第31話 元裏社会の支配者
――神歴783年・夏季 第45日
「商業組合青年部の会合に、俺が?」
ヴェイルハートに帰って来て1週間が経った朝、離れの屋敷で朝食中の俺の下に、弟のアインがやって来た。
そして、俺が本当に次期当主として認められたいのであれば、実際にこの街の経済を支えている商人達との交流を深めるのが必須条件ではないか、と提案して来たのだ。
「兄上が次期当主として母上に認めてもらおうと考えているのであれば、街の未来を担う若者達との関係は切っても切れません。僕もまだ子どもですが、たまに誘われて活動に参加してたのですよ。……一応、次期当主になる可能性もあるから、と」
……ふむ、なるほど。
アインは穏やかな表情で俺に提案して来たが、内心は俺の存在が邪魔なんだろう。
先日のハリルもアインの名を出してたし、あの嫌がらせにも一枚噛んでいたのかもな。
「分かった。その会合、喜んで参加させてもらおう」
「……本当ですか? 真の次期当主である兄上が参加してくれるとなれば、青年部の皆さんもきっと喜んでくれますよ」
青年部全体が俺の事を良く思っていない可能性は高い。
だが、次期当主となれば街の若者との交流は避けて通れない。ならば、ここで逃げる訳にはいかないだろう。
「なら、私も……」
すると、何かを察したであろうエレナも同行しようと申し出たのだが……。
「申し訳ないのですが、エレナ様はご遠慮下さい。流石に男だらけの場所にエレナ様みたいな美しい女性を連れて行くのは気が引けますので」
……目的が俺を咎めるのだとしたら、確かにエレナの存在は邪魔になるだろう。
「もしお望みでしたら、商業組合の女性部という集まりもありますので、エレナ様はそちらに参加してみてはどうですか?」
ほう、女性部か……。いずれはヴェイルハート家に嫁ぐ予定と思われてるエレナなら、参加資格は充分。
「……そうですか。なら、お邪魔でなければ伺わせてもらおうかしら」
エレナが軽く微笑む。……なにやら企んでる顔だな。
「ええ。エレナ様なら女性部の皆さんも大歓迎ですよ。なんせ、次期当主の妻となる方ですから」
俺とは正反対で、アインの街での評判が良い事は知っていた。回帰前はそれも気に食わず、アインを避けていた理由の一つでもあった。
今もこうして兄である俺を立てる態度を取っているが、裏社会を生きた俺は誤魔化されない。
アインは間違いなく、俺に対して良い感情を持っていない。次期当主には自分の方が相応しいと、本気で思っている。
言葉の節々に焦りが見えるし、笑顔もどこか作り物だ。つまり、今回の会合は高確率で俺を貶めるための舞台。
……まあ、乗ってやろうじゃないか。
曲がりなりにも裏社会を支配した三十路を、舐めてもらっては困る。
◆
……夕方になり、アインに連れられて商業組合青年部の会合が行われる場所……港の倉庫街の一画、小綺麗な倉庫へとやって来た。
中に入ると、既に30人ほどの青年達が集まっていた。
年齢は十代後半から三十代後半まで様々だが、全員が商人らしい服装をしている。
そして……俺の顔を見た瞬間、場の空気が凍った。
「……マジで来たのかよ」
「カイン様が?」
「冗談だろ……」
露骨な反応だな。
まあ、昔の俺ならここで「なんだその目は?」とか言って机を蹴飛ばしてたんだろうが、今は違う。
「今日は招待感謝する。邪魔するぞ」
そう言って軽く頭を下げると、逆に周囲が困惑していた。
(カーッカッカッ! おまえが頭下げるだけで怪奇現象扱いされてるぞ〜!)
(……うるさい)
すると、会場の奥からハリルが現れる。
「よ、ようこそ青年部へ、カイン様」
昨日より明らかに歯切れが悪い。俺が謝罪した件で調子が狂ってるんだろう。
「先日はすまなかったな。今日は会議を見学させてもらうから、宜しく頼む」
「……こちらこそ。本日の議題は、主に商業区画の問題点や、流通についての会議です。ゆっくり見学して行って下さい」
ほう、思ったより真面目だな。もっと酒飲みながら騒ぐ集まりかと思ってた。
「兄上、こちらへ」
アインに促され、会議卓へと座る。すると、青年部の男達は互いに顔を見合わせながらも会議を開始した。
「まず現在問題となっているのは、西部街道の盗賊被害です」
「最近また荷馬車が襲われてるらしいな」
「護衛費も上がってる。このままじゃ利益が出ねぇ」
「港湾税も、厄介だな」
なるほど。商人達の悩みはかなり現実的だ。
その後も商人達は真剣に議題に向き合っていたのだが、所々でアインの名前が登場し、次期当主に相応しい素養を発揮してる趣の賛辞が商人達から語られる。
やれやれ……あからさまに、次期当主は俺ではなくアインだと言っているみたいなものだな。
これまでの俺であればそう思われるのも仕方がない。なにせ、商人達には生活が懸かっているのだ。
領主が傲慢不羈の出来損ないじゃあ、不安で商売どころじゃないだろうからな。
(直接じゃなく間接的に攻撃して来たみたいだな〜。どうするよ、真の次期当主様?)
