第9話 勇者と氷の女王、禁断の愛作戦
「カイン様〜。朝食の準備が出来ましたよ〜」
……翌朝、ネメシスと念話で言い合いをしてる内に、いつの間にか眠りについてしまった俺は、アンナの声で目を覚ました。
部屋を見渡すが、ネメシスの姿は無い。
……もしかしたら、昨夜の出来事は夢だったのかな? だったらありがたいんだが。
寝室を出て、洗面所で軽く身支度をし、朝食を取るべくダイニングの椅子に座る。
今朝はトーストとベーコンエッグか。アンナは見かけによらず料理の腕が抜群なんだよな。
「いただきます」
パンをひとかじり。軽く焼かれていて食感も良いし、小麦の香りが鼻を突き抜ける。
『うむ! このパン、悪くないぞ〜』
「あら、うれしそうね、ネメちゃん。もっとお食べ」
『うむ! もっと細かくした方が食べやすいぞ〜』
……はぁ?
横を見ると、アンナがパンをほぐし、カラス……ネメシスに食べさせていた。
「おまっ……」
いかん! アンナにカラスと喋る奴と思われてしまう。
(おまえ、何やってんだよ!?)
(何、とは? 小娘に食い物を献上させてやってるのだが〜?)
どーなってんだ? なんで普通にアンナと接してるんだよ!
「カイン様〜、この子、頭良いんですね〜。名前を聞いたら、くちばしを水で濡らして、紙に書いて教えてくれましたよ。ね、ネメちゃん」
『当然の事をしたまでヨ』
ちょっと待て……まず、コイツ普通に言葉を喋ってるんだが、アンナには鳴き声にしか聞こえてないんだよな? なのに、なんで意思の疎通が成立してるんだ?
「そ、そもそも、なんでアンナがコイツに飯を食わせてるんだ?」
「え? 気が付いたら台所にネメちゃんがいたんですよ。昨晩も寝室から鳴き声が聞こえてましたし、こんな可愛いカラスちゃんを飼ってるなら、メイドである私に言ってもらわないと困りますよ〜」
『カラスなどでは無い、三眼烏だ』
「ん? カラスって呼んだの怒ってるの? ごめんね〜ネメちゃん」
……微妙にズレてるけど、意思の疎通は取れている。これは、アンナが凄いのだろうか?
さて、こんな厄介者を飼うつもりなど毛頭無いのだが、俺が拒んでもコイツは付き纏う気なんだろうな。
「不本意ながら、暫くの間面倒を見る事になったんだ。あんまり手は掛からないと思うが、一応、餌くらいは与えてくれると助かる」
『餌ではなく、神饌と呼べ〜』
「誰が神だ、このインチキカラス!」
「ふふふ、カイン様、ネメちゃん相手にムキになるなんて、可愛い所もあるんですね」
なっ……つい言葉に出してしまった。
……そんなショックを抱えつつ、俺はアカデミーに向かっていた。
ネメシスはというと、俺の頭上10メートル程の場所を飛んでいる。 ホントに着いてくるんだな……正直、めちゃくちゃウザい。
(面白いノ〜。御主が歩くと他の童共が道を開けるではないか。 流石は傲慢不羈よノ〜)
(うるせーよ、俺は生まれ変わるんだ。今に見てろよ、悪評を覆してやるからな)
将来的にも平穏な生活を送るには、味方は多い方が良い。少しでも印象を良くして、味方を増やさないとな。
……かといって、ブレイブハートの面々とは極力関わりたくないが。
そんな事を考えてると、一台の馬車が俺の横で停まる。 そして、そこから降りて来たのは……。
「おはようございます、カイン」
ブレイブハートの大魔導師であり、許嫁でもあるエレナ・アストレアだった。
「……おはよう」
それだけ言うと、俺は歩行速度を上げる。
