第30話 謝罪の演説
エレナの魔法と演説に、街の人々の俺への視線が少しだけ変わった。
ここで黙ってたらエレナの腰巾着だと思われてしまうと感じた俺は、今の想いをぶつけてみる事にした。
「……みんな、聞いてくれ。当然、この場にいる皆は俺のことを覚えているだろう。カイン・ヴェイルハート……かつてこの街で、好き勝手に暴れていた愚か者だ。お前たちの家を壊し、商売を台無しにし、笑いながら謝りもしなかった……そんな最低な男だ」
俺の言葉に、ざわ……と人々が反応する。
「言い訳はしない。全部、かつての俺の所業であり過ちだ。俺はこの街の好意を、家の名を、そして人の心を踏みにじった。……だが今は、その全てに後悔している」
傲慢不羈に振る舞った報いは、とうの昔に受けた。何も守れず、そして命を落としたのだから。
……沈黙。誰もが俺の次の言葉を待ち、広場には一筋の風が吹いた。
「もう二度と、誰かを傷つけたくはない。誰かの努力を笑い飛ばすような自分に、戻りたくはない。だから、俺はやり直す。許されなくても、信じてもらえなくても、俺が変わることが、この街の過去を変える唯一の方法だから」
ゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐに群衆を見る。
「ヴェイルハートは、俺にとって呪いの街だった。 でも……今は違う。ここで生きるみんなの笑顔が、俺の罪を少しでも薄めてくれるなら、俺はこの街の一人として、もう一度歩きたい」
そして俺は、最後に深々と頭を下げた。
「本当に……すまなかった。それでも、もう一度だけ、やり直させてほしい」
形だけではない、心の底からの謝罪。そして頭を上げて続ける。
「これからは、俺の全てをこの街に、この領地に住む者のために、このヴェイルハートを王国で最も暮らしやすく誇れる地にすべく粉骨砕身の覚悟でやり遂げる事を、次期当主として宣言させてもらう」
先程まで俺に非難の目を送っていた人々も、戸惑いながらも視線は俺に釘付けだった。
すると、ひとりの中年男性が俺に声をかけてきた。確か……かつての俺が商品を貶した、街のパン屋だったハズ。
「……カイン様。……その、悪かった。ハリルの坊ちゃんに頼まれて、カイン様に無礼な態度をとっちまって」
「なっ!? 貴様、何を言ってる!?」
ハリルの焦り様……ふむ、だとすると俺への群衆の態度は、この男の演出だったのか。
「気にしてません。過去の俺が散々迷惑かけたのは事実ですから。それに、俺はまだ若輩者です。貴方も含め、街の皆さんのおかげでこのヴェイルハートは王国随一と言われる程に活気のある街になったんですから、俺に敬語なんて使わないで下さい」
俺は少しだけ笑って、答えた。
「ですが……いや、あんた、本当に変わったんだな」
「ええ。まぁ、少しは」
その言葉に、通りを歩く人々が振り向く。
まだ、疑いの目が強い。それでも、先程までの沈黙とは違っていた。
「さて……ハリル」
俺が睨むと、ハリルは顔を真っ青にして硬直している。
そこに先程までの威勢の良さは無い。遠い記憶だが、かつての俺にドヤされていた頃は、いつもこんな感じだったかもしれない。
俺はハリルから視線を逸らさずに近付く。
「そ、そ、そんな言葉に騙されるか! お、俺はザッケローニ家の跡継ぎとして、もうこの街で働いてるんだ! この街にはおまえなんて必要ないんだ!」
精一杯の虚勢を張るハリルだったが、表情は真っ青だし声も震えている。
そんなハリルの肩に手を置いた。
「おまえにも……かつての俺は酷い事をしたんだと反省している。だから、これから償わせてくれないか?」
人は、完全には変われない。
だが……変わろうとすることは、できる。
俺は今日、それを実感していた。だから、ハリルとの関係も変えられるかもしれないと。
「ふ、ふざけるな! 次期当主には、弟のアイン様の方が相応しいんだ! お、おまえなんかこの街にはいらないんだ!」
