第21話 確執
――神歴783年・夏季 第30日
期末試験終了後の翌日。早くも試験の結果が、多目的ホールに貼り出されていた。
俺はエレナ、マリウ、レオン、ミラを連れ立って結果を見に来ていたのだが、俺達が掲示板に近付くと、まるで海が割れる様に人垣が避けて行った。
「あれが、カイン様が結成したっていう最強軍団か……」
「エレナ様は許嫁だから分かるとして、あの未来の剣聖・ミラ様と、ひ弱そうなのはあのケーディー商会の嫡男だろ? もうひとりのレオンって奴も、最近成長が著しいっていうし」
「一体どんな手段であんなメンバー集めたんだろうな?」
「そりゃおまえ、カイン様はあの剣聖ギルベルト様をメタクソに論破して、今や難癖論破王って呼ばれてんだぞ? 言葉巧みに取り込んだのさ」
……いや、回帰してから30日以上経つのに、俺の悪評は全然回復してないどころか、難癖論破王って……勘弁してくれ。
さて、試験の結果は……。
カイン・ヴェイルハート。 剣術科2年。
筆記1位、実技1位、総合1位。
レオン・ソルブレイド。 剣術科2年。
筆記5位、実技2位、総合2位。
エレナ・アストレア。 魔法科2年。
筆記1位、実技1位、総合1位。
マリウ・ケーディー。 剣術科1年。
筆記1位。 実技65位。 総合31位。
ミラ・ドラグランツ。 剣術科3年。
筆記6位。 実技1位。 総合1位。
俺とエレナとミラは、相変わらずで首席を維持。
レオンは前回総合95位から大幅アップで、2学期からは晴れてA組への昇格を決めた。
マリウは、見た目通り実技はイマイチだったが、なんと筆記は1位だった。
「やりましたね、カイン様。今回もふたりで首席を独占出来ました」
「ああ、そうみたいだな」
独占とか意味が分からないが、結局1位になってしまったか……。
「旦那様、私も首席だったぞ。ご褒美に模擬戦でもどうだ?」
「絶対に御免だ」
「やった……僕が、カインに次いで総合2位!? 嘘みたいだ」
レオンは大幅な成績アップに感動している。この分だと、夏休み中はギルベルトからの教えもあるだろうし、次回の試験では実技の方では越されるかもしれない。
「流石は先輩方、御三方は当然として、レオン先輩もやりますねぇ。ま、僕はあくまで剣術は護身程度にと考えてますので、筆記で1位を確保出来れば御の字です」
まあ、商売も頭が悪いと出来ないからな。それに、このシルバーレルアカデミーの剣術科での実技試験で中間の順位であれば、一般人にしては充分強いと言えるだろう。
……さて、試験も終わったので、3日後には1学期の課程が修了し、久しぶりの帰郷となるのだが……今日は俺の学年首席を祝うため、父であるデイビスから王都の別邸へ招かれている。
かつては勘当されてから会わなかったから、体感では15年ぶりの再会となる。
正直、かつての俺は成績は良くても素行が悪かったため、父に会っても説教ばかり受けてた記憶しかないし、ちょっと緊張するな……。
まあ、今の俺は心を入れ替えてるし、裏社会を生き抜いて来た分腹芸には長けてるので、将来の事も考えれば関係を改善しておいた方が良いだろう。
◆
ヴェイルハート家の別邸は、主に富裕層が多く住む王城の隣の区画にある。宰相である父は基本王城にいなければならないし、王城には馬車で5分という立地である。
迎えの馬車で巨大な門を潜り、別邸に到着する。 俺を出迎える使用人達は、一様に皆緊張していた。
……そりゃ、かつての俺は使用人にも傲慢な態度だったからな……。ここは、少しでも心象を良くしておくか。
「出迎えありがとう」
「と、とんでもありません! おかえりなさいませ、カイン様!」
普通に感謝の気持ちを伝えたのだが、使用人達の表情は更に緊張が増している。
(だからさ〜、おまえに優しくされると逆に怖いんだって)
(なんだと? 勝手に着いてきて適当な事言うな)
ネメシスに文句を言いつつも、それが図星だという事は理解している。だって、アカデミーでも俺が優しく声を掛けると皆が謝りだすし……。
釈然としない思いを抱きながらも、別邸へと足を踏み入れる。
「お帰りなさいませ、カイン御坊ちゃま。……ふむ、暫く見ない間に、随分と雰囲気が変わりましたな。眼鏡など掛けてますし、その白髪はメッシュというやつですか?」
俺を御坊ちゃまと呼んで出迎えてくれたのは、ヴェイルハート家の総執事長【バルザック・ハワード】。
齢70歳を越えて尚、現役の強者の雰囲気を醸し出している老紳士だ。
実はこのバルザック、俺がかつての裏社会で得た情報だが、若い頃は凄腕の暗殺者だったのだそうだ。
それが、組織に裏切られて瀕死の所を今は亡き俺の祖父に救われて以来、ヴェイルハート家に忠誠を誓う様になったらしい。
ちなみに、彼が暗殺者だと知る者は父以外にはいないらしい。俺は回帰前の裏社会の情報網で偶然知っただけだし。
「人間、日々成長するものだろう? それに、俺はもうこれまでの態度を改め、真面目に生きてるんだがな。まあ、誰も信じてくれないけど」
「御坊ちゃまが真面目に……このバルザック、感動で目の前が歪んで見えますぞ!」