「ちょっと、待って下さい」
すると、エレナも同じ歩行速度で俺に喰らい付いて来た。
「なんだよ? いつもは馬車で登校だろう?」
「最近運動不足なんですよ。貴方が先日から徒歩で登校してると聞いて、私も一緒に登校しようかと思って」
「伯爵令嬢が徒歩で? らしくないな、お嬢様はお嬢様らしく今まで通り馬車で登校したらどうだ? 氷の女王が歩けば周りの生徒が委縮するし、他の貴族も気を遣うだろう。そうなれば秩序が乱れる……だからこそ、おまえは馬車に乗るべきだろう? 面倒だが、それが貴族というものだ」
とりあえず邪魔なので言う事言ってみた。いや、邪魔って言ったら失礼なんだが。
「どんなブーメランなのですか? 侯爵家の次期当主であり許嫁の貴方が歩いてるのに、その相手である私が馬車で登校なんてあり得ないでしょう?」
……何を言っても無駄か。
仕方ないので、俺たちは徒歩というより競歩の速度を保ったまま、一切表情を変えずに会話している。 周りの生徒はその異質さに唖然としていた。
「真面目になるっていうのは、どうやら本当だったみたいですね。なら、今日も放課後は魔法研究会に来るのでしょう?」
エレナには関わりたくないが、魔法を高めるのにあの研究会は捨て難い。
「まあ、気が向いたらな。参加するにしても、一応エレナの邪魔にならない程度に心がけるつもりだ」
「あら? なら、私が直々に指導させてもらいますよ。貴方が真面目になって、魔法にも造詣を深めてくれるのなら、私も妻として喜ばしい事ですし」
どういう風の吹き回しだろう? エレナはかつてから俺の事を嫌っていたハズだ。
俺が裏社会に身を落としていた頃も、何度か俺の下へやって来て俺を厳しく罵ってたし。終いには危うく捕縛されそうになって命からがら逃げ出した事もあった。
先日、本心では嫌っている俺との婚姻関係を解消すると告げたのも、エレナ的には願ってもない申し出だったハズだ。なのに、涙を溜めて拒否したり、今もこうして付き纏ってくるとは。
どんなに嫌いな男とでも、家のためならその身を捧げる精神は貴族として尊敬に値するが……申し訳ないが俺は断固拒否する!
そうこうしてる内にアカデミーに到着してしまった。
俺とエレナは剣術科と魔法科で校舎は別棟になるため、ここでお別れだ。
「それじゃあ放課後、お待ちしております」
「……気が向いたらな」
先日は俺の魔法研究会への参加を拒んでたくせに……前言撤回。 俺としても残念な所だが、魔法は他の方法で学ぼう。
「……おはよう、カイン」
教室に向かう途中で、レオンに声を掛けられた。 その目は、どこか俺を敵対視して見えるのだが……。
「おはよう。……なんだ、怒ってるのか?」
そりゃあ、つい最近まで俺はレオンを虐めていたのだから、俺に敵意を向けるのは仕方ないが、自分から声をかけて来たのは今回が初めてだな。
「き、今日は、エレナさんと一緒に登校したらしいな。……しかも、あんな身体的な苦痛を強いさせて」
身体的苦痛? ……ああ、気が付けば歩く速度が速くなってしまったが、それの事を言ってるのだろうか?
(カッカッカッ、あれは早歩きの次元を超えてたがナ〜)
「いや、あれはエレナが勝手に……」
「いい加減、彼女を解放してあげたらどうなのかな?」
はあ? なんでレオンにそんな指図されなきゃならないんだ?
……レオンとエレナは、ブレイブハートの中でも恋仲を噂されていたが……まさか、レオンは学生の頃からエレナに思いを寄せていたのか?
