第7話 戦闘狂
さて、どうやら聖女は上手くスルー出来たみたいだが、まだ寮に帰るには時間が早い。
仕方ない、今日は校舎裏の森林区にちょうど良い広場があるから、そこで素振りでもしよう。
広場は森に入って数分の場所にある。
そこには湖もあって、たまにデートスポットとして利用する生徒もいるらしいが、俺がいるのを知ったら勝手にいなくなるだろう。
……あれ? なんか自分で言って悲しくなってきた。
広場に到着し、アカデミーから支給されている刃を潰した剣で素振りを始める。
最初は、このアカデミーでも推奨している流派、王国騎士剣術の型をトレースする。
王国騎士剣術は、まさに王道の剣術。どの流派を学ぶにしても、全ての基礎ともいえる。
最終的に俺は、裏社会でのし上がっていく中で我流の剣術を身に付けていた。
東洋に伝わる片刃の剣……刀という武器にシンパシーを受けたのだが、刃の特性がこちらの剣とは異なるので、気が付けばオリジナルの剣術を身に付けていたのだ。
その剣術で、俺は裏社会を支配していたのだが、真の達人……レオンやブレイブハートのオリジナルファイブのメンバーみたいな相手になると、全く歯が立たなかった。
だから今回は、しっかり基礎を学びつつ、慣れ親しんだ我流の剣術を進化させようと考えている。
王国騎士剣術の型を何度もトレースし、その後は我流の動きも確認する。
回帰してまだ3日目なのだが、やはり若さなのかすこぶる身体の調子が良い。おかげで剣のキレが、年齢やスキルの代償でボロボロだった回帰する前とは段違いなのだ。
これなら俺も英雄を目指せるかも? ……などとは思うまい。あくまで、俺が強くなるのは護身のため、そして領民に最低限認めてもらうため。平和に、平穏に生き抜くための、ひとつの要素に過ぎないのだから。
今の季節は初夏。流石に2時間休まず集中して身体を動かしていると、汗でシャツが濡れてしまった。
どうせ誰もいないし、シャツを脱ぎ、軽く上半身だけ水浴びをする。ついでに汗まみれのシャツは木の枝に干し、乾くまで、瞑想でもしよう。
人間は誰しも体の中に魔力を秘めている。魔術師はその魔力を利用して魔法を発動するが、剣士はその魔力をオーラに変えて、己の身体能力の強化に使う。
当然、俺も魔力の大半をオーラに変換して使いこなしていたが、オーラも魔法と同じでレベルがあり、こちらも1から10までで表される。
アカデミーを追われ、裏社会で生きて来た俺の最終到達点はオーラレベル6だった。これは武人としては一流の部類であり、学生の身で考えると破格のレベルだと云える。
それでも、ブレイブハート・オリジナルファイブに至っては、レベル9以上がレオンの他にふたりもいた。
オーラレベルは1・2が初心、3・4が平心、5・6が上心、7・8が特心、9・10が超心と区分される。つまり、ブレイブハートのメンバーは皆、特心と超心クラスだった。
平穏に生きる基準として、俺はオーラをせめて特心と呼ばれるレベル7にまで上げたいと考えている。
オーラレベルを上げるためにはふたつ方法があり、実戦での経験と、瞑想。
瞑想は体内の魔力やオーラを錬成する事で、総量や練度を上げる事が可能。当然、純粋に魔力を錬成する方法とオーラを錬成する方法は違うし、効果も大きく異なる。
早速瞑想を始める。集中すればする程、体内でオーラが駆け巡ってるのが分かる。
瞑想によるオーラのレベルアップは、本来なら若ければ若い程上がりやすいと言われるが、若いとオーラの錬成が未熟な為、そう簡単にレベルが上がる訳ではない。
だが、長年の経験を経た今の俺なら、経験で若さを最大限活かせるかもしれない。
現にこの感覚……もしかしたら、そう遠くない期間でレベルが上がるかもしれない?