このバルザック、実は俺を幼少の頃からよく面倒見てくれた恩人でもあった。まあ、真相はバルザック以外に傲慢不羈な俺の面倒を見れる様な使用人がいなかったからなのだが。
それでも、かつての俺ですらバルザックには一目置いていたし、バルザックも勘当されるまで俺を次期当主として扱ってくれていたから恩義はある。でなければ、御坊ちゃまなんてふざけた呼び方を許容してる訳がない。
「さて、冗談はさておき、御父上がお待ちですぞ。早速ご案内させていただきます」
冗談かよ!? ……と、ツッコミを入れたくなったが、こんな感じでバルザックは俺にも飄々とした態度だった。
でも、バルザックの余裕の正体が今なら分かる。彼がその気になれば、俺などいつでも殺せるのだ。常に、物理的に絶対的優位な立場にいると自覚しているからこそ、俺にも、父やその妻にも、忌憚のない意見が出来るのだ。
それに、改めてバルザックと会って気付いた。恐ろしい程のオーラを隠し持っていると。
それは、先日会った剣聖にすら勝るとも劣らない、今の俺でも絶対に敵わない、超一流の暗殺者の雰囲気を纏っていたのだ。
バルザックに連れられ、ダイニングに辿り着く。豪華な料理が並んだ長いテーブルの上座には、既に父が座っていた。
「お久しぶりです、父上」
父は、頭を下げた俺を暫く見つめ、溜息をついた。
「挨拶はいいから、まずは座れ」
不機嫌そうに、有無を言わさずに告げる父の表情。かつての俺は、そんな父が大嫌いだった。
でも、今なら分かる。そりゃ、次期当主が問題ばかり起こす不良息子じゃ、そんな顔にもなるよな。
俺は下座に座り、父の次の言葉を待つ。
「まずは、学年首席を褒めよう」
「ありがとうございます」
素直に礼を述べる俺に、父の眉がピクリと動く。 これまでの俺なら、不遜な態度で「当然です」とでも言っていただろうから。
「さて、本題に入ろうか。おまえ、ギルベルト殿と揉めたらしいな?」
流石は宰相、情報が早いな。
「揉めたなどと。私はただ、自らの正当性を主張したまでです」
「おまえは……まだ分からぬのか? 公爵家の者だからと、なんでも許される訳ではないのだ。むしろ、公爵家の者だからこそ、発言には時と、場所と、状況を考える必要があるのだ」
何を怒ってるんだ? 俺はあの状況で正論を述べただけなのに。
「それに、ギルベルト殿は私にとっても恩人と云える御方だ。そんな方に楯突くとは……この父の顔に泥を塗りたいのか?」
なっ、まさか父とギルベルトがそんな仲だったとは……。となると、そんな恩人を論破したのは悪手だったか!?
(あーあ、やっぱりネ〜)
「傲慢不羈か……。おまえは我慢する事なく、横暴に言葉を吐き、罵り、蔑むのだろう? だが、数ある言葉の中で、何が最も厄介か分かるか?」
「……嘘、ですか?」
「違う。答えは、正論だよ……。時に、正論こそが最も人を傷つけ、苦しませ、屈辱を与えるのだ。おまえは時と場所を考えずに、しかも国の英雄にしてこの私の恩人に対して、それをやったのだ」
いや……確かに正論が厄介なのは俺も分かっている。でも、こっちが間違ってないと思ってる時の正論は、相手を納得せざるを得ない状況にさせる立派な武器だろう?
「……はぁ、少しはマシになったかと思ったが、やはりおまえは変わらぬか。その根性、騎士団訓練に行って叩き直して来い」
!? なんだと!?
「父上、それは……」
「ギルベルト殿はな、おまえの事を見所のある奴だと言っておった。それを聞いた時、私がどんなに嬉しかったか……。だが、次に続いた言葉に赤っ恥をかかされたよ。おまえは見所があるが、性格はひん曲がってるし向上心もない。今のうちに手を打たねば、我がヴェイルハート家の未来は暗いとまで言われたのだぞ?」
……あ、あのクソジジイ、やりやがったな? 俺が父を説得材料にしたのを逆手に取って、父を凋落して騎士団訓練への参加を告げさせるとは。
「……いいか、カイン。おまえがどんなに正論を述べようが、どんなに優しい言葉をかけようが、結局はおまえ自身が変わらなければ、相手にとっておまえの言葉は凶器にしかならぬのだ」
(おお、流石は父親。分かってるナ〜)
(うるさい! ちょっと黙っててくれ)
父が何を言いたいか……理解はできる。だが、許容は出来ない!
「何を甘い事を……そんな事ばかり言ってるから、貴方は騙されるんですよ! 俺は、性根の腐った汚い人間を山ほど見て来ました。そんな奴等から出し抜かれる前に出し抜く為には、虚言でも正論でも、なんでも駆使して生き抜くしかないんですよ!」
父は……5年後、とある事件で裏切りに遭って失脚する。当然、ヴェイルハート家も取り潰しになるのだが、俺はそれを裏社会から黙って見ている事しか出来なかった。
「私が騙されるだと……? この私が……騙される訳などあるか。この国の宰相として、どれだけの修羅場を潜って来たと思っておるのだ」
場の雰囲気は最悪。使用人の誰もが、俺たちの親子喧嘩に表情を凍らせている。
……なんでこうなった?




