白黒灰色:〔最初は単なるすれ違い〕
今回は魔理沙との番外編。
「や。待った?」
「いんや。今来たところだぜ」
とある丘の木の下。
先に来ていたらしい魔理沙の頭に手を置きながら言うと、魔理沙は笑顔でそう返してきた。けれど僕は知っている。彼女は絶対と言っていい程僕よりも早く待ち合わせの場所に来て、ずっと僕のことを待ってくれていることを。
頭から頬へ、その輝かしい髪に指を通しながら手を移動させる。魔理沙の頬は少し熱いくらいで、照れていることがまるわかり。けれど僕はあえてそれを伝えない。頑張って隠そうとしている魔理沙だって、たまらなくかわいいのだから。
「今日はどうする? また肩に乗って空中散歩でもするか?」
「それも魅力的だけど、今日は人里に行こうかなと。美味しいお茶を出してくれる店があるんだ」
「そうか? ならそうするか。さ、行こうぜ」
とん、と箒に腰掛ける魔理沙。魔理沙は自分の肩をトントンと叩いて、早く乗れよと赤い顔で言ってくれる。
僕は猫の姿に化ける前に、一言ポツリと呟いた。
「リボン。かわいい」
「あっ……」
気付いてないとでも思ったか。
いつもは白であるはずの、魔理沙の帽子についているリボン。しかし、今日はそれが淡い桜色。きっと恥ずかしくて、けれど精一杯のお洒落をしてきた結果なのだろう。
僕の言葉にさらに顔を赤くした魔理沙は、しかしニヤニヤと笑いながら僕を肩に乗せる。そして一度顔をすり合わせると、ゆっくりと空を飛びはじめた。
「へぇ。賑わってるな」
「うーん……これは……」
「ミコト? どうかしたのか?」
いいや、と魔理沙に軽く返しておく。
魔理沙の言葉通り、今日の人里は何時にも増して賑わっている。今日何かあったかな、と首をひねり、まぁいいか、と魔理沙の手を取る。
「なっ、人前で」
「こういうのは人前でやるからいいんじゃん」
今までも手を繋ぐくらいは普通にしていたが、やはりこれだけ沢山の人の前では恥ずかしいらしい。
うぅ……と、空いた手で帽子を深く被る魔理沙を見て、僕はちょっとした悪戯を思い付く。
「でもまぁ、恥ずかしいならやめようか」
「え? あっ」
言うが早いか、僕は不意に魔理沙の手をパッと離してみた。魔理沙がわかりやすく動揺しているのを見て、胸の辺りが熱くなる。
すぐに手を取り直したい衝動に刈られたがそこはぐっと我慢。僕は魔理沙に背を向けてスタスタと歩き始めた。さて、どんな反応を見せてくれるのか……と、考えてすぐに、右手がガシッと掴まれた。
「いじわるだぜ……」
「!!」
背後から聞こえた声に、見事に僕の心は撃ち抜かれる。きっと後ろでは、顔を赤くした魔理沙が俯き気味に立っているのだろう。これが二人きりだったら間違いなく抱きしめているであろう破壊力。弾幕だけではなく恋愛もパワーだぜ。そう言われても納得してしまいそうな威力が今の魔理沙にはある。
ニヤニヤが止まらなくなりそうだったので左手で自分の顔を揉みながら、僕は魔理沙の手を引いて、今度こそ歩き始めた。
で、特に何の問題も無く目的の茶屋に到着。適当にお茶菓子を注文し、椅子に腰を落ち着かせる。
僕の隣に座った魔理沙は、しばらく黙り込むと、何を思ったか急に自分の帽子を僕に被せてきた。
「案外似合うじゃないか」
「そういえば、帽子は被ったことが無かったなぁ……ふむ」
「何が『ふむ』だよ」
魔理沙の帽子を深く被ったりしながら呟く僕に、魔理沙は小さく笑った。そんな魔理沙に帽子を返し、お茶が来るまでたわいない話で盛り上がることにする。
話の内容は正直何でもよかった。
弾幕はやっぱりパワーだぜと熱く語る魔理沙に、いやスピードも必要だと反論する僕。だんだんとヒートアップする弾幕持論に、やがて喧嘩腰になりかけ、茶屋の人に怒られて二人で笑ってみたり。
かと思えば全く会話が無く、ただただ魔理沙が僕の耳を触り続けてみたり。逆に僕が魔理沙の髪を三編みにして遊んでみたり。
たかだかその程度のことなのに、魔理沙が相手だとそれがとても面白い。もしかしたら話や行動の中身はどうでもよくて、魔理沙と一緒にいるから楽しいのかもしれない。いいや、きっとそうなのだろう。
そんなことを考えながら、少し前にきた団子の串を手に取ると、すでに団子の姿はそこに無かった。横には素知らぬ顔で口をモゴモゴと動かしている魔理沙の姿。
「こら」
