第28話 次期当主の器
今日は俺の帰郷を祝うためのパーティーで、主役は次期当主であるこの俺なのだ。
なのにマミヤは、俺の次期当主としての立場を明確に否定し、その座を弟であるアインに譲れと言ってきた。
「マミヤ様、流石にその様な事をこの場で言うのは不謹慎ではありせんか?」
これには氷の女王と呼ばれるエレナも焦った表情で異議を唱えたのだが、マミヤは続けた。
「カイン、貴方のアカデミーでの評判は夫からも聞いてます。貴方は、王国騎士団からも一目置かれる程に武の才能に秀でているそうではありませんか。どう考えても貴方はこの地の領主の器では無いし、その性格では夫に代わって国の中枢で仕えるのも無理でしょう。なら、騎士として国の為に仕えるべきなのでは?」
随分失礼な物言いだな……。まあ、これまでの俺を知っていれば概ね合ってるから困るのだが。
それにしても、騎士団から一目置かれる? むしろ、見限られたんだが……。
「残念ながら、その情報には誤りがありますね。一応現状では学年首席を維持していますが、俺の剣の腕はあくまで平凡ですから。それに、俺は平穏に生きたいので、騎士団に入るつもりなど毛頭ありません」
そもそも、王国騎士団に入れるとなれば、本来ならとんでもなく名誉な事なのだろうが、残念ながら俺にその気は無い。
「平穏? まさか、ヴェイルハートの領地を治めるのが簡単な事だとでも考えてるのではないでしょうね?」
マミヤの表情が険しくなる。これは言葉の意図が上手く通じなかったみたいだな。
「いえ、そういう意味ではありません。ただ争い事は避けたいと思っているだけで……」
「ただ街を歩いてるだけで問題を起こす貴方が、争いを避けたいと? 暫く見ない間に、随分冗談が上手くなりましたね」
(カーッカッカッカ、こりゃ〜何言っても通じねぇんじゃないか?)
(悔しいがそうみたいだな。かつての自分が恨めしいが、平穏な生活を手に入れるためにもここは引けん)
「自分の立場は理解しています。ヴェイルハート家の当主、そして領主という名の重荷、それを軽んじるほど愚かではありません。平穏を保つというのは、実に高くつく理想であり、痛みを払わなければ得られない……そんな“静かな地獄”である事を、俺はよく知っている」
かつての俺は、勘当されて裏社会に潜った。そこでは、ただ生き延びるために足掻き、トップに立っても平穏などは訪れず、幾度となくその座を狙う者と争った。
それでも尚、挙句の果ては、レオンによって命を散らされたのだから。
平穏という安寧を望むならば、代償として何かを切り捨てねばならない。痛みのない平穏など、この世には存在しないという事を、俺は回帰前の人生で嫌という程理解してるのだ。
だからこそ、敢えて、今度こそ本当の意味で平穏に生きたいのだ。
マミヤは俺の言葉を聞いて、暫し考え込んだ後、口を開く。
「……いいでしょう。ならばこの夏季休暇の間、この地での貴方の動向を見守らせてもらいます。その結果、私が貴方を次期当主に相応しいか判断させてもらうわ」
俺の真剣な想いが通じたのか、義母はこれまででは考えられなかった折衷案を提示して来た。
「分かりました。俺が次期当主に相応しいという事を証明してみせましょう」
今の俺はかつての俺とは違う。街に出て暴れ回る様な行動は絶対にしないし、折角だからこの機会に領主としての知見を深めようと考えてるのだから。
マミヤは訝しげに俺を見た後、アインを連れて去って行った。
「……まあ、これで次期当主として一歩前進かな?」
俺がそう言うと、エレナは嬉しそうに微笑んだ。
「そうですね。先程のカインの言葉、とても良かったですよ。言い回しも“らしかった”ですし」
らしかった、ってなんだよ。
(おまえはたまに独特な言い回しをするんだよナ〜。流石は難癖論破王)
「……まさか、あの傲慢で照れ屋の御坊ちゃまから、あの様な言葉が飛び出すとは。確かに御坊ちゃま特有の言い回しでしたが……このバルザック、猛烈に感動しておりますぞ!」
ハンカチで涙を拭うフリをするバルザック。 そう、あくまでフリだ。
「さて、なら今日の主役はカインなのですから、この機会に貴方が変わったのだと、この場にいる方々に知って頂きましょう」