恐らくは瞑想を始めて2時間が経っていただろうか? 想像以上の成果に満足し、立ちあがろうとすると……ふと背後に気配を感じ、後ろを振り向く。
そこには、俺と同じく坐禅を組んだ女性がいたのだ。
つーか、瞑想で集中していたとはいえ、いつの間に!?
「……ん? 君はもう瞑想は終わりかい?」
女性が瞑想を止め、俺の方を見る。
その女性は、アカデミーでは俺を抜いて最強の称号を得ている、3年生の【ミラ・ドラグランツ】だった。
長い赤髪を一本でまとめ、身長も185cmの俺とほぼ一緒、体型も筋肉で引き締まっており、男よりも女に人気がある。……当然、ブレイブハート・オリジナルファイブのメンバーだ。
なんで絡みたくないのに、こんなにブレイブハートのメンバーが目の前に現れるんだよ!?
「……お久しぶりです、ミラ先輩。ところで、何故ここに?」
「カイン・ヴェイルハート君。私もこの広場はお気に入りでね、時々やって来てはこうして瞑想していたのだが、先客の君から素晴らしいオーラが溢れていたのでね。君、元々非凡な才能があったが、見ない間に更に才能に磨きが掛かった様に見えるな」
「……お褒めに預かり光栄です、ミラ先輩」
「ん? 君が敬語など珍しいな。まあ、同じ侯爵家の子として家柄は対等なのだから、別にタメ口でも構わなかったがな」
知のヴェイルハート家と、武のドラグランツ家。 共に公爵位の家ではあるが、その権力と影響力は王族にも匹敵する。
ヴェイルハートの領地は王都の北部に位置し、あらゆる流通が交錯する交易の要である。
更には、現当主であり俺の父でもある【ダグラス・ヴェイルハート】は、王国の宰相として、国の政治を統括している立場だ。
当然、幼い頃からアカデミー入学以前まで、俺もヴェイルハート領で育った。
対するドラグランツの領地は、隣国との国境沿いとなる辺境領であり、更には代々の当主が騎士団の総帥の役職も担っているため、王国の守護家と云われている。
後を継ぐと思われている俺にしてもミラにしても、将来の国を担う存在として期待されているのだが……俺は傲慢不羈、そしてミラは戦闘狂として畏れられ、国の未来を憂う者もいるとか。
「それにしても……解せないな。少なくとも、つい数日前まで君のオーラはレベル3程度だった。それでも、学生の身なら充分なのだが、今の君は少なくともレベル5……レベル6にも到達しそうな感じだな」
一定の武人は、相手のオーラを計る眼を持っている。ミラ・ドラグランツ……やはり只者ではない。
現に、未来でも剣の腕だけならレオンより上、唯一のレベル10・剣聖と呼ばれていたからな。
「まあ、最近は真面目に取り組んでいたので、その成果でしょう」
本当は15年分の成果だとは言えず、適当に取り繕う。
「怪しいなぁ……私も大概化け物呼ばわりされてるが、歳下の君が既に私のオーラレベルと同等なんてねぇ」
将来、人類最高レベルに到達するミラも、この時点ではレベル6程度だったのか。いや、学生の身でレベル6は規格外なのだが。
「俺など、先輩に比べればまだまだですよ。 それに、騎士団に入団が内定している先輩と違って、卒業後は次期当主として学ぶために領地に戻る身ですから」
ミラはその実力が高く評価されて、既に騎士団への入団が決まっている。
騎士団でも腕を磨き、魔王の復活に伴ってブレイブハートに加入したのだ。
俺はそんなの御免なので、大人しく領地に引っ込む予定だ。
「なに? 君、それだけの力があるのならば、その剣をもっと有効的に使わなければ損だろう? 当主になどいつでもなれるのだから」
公爵家の当主がそんな簡単になれるか! 生まれながらにして公爵=国の要職が確定するのだから、学ばなければならない事は多々あるのだ。
「とにかく、俺は先輩と違って平穏に生きたいので。それでは失礼します」
嫌な予感がした。なので、これ以上この戦闘狂と一緒にいて変に絡まれても困るので、聖女の時同様とっととこの場を去ろうと思っていたのだが……。
……!? 強烈な殺気を受け、振り向く。
そこには、ミラが笑みを浮かべて睨みながら剣を構えていた。
「つれない事を言うねぇ、カイン君。アカデミーでは私の興味を引く強者がいなかったんだが……君はどうかな?」
うわっ、嫌な予感が的中した。
「……なるほど、挨拶代わりが剣ですか? 流石戦闘狂、自己紹介が物理的だ」
思わず愚痴る。それが、ミラにとっての開戦の合図だった。
鋭い踏み込みから俺の喉元目掛けて剣先が飛んでくる。これを、俺も腰に差していた剣で弾き飛ばすが、間髪入れずにミラの蹴りが飛んでくるも、上体を捻って避ける。
この戦闘狂女、刃が潰れている剣とはいえ、本気で俺を殺す気かよ!?
