第8話 因果の管理人
「おかえりなさいませ、カイン様」
「ああ、ただいま……ああ、今日は疲れたから、もう寝るよ」
アンナの出迎えもそこそこに、俺は寝室でベッドに倒れ込んだ。
昨日今日と、関わりたくない奴等全員と会うとは、これも何かの因果なのだろうか?
将来の大魔導師にして俺の許嫁であるエレナ・アストレア。
女神の神託を授かる聖女アナスタシア・ルミナリエ。
将来の剣聖で戦闘狂のミラ・ドラグランツ。
王国最大の商会であり将来のブレイブハートのメインスポンサーであるマリウ・ケーディー。
全員がブレイブハートの主要関係者だ。
俺は、ただ平穏が欲しいだけなんだ。なのに、アイツらといたら平穏とは程遠い日常に巻き込まれる可能性がかなり高い。
今後は距離感をしっかりしないと、俺の望みが叶えられないまでか、世界の平和の危機にすら発展するかもしれない……。
エレナは突然涙ぐんで婚姻関係の解消を拒否するし。
アナスタシアは用もないのに寄って来るし。
ミラに関してはいきなり殺されかけたし。
マリウも本来ならレオンとスポンサー契約をするはずが、何故か俺と取引すると宣言するし。
これじゃブレイブハートのメンバーが全員俺の下に集まりそうな気配すらするじゃないか?
ブレイブハートの中でも特に重要な5人。そのうち学生なのはレオン、エレナ、ミラの3人で、残る2人は今の俺とは接点すらないから、絶対に関わらない様にしないと……。
気が付けば、俺は眠りについていた……。
『目覚めろ』
すると、頭の中に声が響く。確か、以前もこんな事があった気がする……。
『目覚めろ、因果を背負いし者よ』
うるさいなあ……。疲れてるんだ、邪魔しないで眠らせてくれ。
『目覚めろ…………起きろって言ってんだよ!』
突然の大声に、俺は目を覚まして起き上がる。辺りを見渡すが、誰もいない。
何だったんだ? 幻聴? ……いや、寝ぼけてただけか。
改めて目を閉じると……。
『いつまで寝ぼけてやがんだ。こっち見ろ』
また声が! どこ? どこから!?
『上だよ、上』
上を見る。するとそこには……“カラス”が飛び回っていた。
どこから部屋に入りやがった!? 殺すのも可哀そうだから、軽くたたき落として窓の外に放り出してやろう。
『や、やめろ! やっと目覚めたと思ったら、わー! わー!』
つーか、カラスが喋ってる? そんなの聞いた事がないぞ?
「おまえ、言葉が通じるのか?」
『見りゃ分かんだろ!? こんなプリチーな“三眼烏”を叩き落そうとするなんて、やっぱり性格ひん曲がってんな!』
「サンガンウ? ただのカラスだろ」
『ハアー!? 俺様をあんな下等生物と一緒にすんな!』
「まあ、どうでもいいが。というか、これまでも俺に語り掛けて来たのはおまえなんだろう? で、結局おまえは何なんだ? なんでここにいる?」
『どうでも良くない! ……ま、やっと話を聞く気になったか。俺は、おまえが回帰する事によって背負った因果の管理者・“ネメシス”だ』
因果の管理者? ネメシスリバース……まさか、このスキルは、このカラスが俺に授けたのか?
「おまえが、これまでも俺の頭の中に語りかけて来た存在で、ネメシスリバースもおまえが……まさか、このスキルの代償に俺の命を奪うなんてことは無いよな?」
『マア、そうビビるな。今すぐお前の魂を地獄に落とそうなんて考えてないから。ただ、代償はしっかり払ってもらうし、俺はそれを管理する者だ』
カラス? サンガンウ? ……なんにしても、とりあえず近々での命の危険は無いとのネメシスの言葉に、ほっと胸を撫でおろす。
回帰して、今度は平穏に生きようとしていたのに、いきなり死ぬのではやり切れないから。
「……で、その代償っていうのは何なんだよ?」
『それは秘密だ。それに、因果というものは必ずあるべき場所に収束するもの。ネメシスリバースはその因果を強制的に変化させる力だが、代償もまた因果の流れであり、おまえは必然的に自らの行動で代償を払う事になるだろうよ』
「それはつまり、俺の未来はもう決まってるって事か?」
『我はおまえの導き手じゃなく、あくまで管理者なのだ。だから、おまえが英雄として生きようが平穏に生きようが、因果は必ず決められた結末へと辿り着く。我はそれを、おまえの傍で見守るだけなり』
つまり、どう抗おうが俺の未来は決まっていて、ネメシスはそれを見守るだけの存在って事か?
「じゃあ、俺はもう、平穏に生きたくても生きられないのか?」
『ふむ、ひとつ言えるのは、おまえがどう生きようが、おまえは因果からは逃れられない……とだけ、言っておこうか』
なんて事だ……回帰の代償で、俺の未来は既に決まってるって?
「……その因果による俺の代償……結末ってのは、なんなんだ?」
『カーッカッカッカ、そいつは秘密さ。 なんにせよ、おまえはおまえの生きたいように生きればいい』
どう生きても、俺の結末は変わらず、その結末も分からないという事か?
