第10話 古代魔法の禁書
《エレナ視点》
朝、玄関でカインと別れた後も、私の心臓は早鐘を打っていた。
勿論、あんなに早く歩いたからというのもあるけど、私は許嫁でありながら、初めてカインの隣であんなに長く会話をしてしまったのだから。
これまでもパーティーで一緒になる事はあったけど、彼は私にあまり興味を示さなかったから。
ほとんど走ってる速度で歩いていた私は、かなり無理をして平気なフリをしていたのに、隣にいるカインは全く表情を変えず、別れ際も一切呼吸が乱れてなかった。……流石、5歳にして大人の騎士と互角に打ち合えただけあるわ。
そう、私の心臓が早鐘を打っているのは、カインと近付けた様な気がしたからだ。
今まで私は、周りから畏れられる彼の分まで、勤めて冷静沈着に、誰にでも優しく接して来た。付いたあだ名が氷の女王なのには少しだけ傷付いていたけど……それでも、傲慢不羈と呼ばれる彼と並び立つには、そのあだ名は強い印象を与えられてるのだから素直に喜ばしい事だった。
だからなのか、私も敢えてカインとは距離を置いていた。常に彼の傍に居たら、私は今みたいな強い女性を演じる自信がなかったから。
でも……それが間違いだったのだろう。カインは、私が彼を嫌っていて、縁談自体を望んでないと勘違いしてしまっている。
カインとの婚姻関係を解消? ……ありえないから!!
私は、初めて会った5歳の頃から、カインの事を考えなかった事など1日として無い程、彼に心惹かれている。
それからも彼とは折に触れて会う機会はあったものの、残念ながら挨拶を少し交わす程度だった。それでも、その都度私はカインに惹かれていった。
傲慢な振る舞いの合間に見せる、彼の孤独な表情。カインは、とある事情から家族の中でも孤立していたから。
だからこそ、彼は弱い部分を傲慢不羈という鎧で守っているのだと、私は感じていた。
そんな気高いカインに、私は惹かれていたのだ。
彼が侯爵家の当主になった暁には全力でサポートし、彼がもし間違った道に進んでしまったとしても、首に縄を付けて監禁してでも私が養う覚悟さえあるのに。
だから……私は思い切って、自分から好意をアピールすると決めたのだ。
第1の矢が、一緒に登校する……だったのだが、残念ながら緊張し過ぎて上手くやれたかは分からないけど、それでも初めて彼と隣り合って普通に会話が出来たのだから、一歩前進だ。
そして続く第2の矢は、魔法だ。
既に剣士としては超一流の才を発揮しているカインだが、魔法の方も非凡な才を併せ持っているのは私も知っていた。
そんな彼が、本格的に魔法を学びたいと言うのだ。これは、またとないチャンスなのだ。
手取り足取り魔法を教え込み、気が付けばふたりきりで魔法談義をして………イヤッ! 何を考えてるの、私!
と、とりあえず放課後だ! カインは今日も魔法研究会に参加すると言ってたし、他の会員にも事前に言っておいて、カインが気を使わない様な環境を整えてあげなければ。
……そして放課後……時は来た。
カインは既に全属性の初級魔法を習得してるみたいだけど、私から見るとまだ基礎の部分が疎かになっている印象を受けた。彼もそれを理解しているからこそ、改めて魔法を学び直そうとしているのだろう。
というより、全属性の魔法を操れるだけで、もう非凡どころではない才能の塊なのだが。
研究会が始まる前に、図書館で彼に相応しい魔導書を探そうと考えて席を立つと、教室のドアの前で男子生徒が私に話しかけて来た。
「あの……エレナさんは覚えてないかもしれませんが、僕は剣術科のレオン・ソルブレイドと云います」
レオン……忘れもしない、私のカインと決闘し、しかも木剣で2回、彼の身体を傷付けた憎っくき男だ。
「レオン君……ですか。それで、何か御用ですか?」
私は表情に氷の女王の仮面を貼り着ける。基本、カイン以外の男性にはこのスタイルだ。
「えっと……実は、お話があって……良かったら、少しだけ時間を……」
「すみません。これから用事もありますし、手が離せないんですよ」
これまでも数多の男共が私に邪な感情を抱いて告白てきたが……まさかこの男も、私に告白しようなんて魂胆じゃないわよね?
私が告白を受ける相手はカインのみ! むしろこの男は私のカインを2度も痛め付けた怨敵だ。
「そ、そうですか。なら、研究会が終わった後、僕は森林区の東側にある、大きな木の下で待ってます!」
森林区の大きな木の下……。そこで告白し、結ばれたカップルは永遠の愛が約束されると噂の……。
でも、私がそんな心がときめくメモリアルを紡ぐのは、カインただひとり!
