第5話 スポンサー
魔法研究会の講義は、魔法科担当の教師が当番制で講義を行うのだが、今回の内容は火属性魔法に関してだった。
4大元素の魔法とは、火、水、風、土の4つの属性の事を指しており、人によって得意な属性が決まっている。
基本的には、ひとつの属性に対して適正を持つのが普通なのだが、より才能がある者は複数の属性に適性を持つ事もある。
魔法の適性に関しては、貴族であれば幼少期に適性テストを受け、得意属性を判別する。
かくいう俺は、そのテストで一応4属性全てに適性があるという魔術師が泣いて驚く才能が判明したのだが、どちらかというと剣の方に興味があったため、結局は4属性の初級レベルの魔法しか使えなかった。
まあ、如何に4属性の適性があろうとも、そのひとつを極めるだけでも膨大な時間と努力が必要になるのだから。
ただ、だからこそ今回は、魔法の才能を開花させれば回帰前の自分を超えられるのではと希望を抱いてるのだ。
研究会は、やはり俺がいたからだろうが、活発な意見が交わされる事もなく、教師ですらどこか遠慮気味な雰囲気で講義が終わった。
流石に申し訳ない気もしたが、それでも将来の平穏な生活のためだ。俺が真面目に生まれ変わったと、いつかは認めてくれるのを信じよう。
◆
帰りの道すがら、ふと校舎裏を見ると、ひとりの男子生徒を大勢で囲んでいる光景が目に入った。
その大勢は、朝に擦り寄ってきた俺の元取り巻き達だった。……はぁ、懲りずにまた虐めでもしてるのか。
虐められている男子生徒はかわいそうだが、下手に絡んでも何の得も無いし、虐められたくないのであれば自らの力を示すしかないのだ。
それは、俺が裏社会で生きて来たからこそ思う事なのかもしれないが……ん? あの男子生徒、見覚えがある様な……。
すると、取り巻きのひとりが俺に気付く。
「あ、カイン様!」
「……なにやってるんだ、おまえら」
ふぅ、話し掛けられたら無視する訳にはいかなくなるじゃないか。
「へへ、コイツ、家が大商家で金持ちなんすよ、だからちょっとお小遣いをもらおうと思いましてね」
囲まれてる男子生徒は小柄で、女の子みたいな可愛らしい顔をしている。うん、典型的ないじめられっ子だな。
さて、この状況だとかつての俺ならむしろ虐めに加担していたのかもしれないが、経験上、学生時代の虐めは将来に何の得も無い事を知っていた。
例えば、虐めていた相手が、大人になったら絶大な権力を手にしているパターンもあるのだ。
あの男子生徒が大商家の跡取りだとしたら、せいぜい子爵程度であれば、金という力で復讐される危険性だってある。
逆に、そんな存在と今から友好を深めておけば、いずれ助けになってくれる可能性が生れるのだから。 それが、因果ってものだ。
「虐めなんてくだらない事は卒業しろ。自分の家を思うならな」
虐めを止めるべく近付くと、見覚えがあると思っていた男子生徒が誰なのかに気付く。
やはりコイツは、この国で最大手のケーディー商会の跡取り、【マリウ・ケーディー】じゃないか。
ケーディー商会は、俺が裏社会のボスになり、アコギな商売をしていた頃、俺達の商売を潰そうと先陣を切って動いていたのだが、その頃の商会長になっていたのがマリウだった。
これこそ、まさに虐めていた相手が将来の敵になる典型的パターンだ。まあ、かつての俺はマリウを虐めた記憶は無いのだが……無意識のうちに何かをして恨まれてる可能性は捨てきれなかったからな。
「虐めなんかじゃ無いっスよ〜。俺達はただ、ちょっと金を借りようと……」
「はぁ……俺もかつては己の欲望のためにこの力を使っていたのかもしれない。……だが今は、おまえらを罰するために使ってやろうか?」
「いや、その……し、失礼しました~!」
言い訳をするオロナミンを脅す。すると、取り巻き達は俺に謝りながら去って行った。
蹲って震えているマリウに、俺は手を差し出す。
「ヒッ! す、すみません、お金ならあげますから!」
あ、これ、勘違いしてるな。
「俺は公爵家の次期当主だぞ? 金なんていらん。 さ、立てるか?」
「ヒッ! た、立ちたくありません!」
いや、勘違いなのに……でも、傲慢不羈と呼ばれる俺を恐れるのは無理もないか。