……いや、待てよ? 生き方が定められてなく、結末も知らないのであれば……普通の人生と変わらないんじゃないか?
だったらどうせ一度は失った命だ。例え結末が決まっていようとも、それまでは好きに生きたっていいんじゃないか?
なら、やっぱり俺は平穏に生きたいし、そう生きようと思った。その行動が因果の収束に繋がっても、死ぬハズだった俺にはボーナスステージと考えられなくもないじゃないか。
「分かった。なら、俺は俺の信じる道を生きる。それが因果の報いに繋がろうとも、その瞬間まで平穏に生きる努力をさせてもらう」
『カーッカッカッカ! おまえって、たまに皮肉っぽい言い回しするよな。でもまあ、それだけポジティブな野郎って事か。回帰前は辛気臭え顔してたのに』
皮肉っぽい言い回しになるのは俺の悪い癖でもある。そのせいで何人の人を傷付けてしまったか……一応気を付けてはいるのだが、どうしても言いたくなってしまうんだよな。
「回帰前の事まで知ってるのか? おまえ……本当に何者なんだ?」
『そこは名前で察しろよ。我はおまえのコモンスキル・ネメシスリバースが生んだ、因果の管理人だ』
「……つまりネメシスは、ネメシスリバースが具現化した姿って事か?」
『そうとも言えるし、違うとも言える。とにかーく、我はおまえが因果の代償を払うその時まで常に傍で見守ってやるから、それまで宜しく』
……え? 常に傍でって?
「おい、おまえ、ずっとその姿で俺の周りをウロチョロするって事か? ちょっと、勘弁して欲しいんだが」
『心配しなくても、回帰してからもずっと見てたんだがな。 漸く肉体がこの時間軸に馴染んで実体化出来たのだが、これまでは思念体のままコッソリと見てたんだ』
「は? それ、プライバシーの侵害だろ? スキルが具現化した存在なら、用事がない時は消えたりとかしろよ」
いつも見られてるなんて思ったら、何をするにしても恥ずかしいだろうが!
『ハ、ハア!? 何言ってんだおまえ? 我はおまえの因果の管理者。つまり、もう神みたいなものだ』
「ふざけんな。自分の事を我って呼ぶ神様なんか胡散臭くて信仰出来るか。とにかく、目障りだから俺の目の前に現れるな」
なんかいきなり現れて、因果やら代償やら結末やらと重いワードで俺を不安にさせやがって……なんかムカついて来たぞ。
「運命を見届ける? 神ってのは随分気楽なんだな。自分は何もせず、他人の人生を観察するだけとは。もし、それを眺めるだけの奴が神だっていうなら、俺は徹底的に抗ってやる」
『ほ~う……、それは我に対する挑戦状か?』
睨み合う俺とネメシス。ふざけるな、俺の人生は観賞用じゃないんだ。
その時、寝室のドアがノックされる。
「カイン様〜? こんな時間に大声出されて、どうかされました?」
頭に来て声が大きくなってしまったから、アンナが心配したのだろう。
「スマン、なんでもないから」
言いながら、俺はネメシスを睨んで小声で問い掛ける。
「おまえの姿って、俺以外にも見えるんだよな?」
『あたりまえであろう? この美しい三眼烏の姿を下々の人間どもにご拝観させてやらねばならんからな』
「チッ、役に立たねーな。神だと自称するなら、俺にしか姿が見えないとか出来ないのか?」
『あ? 侮辱したな? 今、この我を侮辱したな?』
コイツ……思ったよりガキだな。
「なら、声を出さなくても会話するのは可能か?」
『ヌゥ……それなら可能だ。試しに、我に向かって言葉を念じてみろ』
(……インチキカラス)
『インチキとはなんだ!? インチキとは!』
「カイン様〜。なんか部屋の中から、カーカー鳴き声が聞こえるんですが、カラスでも飼ってるんですか?」
なるほど、俺以外にはネメシスの言葉は、カラスの鳴き声にしか聞こえないのか。
『カ、カラスだと〜!? 我は三眼烏ぞ? 未来と因果を司る神聖な……』
(俺が念話で話してるのに、おまえがカーカー言ってたら意味ないだろうが、インチキカラス)
『カーッ!! ……』
(おのれ、これでどうだ?)
(やりゃ出来んじゃねーか)
念話出来るなら最初からそうしろっつーの。
(カゥッ……おまえ、回帰後は猫被ってたみたいだが、根はやっぱり傲慢不羈と呼ばれるだけあるな。 言い回しも皮肉が効いてるし)
(なんでただのストーカーに取り繕わないきゃならないんだ?)
(スト……カーッ! もう怒った! 今日は一晩中おまえの耳元で鳴き続けてやるぞ!)
こうして、因果の管理人と自称するネメシスとの奇妙な生活が始まるのだったが……はぁ、憂鬱でしかないな。
だが、この時の俺はまだ知らなかったのだ。
因果の管理人を名乗るこのカラスこそ、平穏に生きたいと願う俺の運命を、大きく狂わせる存在になる事を……。




