魔力98、力50、速さ97、防御78、戦闘センスA。人間にとっては驚異的な強さです」


「しかし、わたしたち聖者にとってはたいした相手ではない。先ほどの炎狼将軍のほうがよっぽど脅威だ」


 戦々恐々とする将也とは対照的に、ルシアとリーシャは落ち着いた様子だった。特に、ルシアからはまったくと言っていいほど危機感が感じられない。


「一年前の魔王再封印のときは、アイリスがソッコーで倒しましたからねー」


「だが、今回は水属性どうしの戦いだ。少々苦戦するかもしれない」


 リーシャは錬成魔法で周囲の水や空気から槍を作り出し、構えた。彼女の顔はすでに本気の戦闘モードに入っていて、その目は水魔ウィシュシェルを見据えている。


 水魔は歯ぎしりをしながら将也たちを睨み付けていた。


「貴様ら、わらわの邪魔をしおってからに……誰であろうと生かしてはおけぬ!」


 水魔は怒声とともに、魔力を解放した。


 次の瞬間、突如としてその周囲に大量の水が現れる。水は球状の塊へと姿を変えていく。それらはバレーボールほどの大きさがあり、数も膨大だ。また、それぞれが青黒い光を放っていて、ただの水の塊ではないということが一目でわかる。


「リーシャより強くねえか? この魔力。喰らったらただじゃ済まねえ……とにかく先手必勝だ! ウィンドショット!」


 将也は独断と即決で両手を突き出し、水魔に向けて風弾を放った。


 たった一発ではあるが、その速さは相当なものだ。普通の相手ならば、それを回避するどころか、目で捉えることもできないだろう。


 しかし、水魔は違った。


 ウィシュチェルは驚くべき速度で右に動き、風弾を難なく避けた。水魔の左隣には彼女の残像が浮かび上がっている。


 将也は呆気にとられた。


 不意打ちにも近い攻撃だったのにもかかわらず、見切られてしまった。だが、その程度で怯んでいる場合ではない。彼はすぐに次の攻撃へと移った。


「クソッ! ウィンドカッター! ウィンドガトリング!」


 将也は風魔法を連発する。


 風の刃を出し、風弾を乱れ撃つ。一つひとつが高い威力を秘めた攻撃だ。そのうえ魔族への特別効果もある。当たれば魔王軍幹部であっても無傷では済まない。


 だが、そんな将也の猛攻を、水魔は楽々回避し続ける。


「はははははっ! なんじゃその弾は。止まって見えるわ」


 水魔は高笑いをしながら空中を舞った。彼女は挑発するかのように、わざわざポーズをとって残像を浮かび上がらせている。


 将也は自棄になって風魔法を出し続けた。


「クソッ! クソックソックソッ! 当たれ! 当たれば終わりだ!」


「ふはははははっ! どれほど強力な攻撃でも、当たらなければ意味など無いわ!」


 ウィシュチェルは空中を自在に翔け回る。


 彼女は水球の合間を縫いながら、大袈裟な動きで風聖の攻撃を避け続けた。回避された風弾は周囲の青黒い水に当たっては弾けていく。同時に水塊は破裂して消えるが、数えられる程度の水弾が壊されたところで水魔にとって痛手にもならない。


 将也は両手から風を放ち続ける。

 そんな彼の右肩を、リーシャが背後から押さえた。


「落ち着けショウヤ!」

「で、でも!」


 仲間からの制止を受けても、将也は魔法の連射を止められなかった。


 彼は焦っていた。兵士一万人の無力化、炎狼将軍との激戦。それを経た後での三魔将との戦い。時間経過で魔力の回復はできても、疲労までは取り除けない。相手の水魔ウィシュチェルは自分たち以上の魔力を持っているため、早く倒さなければこちらが不利になる。さらに、ここで時間をかけすぎれば、西と南の国が敵に蹂躙されてしまう。


 その焦りが魔法の連打に繋がり、当たらない攻撃がさらなる焦燥感を招いている。リーシャはそれをはっきりと感じ取っていた。


 リーシャは将也の耳に口を近づける。

 そして、彼女は諭すように小声で話始めた。


「落ち着け、ショウヤ。水魔ウィシュチェルは速い。とにかくヤツに攻撃させて、わたしたちは防御に専念するんだ。そして、水魔が魔法を撃ち尽して接近してきた時がチャンスだ。それまで耐えろ。一年前のアイリスもそうやって倒している」


