第13話 炎狼将軍・アレフ
しかし、ただ一人飛び続ける者がいた。
炎狼将軍アレフ。彼の赤い目が上を向き、将也とリーシャの姿を捉えた。
「げぇ! 耐えやがった!」
「さすがは四狼将といったところだね」
将也は顔を歪め、リーシャは不敵に微笑む。
その横で、ルシアの目玉が上下左右に激しく動いた。
「って感心してる場合ですか! 二人ともさっきので魔力の90パーセントを使っちゃったんですよ! 回復まで3分はかかりますよ! もたもたしてたら兵士も復活しますよ!」
ルシアは焦燥感を露わにし、標的に目を向ける。
彼女の眼球カメラには血管が浮かび上がっていた。
「炎狼将軍アレフのステータスはレベル83、体力88、魔力87、力87、速さ88、防御86、戦闘センスSです! ただの人間なのに、たった27歳でこのレベルに到達した正真正銘の化け物が相手なんですよ! ってほらあ! こっち来るう!」
目玉は慌ててリーシャの背後に隠れる。
ルシアが言った通り、アレフは飛竜の手綱を叩き、上昇して将也たちのもとに向かい始めた。
炎狼将軍が翔け上がってくるが、リーシャは冷静だった。
「問題ない。要は槍と防御用の水魔法で3分耐えればよいだけの話だろう?」
リーシャは槍を構え、その穂先をアレフに向ける。
「ショウヤ! わたしを落とすなよ!」
「了解!」
将也はその場で集中し、風を操り始めた。リーシャが空中で自由に動けるように、彼は後方支援に専念する。
リーシャは風に乗り、炎狼将軍に突撃した。
両者の距離が急激に近づく。
「はあああああああああああああ!」
リーシャは声を張り上げ、アレフに槍を突き出した。
それは風聖試験で見せたものと同等の速さと威力を誇る刺突だった。それに加え、今は将也による風の推進力も上乗せされている。並大抵の兵士では防ぐことはできないだろう。
だが、炎狼将軍アレフは両手で構えた槍で、その一撃を的確に弾いた。
両者の進撃が一旦ここで止まる。
しかし、優劣は明白だった。炎狼将軍が飛竜の背に腰を据えているのに対し、水聖は大きく仰け反って槍を上に向けてしまっていた。
リーシャは怯んでいる。
そのわずかな隙を狙い、アレフは槍の柄で彼女の左わき腹を殴りつけた。
「がっ!」
リーシャは直撃を受け、苦悶の声を上げて払い飛ばされた。
炎狼将軍の攻撃はここで終わらない。彼は水聖に向けて左手を伸ばし、巨大な火の玉を発射した。
リーシャは空中で自由を失いながらも、それを目で捉えた。彼女は咄嗟に水の壁を作り出す。火弾が彼女に触れる寸前で、防壁が完成した。
火の玉が水のバリアに激突する。それは大きな爆発を起こし、周囲に轟音と強烈な熱波をまき散らした。
火炎が消えた直後、リーシャは水の壁を崩した。
水は周囲に散らばり、消えていく。彼女にとって、槍によるダメージは相当なものだったが、火魔法攻撃による被害は無に等しかった。
炎狼将軍は眉をひそめ、飛竜とともにその場に留まる。
彼にとっては火弾のほうが本命の攻撃だったのだが、効果は無かった。魔族に乗っ取られているとはいえ、彼自身の能力は健在。その思考力が、この敵には魔法戦が無意味であるということを瞬時に導き出した。
静寂のなか、リーシャは力の無い笑みを浮かべる。
「強いな……魔法はなんとか防げるが、槍のほうは厳しいな。あと2分、持ち堪えられるか?」
リーシャは弱気に呟いた。
その直後、炎狼将軍が飛竜の手綱を叩き、彼女へと襲いかかった。
「やはり槍で来るか!」
リーシャはすぐに身構える。
アレフは彼女の胸めがけて槍を突き出した。
リーシャはその突きを槍の柄で防ぐ。しかし、その一撃が重く、彼女は大きく体勢を崩してしまった。
突き飛ばされたリーシャの横を、アレフは通り過ぎていく。彼は数秒後にUターンをし、再びリーシャに向けて突進した。
(もう一度あの突きが来る!)
