第6話 神託
「あ〜疲れた……」
寮の自室に帰るとアンナが出迎えてくれたが、今日は厄介な事があり過ぎたので、直ぐに寝室のベットに倒れ込んだ。
まずエレナだ。
縁談を破談にするつもりだったのに、何故か怒らせた上に拒まれてしまった。
このままでは、卒業後すぐに結婚させられるだろう。そうなれば、エレナがブレイブハートに加入しない可能性も出てくる。
エレナには悪いが、どうにかして縁談は解消しなければならない。
そしてマリウ。
俺が助けた事で、本来レオンと結ばれるはずだった縁が変わってしまったかもしれない。
もしケーディー商会がブレイブハートを支援しなくなれば、将来の戦いにも影響が出るだろう。
とりあえずエレナとの縁談は、俺が固辞すればなんとかなるだろう。
エレナだって本心では俺との縁談なんか嫌だろうし、家のために無理してるんだから、父に頼んで賠償金を多めに払えば文句は言うまい。
ただ、マリウはちょっと微妙だな。俺も裏社会で生きて来たから人を見る目はある方だと思っているが、彼もまた、商人独特の観察眼を持っている気がした。
俺の事もだが、レオンの内面を見事に当てていた。そんなマリウが、レオンを取り引き相手としては微妙だと判断してしまった。
これは、然るべき時が来たら俺が頼み込んででも、ブレイブハートをサポートしてくれとお願いするしかないか……。
「カイン様〜、お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも……」
「風呂にする。ちなみに……俺はアンナと、それともな事をしてたか?」
記憶には無いが、アンナ程の美少女なら、かつての俺なら手籠にしてしまっていても不思議ではない。
「それともな事……ですか。それはもう、いつも激しく……」
両手で頬を触り、恥ずかしそうにするアンナ。
……手遅れだったか。
「すまない、アンナ。今後はもう絶対にそんな事は強要しないと誓う。君が嫁入りする時には、賠償金代わりに祝い金も用意するから」
「え? マッサージしただけで祝い金ですか? まあ、貰えるものはありがたく頂戴しますけどね」
マッサージ? ……そうか、マッサージか。
「紛らわしい事言うな! 全く……でも、今日はちょっと疲れたから、風呂上がりにマッサージしてもらえるとありがたいな」
「ええ、良いですよ。なら、今日はいつも以上にカイン様の極上の肉体を激しく揉ませていただきますよ〜」
なんかアンナが言うといやらしく聞こえる……。
その後、俺は気が変わったのでマッサージを丁重にお断りし、飯と風呂を済ませて眠りについた。
『目覚めろ……。 目覚めろ』
夢の中で何やら声が聞こえたのだが、疲れているからか気にしなかった。
――神歴783年・春季 第130日
翌日、今日も徒歩で登校し、授業を受ける。
2学年剣術科Aクラスは、男子20名、女子0名なのだが、残念な事にクラス内に俺の友人といえる生徒は存在しない。当然なのだが、むしろ避けられてる。
このクラスにも将来ブレイブハートに加入する者はいるが、オリジナルファイブや主要メンバーはいないし、今後のために交友関係を広めたいのだが、如何せんかつての俺の評判が悪過ぎる。
裏社会にいた時代も、決して人当たりが良かった訳ではなかったが、晩年は少しだけ気を遣う事も出来るようになり、仲間とも僅かではあるが信頼関係は築けていたと思う。
まあ、こればかりは時間が解決するのを待つしかないか。
放課後……今日は魔法研究会の日ではないので、どうするか迷ってると……遠巻きに数人の生徒を引き連れた女子生徒の姿を発見する。
スラリとした華奢な身体と、まるで人形の様に美しい容姿は、思わず守ってやりたくなる雰囲気を纏っているが……俺は絶対に関わりたいとは思わない。
彼女は1年魔法科に在籍している、将来のブレイブハートのオリジナルファイブの一員にして、聖教会のシンボル、聖女、“アナスタシア・ルミナリエ”。
聖教会とは、女神・ディヴィナリアを信仰する世界的な組織だ。
中でも聖女は、唯一ディヴィナリアから神託を授けられる高貴な存在として、絶大な支持を受けている。
そんな聖女は、表向きは温厚で慈愛に満ちた性格として知られている。
回帰前の俺は、レオンとの決闘に敗れて退学となった後に、ちょっとだけ面識があるのだが……まあ、今の俺には関係ない。
これ以上レオン周りに干渉すると、どんどん俺の知っている未来が変わってしまう危険性があるからな。
そんな事を考えていると、聖女は俺の方を見て、こちらに歩いて来るではないか。
なんだ? 俺、何もしてないよな?