「わ、わかった」


 将也は攻撃を止め、両手を下ろした。


 リーシャの落ち着いた声により、彼の焦りは次第に抑えられていった。頭は冷静になり、彼女の指示に従うように考えを改める。


 風の猛攻が止まって数秒後、水魔は回避行動をやめてその場に留まった。ウィシュチェルは愉快そうに目を細め、口元を緩ませる。


「なんじゃ? もう終わりかの? ならば、今度はわらわの番じゃな!」


 水魔は大声を上げ、右手を横に振った。


 その直後、周囲に浮かんでいる水が光を強めた。そして、大量の水弾が将也たちに向けて次々と放たれた。


「わたしに任せろ!」


 リーシャの声が空に響く。


 水球が高速で動き始めるのと同時に、彼女は左腕で将也を抱きかかえる。そして、球状の水バリアを瞬時に作り出した。聖なる濁流が二人を包み込む。聖水が形作る防壁は分厚いが、外の様子ははっきりと見える。


 バリアが張られた直後、水魔の攻撃がそれに激突した。


 水とともに青黒い光が弾け、その邪悪な魔力がバリアに強烈な衝撃を与えていく。その威力は将也たちにも伝わった。


「はーっはっはっはっ! いつまで耐えられるかのう!」


 ウィシュチェルは水弾を連射し、リーシャのバリアを絶え間なく攻撃する。さらには水球連射に加えて、水を鞭のように伸ばして敵の防壁に叩きつけ始めた。


 バリア内が何度も揺さぶられ、水聖は歯を食いしばる。


「くっ、やはり魔王軍最強の一角というだけのことはある……いいかショウヤ。水魔ウィシュチェルは必ず、このバリアを崩しに接近してくる。ヤツが至近距離で強力な一撃を放ったときがチャンスだ。バリアが破られた瞬間、ショウヤが敵の動きを封じるんだ。その隙に、わたしがこの槍で水魔の胸を貫く。できるな?」


「わかった」


 将也は力強く頷き、水魔を注視する。


 ウィシュチェルは高火力の遠距離攻撃を続け、将也たちに衝撃を与え続けている。しかし、リーシャのバリアを破るには至っていない。


 防壁崩壊の兆しが一向に見えず、水魔の顔から余裕が失われた。


 そして、ついにはすべての水弾を撃ち尽してしまい、ウィシュチェルは顔を歪める。


「くっ、まだ崩れぬか……なれば、こうするまで!」


 水魔は右手に力を込めた。


 その手の平の上に水が球状に集まり、回転し始める。その濁動はさらに激しさを増し、ついには稲妻のような黒い光を発するまでになった。


 ウィシュチェルが動き出そうと身構える。

 その時、リーシャが叫んだ。


「くるぞ!」

「おう!」


 将也は水魔の突撃に備えて魔力を手に集める。

 だが、彼が気づいたときには、敵はバリアに接近していた。


(はや……すぎる!)


 水魔は渾身の力を込め、右手をバリアに叩きつけた。


 その手で回っていた水球が弾け、黒い稲妻が四方八方に爆散する。ウィシュチェルの右手からは強烈な水流が生み出され、バリアの清流を打ち消そうと暴れ回る。聖水の壁は邪流によって大きく揺さぶられ、その力は急激に削り取られていく。


 やがて、水聖のバリアは流れを失い、水魔の邪球とともに弾けて消えた。


 その瞬間、莫大な衝撃がこの場を襲った。


 将也とリーシャはそれによって大きく吹き飛ばされ、攻撃した水魔でさえも体勢を崩して空中での自由を失った。


 聖者の二人も、三魔将の一人も、大きなダメージを負う。


 しかし、そのなかでも、将也はすぐに自分のやるべきことを思い出した。


「ウィンドチェーン!」


 将也は魔力を放ち、細長い竜巻を水魔の四肢に向かわせる。これら四つの風渦で敵の手足を呑み込んでその体を捕えようと、彼は必死に力を制御する。


 あと少しで、風が敵に届く。


 だがその時、水魔が体の自由を取り戻した。強引に体勢を整えたウィシュチェルは、反射的に体をねじる。


 水魔の左脚を竜巻が呑み込む。しかし、右手、左手、そして右足を狙っていた三つの風が逸れる。結果として拘束できたのは左脚のみとなった。


 水魔は左脚のことなどお構いなしに飛び、将也に接近して右手を振り上げた。その手には黒雷を纏った水球が握られている。その威力は水聖のバリアを破壊したものと同等だ。


「まず一人!」


 ウィシュチェルは将也に向けて突進し、その右手を突き出した。


(おわ……いや、まだだ!)