リーシャは相手を注視し、回避のタイミングを見計らった。
しかし、彼女の目論みとは裏腹に、炎狼将軍は飛竜の手綱を引いて突進の速度を大きく緩めた。そして、リーシャの目の前に迫った時には、ほぼ滞空に近い状態となっていた。
そこから、アレフは水聖に向けて槍を突き出した。
一撃目は、腹部を狙った突き。リーシャはそれを槍の柄で防いだが、両腕に痺れを感じてしまうほどの威力があった。
二撃目は、脚に向けた突き。リーシャはそれを槍の穂先で強引に弾いたが、体勢を大きく崩してしまった。
三撃目は、顔に向けた突き。もはや防御は間に合わない。リーシャは体をよじった。刃先が頬の皮膚を掠めていき、彼女の顔に一筋の赤い線ができる。
だが、リーシャもやられっぱなしではなかった。
三回目の突きの直後、リーシャはアレフにわずかな隙を見出した。彼女は相手の顔に水を放ち、後ろに飛んで敵と距離を取った。
十分に離れたところで、リーシャは炎狼将軍を見据える。
アレフに怯んだ様子は無かった。当然だ。あれは攻撃能力の無い、ただの水鉄砲。せいぜい目をつぶらせる程度の力しかない。
リーシャは槍を構えながら、肩を上下に揺らす。
「はぁ、はぁ、はぁ……数撃防ぐだけでも、難しいな……だが、魔力が回復してしまえばこちらのもの!」
リーシャはすぐに呼吸を整え、アレフに攻撃を仕掛けようとした。
槍だけでの戦闘では、こちらが圧倒的に不利だ。それは彼女にもわかっている。素の戦闘能力だけでなく、パートナーとの連携も向こうの方が上。風聖のサポートで空中移動が可能になっているとはいえ、人竜一体の領域にある炎狼将軍のほうが空中戦は一枚上手だ。
それでも、積極的に攻めて時間を稼がなければ、聖者側に勝ち目はない。
水聖リーシャは炎狼将軍アレフに向かって翔け出した。
それと同時にアレフも動き出した。
しかし、彼の向かう先はリーシャではなかった。飛竜はその場から高く舞い上がり、方向転換をしながら遥か上空へと向かっていく。その先には、将也がいた。
「させるか!」
リーシャは下方向に水を射出し、その勢いで急上昇して炎狼将軍を追いかける。しかし、間に合わない。
将也は目を見開く。
「やっべ! ウィンドバリア!」
将也は咄嗟に風の壁を作った。
しかし、アレフの一薙ぎで風のバリアはかき消されてしまった。
これまではリーシャの支援に徹していたこともある、急に攻撃対象とされてしまったことへの困惑もある。だがそれ以上に、攻撃を防ぐだけの魔力が彼には残っていなかった。
アレフは横薙ぎの勢いを利用して槍を大きく振り上げる。
振り下ろされた槍が、しなりながら将也に迫る。彼には回避できるだけの余裕が無かった。穂先が将也の頭に叩きつけられようとした。
そのとき、二人の間にリーシャが割り込んだ。
リーシャは急上昇の力を利用して、アレフの槍を上方向に弾いた。
敵の槍が天を指し、アレフに隙ができる。追撃を仕掛ける絶好の機会だった。しかし、リーシャの目は彼には向いていなかった。
彼女は槍の尻で飛竜の頭を叩き、将也を左腕に抱えて急降下した。
「リーシャ、助かった! サンキューな」
「魔力回復まであと1分です!」
将也とルシアはリーシャにそれぞれ言う。
リーシャは険しい表情のまま、アレフに目を向けていた。
飛竜が痛みで暴れ、炎狼将軍の動きが封じられている。その間に、リーシャたちはできるだけ敵から距離をとらなければならない。接近戦では彼女たちに勝ち目はないのだ。
「ああ。だが、あと1分もある……このまま逃げ切れればよいが……」
リーシャはやや遅れて二人に返事をする。
その直後、炎狼将軍が飛竜の手綱を全力で引っ張った。
それにより、飛竜は落ち着きを取り戻す。それからすぐに、アレフは将也たちに向けて急降下を始めた。
将也は風を操って飛びながら、横の目玉に怒鳴り散らす。
「おいルシア! バリア張れねえのかよ!」
「張れるならとっくに張ってますよ! ショウヤだってもっと速く飛べないんですか! 追いつかれますよ!」
「そんな魔力残ってねえんだよ!」
二人は言い争う。その間にも炎狼将軍が距離を縮めてくる。
アレフは左手を伸ばし、そこから業火を放った。
それを目で捉えたリーシャは、後方に水のバリアを張る。
バリアの完成と同時に、将也たちの飛行速度が大幅に落ち込んだ。バリアによって風の推進力が妨げられてしまったためだ。しかし、敵の火魔法を防がなければ将也が丸焼きになってしまう。
燃え盛る炎は水壁に激突し、消えていく。
水聖の防御の前では、火など無力。しかし、炎は次から次へと襲いかかってくる。それはまるで火炎放射のように絶え間なく続き、終わる気配がない。
