第18話 試験開始
――神歴783年・夏季 第28日
未来の勇者と未来の剣聖による模擬戦から3日後、期末試験が始まった。
日程は、初日が学科、2日目、3日目が実技となっている。
この試験が終わり、結果が発表されれば、2ヶ月に及ぶ夏期休暇に入る。
我が家のあるヴェイルハート領交易都市ヴェイルハートは、王都ソルディアから馬車で2日の距離に位置する。
ヴェイルハート領は海面に接し、北は海、東西南も他国への交通の拠点となっており、ヴェイルハートは一大商業都市としてソルディア王国の流通を支配している。
現当主である父のダニエルは王国の宰相を兼務しており、基本的には王都から領地に戻るのは年に数回。
父に代わってヴェイルハートの領主代理を勤めているのが、父の妻である“マミヤ・ヴェイルハート”だ。
父が宰相として王都に張り付いていられるのも、マミヤの力が大きい。
夏期休暇は俺もヴェイルハートに帰郷する予定だが、本来ならこの時点で退学になっている回帰前の俺は、その後は王都の裏社会に潜ったので故郷に帰るのは実質15年ぶりとなる。
正直、家族と会うのは気が進まないんだがな……。
とまあ、夏期休暇は置いておいて、期末試験だ。
初日の学科だが……テストなど15年ぶりなので少し不安だったが、まあ上位に食い込めるだけの点数は確保出来たと思ってる。
そして、いよいよ実技試験を迎えたのだ……。
「今回の実技試験は、王国騎士団にご協力いただき、騎士団員との模擬戦とする!」
多目的ホールにて、集められた俺達剣術科2年の前で、剣術科教師が壇上から実技試験の内容を告げる。
教師の後ろには、4人の騎士団員と……剣聖・ギルベルト・ランスロットが立っている。
30年前の、“グラウザリア帝国”との戦争で数多くの武勲を挙げ、生ける伝説と呼ばれる武人だ。その姿に、生徒達も浮き足立ってるのが分かる。
その後、試験内容が説明された。
剣術科総勢100名が1次試験として、まず割り振られた4人の騎士と模擬戦を行う。
その中でも突出した評価を受けた生徒10人が2次試験に進み、模擬戦の相手をあのギルベルトが勤め、最終評価を下すと云うのだ。
(またまた面白いそ〜な試験だナ〜。で、おまえはど〜すんだ? 本気でやるのか、適度に手を抜くのカ〜?)
どこから入り込んだのか、ホールの天井付近からネメシスが念話を送って来た。
(勿論、適度に手を抜くさ。先日のミラとの模擬戦を見て確信した。今のカインなら、俺を超える成績を残しても誰も文句は言うまい)
(そっカ〜。おまえの事だから、結局思惑通りにいかないと思うがネ〜)
……失礼なカラスだな。
闘技場へと移動し、早速試験が開始される。
剣術科4クラス、まずは成績下位クラスのD組から試験が開始されるのだが……試験開始直後に、闘技場がどよめいた。
基本的に学生が騎士に勝つのは異例だ。だが、それを下位クラスD組で、更に落ちこぼれと言われていたレオンがやってのけたのだ。
どよめきの後に大歓声がレオンを包み込む。レオンも生徒達に祝福され、満更でもなさそうだ。
まあ、今のレオンなら騎士団の中でも上位クラスにも引けを取らないかもしれない。
今回試験にやって来たギルベルトを除く4人の騎士はおそらく中堅クラスだろうし、しかも油断などしていたらレオンが勝つのは当然だ。
レオンが騎士を倒してしまった事で、生徒側は自分もやれるのではないか? ……と勘違いしたみたいだが、その後は誰ひとり騎士に勝つ者は現れず。まあ、当たり前の結果だがな。
それでも、成績上位のAクラスともなると、中堅騎士と良い勝負をする生徒も何人か現れた。
そして……いよいよ学年首席である俺の出番がやって来た。
レオンが番狂せを演じて以降、誰も騎士の牙城を崩せた者はいない。生徒達の期待は、いやがおうにも学年首席の俺に集まっていた。
「君が首席か。確か、ヴェイルハート侯爵家の嫡男だとか? 噂は騎士団まで届いてるぜ……神童君」
前言撤回。ギルベルト以外は中堅クラスだと思っていたが、目の前の男は上位クラス……精鋭騎士のオーラを纏っていた。適当に見ていたから気付かなかった。
「胸をお借りします」
「へ〜、傲慢不羈と呼ばれていると聞いていたんだが、礼儀はちゃんとしてるみたいだな。ならばこちらも……我が名は【チーズ・グルト】。王国の騎士として精一杯お相手させてもらおう」
さて、今回俺は適度に手を抜くと決めている。となると、倒してしまうのは駄目だ。しかもこの男……チーズは、レオンが倒した騎士よりも明らかに格上だからだ。
模擬戦の時間は5分。ならば、5分間相手を倒さずに凌ぎ切れば、一次試験ではレオンに次ぐ順位を確保出来るだろう。
「さあ、打ち込んできなよ、神童君」
所詮は学生だと舐めてるんだろう。チーズはニヤニヤと、なんかムカつく顔をしている。だが、そんな挑発には乗らん。
「いえ、そちらからどうぞ。王国騎士団の精鋭騎士の実力を肌で感じたいので」
「ほう、よく俺が精鋭だと見抜いたね。なら、少しだけ遊んであげよう」
チーズは鋭い踏み込みから突きを放って来た。といっても、ミラの縮地と比べたら雲泥の差なんだが。
当然、突きは難なく躱した。その後も、精鋭騎士であるチーズは攻撃を仕掛けてくるか、俺はその全てを捌く。
「な、中々やるじゃないか。それじゃあ、少し本気を出そうかな」
チーズが攻撃のギアを上げる。だが、それも全て難なく捌く。なんか、ミラとかレオンの相手をしたからか、精鋭騎士の動きが遅く感じる。
「ぐっ、どうした? そっちも手を出したらどうだ?」
いや、手を出したら瞬殺しちゃいそうなんだよね……。適当な事言ってやり過ごそう。
「お構いなく。折角なら、精鋭騎士の本気を見せていただきたいのですが」
「そ、そうかい……。ならば、俺に本気を出させた事を、後悔させてやるぞ」
チーズの動きが鋭さを増した。表情も油断がなく青筋を立ててるし、これが本気か……。
それでも、ミラや本気のカインには及ばないんだよな~。アイツ等、やっぱ化け物だわ。
(……誰が言ってんダ〜?)