 将也には敵の攻撃がはっきりと見えていた。


 彼は諦めかけた自分を奮い立たせ、一か所に魔力を集中させた。水魔の左脚に巻き付いている風が勢いを増し、その拘束力が飛躍的に高まる。


 この風が文字通り、足枷となった。

 水魔の左脚が強く引っ張られ、その体が途中で急停止した。


 彼女は大きくバランスを崩し、将也を仕留めるはずだった右手が空を切った。高威力の雷水球も不発に終わり、その手の中からあっけなく姿を消した。


 敵に隙ができた、この時が好機だ。


「でりゃああああああああああああああああ!」


 将也は決死の覚悟で水魔の腹部に体当たりし、その体にしがみついた。


「っ!?」


 彼の大胆な行動に水魔は困惑する。ウィシュチェルは身動きが取れなかった。左脚を拘束され、攻撃で魔力を使いすぎた魔将には、将也を引き剥がすだけの力が残っていない。


 そこに、リーシャが飛んできた。


「はああああああああああああああああああ!」


 彼女は水魔の背後から迫り、標的の胸を槍で貫いた。


 魔族最高の水使いの胸から、銀色の穂先が飛び出してくる。それは将也の頭の上を通り過ぎ、槍の半分が体を突き抜けた。


「ぐう!?」


 ウィシュチェルは苦悶の表情を浮かべながら、後ろに顔を向ける。


 リーシャは水魔の目を睨みながら、槍を強く握って魔力を込めた。


「聖者の魔力、たっぷりと味わえ!」


 リーシャの槍が白い光に満ちる。


 その光には強大な聖なる魔力が込められていた。その力が水魔の体内に流れ込み、邪悪な気で作られた体を蹂躙する。


「ぐっ、ぐわああああああああああああああ! わらわが! わらわがあああああああああああああああああああ!」


 水魔は目を見開き、絶叫した。


 白い光が彼女の全身を包み込んだ。その体の輪郭は次第に崩れ、やがては黒い霧となって霧散し、消えていった。


 水魔がこの場からいなくなるのと同時に、黒紫色の空は一瞬にして晴れて青空へと戻ったのだった。



 将也はしがみつくものが無くなり、前に倒れてしまう。彼はそのまま一回転し、リーシャに近づいた。


 彼のすぐ目の前で、リーシャは息を吐きながら槍を引く。


「ふう。無事に倒せたな。ショウヤ、よくやった」


「ははっ、ちょっと危なかったけどな。リーシャも、すごい戦いぶりだった」


 二人は微笑み合い、互いの健闘を称え合う。


 そこに、どこからともなくルシアの目玉がふらふらとやって来た。


「ショウヤ、リーシャ、お疲れ様でした。水魔ウィシュチェルは魔族島に撤退し、炎狼将軍率いる飛竜部隊は魔族の支配から完全に解放されました。これで、ヒガトン国は守れましたね」


「これで、いいのか?」


 将也は下を見ながら首を傾げる。


 彼は山脈に落ちていったキターノ国軍の兵士たちが気がかりだった。リーシャが水のクッションを作っていたおかげで死んではいないだろうが、怪我をしていないとは限らない。炎狼将軍のことも気になる。


 そんな彼の心配をよそに、ルシアの目玉は元気に頷く。


「はい! 後のことはセルトア国とヒガトン国がどうにかします。そこは私たちがどうこうすることではありません!」


 目玉はそう言い放つと、いきなり姿を消した。


 その直後、目玉が居た所にルシア本人が転移してきた。彼女は自力で宙に浮かびながら、晴れやかな笑顔を将也とリーシャに見せる。


「というわけで、ヒガトン国編は終了です! 将也のステータスはレベル70、体力35、魔力91、力32、速さ70、防御28、戦闘センスBになりました。実戦を経験したことで速さが覚醒しましたね。では、セルトア国防衛線へジャーンプ!」


 ルシアは陽気な声を出し、右手を高く突き挙げる。


 お決まりのように三人の体が黄色い光に包まれ、彼女たちはヒガトン国とキターノ国の国境山脈上空から姿を消した。





次回更新は来週土曜深夜です。

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