エレナが言う通り、この場には貴族の他にもヴェイルハートでも有力者が多く集まっている。
俺が次期当主として相応しいのだと印象を与えるには持ってこいの状況だ。
「よし、じゃあエレナ、またサポートを頼む」
「勿論です。私は貴方の婚約者ですから」
婚約者……。そこに拘らなくても良いんだが……まあ、社交の場においてエレナの力を借りなければ厳しいのは理解したし、ここは甘えるとするか。
《アイン視点》
パーティー会場から出て、僕の前を歩く母はイライラしてるのか無言だ。
カイン・ヴェイルハート。
僕の腹違いの兄であり、物心ついた頃から変わらず怖い存在だった。
使用人に厳しくあたっている現場も何度も見て来たし、街での噂も最悪だった。
でも……兄は僕に対して横暴な態度をとった事は一度も無かった。まあ、一度だけ訓練と称してボコボコにされたのはトラウマだが、それ以外は常に無視されてたから、僕になど興味も無かっただけなんだろうけど。
幼い頃から、僕は母に言われていた。
「カインはいずれ必ず失脚する。だから、ヴェイルハート家の次期当主は、貴方なのよ」
……そう言われて、最初は兄を差し置いて僕が当主になるなどありえないと思っていたが、年を重ねると、確かにこの兄には家を任せられないという意識が芽生えていた。
当主としての勉強は怠らなかったし、剣の稽古も真面目にこなした。魔法に関しても努力はしたが、こちらはあまり適性がなかったけど。
街の人々にも優しく接したし、母に社交場でのマナーも叩き込まれた。
そのおかげもあって、ヴェイルハート家と懇意にしている貴族にも、ヴェイルハートの住民にも、次期当主には僕の方が相応しいと言ってもらえる様になっていた。
でも……今日、久しぶりに会った兄は、これまでとは少し違って見えた。
なんだろう? いきなり鍛えてやるなんて話しかけられたが、兄が僕に話しかけるなんて、思い出しても片手の指で足りる程度だったのだ。
だからだろう、僕は驚いて戸惑ってしまった。
昔から、兄はなんでも出来た。剣の腕はさることながら、勉強も、魔法にも非凡な才能を見せていた。ただ、性格だけが壊滅的だったけど、僕は常にそんな兄と比較されていた。
剣の腕も、勉強も、魔法も……神童と呼ばれる兄に勝るものは、僕には何も無かった。
だからこそ、せめて立ち振る舞いだけは兄とは正反対の、次期当主として他者に寄り添い、優しく接する様に心掛けて来たのだ。
なのに、再会した兄からは、以前にあった剣呑とした雰囲気が消えていた。
無闇に周りを傷付ける発言や態度も無く、無愛想ではあったものの労いの言葉を掛ける始末。
……兄は、その傲慢不羈と呼ばれる性格を除けば、弟の僕から見ても逸材だった。
僕も兄に負けたくない一心で努力して来たからこそ、その高みを誰よりも理解している。
なのに、唯一の欠点だった性格がまともになってしまったら……僕に勝ち目なんか無いじゃないか?
兄が母に堂々と次期当主の覚悟を宣言している様を見た時、僕は言い様の無い不安を抱いた。
このままだと、僕の存在意義が無くなってしまう……と。
だってそうだろう? 性格以外は全てにおいて僕を上回る兄が、その性格すらまともになってしまったら……僕に勝ち目など無くなるのだから。
そして……兄の隣で、兄を優しく見つめるエレナさんを見て、僕の心はぐちゃぐちゃになっていた。
彼女が兄の許嫁なのは知っている。でも、母は兄がいずれは失脚すると言い、そうなれば僕がエレナさんと結婚するのだと言い聞かされて来たのだ。
あんなにも綺麗な女性が、僕の奥さんになる……ずっとそう考えて、エレナさんに対して明確な恋愛感情を抱いていたのに。
彼女の兄を見る目は、完全に恋をする乙女の目だった。
なんで? 兄とは家同士が決めただけの婚姻関係じゃなかったのか?
しかも、母さんに向かって僕との婚姻には興味がなく、あくまで兄の婚約者であると宣言していた。
嘘だろう? 僕は、いずれは当主になると信じて努力して来たのに……このままじゃ、当主の座も、憧れの女性も、全部兄に持って行かれてしまうではないか。
兄が本当に変わったのなら、僕はどうすればいい? 母さんは、僕が当主になると言っていたのに。
もし、母が兄を当主として認めてしまったのなら、僕は……今更、何を支えに生きればいいんだ?