その後、最後までチーズの攻撃を捌き切り、残り10秒を迎えた。
……う~ん、結局ここまで俺は一度も攻撃してない。このままだと評価されない可能性もあるのかな? でも、その気になったら瞬殺しちゃうんだよ。
よし、絶対に当てない様に、一度だけ攻撃してみるか。
「クソッ、クソッ、クソ~ッ! なんで当たらないっ!?」
あ、鼻水垂れてる……。さっきまで余裕綽々だったのにな。
残り5秒。俺はチーズの攻撃を躱し、一応攻撃をしたフリをすべく上段からの打ち下ろしをチーズの足元に放った。
俺の木剣は地面をくり抜き、衝撃に耐えられずへし折れる。
「あがっ!?」
そして不運な事に、折れた木剣がチーズの顎を打ち抜いてしまった。
「……あ?」
チーズが白目を剥いている。このままだと、倒してしまう!?
咄嗟に、倒れるチーズの腕を掴み、引っ張って俺の頬を殴打させる。そして、そのまま気絶しているチーズに覆い被されて、縺れ合うようにダウン。
「ま、まいりました!」
そして、敗北を宣言したのだ。その間、チーズの意識を戻すために、脇腹を思いきり抓りながら。
(あちゃ~。これはヒドイ……)
う、うるさいカラスだな!
誰もが、何が起こったか分かっていない。静寂の中、審判の教師もどう裁定を下せば良いのかオロオロしている。
「……いてっ、いててててっ!?」
すると、チーズが目を覚ました。そして、自分の下になっている俺を、不思議そうに眺めていた。
「まいりました。流石は精鋭騎士、勉強になりました」
「え? えっと……そ、そうだろう? アハッ、アハハハ」
チーズに肩を貸しながら立ち上がり、手を挙げて勝利をアピールさせる。チーズは相変わらずキョトンとしているが、ここは押し通す!
(……いや、流石に誤魔化せないっテ〜)
《ギルベルト視点》
聖女の神託に選ばれたレオンとか云う小僧が勝った時、コイツは大したタマだと思った。コイツなら、ミラのお嬢とも良い勝負しそうだなと。
ミラのお嬢はウチの今直ぐ騎士団に入っても上位10人に入る実力者だ。それだけ、レオンって小僧は見所があるって事だ。
圧倒的原石っちゅーのは、年寄りの胸を躍らせてくれる。これからどう鍛えてやろうか……と考えてるうちに、最後の対戦が始まる所だった。
最後っちゅー事は、あの黒髪の眼鏡が学年トップか。レオンが覚醒したのはつい最近だって聖女が言ってたし、奴が首席でいられるのもここまでだろうな……と思っていたのだが。
……………………なんだ、アイツ?
チーズの野郎は、騎士団の中でも上位10人に入る実力者だぞ? それを、まるで子供扱いじゃねえか?
しかも、なんで攻撃しねえ? ……まさか、勝つ気が無い? つまり、実力を隠したいのか?
いや……精鋭騎士の攻撃を完全に捌き切るなんざ、見る奴が見たらただ倒すよりも凄え事だって、本人は気付かねえのか?
そして、最後の一撃。完全にわざと外したのは分かる。だがその威力は学生の範疇を軽く超え、恐らくミラのお嬢すらも超える鋭さと威力を誇っていた。
……その後の茶番には、開いた口が塞がらなかったが。
神託に選ばれたのがレオンなのは間違いねえ。それだけの才能が、アイツにはある。
だが! それ以上に、俺の目にはあの黒髪眼鏡……カインの姿が、焼き付いて離れなかった……。




