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白黒灰色:〔角を丸くする為に〕

 あの日から、一体何日経っただろうか。無気力に過ごすあまり、時間の感覚も鈍くなっているみたいだ。


「ミコトさん」

「……? 藍か」


 下から聞こえてきた声に、ひとつ遅れて反応する。

 首だけを傾けて声の主を確かめた僕は、寝転がっていた木の枝から飛び降りた。


「何か用かい?」

「いいえ、特には」


 さらりと答えた藍は、飛び降りたまま座り込んだ僕の隣に腰を降ろした。

 互いの距離は、あともう一人座れる位に空いている。橙が座れば丁度いいような空間だ。


「…………」


 この微妙な距離感は、僕が魔理沙と恋人になった翌日から現れた。

 それまでは、肩が当たる位には近く、また彼女の尾が当たる程度には近い位置。

 どちらが何かを言ったわけではない。ただ、自然と彼女と物理的に距離が開いただけの話。

 別に、それを悲しいこととは思わなかった。

 誰か一人を選んでしまえば、他とは当然距離が開く。それをわかった上で、僕は魔理沙と一緒になったのだ。




 ……けれど、少し、情けない話ではあるのだけれど。




「…………」




 ……今ばっかりは、この距離が、悲しいものに思えて仕方がない。


 と、そこで右手の甲にフワリとした感触が。まるで筆でさらりと撫でられたかのような感触に、ビクリと肩を震わせる。

 なんだ、と思って右を見れば、そこにはなんだか近めの藍の姿。

 いつからか見ることが無くなっていた、至近距離での藍の顔。


「ミコトさん、聞いてました?」


 ――その顔は、少しだけむくれていた。


 どうやら考え込んでいたせいで、藍の話を全て聞き流していたようだった。いや、それにしても。


「ククッ……」

「何がおかしいんです!? もうっ」


 更にむくれた藍は、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 だって、久しぶりに見た顔がむくれていた、なんて。

 そう考えると、なんだかとてもおかしくて。


「クク……アハハハッ」

「だから何が!!」


 そっぽを向いたはずの藍が、とうとう笑い出した僕に詰め寄る。

 グイ、と肩を押された僕の身体は、あっさりと地面に倒れ込んだ。

 それでも笑い続ける僕に、藍はせめてもの抵抗に僕の身体をぐいぐい揺さぶる。


 そういえば、ここ数日こうして笑っていなかった気がする。

 ただひたすらにじっとして、何かを考え込んでいるようで、その実何も考えることが出来なくて。

 まるで感情が、ついでに表情までもが凍り付いてしまったかのように、あの日からずっとそうして過ごしていたのだ。


 そう考えて、ふと、前に笑ったことを思い出す。

 今みたいに、くだらないことで笑って。けれど、今のように一人で笑っていたわけでは無くて。



 ――そう。僕は、隣にいる彼女と――魔理沙と―――――――――――――



「……はぁ。やっぱり、ですか」

「え?」

「どうにも様子がおかしいと思えば……。まだ、仲直りしてないんですね」

「…………」


 呆れたように息を吐く藍。揺さぶっていた手を離し、少し乱れた前髪を直している。

 どうやら、藍は全て『お見通し』らしい。


「当然です。あんまりにもミコトさんがへたれているので、見てられなくなりました」

「酷いなぁ。……否定はしないけどさ」


 藍のストレートな物言いがグサリと胸に突き刺さる。確かに、自分でも情けないとは思っていたが……。面と向かって言われると、少し、ねぇ。


「誰にも言ってないんだけど……どこで知ったの?」

「知ったと言うよりは……まぁ、女の勘です」

「何をまた……読心術使ってたくせに」

「うっ……」


 藍の耳がピクリと動く。ばれてないとでも思ったか。へたれていようが、一応は万を生きた妖怪。しかもその手の術は僕が得意とするところである。見逃すことなんて、ありえはしない。