(そうだな……先日の様に、謝罪して心を入れ替えると言っても、言葉だけじゃ商人の心は変えられない。なら、俺が次期当主に相応しいと能力で示さなければ)
なにせ、回帰前は裏社会側の人間だったからな。
ここまで大人しく会議を黙って聞いていたが、ここで口を挟ませてもらう。
「盗賊団の規模は?」
俺が口を挟むと、全員が一斉にこっちを見た。
「……は?」
一瞬の沈黙……。そして、ハリルが怪訝な表情で俺に向ける。
「盗賊の規模だ。10人程度か? それとも、もっと大きいのか?」
「じゅ、15人前後だと聞いてますが……」
「頭は?」
「【赤狼のガルム】とかいう流れ者らしいですが……」
その名前を聞いた瞬間、思わず鼻で笑った。
「フッ、雑魚だな」
「なっ!?」
「そいつはただの半端者だ。統率力も無いし、構成員も日雇い崩れ。補給線を断てば勝手に瓦解する」
赤狼のガルム。奴はいずれそれなりの盗賊団を作り上げるが、確かこの時期はヴェイルハート領で盗賊活動を開始し、まだ小規模な盗賊団でしかなかったハズ。
突然の俺の言葉に、会場が静まり返る。……まあ、そうなるか。
「……兄上、なぜそこまで?」
アインが怪訝そうに聞いてくる。危ない危ない。つい知識が漏れた。
「アカデミーで多少学んだだけだ」
(大嘘で草)
うるさいカラスだな。
「盗賊対策なら簡単だ。護衛を増やす必要はない。連中は“儲かる荷”しか襲わない。なら偽装すればいい」
全員が眉をひそめる。
「積荷を二重化するんだ。見える位置には価値の低い荷物を積み、本命は荷台の底に隠す。更に輸送日を固定せず、複数商会で合同輸送を組め」
「ご、合同輸送……?」
商人の何人かは、俺の提案耳を傾け始めた。
「護衛を共有出来るし、盗賊側も狙いを絞れなくなる。加えて囮の荷車を混ぜれば尚良い」
そして、ハリルもまた、俺に対して商人としての表情を見せ始めるた。
「……た、確かにそれなら護衛費を抑えられる」
「いや待て、合同なら積載効率も上がるぞ」
「倉庫費用も削減出来るんじゃ……」
次々と商人達が口を開き、会議が活発していく。
俺は紅茶を口に含みながら続ける。
「あと、西部街道の盗賊程度なら、裏で買ってる商人がいる可能性が高い。盗品の流通先を調べるんだ。盗賊だけ潰しても意味がない。買い手がいる限り何度でも湧く」
その瞬間、何人かの表情が変わった。
ああ、なるほど。どうやら心当たりがあるらしい。
すると、ハリルが焦ったように口を開く。この会議の目的を思い出したのだろう。
「そ、そんな話より! 今日は誰が次期当主に……」
「それと、港湾税に関しても意見があるのだが。もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
俺が割って入る。すると、ひとりの商人が説明してくれる。
「……最近、王都から来る商船の数が減ってるんですよ。税が高いって不満が出てまして……」
「当然だろうな。だが、問題は税が高いのではなく、検品に時間が掛かりすぎてるからでは?」
「そ、それは密輸対策のためで……」
「調べた所、税率は適性だ。これ以上下げると、他の領とのバランスが崩れる」
俺は即答した。
「ならば、他で無駄を省けばいい。検品担当を商品別に分けろ。香辛料担当、鉱石担当、衣類担当……専門化した方が早い。あと許可証持ちの常連商会は検査を簡略化しろ」
「なっ……」
次々と提案をする俺に、商人達が唖然とした表情を浮かべた。
「信用を積ませるんだよ。優良商会を優遇すれば、自然とヴェイルハートに商人が集まる」
会場の空気が変わる。商人達の俺を見る目は、完全に、“問題児を見る目”ではなくなっていた。
「……兄上」
アインが、驚いた様に俺を見ていた。
「なんだ?」
「どうして、そこまで……街の商業に詳しいのですか?」
さて、どう誤魔化すか。まさか“前世で犯罪組織の資金管理してました”とは言えんしな。
「言っただろう? 俺は平穏に生きたいんだ」
「……え?」
「平穏ってのは、金と物流が安定してないと成り立たない。街が荒れれば治安も悪化するし、人も死ぬ。だから俺は、ヴェイルハートを王国で最も安定させたいだけだ」
これは本心だった。戦争も抗争も、裏切りも貧困も……もう見飽きた。
だからこそ、今度こそ静かに生きたい。
そのためには、この街が豊かである必要があるのだ。
沈黙の後――。
「……すげぇ」
誰かが呟いた。
「本当に、あのカイン様かよ……」
「いや、でも今の話、普通に参考になるぞ」
その瞬間、ハリルが机を叩いて立ち上がる。
「だ、騙されるな! コイツは昔から口だけは……!」
「ハリル」
俺は静かに名前を呼ぶ。
「ひっ……!」
「おまえ、この街を良くしたいんだろ?」
「……え?」
「なら感情で動くな。必要なのは、何が正しいかだ」
ハリルが唇を噛む。
周囲の青年達も、もう先程までみたいにハリルへ同調していなかった。
そして俺は、会議卓に肘を置きながら笑う。
「安心しろ。俺はおまえらを支配したい訳じゃない。ただ……平穏に暮らしたいだけだ。そのためには、この街を今よりもっと住みやすい、素晴らしい街にしなければならない。どうか、力を貸してくれ」
(……その発想がもう裏社会のボスなんだよナ〜)
(うるさいカラスだな〜)