「何のことだかさっぱりだぜ」
白状しそうになかったので、魔理沙の口元に付いていた餡をとある方法で取ってやった。
顔を真っ赤にして身体を震わせている魔理沙を無視し、唇をペろりと舐める。うん、甘い。
で、ひとしきりお茶も堪能してのんびりしているところに。
「さぁさぁ! 他に挑戦する奴はいないのかい!?」
店の外から聞こえてくる威勢の良い声に、僕の耳がピクリと反応する。先程から店の外が騒がしいとは感じていたが、原因はあいつかと息を吐いた。
そんな僕を見て、不思議そうに首を傾げる魔理沙。
「なんだろうな。叩き売りでもしてるのか?」
「いいや……見た方が早いかな。行こう」
机の上にぴったりの勘定を置き、店を出る。
店の外にいたのは、予想通りの二人だった。その内の一人が僕に気が付き、頭の角を掻きながら近付いてくる。
「ミコトじゃないかい。アンタも挑戦してみるかい?」
「いや、まず何をしているのかと」
近付いてきた鬼――桃鬼にそう聞くと、彼女は親指をクイッと立てて後ろにそれを向けた。そこには、何やら腰の辺りに一本の紐を垂らしたもう一人の鬼――志妖の姿が。
志妖の正面には一人の男がおり、二人を囲む地面を削って作られた円。志妖は飛び掛かる男を華麗にかわし、男は勢い余って円の外へと転がり出てしまう。瞬間、沸き上がる歓声。
「志妖の腰から糸を奪えば勝ち。志妖は相手を円から出せば勝ち。けれど、志妖からは相手の身体には触れられない。志妖から接触するか、腰の紐を取られたりしたら志妖の負け。どうだ、わかりやすいだろう?」
「またそんなことを……」
「ハッハッハ!! 皆どんどん挑んでくるよ? 参加料は酒か食料。勿論金でも構わない。どうだい、一戦挑んでみないかい? アンタなら勝てるかもしれないよ?」
ニヤニヤしながら僕を誘う桃鬼。が、しかし。
「あぁいや……やっぱりアタシが相手をしよう」
「どうしたのいきなり」
「ちょっとねぇ……アンタ、そこの人間と契りを交わしただろう? 志妖はそれが気に入らないみたいでねぇ……少しばかり、危な」
「ミコトさん?」
「「ッ!!」」
豪ッ!! と、凄まじい妖気が風となって吹き荒れる。
額から汗を垂らしながら、桃鬼と共に声の主を見る……
「やはりミコトさ」
「お休みなさいッ!!」
志妖がこちらを指差すと同時、桃鬼は叫びと共に志妖の首筋を手刀で一撃。一瞬波動が飛んでくるかと本決で身構えていた僕は、桃鬼のファインプレイを見て肩を落とした。後ろでは魔理沙が八卦炉を構えている。気持ちはわかるがとりあえず事情を説明してしまわせた。
波動とレーザーの二大砲から人里を救った僕等。
桃鬼はひとつ息を吐くと、倒れた志妖から糸を取って僕を見る。
「さて、気を取り直して……挑戦するかい? アタシからこれを奪うことが出来れば、特別に素敵なモノをプレゼントしよう」
「参加料は?」
「アンタが負けたら貰うことにする。どうする?」
チラリと後ろの魔理沙を見ると、どうぞと言わんばかりに箒に腰かけていた。完全に傍観姿勢である。
「やるよ。すぐに終わっちゃうかもしれないけど」
「言うじゃないか。なら……」
僕が円へと足を踏み入れると、桃鬼は手に持った糸を腰にでは無く、その深い胸元へと……って。
「何してんの」
「アタシの服は上から下まで全部繋がってるからね。しまう場所といったらここしかないのさ」
「だったらせめて糸の先を出してくれない?」
全部しまわれると、完全に突っ込まないと糸が取れないじゃないか。魔理沙がいる手前そんなことはできない。
しかし、桃鬼はこちらの言い分など聞く気は無いらしい。よいしょと胸の位置を調整している彼女に、良い意味でも悪い意味でも視線が集まる。
思わず魔理沙の方へと振り返ると、彼女は自分の胸元に手を当てながら桃鬼へと熱い視線を向けていた。若干頬を赤く染めているものの、その視線は嫉妬というより羨望のそれ。耳を澄ませば「おぉ……」なんて呟きが聴こえてきそうな表情をしている。
まぁ、それはそれとして。
「桃鬼。せめて手首とかにしてくれない? 流石にこんな状況でそこに手を突っ込む気にはなれないよ」
「……ほほぉ?」
僕の言葉を聞いた桃鬼が、ニタァと唇を歪ませる。嫌な予感がするなぁと思ったところで、彼女は糸の先を少しだけ出して前屈みになり、
「なら、誰も見てないところなら」