そう叫ぶと、ハリルは走り去ってしまった。
……その後、やはりほとんどの人は俺から距離を取っていた。俺の悪評はこんなものでは払拭しきれないらしい。
そして、エレナが氷像への魔力供給を止めると、氷像は溶け落ち、俺達は広場を後にしたのだった。
◆
……その夜。
屋敷の庭で涼んでると、エレナがやってきた。
「カインが変わったって、街の人達に少しは伝わったかしら?」
「……ああ、俺ではあんな方法、思い付きもしなかった。まさか、先祖のカール爺さんの氷像を作り出すとはな」
「カール様が貴方にソックリだというのは有名だったんですよ? だから尚更、伝説の先祖と似た貴方に対する周囲の期待が大きかったのだと、マミヤ様から教わったんです」
義母が? ……大方、その期待を裏切った俺への文句でも吹き込んだのかもしれないな。
「ありがとう、エレナ。俺ひとりじゃ誰も耳を貸さなかっただろう」
「そんなことないわ。貴方が逃げずに皆の前に立ち、力強く宣言したからこそ、みんな注目してくれたのですよ」
エレナの瞳が月光に反射して、淡く光る。
氷の女王……そう呼ばれる彼女の、氷の中に潜む優しさがそこにあった。
「……なぁ、エレナ」
「なんですか?」
エレナは未来の英雄だ。でも、俺自身は英雄になる器もない、ちっぽけな男でしかない。
それでも……こんな俺を慕ってくれるエレナに、少しだけでも報いてやりたいという思いが芽生えていた。
「俺は、英雄になんてなれやしない。けど、もし俺が変われば、誰かの未来は変えられるのかもなって、少しだけ思えたかもしれない」
「ふふ、ようやく“普通の人”っぽいこと言いましたね」
彼女は微笑んだ。
それは、これまで見たどんな魔法よりも、暖かい光景だった。
……屋敷に戻る途中、エレナが小さく呟く。
「ねぇ、カイン。次はどんな過去を塗り替えるの?」
「さぁな。だが、俺の平穏のためにも、少しは頑張ってみるさ」
そう言って、俺達は並んで歩き出す。
真夏の夜空に浮かぶ月から光が降り注ぐ中、庭に建てられた氷では無い先祖のカール爺さんの石像が、静かに……俺達の変化を見守っていた。
《アイン視点》
「そうですか……兄が、そんな事を」
ヴェイルハート本邸、僕の自室にて、ハリルさんから今日の出来事の報告を受けた僕は、改めて兄の変化を感じていた。
「アイン様……なんというかカインの奴、確かに変わった気がします。俺に謝罪するなんて、昔のアイツならあり得なかった」
「……それで、すっかり絆されてしまったんですか? 思い出して下さいよ、貴方は昔から兄に虐められていたじゃありませんか? 貴方の恨みは、そんな軽いものだったんですか?」
ハリルはバツの悪い表情を浮かべ、俯いた。
そもそも、今日の兄を貶める案を出したのはハリルだったのに、むしろ兄の評判を回復する結果になってしまったじゃないか。
「この街を真に想い、この街の発展を願っているのは僕達です。あんな、自分の事しか考えていない兄が次期当主など、絶対に認める訳にはいかない。そうですよね?」
「あ……も、勿論です! 次期当主は、思いやりがあって街の事をよく知っているアイン様こそ相応しいと、街の商業組合青年部の全員が思ってます」
商業の街だけあって、この街には商人で組織された商業組合があり、ハリルはその商業組合でも若手が集まってる青年部の会長を勤めていた。
「なら、青年部の力で兄の化けの皮を剥いでやって下さいよ。兄では、この街の当主になどなれないと」
「も、もちろんです! 早速明日、会のみんなと相談してみます!」
……はぁ。どうしてこうなったんだ? カイン・ヴェイルハートは傲慢不羈な人間だったじゃないか。 なんで今更……まともになろうとするんだ?
これじゃあ、僕はいらなくなる……家からも、街からも。
絶対に、僕がヴェイルハート家を継ぐんだ。そして、エレナさんを妻として、この街をもっと素晴らしい街にするんだ!




