第4話 氷の許嫁
朝食を終え、身支度を済ませた俺は、寮を出てアカデミーに向かった。
すると、玄関前にヴェイルハート家の家紋入りの豪華な馬車が停まっており、俺をアカデミーまで送って行くというではないか。
寮とアカデミーの距離は、歩いて5分程。そんな近距離にも関わらず、かつての俺は馬車による送迎をさせていたのだ。
他人の妬み嫉みは馬鹿に出来ない。些細な事でも敵を増やさない心掛けが、平穏な生活の一歩となる。
馬車の御者には、これまでの送迎に対する感謝と、今後の送迎は必要無いと丁重に断りを告げ、徒歩でアカデミーへと向かった。
道すがら、生徒の視線が刺さる。それは、決して羨望の眼差しなどではない。
誰もが俺を傲慢不羈と畏れ、そんな俺が珍しく徒歩で登校している事への疑問や、昨日の決闘を見ていた者は懐疑的な眼差しを送っていたのだ。
まあ、かつての俺がどれだけ酷い男だったかは理解してるが、それでもちょっと傷付くな。
アカデミーに到着すると、玄関ではかつての俺の取り巻きだった生徒が10人程、俺を出迎えていた。
「おはようございますぅ〜カイン様〜。歩きなんて珍しいですね〜」
「昨日はお疲れ様でした。あの底辺野郎、まさか反撃するとは思いませんでしたが、流石はカイン様でしたね」
「それにしても、決闘を無効にしてあげるなんて……底辺野郎を退学などさせず、もっと痛めつけてやろうって魂胆ですよね?」
取り巻きの中でも代表的な3人……というより、コイツら以外は名前を覚えていないが、俺に声を掛けてきた。
確か、オロナミン子爵家の……長男、デカビター子爵家の……次男、ミンナミン男爵家の……長男だったハズ。ちなみに、名前は覚えてない。
コイツらは、かつての傲慢不羈な俺の腰巾着としてペコペコしていたが、俺が決闘に敗れて退学が決まると、態度を豹変させて俺の下を去って行ったっけ。
「……悪いが、俺はこれからは普通の学生として真面目に生きると決めたから、俺の周りにくっついても得する事は無いぞ?」
俺が言う資格はないかもしれないが、コイツらは全員、公爵家の跡取りであり当時の学年最強だった俺のおこぼれに預かろうとしていただけで、別に忠義心が高い訳でも仲の良い友達でも無かった。
こんな奴等と行動を共にしていたら俺のこれまでの印象は変わらないし、個人的になんの利も無い。
「またまた〜。今夜も上玉を揃えてるんですから、パーティーを楽しみましょうよ?」
「そうですよ〜。それに、女共はカイン様が来るからって集まってるんですから〜」
……俺! かつての俺! そういえばこの頃は、毎晩違う女性を侍らせて豪遊してたんだが……ホントろくでもないな。
全ては、俺の名を使ってコイツらが集めてたんだが。
「学生の本分は学ぶ事だ。貴様らだって腐っても貴族の子だろう? 将来は国の為、民の為に尽くさねばならんのだ。社会に出たら時の流れなどあっという間だぞ? 今この時間がどれだけ貴重か……そろそろ真面目に生きたらどうだ?」
表情を変えずに言い放った俺を、取り巻き達は怪訝な表情で見つめている。
「そんな、らしくないですよ〜、カイン様」
「そうですよ。カイン様はヴェイルハート公爵家の跡取りなんですから。誰にも縛られず好き勝手生きても、文句を言う奴なんていませんて」
かつての俺は、こういう奴等の甘言に乗せられて好き勝手生きて来たから、退学になったと同時に勘当されたんだよ!