「…………」
「わかったわかった。そう怖い顔をするな右手を下ろせ」
無表情で右手を前には突き出すと、桃鬼は笑いながら糸を抜き出した。
全く、何を言い出すかと思えば……いや、桃鬼らしいといえばそうなのかもしれないけれど。今はストッパー役の志妖が役に立たない状況な為に、桃鬼節に歯止めが聞かないみたいだった。
溜め息をついてから桃鬼と向き直る。彼女は糸を手首に結び付け、こんなもんかと呟いていた。
「けど、これじゃあアタシが不利だねぇ……」
「…………」
右手を軽く振り、不満げに呟く桃鬼。次に何を言い出すのかわかっている僕は、あえて何も言わずに黙っている。そんな僕に桃鬼はゆっくりと歩み寄り、頭の角が僕の額に刺さりそうな……言ってしまえば、吐息が直接感じられる超至近距離で口を開いていた。
「どうだい……? アンタも、リスクを背負ってみないかい?」
挑発的でしかしどこか誘っているかのような妖しい眼差し。元が綺麗な癖に、狙ってこんな魅力を振り撒けるのだから始末におえない。
……まぁ、僕には魔理沙がいるから、いくら魅力を振り撒かれようが効きはしないのだけれど。
「……何をすれと?」
「なぁに、簡単なことさ」
互いに身を引かず、そのままの距離で会話する。見るだけ見れば、二人の関係が疑われそうな光景だろう。しかし、既に僕らの中には浮ついた感情なんて存在しない。桃鬼の蠱惑的な笑顔は好戦的なそれへと変わり、口から覗く尖った歯がキラリと光る。そして、僕の耳元に口を寄せ――
「――――――」
「なっ」
思わず声が出て、その反応に桃鬼が笑う。それというのも、耳元で囁かれた内容が、予想外で、尚且つ信じられないものだったからで。
思わずもう一度魔理沙の方を振り返れば、彼女は不思議そうに首を傾げてこちらを見返していた。
「今更止めるなんて言わないだろう?」
「いや、けど」
「負けなければいいだけの話じゃないか。それともなにかい、勝つ自信が無いとでも?」
あからさまな挑発。いや、違う。これは挑発なんて生易しいものではない。今更逃がすつもりはない。そう、彼女は言っている。
仮に今ここで引いたところで、彼女はどこかしらでそのツケを払わそうとしてくるだろう。それで、今耳元で囁かれた内容を求められたりしたら……僕はきっと、それを断ることは出来ない。
僕の性格を知り尽くした桃鬼ならではのやり口。参った、これでは勝負するしか道がないではないか。
そこまで考えて、桃鬼の顔を見る。そこには、してやったりと言わんばかりの満足げな表情があった。
「……手加減しないよ」
「望むところさ」
瞬間、僕の身体から吹き上がる妖気。周りの野次馬がどよめき、魔理沙もいきなり戦闘モードに入った僕を見て目を見開いたが、そのどちらも知らんぷり。この勝負、魔理沙の為にも僕の為にも、負けるわけにはいかないもので。
「ふむ。流石にこれじゃあ狭すぎかねぇ……。そら」
桃鬼が何気ない仕草で右手を振り上げる。瞬間、僕等を中心に円を描くように土煙が上がった。目測で半径が五メートルあるかないかの円が現れる。元の円が三メートル弱といったところなので、それに比べればかなり広くなっている。確かに、これだけあれば逃げ道も増えるだろうし、何より周りで見ている人達に被害がいかない。……まぁ、僕が妖気を出した辺りから皆さん少しずつ後ろに引いていっているので、それは最初から大丈夫なんだろうけど。
「じゃ、始めようか。あぁ、言っておくけど」
「能力は無し、だろう? お互いに困るからね」
「……随分やる気じゃないか」
「あんなこと要求されたらねぇ」
言いながら、手を地面について四つん這いの体勢を取る。全開とは言わないまでも、それなりの妖力を脚に込め――
「ッ!!」
――突撃を仕掛けるよりも先に、桃鬼の拳が頬を掠めていた。
意表をつかれた僕は、地面を蹴ってラインギリギリまで後退する。そして叫んだ。
「そっちから手を出すのアリ!?」
「じゃあ聞くけど、アンタが自滅することは有り得るのかい? いいや無いね! なら、こっちからも手を出すしかないじゃないか!」
「っ……」
滅多にしない舌打ちをして、襲い来る桃鬼から距離を取る。
なんてことだ、勝つ自信があったからこそこんな勝負を受けたというのに。桃鬼の一撃なんてくらったら、円から出るどころか人里から退場することになってしまう。こやつ、やる気どころか勝つ気満々ではないか。