「それじゃ、待ってるから!」
そう言い残し、レオンは去って行った。呼び止めようとしても、気が付けばレオンの姿は無く……どんだけ全力疾走なのよ。
普段なら外面を気にして、一応面と向かってお断りしていたんだけど、アイツは怨敵。当然、付き合う義理はない。
……余計な邪魔が入ったけど、図書館に移動し、カインのために魔導書を探し始める。
剣と魔法の才能を併せ持つカインなら、間違いなく将来は魔法剣士になれるだろう。
まずは魔法の基礎をしっかり学んでもらい、その上で魔法剣士として最適な魔法の使い方を知ってもらおう。
一応、それぞれの属性の基礎となる魔導書を揃えて、ちょっと気が早いけど魔法剣士の魔導書も借りておこう。
最近のカインは、確かに傲慢不羈と呼ばれた頃と違う気がする。 だからこそ、真面目に魔法を学び、魔法剣士と認められれば、彼が公爵家当主になる事に文句を言う者はいなくなるだろう。 それだけ、一流の魔法剣士とは稀有であり重宝される存在なのだ。
そして、それをサポートするのは妻である私……ウフ、ウフフッ、思わず笑みが溢れますわ。
とりあえず必要な本は見つけたし、そろそろ研究会の時間なので図書館を去ろうとしたその時、奥の方で不思議な魔力を感じた。
近付くと、図書館の最奥にある本棚の一部に強く惹かれた。
そして、無意識のうちに一冊の魔導書を手に取り、おもむろに本を開いてしまった。
どうやらこの本は古代魔法の魔導書みたいだけど……古代魔法は現代では禁忌とされ、国が一切の情報を秘蔵にしていたハズなのに、何故ここにあったのだろう?
『……選ばれし器よ……幾百年ぶりに出会えた……』
突然、頭の中に言葉だけが響いた。
まずい……これは、学生の身でどうにか出来るシロモノではないと瞬時に判断した私は、古代の魔導書を棚に戻し、すぐに教師を呼ぼうとしたのだが……。
『選ばれし器よ……』
またも、頭の中に何者かの言葉が響く。
『選ばれし器よ……さあ、共に魔導の真髄を極めようぞ』
やばい、そう思いながらも、私は意識を手放すのだった……。
《カイン視点》
「あ、カイン先輩! こんにちは!」
エレナとの事もあり魔法研究会に参加するのも気が引けたので、今日は図書館で魔法の勉強をしようと考えていたら、マリウに声を掛けられた。
「昨日はありがとうございました!」
「いや、元とはいえアイツらは俺の取り巻きだったからな。当然の事をしたまでだ」
「カイン先輩って本当にお優しいんですね。傲慢不羈だなんて、みんな誤解してますよね」
誤解じゃなく事実だったんだから仕方ない。 勿論、今後はその悪評を覆したいと思ってはいるが。
「じゃ、俺は図書館で勉強するので忙しいから」
「図書館ですか!? 僕もご一緒させて下さい!」
そう言ってマリウと別れようとしたのだが、何故かマリウは俺に着いて来た。
……なんで懐いてんだよ。
仕方なくふたりで図書館に向かうと、何やら図書館の前に人だかりが出来ていた。
「どうしたんですかね?」
マリウも不思議そうにしてるが、俺は嫌な予感がして図書館の前にいた生徒に聞いてみた。
「聞きたいのだが、一体何があった?」
俺に話しかけられた男子生徒は、俺だと気付くと焦った表情を浮かべた。
「カ、カイン様!? あ、あの、婚約者のエレナ様が……」
エレナ? ふと図書館の中を見ると、禍々しい魔力が暴走している。
気が付くと、俺は走って図書館の中に向かっていた。
すると目の前には、漆黒の魔力に包まれて白目を剥いたエレナが立っている。
足元には、生徒が数人と教師までもが倒れていた。
「エレナ……?」
エレナは白目を剥いたまま、顔だけ俺を捉える。
『素晴らしい……素晴らしい器だ! この器なら、我は魔法の真髄を極められる!』
エレナが発したのは、低い男の声だった。
まさか……何かに取り憑かれたのか?
「全員、巻き込まれたくなかったらこの場から離れろ! マリウ、大至急魔法科の教師をありったけ呼んでこい!」
「わ、分かりました!」
入口にたむろしていた生徒に向かって叫ぶ。目の前のエレナは間違いなく危険だ。魔法科の教師でもなければ手に負えないだろう。
マリウもダッシュで職員室に向かって行った。
(いきなりトラブルだな〜)
図書館の扉から黒い物体が飛び込んで来て、本棚の上に止まった。
(ネメシス! エレナは一体どうしたんだ?)
(う〜ん、多分“禁書”に取り憑かれちまったみたいだな)
禁書? 禁書とは、禁忌とされた古代魔法の魔導書や、意志を以て人に害をなす魔導書などで、国が危険な書物だと指定して全て管理していたハズ。なぜアカデミーの図書館に?
(たまにあるみたいだぜ? 自分の求める人間を見つけるために、存在を消してどこぞの本棚に紛れこんでる禁書が)
(という事は、エレナは禁書に選ばれてしまったのか)
エレナは未来の大魔導師だ。禁書からしてみれば、待ち望んでいた器としてこれ程相応しい人材はいないだろう。
(で、どーする? この禁書に取り憑かれた小娘、今のおまえじゃあ、ちょっと荷が重い相手だぞ)
(だからといって、見捨てる訳にはいかない)
もう直ぐ、マリウが教師を呼んで来てくれるだろう。名門アカデミーの魔法科担当の教師なら、なんとか対応出来るかもしれないが……。
「……それまで、大人しくしてくれるつもりはないみたいだな」
エリナは口元を歪めながら、今まさに俺に向かって魔法を放とうとしていた……。