……だとすると、これはチャンスなんじゃないか? 今のうちからレオンとエレナの繋がりが強くなるように仕向ければ、エレナとの関係を解消するという俺の悩みが一つ減るかもしれない。
「レオン、おまえの気持ちは分かった。確かに、俺とエレナは所詮親同士が決めた許嫁同士だし、エレナが俺を嫌ってるのにはもう気付いている」
「だったら……」
「だが、俺がどんなに婚姻関係を解消しようと言っても、彼女は家のためにと頑なに拒否してるんだ。俺だって、本心では彼女を自由にさせてやりたい。だがそれには、彼女に婚姻関係の解消を決意させる明確な理由が必要となる」
「そうだったのか……。彼女は周りのためならどんな自己犠牲を厭わない気高い女性だもんな……。それで、明確な理由って?」
よしよし、レオンは当初の敵対心が消え、完全に俺の口車に乗ったな。
「古来から人を狂わせるのは、たった一つの感情だけ。……そう、それは、恋だ」
「恋? ……それが明確な理由になると?」
「そうだ。俺との縁談がどうでもいいと思えるほどの新たな恋心がエレナの中に芽生えれば、きっと彼女も俺との関係を断ち切る勇気を得るだろう。そして、その勇気をエレナに与えるのは……おまえだ、レオン・ソルブレイド」
「ぼ、僕があ!?」
これぞ、とっととレオンとエレナをくっつけて俺はコイツらとの関係を断ち切る、題して“勇者と氷の女王、禁断の愛作戦”だ!
(……御主、案外バカだったのだナ〜)
窓の外からネメシスの念話が届いたが、大きなお世話だ。
男爵家のレオンが、侯爵家の俺から伯爵家のエレナを奪うなんて、貴族としては大問題だし、場合によってはレオンの家は潰されるだろう。
だが! そこは未来の英雄だ。だれも文句が言えない立場になるまでふたりの関係を隠し、でも心は学生の頃から繋がっていたんだと、後から公表させればいい。
その頃には俺も公爵家の跡取りとしてそれなりの権力を手に入れてるだろうから、全力でふたりをサポートしてやろう。
「そんな……彼女は魔法科首席なのに、僕なんて君と違って剣術科の落ちこぼれだし……」
「俺の言葉を忘れたのか? おまえは、このまま研鑽を積めば英雄と呼ばれる存在になれると。俺の事なんて、アカデミー在学中には越えれるさ」
自分で言ってて悲しいが、でも将来的にレオンは化け物に進化するからな。
「この間から不思議だったんだけど、なんで君はいきなり僕をそんなに高く評価してくれるようになったんだい? 正直、今もからかわれてる気しかしてないんだけど」
未来を知ってるから……なんて言っても信じてもらえないだろうし。どう納得させようか?
「……先日の決闘で、おまえもコモンスキルに目覚めただろう?」
「え? いや、確かに突然体中に力が漲ったけど……」
あの力がスキルの影響だって、まだ気付いてなかったのかよ!?
「あれはブレイブハーツというコモンスキルだ。古来より、勇者だけに発現する最高クラスのスキルなんだぞ。だから、自信を持て」
「勇者にだけ発現するスキル……。この僕に?」
よし、もう一押しだな。
「俺だって心苦しい。愛する女を別の男に奪われるのだから。だが、俺では彼女を幸せには出来ないんだ……分かるな、レオン」
人は誰しも、誰かに必要とされたい生き物だ。そしてレオンは、きっとその期待に応えようとする。
それに、婚約者である俺を蔑ろにしたとなれば、後ろめたさからエレナも俺に深く関わって来なくなるだろう。
大前提として、俺はエレナを愛していると思わせる。その上で、レオンと敵対しない程度に煽ってやれば、レオンとエレナが結ばれた後も、ふたりは俺に後ろめたい感情を抱いてあまり関わって来なくなるだろう。
……完璧だ、これぞ、勇者と氷の女王、禁断の愛作戦だ。
「……分かったよ。君の想い、僕がちゃんと背負ってみせる! ありがとう、そしてごめんね、カイン」
決意に充ちた表情を浮かべるレオンを見て、俺は作戦の成功を確信したのだった。
『あ~あ、余計に拗らせてる気がするナァ……』