 ……とはいえ、それを防ごうともしなかった辺り、やっぱりへたれていたんだなぁ、僕。


「なんで謝りに行かないんです? 詳しくは知りませんが……」

「うん……いや、悪いのは確かに僕なんだ。けど、なんだか……怖くてね」


 苦し紛れに笑いながら、渋々本音を呟いてみる。

 そう。わかっているんだ。悪いのは僕で、謝りにいくのも当然僕。そこまではいい。ただ、そこから先はわからない。僕が謝ったところで、許す許さないは向こうが決める。



 ――もし、許してくれなかったら。

 ――安易と取られ、もっと怒らせてしまったら。


 そんな可能性を考えてしまうと、どうにも足と後ろ髪が引っ掛かる。

 まるで思春期真っ盛り。何千年も生きたくせして何を言っているのかという話だが……これはどうにも、仕方が無い。だって、本当に怖いんだから。


「……はぁ。全く、変なところで臆病なんだから……」

「……む」

「私は少し失礼します。いつまでもこんなところにいないで、マヨヒガに戻ってみたらどうです? 橙も寂しがっていますよ」


 僕が少しムッとするのを見た藍は、すまし顔で立ち上がって歩き出す。

 その背中に口を開いた僕だったが、どうにも捨てる台詞が見当たらない。完全な負け戦だと悟った僕は、ひとつ溜め息をついてゆっくりと立ち上がる。


「橙が寂しがってるなら……まぁ、仕方ない、か」


 そう呟いて、いつもよりも控え目に地面を蹴る。

 妙な脚のけだるさが、いかに何もせずに黙っていたかを教えてくれていた。

















 ――ところかわって、とある店。


 幻想の郷には似合わない……と、言うよりは。ある意味異質なものばかりが集う、見様によっては不気味ととられかねない店――香霖堂に、彼女の姿はあった。


「聞けよ〜なぁ〜聞けってば〜」

「うるさいな……久々に顔を出したかと思えば……。今日はミコトのところにはいかないのか?」

「そんなこと言う自体、私の話を聞き流してる証拠だぜ……」


 ガッタンガッタン、と逆に座り込んだ椅子で床を打ち鳴らす魔理沙。

 そんな彼女には特に視線を向けずにいる男こそ、この香霖堂の店主――森近 霖之介である。

 手元の本をペラペラとめくりながら、時折魔理沙に対して適当な返事を返している霖之介だったが……正直な話、彼はイライラしていた。

 それも当然。彼は少し前まで、毎日のように現れる魔理沙から、それこそ延々とその日あったことを語られていた。それだけなら、彼もまぁやぶさかではない。視線こそ本に向かっていたとしても。彼は微笑みながら、彼女の声に耳を傾けていただろう。

 しかし、話の節々、いや、もはや文章で言う段落単位で彼女の『想い人』の名前が出てきては、さすがに辛い。いわゆる、ノロケ話である。

 別に彼女の『想い人』――ミコトのことは嫌いではない。むしろ、好意的な妖怪であると、霖之介は思っている。しかし、それとこれとは話が別。初対面では思わず舌打ちしそうになった程に、ノロケによるストレスは溜まっていた。

 しかし、それもここ数日は収まっていたので、霖之介はすっかり油断していた。


「どう思うよ霖之介! なぁ、聞いてんのか!」

「…………」


 ノロケの次は、愚痴。

 フェイント後のクロスカウンターを食らった。そんな気分の霖之介だった。










「失礼するぞ」

「いらっしゃい……。悪いけど、今日はもう店終いしようと思っているんだ」

「あぁ、大丈夫だ。すぐに終わる」


 あれから結局散々愚痴を言い続け、それでも帰ろうとしない魔理沙を無理矢理店から押し出した霖之介に、また新たな客人が訪れた。

 彼にしては珍しく、本をカウンターの脇に投げてぐったりとしているところに客である。言ってから、少々不躾だったかなと考えるも、いいやこれは仕方ないことだと謝罪する気もあまりない店主。

 しかし客人はそんな店主に怒りもせず、苦笑しながらカウンターの前にある椅子に座り込んだ。言わずもがな、魔理沙が引っ張り出してきてそのまま放置していったものだ。


「なんだい? 品定めか何かかな」

「いいや、違う」

「なら、交渉かい? 悪いけどここにあるものは……」

「それもまぁ、違うな」

「なら……」


 ならなんだ、と顔を上げる店主。ちなみにこの店主、今の今まで突っ伏していた為に客人の顔を見ていない。そのために、目の前にいる客人の姿を見て一瞬身体が固まったのも、致し方ないことだったのかもしれない。


「……どうかしたか?」

「あ、あぁ、いいや……すまないね。あまりに予想外の来客だったものだったから」


 頭を掻きながらそう返す霖之介に、客人は小さく九本の尾を揺らす。数多の妖怪がひしめく幻想郷と言えど、九本の尾を持つ妖獣は一体しか存在しない。

 客人――八雲藍――は、両袖に手を隠す独特の体勢を崩さずに、姿勢を正した店主に向き直った。


「そこまで硬くならなくともいいさ。私はただ、少しばかり話をしにきただけなのだから」

「話……かい?」

「あぁ。それも、とても大切な話だ


 藍の言葉に、霖之介は小さく首を傾げた。それというのも、彼と彼女はこれが初対面。いま出会ったばかりの関係なのに、そこまで大切な何かがあるのだろうかと考えたからだ。

 そんな霖之介に、藍は一枚の写真を霖之介の前に差し出した。


「……これは」


 それを見た霖之介は、あぁ、そういうことかと納得する。


「成る程……貴女とはそういう繋がりがあったか。随分と遠回りで、か細い糸みたいな繋がりだけど」

「全く持ってその通りだがね。だが、そんな繋がりの方が、今回に限っては望ましいのさ」

「……うん。大体、話が読めてきたよ。貴女が何を考えているのかも、ね」


 写真をヒラヒラと手で弄びながら、肘をついて苦笑いする霖之介。目の前の藍も、少しだけ困ったように笑っている。


「少し、待っていてくれ。お茶でも入れてくるよ」

「ありがたいが……いいのか? 店終いではなかったのか」

「あぁ、今日はもう店終いさせてもらうよ。邪魔が入らないように、ね」


 言いながら、店の奥へと消えていく霖之介。残された藍はひとつだけ息を吐き、自分の勘が当たったことに安堵するのだった。


「……私と同じ立ち位置にいる人がいてよかった。一人で丸く収めるのは、正直酷だしな……」

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