「さぁさぁ! 取れるものなら取ってごらんよ!」
「……言ってろ! すぐに終わらせてやるよ!」
――とにかく、こんなところで時間なんて使ってられない。言った通りにすぐに終わらせて、魔理沙とのデートに戻らなければ。
――なんて、意気込んでたのも今は昔。
僕は今、あの勝負を受けたことをものすごく後悔してたりする。
「……………………」
「ま、魔理沙」
「……………………」
「……その……」
「……………………」
「うぅ…………」
真っ暗闇とは言わずとも、夕闇の薄暗い中を歩く僕と魔理沙。けれど、朝のように並んで歩いているわけではない。当然、手も繋いでいない。僕よりも一歩先を歩いている魔理沙は、出会った時のように帽子を目深に被っている。なので、正直どんな表情をしているのかは全くわからないのだが……
「……………………」
……この沈黙が全てを物語っているので、表情を見る必要もないといいますか……。
……まぁ、早い話、彼女はとんでもなく怒っているのだった。
痛々しい沈黙が四方八方から僕に襲い掛かり、けれどもそれを打ち破ることが出来ずに黙り込んでしまう。
魔理沙から流れ込んでくる感情は、僕を内側からこれでもかと責め立ててくる。それは歩くことすらも億劫に感じる程に僕を落ち込ませ、それでも立ち止まればきっと魔理沙は僕をおいてきぼりにするだろうから立ち止まれない。
「…………」
無言で僕の半歩を歩く魔理沙。箒に乗らずに歩いてくれているあたり、まだマシと言えた。この状況で空を飛ばれでもしたら、きっと僕はその場で立ち止まってしまうだろうから。
はぁ、と蝋燭の火が揺らぐ程度の弱々しい溜息をついて、着物の内側に手を差し込む。ここに入っているものを手に入れるために、あんなに長い時間戦い続けていた。『コレ』を魔理沙に渡せば、きっと喜んでくれる。そう考えていたんだけれど……。それで、本来ならデートに使う一日を潰してしまったのだから、魔理沙が怒るのも無理はなかった。
……『コレ』は、本当なら、もう魔理沙へと渡していたはずなのにな……。
そんな考えが頭を過ぎり、気が付けば足音はひとつ消えていて。
ハッとして顔を上げれば、愛しい人の背中は随分小さくなっていて。
「…………ハハ」
――不意に零れた笑いは、それはそれは情けなく。これが泣き笑いというものかと、湿った思考で理解した。
……参った。僕、こんなにも魔理沙に依存してる。
笑う魔理沙が可愛くて。
照れる魔理沙が可愛くて。
怒った魔理沙も可愛くて。
ただとにかく、彼女の全てが愛おしくて。
……それこそ、言葉にしたらキリがないくらいに、彼女の存在は僕の感情を掻き乱す。
周りから見れば、それはそれは滑稽な姿であろう。幾億もの他人の感情を操ってきた、仮にも大妖怪と言われる存在の僕が。
魔法使いとはいえ、たった一人の人間に、これ以上ないくらいに心を掻き乱されている。
ふと空を見上げて見れば、そこにはきらびやかな幾多の星が。
「……独りじゃあ、そこまで綺麗に見えないな」
自分勝手な言葉を吐き出した僕は、地面を蹴ってその場所を後にした。
「…………あれ? ミコト?」
気が付けばひとつとなっていた足音に、魔理沙はふと振り返った。
「あ……」
呆けた声を出したのは、それが予想外のことだったからか。
誰もいない道をしばらく見つめ、キョロキョロと辺りを見回す彼女。
極端なまでに足音が小さい彼。だから、その足音が聴こえなくなっても振り返らずに歩き続けていた。
少しばかり、虐めてやろうかな、なんて。
本当はあまり怒ってなんかいないけど、でも、文句が無いわけじゃあ無かったから。
そんなことを考えながら、魔理沙は少しだけ早めに歩いていたのだ。
本当は、隣を歩きたかった。
並んで歩いて、手を繋いで。
あわよくば、腕組みなんかを狙ってみたりして。
それらを少しだけ我慢して、ちょっぴりいじわるしてみただけなのに。
「……根性無し」
――本当にいなくなるなんて。
――今ならまだ許すから、冗談止めて出てこいよ。
声には出さず、立ち止まったまま唇を噛み締める。
当然、ミコトは現れない。
弱々しい虫の音が、ただ夜の道に響くだけ。
そんな孤独な夜の道に、魔理沙はしばらく立ち尽くしていた。