聖女が俺の前で立ち止まる……。
「はじめまして、私は1年魔法科の【アナスタシア・ルミナリエ】と申します。貴方は剣術科首席のカイン・ヴェイルハート様ですよね?」
「……そうですが、聖女様が俺の様な男に何か用かな?」
「はい。実は、先日のレオン様との決闘の後、貴方の事が気になりまして……」
聖女が俺に? まさか惚れて……なんて勘違いするほど馬鹿じゃない。
だとしたら、一体何が? 決闘の後という事は、回帰と関係あるのかもしれないが……であれば、尚更かかわりたくないのだが。
「すみません、できれば少しお話をしたくて。時間を頂戴したいのですが」
「あ、すみませんが忙しいんです。失礼します」
「ええ、ありがとうございます。それでは……えっ?」
聖女という立場上、断られるとは思ってなかったのだろう。踵を返して歩き出した俺の背後から、聖女の漏らした戸惑いの声が聞こえて来た。
「ちょ……あの……」
俺はそのまま聖女の制止を聞こえないフリして、足早にその場を去ったのだった。
……回帰前、聖女とは、退学が決まってアカデミーを後にする時に、印象に残る会話をしていた。
突然俺の前に現れた聖女は、俺に向かって話しかけて来た。
「これもまた、神託による因果です。貴方の存在がなければ、勇者は生まれなかったのですから」
「うるさい! 勇者? 勇者なら、この俺こそが相応しいハズだろう!」
いきなり現れて、勇者がどうとか言われたのだが、当時は意味も分からず、最後は文句を吐き捨ててその場を去ろうとしたのだったが……。
「……貴方が勇者? 残念ながらそれはありえません。勇者とは、強く、優しく、決して諦めない心の持ち主だけがなれる資格を持つのです。傲慢不羈と呼ばれる貴方は、歴史の歯車になれただけでも感謝すべきでしょう」
清らかさと神秘性、そして崇高な雰囲気を纏っている聖女から、まるで諭す様に告げられたその言葉は、俺を激しく動揺させた。
「歯車だと? 俺はヴェイルハート公爵家の跡取りだ。これからも俺は俺の道を進むし、俺を退学にしたこのアカデミーなどぶっ潰してやるからな」
動揺しつつもなんとかそう言い返すと、聖女は目を閉じ、胸元で手を組んで俺に祈りを捧げた。
「貴方の過酷な運命に、幸在らんことを……」
そんな聖女に何も言い返せず、俺はアカデミーを去ったのだった。
……結局、あの時の聖女の言葉の意味を分からないまま15年を過ごした。
だが、回帰した今になって思う。 やはり、あの決闘は俺が敗れた事により、レオンが勇者として覚醒したのだろうと。
だとすると今は? 一応今回もレオンは覚醒した様に見えたが、それでも結果は俺が勝ってしまった。 それが、これからの未来にどんな影響を及ぼすのか?
なんなら聖女には直接聞いてみたい気もしていたのだが、彼女はブレイブハートのオリジナルファイブであり、聖女なのだ。裏社会の人間だった頃の俺にとっては雲の上の存在。
回帰した今となっては尚更、下手に俺が関わってこれ以上歴史が変わってしまう危険性を考えると、やはりブレイブハートのメンバーとは出来るだけ距離を置こう。
『アナスタシア視点』
足早に去っていく彼の姿を、私はただ見つめているだけしかなかった。
カイン・ヴェイルハート。1年前の神託では、レオン・ソルブレイドを勇者へと覚醒させる為だけの存在だったハズなのに……先日の決闘後、私に新たな神託が下され、彼の立ち位置が変えられた。
本来なら重要な転機にしか下されない神託……。
その新たな神託が告げたのだ。やはり勇者は変わらずレオンだが、カインの行動次第で、世界の未来が変わるだろう……と。
神童であり傲慢不羈と畏れられるカイン・ヴェイルハート。その存在感はアカデミーでも随一であり、性格さえまともならば、彼ほど勇者に相応しい人材はいなかっただろう。
……そして何より、彼に対する違和感。いや、彼に取り憑いてる“ナニカ”に対する違和感が、私の心をザワつかせた。
ともかく、彼がこれからどんな行動をとり、それによりどんな未来が待ち受けるのか……私は聖女として、レオンだけでなく、カインの行動も見守っていかなければならないだろう。
果たして彼は、勇者を支える導き手となるのか? それとも世界を破滅へ導く災厄となるのか?
……今の私には、まだ分からない。