「悪いが、今後は娯楽にうつつを抜かすつもりはないから、俺の下から去るがいい。今の俺には,、おまえらの忠誠よりも、沈黙の方が助けになる」
わざとらしく睨み付けながら、取り巻き達を置いてその場を去る。
俺に睨まれた事に臆したのか、取り巻き達は後を付いてくる事はなかった。
遠巻きに声が聞こえてくる。状況を眺めていた生徒達が、俺が取り巻きを切った事に驚いてるみたいだな。
シルバーレルアカデミーは剣術科と魔法科、其々4クラスに分かれている。
成績上位者からA・B・C・Dクラスとなっており、2学年剣術科首席の俺は当然Aクラスだ。ちなみに、落第ギリギリのレオンはDクラス。
教室に入ると、それまで雑談などでザワザワしていたのが途端に静まり返る。
……いや、分かるけどさ、全部かつての俺が悪いのは。それにしても、かつての俺はここまで畏れられてたのか。
敢えてこれからは真面目になるから宜しく〜などと言うのも変なので、おとなしく自分の席に座る。
その後は真面目に授業を受け、あっという間に放課後を迎えていた。
勉強なんて久しぶり過ぎて不安だったが、意外と覚えてるもんだな。
さて、放課後は部活動や研究会もあるのだが、当然これまでの俺は帰宅部で、毎日女性を侍らせて遊んでた。
だが、これからは違う。剣術に関しては授業でしっかり学ぶが、放課後は魔法の方を学びたいと考えている。
魔法といっても個人によって適性のある属性が異なる。スタンダードな火・水・風・土の4大元素、特殊属性となる光・闇。
それぞれの属性の魔法を覚えるのには生まれ持った素質が大きく影響するのだが、4大元素の属性魔法は素質が無くとも努力次第で習得は可能だ。 光と闇は完全に素質が無ければ無理だし、使える者も希少だったが。
なのでかつての俺は、一応スタンダードな4大元素の魔法の触りだけは習得していた。
まあ、魔法より剣を優先していたので魔法の基礎を疎かにしていたし、どちらかというと魔法は不得手だった。
魔法使いは種類や精度・威力などで評価基準が1〜10サークルにランク分けされており、大魔導師と呼ばれるのは9以上、魔導師と呼ばれるのは5以上なのだが、かつての俺は魔法ではなく剣術を専攻していたので最終的に3サークル止まりでしかなかった。
今回は4大元素の基礎をしっかり学び、せめて5サークルの魔法を使いこなせる様にしたいと考えているのだが。
そこで俺が目を付けたのが、4大元素の魔法を研究する会だ。
魔法科の授業で習う魔法は広く基礎を教えてもらえるのだが、研究会では更に掘り下げて、より実践的な内容になっている……らしい。
本当なら基礎を学びたい所なのだが、今更魔法科に移籍できる訳もないので、研究会で魔法の知識を得ようと思ったのだ。
研究会の講義室のドアを開けると、50名程の会員の視線が俺に集中した。
分かってる、分かってるぞ。おまえらが、なんで俺が来るんだって疑問に思っているのは。
すると、見覚えのある女子生徒が俺の前にやって来た。……そうか、魔法研究会にはコイツがいたのか。
「何しに来たのですか? ここは、貴方好みの尻軽な女子生徒はいないですよ」
サラリと伸びた青みがかったシルバーロングで、少しキツめだが非の打ち所がない美女。常に淡々として冷静だが、実は面倒見が良い事から男女問わず支持されて、氷の女王と敬われている。
……そう、俺の許嫁であり、レオンと共に世界の危機を何度も救った未来の大魔導師、ブレイブハートのオリジナルファイブ、【エレナ・アストレア】だった。
エレナは許嫁ではあったが、明確に俺を嫌っていた。当然、俺が家を勘当された際に婚約関係は放棄されたが、路頭に迷った俺に対してなんの反応も示さなかったし、裏社会で頭角を現し始めた頃からは、幾度となく嫌がらせ受けたものだ。
大方、結婚する事がなくなってラッキーだとでも思ってたんだろうが、相手が傲慢不羈などと呼ばれた俺なんだから、それも当然である。
「……剣術だけではと思って、魔法も習得したいと考えてな。邪魔するつもりはないから安心してくれ」
出来ればエレナにも関わりたくなかったのだが、会ってしまったものは仕方ない。剣術科の俺が魔法を学ぶのに、この魔法研究会以上に適した場所もないだろうし。
「安心? 貴方がこの場にいるだけで、他の生徒が萎縮してしまうんです。申し訳ないのですが帰ってくださいませんか? 個別で良いのなら、後程私がお教えします」
エレナは2学年魔法科の首席だ。この魔法研究会でもそれなりの位置にいるのだろう。
そういえばそうだったな……許嫁ではあるものの、彼女は俺に対していつも辛辣な態度だった。
当時の俺はエレナの事を、顔だけは抜群に良いから仕方なく許嫁として認めてやろう……なんて上から目線で思ってたんだが、結果的に俺はその後裏社会に身を落とし、エレナはブレイブハートの大魔導師となった。……どの口が言ってたんだって感じだ。