「誤解するな。俺はもう誰かを虐めるなんてくだらない事はしない。一応、アイツらとも縁を切ったつもりなんだが、まあ、元は取り巻きだったから代わりに謝罪しよう。すまなかった」
「ヒッ! ……え? あのカイン様が、僕なんかに謝った?」
「ああ。アイツらにも機会があったらキツく言っておくから、今回は許してくれるとありがたい」
こうしておけば、マリウが将来的にケーディー商会の社長になった時に、敵になる可能性も低くなるだろう。俺の平穏な生活のための第一歩だ。
マリウはおずおずと立ち上がり、俺の顔をジッと見つめて来た。
「……へぇ〜。カイン様って、こんなにお優しい目をした方だったんですね」
優しい目? むしろ、普通にしてるのに不機嫌だと思われるくらい、目つきが良い方ではなかったのだが。
「あ、すみません! 僕、昔からその人の目を見ると、ちょっとだけどういう人間か分かる能力があるんですよ! カイン様の目は……どこか達観していて、いろんな経験をして来たからこそ優しい、そんな目をしてます」
おう? この男、エスパーかなんかか?
「そ、そうか? まあ、これからは優しい人間になろうとは思ってるが」
「いえ、もうカイン様は充分お優しい方ですよ。商売をするなら、カイン様の様な信頼できる目をしている方と取り引きをしろと、父がいつも教えてくれてるので」
先程までのおどおどした態度から一変、マリウは目をキラキラさせて俺を見つめている。
マリウと友好関係を結ぶのは、将来の公爵家当主としても非常に利のある話だ。
でも回帰前は、ケーディー商会はなんとあのブレイブハートのメインスポンサーだったのだ。過度に近付くと困難に巻き込まれる可能性も無いとは言えない。
ここは一定の距離を保っておいた方が良いな。
「怪我はないだろう? なら、俺も帰らせてもらう。じゃあな」
「ハイ! 助けてくれてありがとうございました! あの、僕、1年のマリウ・ケーディーっていいます! この恩は、ケーディー商会の名にかけて、絶対にお返ししますので」
俺は何も言わずに、片手だけ上げてその場を後にする事にした。
過度に関わりたくないっていうのに……でもまあ、これでケーディー商会と敵対する事はないだろう。
「やめろ、カイン!」
すると、どこからともなく現れたのは、未来の勇者、レオンだった。
「……やめろ? 何を……」
「カイン、おまえがその子を恐喝してたのは明白! 僕は、卑劣な行為は許さない!」
……ああ、かつての俺がなんでカインを疎ましく思っていたか思い出した。
男爵家の五男のくせに、どんな不正にも首を突っ込んで来てウザかったからだ。
勿論、今はレオンが未来の勇者である事を知っているし、今みたいなウザイくらいの正義感の強さがあったからこそ英雄になれたのだと知っているのだが。
「勘違いするな。俺はちょっと話をしてただけだ」
「勘違い? じゃあ、なんでその子の服が埃まみれなんだ? 大方おまえが虐めてたんだろう?」
いや、まあ……これまでの俺のイメージだと、勘違いするのも無理はないのか。
それにしても、無効になったとはいえ昨日の決闘で俺に敗れているにもかかわらず、またも立ち向かってくるとは……馬鹿なのかと思いたい所だが、コイツが未来の勇者だと知っている身からすれば、やはり勇気があるからなんだろうと理解できる。
「何を言われようと、俺は虐めなんてしてないし、おまえにこれ以上関わろうとも思ってないから、放っておいてくれるとありがたいんだが?」
昨日は夢だと思ったからレオンにもアドバイス的な事を言ったが、現実となれば話は別だ。
こんな奴に関わってたら、俺の命が幾つあっても足りなくなる。
「なんだと? 昨日は身勝手に決闘を吹っかけて来て、なのに都合よく決闘を無効にして……戦ってる最中も訳の分からない事ばかり言って、どれだけ僕を馬鹿にすれば気が済むんだ!」
いや、馬鹿にしてないって。関わりたくないだけ。巻き込まれたくないから。
「勘違いさせたなら謝ろう。もう、これ以上おまえの邪魔はしないから、しっかり研鑽を積んで強くなってくれ。この世界のためにも」
「〜っ、どこまで馬鹿にするんだ! どうせ見下してるんだろ? 僕じゃ、おまえには勝てないと! だからそんな上から余裕ぶってるんだろ!」
話が通じない!? これもかつての俺のせい?