「流石、この程度なら避けるだろうと思ったが、期待通りだ! この調子なら、どんどん本気でヤッてもいいだろう?」
理屈が通じない相手ほど面倒なものはないな。
「っ、ふざけんなこのクソ女! いきなり飛び掛かってくるとは、どんだけ狂ってんだよ!」
思わず、かつての自分の口調が蘇る。この女は、昔から本当にタチが悪かったのだ。
同じ公爵家であるにも関わらず、どこか俺を見下してるみたいで、ずっと気に食わなかったし。
「狂ってる? それ、私にとっては褒め言葉だよ?」
高速の剣舞、一切無駄のない美しい剣閃。かつての、学生だった頃の俺ならば間違いなく瞬殺されていただろうが、今の俺には15年のアドバンテージがある。どんなにミラが剣の天才だといえど、所詮は学生だ。
「調子に乗るなよ!」
高速の剣舞を全て躱す。さながらその様は、華麗に舞ってるかの如く。
「なんだと!?」
驚きに目を開くミラの喉元に、俺の剣が一閃。
……流石に決闘でも無いのに人殺しになるのは御免なので、喉元で剣を寸止めすると、ミラの動きが止まった。
「……まいった。 まさか、この私が負けるとはな」
苦笑いを浮かべながら、ミラが剣を納める。 それに合わせて、俺も剣を納めた。
今の勝負、正直ギリギリだった。ミラの中で俺は完全に格下の評価だったハズ。だからこそ、分かりやすい剣舞を繰り出し、それを躱された事に一瞬だけ動揺した。俺はその隙を突いただけ。
まさか、腐っても裏社会の頂点だった俺と現段階でも互角以上とは……流石は未来の剣聖。
それ以上に、やっぱりこんな戦闘狂とは絶対に関わり合いたくない。
「これで満足したでしょう?」
「全然。むしろもっと興味が湧いた」
は? 何を言ってるんだこの戦闘狂は? こんな物騒な奴に絡まれたら厄介極まりない!
「とにかく! これに懲りたら、もう俺には絶対に関わらないで下さい。フリじゃなく、絶対にだ!」
そう言い残し、俺はミラの下を去ったのだった。
『ミラ視点』
去って行くカインの背中を見ながら、私は背中にかつてない寒気と、心の中ではかつてない闘志が燃えていた。
子供の頃から、私は最強だった。
同世代は勿論、アカデミーに入学してからも敵はなく、今では父に頼んで騎士団の訓練にも参加させてもらってるが、現段階で私より実力が上の者がいても、いずれ私の方が強くなるのは容易に想像出来たから、それほど燃える事は無かったのだ。
カイン・ヴェイルハートは、神童と呼ばれていた。私も事あるごとに挑発したのだが、一切乗って来なかった。
……まあ、表情は取り繕っていたが目を見れば私を恐れているのが分かったし、正直興味は薄れていたんだけど。
なのに、実際に立ち合ったカインは、この私がこれからどれだけ努力すれば追い越せるのか、全く想像もさせてくれない程の実力を隠し持っていた。明確な、強者だったのだ。
「ふふ……くふふふっ……カイン・ヴェイルハート……サイコーじゃないか。私は絶対におまえを越えてみせるぞ」