「エレナ、俺も次期公爵家の当主として、このアカデミーで学べるものは出来るだけ学びたいと思い直したんだ。決して邪魔をしないと約束するから、参加させてもらえないだろうか?」
俺が下手に出た事が意外だったのだろう。エレナは怪訝な表情で首を傾げる。
「貴方が頭を下げるなんて……。どうしましょう、天変地異の前触れかしら? それとも、スタンピード?」
俺だって、本音ではブレイブハートのオリジナルファイブの一員だった人間とは極力関わりたくない。 変に巻き込まれたら、俺の実力ではすぐに死んでしまうだろうから。
婚姻の約束だって、将来の大魔導師の足枷になるだろうから、早々に解消してもらうつもりだし。
「当主たる者、領民を守る為なら表立って戦える力が必要だし、自分の身は自分で守らなければならない日も来るかもしれない。だから頼む、この通りだ」
そう言って頭を下げた俺を、エレナは無表情で見下ろしていた。いや、無表情のままだが、こめかみがピクピクしていた。
この調子だと魔法研究会に俺の居場所は無いな。 なら、エレナにとって有益な交渉材料を用意し、なんとか説得を試みよう。
「エレナ……君が俺を嫌ってるのも、こんな男が許嫁だという現実を悲観してるのも知っている。勿論、婚姻関係はヴェイルハート公爵家とアストレア伯爵家との縁談だ。互いの家の利を考えれば破談にするなど貴族として失格ではあるが、本人同士が望まないのだから、俺はしかるべき時期をみてこの縁談を破談にするつもりだ」
氷の女王と呼ばれるエレナは、相変わらず無表情のままだが、その眉間に皺を寄せている。その上顔を真っ青にして、ワナワナと震えはじめた。
「こ、この縁談は両家の親が決めたものです。そ、それを勝手に破談にするなど、わ、私は絶対に認めません」
いつも落ち着いているエレナに動揺が見える。やはり伯爵家の娘ともなれば、自分の家の利となる縁談を拒むなど考えられないのだろう。
そういえば、エレナは回帰前、俺との縁談が破談になってからも独身を貫いていたな。
ブレイブハート内でも、レオンとエレナの2人は恋仲だと噂されてもいたが、真相は不明だった。
まあ、大魔導師として自分の力で成り上がってたし、結婚なんて彼女には必要なかったのかもしれないが。
「心配するな。俺と結婚なんてせず、君は君のやりたいように生きれば良い」
むしろ、そうしてもらわないと困る。レオンひとりではこの先の困難を乗り越えられないだろうし、大魔導師となるエレナの力は必須だ。
勿論、ひいてはそれが俺の平穏な生活にも繋がるんだし。
すると……何故かエレナは目に涙を溜めて、その身から魔力が溢れ出していた。
「……そ、そんなに私との結婚が嫌だと?」
そしてエレナは、魔力を込めた腕で俺を突き飛ばそうとしてきたが、流石に身の危険を感じて躱してしまうと、バランスを崩して転びそうになる。
まずい、この勢いで転んだら危ないと感じた俺は、咄嗟にエレナの肩を掴んで抱き寄せると、まるで社交ダンスの様に華麗に抱き合う構図が出来上がった。
……静まり返る教室。
時間が止まったかのように、計らずして見つめ合う俺と。何故か頬を赤く染めるエレナ。
周りは俺達が許嫁の関係だと知ってるからか、生温かい空気すら流れている。
「スマン、つい避けてしまったが……怪我はないか?」
「〜!? 認めません……絶対に破談なんて認めません!」
そう言うと、顔を真っ赤にしたエレナは俺を押し退けて教室を出て行ってしまった。
……エレナがあんなにも取り乱したのは初めて見たが……やはり婚約破棄は貴族として問題だったのだろうか?
氷の女王の意外な姿に、他の生徒達もポカンとしているが……とりあえず、研究会に参加しても文句を言う奴はいなくなったし、良しとするか。
『エレナ視点』
なんなの? なんなのですか!?
私とカイン・ヴェイルハートとの婚姻関係が結ばれたのは、私がまだ5歳の頃でした。
初顔合わせの時、彼を見て、私は一目惚れした。
同じ歳とは思えない程の自信に満ちた堂々とした振る舞いに。……顔もめちゃくちゃタイプでしたし。
でも、それから私は、自分の目が節穴だったのだろうかと悩んでいた。
カインは歳を重ねるごとに態度が横柄になり、誰に対しても身勝手に振る舞う様になっていたから。
でもでも……彼は私にだけは、傲慢不羈と云われる態度を取る事はなかった。
多分それは私が許嫁だったからだろうが、私だけが彼の特別なんだと、ずっとそう思って来たのです。
彼が傲慢不羈なら、私はその分彼の妻として、人に頼りにされ、優しくしようと誓ったのです。冷静に、常に堂々として。
なのに、彼の口から婚約破棄の申し出が飛び出した……。
認めません。私は、絶対にそんなの認めない!
私は5歳のあの日、心に誓ったのです。彼が将来、どんなに偉くなっても……もしくは、その性格が災いして地に堕ちてしまったとしても、必ず私が隣で支えると。
婚約破棄? なら、私は改めて貴方の心を奪うまで。絶対に、私に惚れさせてみせますわ。