今にも俺に掛かってきそうなレオン。
だが、そのレオンの前にマリウが立ちはだかった。
「貴方、確か2年剣術科のレオン先輩ですよね? ……ああ、なるほど。レオン先輩は素直だけど猪突猛進で、自分の都合の良い事だけ信じるタイプか。悪い人間じゃないけど、そういうタイプって拗れると暴走して厄介だから、取り引き相手としても気を付けろって、父が言ってたなぁ」
マリウが怪訝な表情で、レオンを見つめながら言い放つ。
「猪突猛進……いや、僕は君を助けようと……」
「大きなお世話ですよ。それに、カイン様はさっきから勘違いだって言ってるじゃないですか? なのに、自分の思い込みで暴走して、それが猪突猛進だっていうんですよ」
……ケーディー商会って、ブレイブハートのスポンサーになるんだよな?
もし、ここで関係が拗れたら、将来どうなるんだ?
そこで、俺はある可能性を考えた。
もし、俺が本来の歴史通りに退学になっていたら……この場でマリウを助けたのが俺ではなくレオンだったんじゃないか?
その縁でケーディー商会が将来レオン率いるブレイブハートをサポートするスポンサーになったのでは……と。
ケーディー商会のサポートは、ブレイブハートにとっても重要だった事は容易に考えられる。
であれば、もしケーディー商会のサポートを受けられなかったら? あらゆる物資の安定的な供給を絶たれれば、戦うにも支障をきたすだろうし……それ、マズイだろ?
「待て、マリウ。レオンは確かにウザいぐらい真っ直ぐだが、それがコイツの美徳だ! 将来的にも有望だし、もしコイツが困ってる時はサポートしてあげたら……」
マリウは感動した表情で俺を見る。
「やっぱりカイン様はお優しい。こんなにダル絡みされてるのに、それでも相手を思いやれるなんて……決めました! 僕が商会を継いだあかつきには、カイン様を……ヴェイルハート公爵家を全面的にサポートさせて下さい!」
力強く宣言するマリウ。
いや、いやいやいや、これマズイって! 歴史変わっちゃうじゃん!?
『マリウ視点』
カイン・ヴェイルハートは僕にとって、軽蔑の対象でしかない存在だった。
傲慢不羈……権力を笠に、身勝手に振る舞う最低な男。
僕が商会を継いだあかつきには、例え公爵家であろうと絶対に取引を中止しようと思っていた程だ。
なので最後にダメ元で、彼がどんな人間か見定めようと考えていたのだ。
なのに……それは僕の勘違いだった。
僕は人を見る目に自信がある。……というより、そういう“特殊能力”がある。
カイン先輩の目は、学生とは思えない程の深みがあった。
どんな経験を積んで生きて来たんだろう? 悲しみ、怒り、後悔……それらを知っているからこそ、奥深い優しさがあった。 まるで、人生2周目みたいな。
このタイプの人間は、決して人を裏切らない。 自らの経験から、他人の痛みを知っているから。
父は常に僕に言っているのだが、アカデミー在学中に、人生を懸けるに値する取引先を見つけろと。
カイン先輩は、父親は当主であり現・宰相、母親は国内最大の貿易都市ヴェイルハートの領主代行、そんな公爵家の跡取りだ。家柄も申し分ない。
この先、この人は必ず大きくなるだろう。僕の商人としての勘が、そう確信している。
僕はこの日、人生を懸ける取引相手を、ようやく見つけたのだ。