やがて、炎狼将軍と彼を乗せた飛竜が、将也たちと同じ高度にまで下りてきた。飛竜は空を切り裂くかのように高速で突き進み、標的に向かっていく。アレフはその間も炎を放ち続けた。
そして、アレフは将也たちを追い越し、三人の前に現れた。彼はそこで炎の放出を止めて相手に正面から向き合い、槍を振り上げる。
リーシャはすぐに将也を下方向に突き飛ばした。それから間髪入れずに水壁を消し、両手で槍を持って防御態勢に入った。
槍と槍が激突する。振り下ろされた炎狼将軍の槍が、リーシャの槍の中心部を押し潰していく。そのとてつもない圧力に耐え切れず、リーシャの槍は弾けるように折れてしまった。
その勢いのままにアレフの槍が動き出し、リーシャの右肩を強打した。
「ぐあぁ!」
リーシャは苦痛に満ちた声を上げ、叩き落される。
彼女は為す術も無く、将也を追い越して山脈に向けて落ちていく。アレフは落下する水聖を数秒見た後、次は将也に向かって下降していった。
「ひっ!?」
将也は怖気づいた。
リーシャに防げない槍を自分が防げるわけがない。火魔法も、有利属性ではない風では防ぎ切れない。
アレフが将也に接近し、槍を後ろに引いた。炎狼将軍は槍を横に薙いで将也の胴体に致命的なダメージを与えようとしている。
もう逃げられない。
そう悟ったその時、将也は時間が遅くなったような錯覚に陥った。
なにもかもが停止していた。その視界の中で、アレフの背中越しに、砕けた槍が空中を舞っているのが見える。槍の破片はその形を崩していて、元の水や空気に戻ろうとしていた。
無数の破片が、空中に散らばっている。
将也はそこでひらめいた。
(将を射んと欲すればまず馬を射よ……トカゲだけど!)
その瞬間、時間の感覚が元に戻った。
急速に動き始めた世界の中で、将也は残り少ない魔力を放った。彼はアレフ後方の槍の破片に風を纏わせる。
「くらええええええ!」
将也は叫びながら、散らばっていた破片のすべてをアレフの飛竜に向けて全力で発射した。
無数の破片が降り注ぎ、飛竜の背中に突き刺さる。その痛みで飛竜が暴れ、アレフの体勢が崩れる。それにより、彼は槍での攻撃を中断せざるをえなくなった。
炎狼将軍が飛竜をなだめる隙に、将也は急いでリーシャのもとへと向かった。彼はとてつもない速さで落ちながらも、両腕でリーシャを抱えた。
ひとまずの危機は脱したが、これで戦いが終わったわけではない。破片による攻撃は足止めにすぎない。
その証拠に、アレフは再び飛竜の制御を取り戻し、将也たちを追い始めていた。飛竜に刺さっていた破片はすでに水や空気へと戻り、跡形もなく消えている。
(ま、魔力が……もうダメか……)
次の攻撃は、防ぐことができない。避けることもできない。それをするだけの力が、今の自分には無い。リーシャも気絶している。将也は敗北を覚悟した。
だがその時、ルシアの目玉が震え、神々しい光を放った。
「魔力、回復です!」
ルシアの喜々とした声が空に響き渡る。
それと同時に将也とリーシャの体に力が漲った。ほぼ枯渇状態だった魔力が一気に全回復し、二人の体が緑と青の光に包まれる。
将也の腕の中で、リーシャが目を覚ます。彼女は目を見開き、周囲の状況を確認して瞬時に現状を理解した。
将也とリーシャは視線を交わし、頷き合う。二人は降下を止め、左腕で互いに体を支え合いながら、アレフに向けて右手を伸ばした。
炎狼将軍は危機を感じて手綱を引っ張る。しかし、飛竜は止まれなかった。
風聖と水聖の右手が強く光る。
そして、二人は同時に魔法を放った。
「ウォーターブラストオオオオオオオオオオオオオオ!」
将也とリーシャの声が大空に響き渡る。
膨大な量の水と暴風が、アレフに向かって空を突き破る。莫大な破壊力を秘めた水と風は混ざり合い、その威力をさらに高めていく。
アレフは咄嗟に炎のバリアを張った。
だが、二人の聖者の全力を前に、その防御は紙切れに等しかった。
暴風と濁流は分厚い炎の壁をいとも容易くかき消し、炎狼将軍と飛竜を呑み込んだ。アレフは飛竜から引き剥がされ、大きく上空へ飛ばされて宙を舞った。
将也とリーシャは魔法攻撃を止める。
攻撃のほとんどを炎狼将軍に向けていたため、飛竜はあまりダメージを受けていなかった。飛竜はその場で自我を失ったかのように佇んでいる。
それから数秒経つと、飛竜の目から赤い光が消えた。
飛竜はそこで我に返り、慌てた様子で周囲を見始める。翼を激しくバタつかせながら何度も何度も体を旋回させ、頭を振る。そうしているうちに飛竜は上空に気絶したアレフを見つけ、主人のもとへと飛び上がった。
その直後、アレフの体から黒い光が弾けた。




