第12話 東国侵攻飛竜部隊
ルシアたち五人が着いたのは、広い道のど真ん中だった。
地面は土で、道の両側には草原が広がり、その草原の遥か先には山脈が伸びている。目の前には横にも縦にも長い巨大な半透明のバリアがある。
この薄い防壁の向こうには大軍が押し寄せていて、視界に映るはずの地平線が兵隊によって塞がれてしまっている。向かってくる兵士たちは目を赤く光らせながら、武器や魔法でバリアを攻撃していた。
これが魔族に支配されたキターノ国軍なのだろう。将也はそれを目の当たりにして、思わず息を呑んでしまった。
そんな彼を尻目に、ルシアたちは防壁へと歩いていく。
「ここがキターノ国とセルトア国の国境で、今の防衛線です。まずは私とメディとアイリスでバリアを維持しましょう」
「あいよ」
「わかりました」
三人はバリアの前で立ち止まり、それに両手を添えた。
その瞬間、この薄い膜に膨大な魔力が流れ込んだ。力を増大させた魔法防壁は震え出し、ここを突破しようとしていた敵兵たちをいとも簡単に弾き飛ばした。
次から次へと突撃しては押し戻されていくキターノ兵を見ながら、ルシアはご満悦と言った様子で大きく頷く。
「うん、これなら大丈夫でしょう。やはり見えない未来が正しいルートですね……では、リーシャとショウヤは炎狼将軍と水魔を倒しにヒガトン国へジャーンプ!」
その直後、ルシアは予告無しに転移魔法を発動させた。
将也とリーシャの体が再び黄色い光に包まれる。二人はルシアの言葉に応える暇も無く、そして将也は敵の大軍とそれの侵攻を妨げる魔法壁の存在に圧倒されたまま、戦場へと送られるのだった。
光が消えた後、将也とリーシャの視界が明瞭になる。
二人は遥か上空にいた。山脈どころか、下に点在する雲までもが小さく見えるほどの高度に、彼女らは放り込まれたのだ。
「ドゥウェええええええええええええ!?」
将也は落ちながら間抜けな叫び声を上げる。
その間にも、二人は猛烈な空気抵抗を受けながら自由落下していく。将也はこの状況に混乱し、手足を振り回す。その一方で、リーシャは平然としていた。彼女は腕組みをし、胡坐をかいて目を閉じている。
将也は体の重さを感じられなくなり、恐怖に支配されそうになった。
その時、彼の耳元でルシアの声が響いた。
「なにしてるんですかショウヤ! 風魔法で自分とリーシャを浮かせるんですよ!」
「はぁっ!?」
突然の命令に、将也は怒声を上げてしまう。
だが、そのおかげで彼の恐怖感が和らいだ。ルシアの声がした方向に、彼は自分の意思で顔を向ける。そこには目玉のような球体が一つ浮かんでいて、将也と並んで落下していた。
「うわ、きもちわるっ!」
将也の口から正直な言葉が飛び出す。
それを受けて、目玉の瞳孔が小さくなった。
「気持ち悪いとは何ですか! この方が見てるって感じがしてわかりやすいじゃないですか! というかそんなことはいいから早く風魔法です!」
「ああ、わかったよ!」
将也は言われるがまま、風魔法を発動させた。
彼自身とリーシャ、ついでに目玉にも風を纏わせる。渦巻く風が二人と球体一つに浮力を与えると、次第に落下が収まり、ついにはその場で静止した。
将也は安堵のため息をつく。
「ったくもう、空中に放り込むならそう言えよ」
「相手は飛竜部隊なんですから空中戦に決まってるじゃないですか!」
将也とルシアは言葉をぶつけ合う。
目玉から聞こえてくる声は、ルシアの生の声そのものだった。この目玉は本物ではなく、魔法で作ったカメラのようなものなのだろう。しかし、その造形はあまりにも精緻で、将也はこれを見ているだけで気持ちが悪くなった。
風聖と目玉が睨み合うその横で、リーシャが目を開ける。
「仲が良いのはいいことだけど……ほら、見えてきたよ」
リーシャは冷静に言葉をかけて、下を指差す。
彼女が示す先に、ルシアの目玉と将也は視線を向けた。
雲の少し下に、翼の生えたトカゲが大量に見える。その背中には赤い鎧を身に着けた兵士が乗っている。その大軍は、隊列を組んで山脈の上を悠々と通っていく。
この飛行トカゲ部隊が倒すべき相手だと、将也はそう確信して目を見開いた。
「おいおいマジかよ……いったいどんだけいるんだ」
「ざっと、一万ってところですかねー。さすが軍事大国。よくこんなに揃えたもんですよー。ヒガトン国が一瞬で陥落するわけですよこれはー」
「って、感心してる場合か!」
将也は大声でツッコミを入れる。
この大軍を目の前にしても、ルシアは呑気だ。いったいどんな神経をしていたらこうなるんだと、彼は思ってしまった。
そんな二人に、リーシャが冷静に口を挟んだ。
「わたしたちの標的は大将の炎狼将軍アレフと、彼に憑依している水魔ウィシュチェルだけ。あとは何人いようが関係ない」
リーシャはそう言って、周囲の空気や水を集めて槍を作り上げた。彼女は組んでいた脚を解き、槍を両手に構えて飛竜部隊を見据える。
「さあ、いこう。ヒガトン国が攻め込まれる前に!」
「お、おう!」
リーシャの勇ましい声に、将也は気圧されながらも応えた。
将也は風を操り、リーシャとともに目標へと向かい始める。二人は空を割るかのように急降下し、飛竜部隊に近づいていく。ルシアの目玉はその二人に黙ってついて行った。
敵が近くなってくるにつれて、その姿が鮮明に見えてくる。だが、相手は一万を超える軍勢で、そのうえ誰もが同じような格好をしている。誰が倒すべき相手なのか、目を凝らして見ても判断ができない。
将也は助けを求めるかのように、リーシャに向けて大声を放つ。
「おい! どいつが大将なんだ!?」
「おそらくは先頭の、あのひと際大きな黒い飛竜に乗っている若い男だろう。だが、まずは周囲の兵士たちに退場してもらおう……ショウヤ! やるよ!」
「おう!」
リーシャは檄を飛ばした後、体中に魔力を巡らせた。将也も彼女に同調し、体内で眠っている力を呼び起こしていく。
リーシャの体が青い光に包まれ、将也の体から緑色の光が漏れ出す。
魔力を最大限に高めた二人は、目下の飛竜部隊に向けて両手を伸ばした。
「はああああああああああああああ!」
「ウィンドブラストおおおおおおおおお!」
二人の手から、莫大な魔力が放たれる。
その直後、飛竜部隊の上方に大量の水塊が現れた。それらは将也が巻き起こした暴風に乗り、隕石のごとく大軍に襲いかかった。
巨大な水の塊が次々と兵士たちに降り注いでいく。上空からの奇襲を受けた彼らは、為す術も無く飛竜とともに山脈へと落ちていった。
墜落の寸前に、兵士と飛竜の下に大量の水が現れる。それらはクッションの役割を果たし、無力化された者たちを山肌に留め置いた。
二人の聖者による全力での範囲攻撃。これによって、キターノ国軍ヒガトン国侵攻部隊は一瞬のうちに壊滅した。




