第16話 王国騎士団最強の男
――神歴783年・夏季 第25日
回帰から30日以上が過ぎ、季節は春季から夏季へと移り変わった。
アカデミーは夏季の長期休暇を控え、今日から学期末の試験が実施される。
悪目立ちするのは嫌なのだが、これまでも剣術科の首席だったし、成績が下がれば逆に目立ってしまうのも事実。
なら、これまで通り首席を狙えばいいのかもしれないが……ひとつだけ不安要素があった。
ブレイブハート冒険記では、この期末テストでレオンが飛躍的に成績を上げて、退学した俺に代わって学年首席に躍り出るのだが、王国騎士団がそれに興味を示し、結果的にひとりの男がレオンの師匠になると描かれていた。
その男というのが、師匠としてレオンを未来の英雄へと成長させる元・ソルディア王国騎士団長にして現代の剣聖、【ギルベルト・ランスロット】なのだ。
もし、今まで通り俺が首席を維持してしまったら、これまでの流れだと騎士団=ギルベルトが、レオンではなく俺に興味を示してしまう可能性がある。
エレナに始まりマルク、そしてミラの現状を考えると、この不安は決して杞憂ではないだろう。
変わらず首席を目指すか、適度に手を抜いてレオンに首席を譲るか……ああ、頭が痛い。
テストの採点方式としては、剣術科と魔法科共に、500点満点中200点が学科の筆記試験。
残り300点が、それぞれの実技試験となっている。
自分で言うのもなんだが、かつての俺は傲慢不羈と呼ばれて放課後も遊び回ってたくせに、学科試験も上位の成績だったんだよなぁ。
実技に関しても、決闘でレオンに敗れるまで学年最強を誇っていたし、むしろ首席を取らない方が難しい存在だったのだ。
(随分と自意識過剰だナ〜)
登校中、相変わらず頭上を飛んでいるネメシスが念話を送って来た。
(事実なんだから仕方ないだろう? もう少ししたら実技ではレオンに敵わなくなるんだろうが……ギルベルトがレオンの才能を認めるのは、今回の試験だったんだよな)
(ふむ。なら我からひとつアドバイスだ。自分が決めた反対の行動を取るんだナ〜)
(ぐっ……)
現状、良かれと思って選んだ行動が、全て裏目に出てしまっているので、何も言い返せない。
「今日から試験ですね。今回も剣術科はカイン、魔法科は私で、トップを独占しましょうね」
隣を歩くエレナは、今回も俺が首席になる事に疑いはない様子。ついでに、自分は当たり前の様に魔法科首席を維持するつもりなのだろう。
「どうかな? エレナはともかく、そろそろ俺の牙城を崩す奴が現れるかもしれないぞ? 例えば、決闘でも俺と接戦を演じたレオンとか……」
「あんな優男に貴方が負ける訳がありません。最近たまに話かけてくるのですが、正直ウザいんですよね」
結構食い気味に否定の言葉を述べるエレナ。なんかレオンの事を毛嫌いしてるみたいだが、これに関しては俺がレオンを煽った件も関係がある手前、何とも言えない。
すると、同じく俺の隣を歩いていたマリウが羨ましそうに呟く。
「おふたりは夫婦揃ってどちらも学年首席か〜。僕なんて実技が壊滅的なので、下から数えた方が早いんですよね……」
実は剣術科だったマリウは、筆記試験は上位だが、実技試験で苦労しているらしい。
というかこの男、いつの間にか俺だけじゃなくエレナにも完全に取り合ってるよな……。
基本的に俺以外の男には声を掛けられても氷の視線で黙らせるのに、夫婦って呼ばれて口元がニヤニヤしてるし。
校門を潜ると、背後からの気配を察知して、身を翻す。
「旦那様ー!」
朝練で汗だくのミラが、後方から抱き付こうと突進して来たのだ。ただの突進ではない、縮地を使った突進だ。避けなければ背骨がへし折れてもおかしくはなかっただろう。
「むっ、この私に触れもさせないとは、流石は旦那様」
最近は既に朝の日常になったミラの突撃に、エレナが異論を唱えない訳がない。
「またですか、泥棒猫……いや、エレナ先輩。何度も言いますけど、カインは私の許嫁ですよ?」
「まだ口約束程度の婚約だろう? なら、私にもチャンスがあるだろう?」
今となっては、氷の女王と未来の剣聖の睨み合いは、アカデミーの朝の風物詩と化していた。
当然、俺は関わりたくないので、ふたりを放っておいて校舎へ向かうのだが……。
「すげぇ、あんな美女ふたりを虜にしておいて、平然と置き去りにするなんて……」
「傲慢不羈め、うらやま……いや、許せん!」
おかげさまで俺を見る周囲の評判は、ある意味回帰前より悪くなってしまった……。
(全部自業自得だけどナ〜)
(うるさい、想定外だっただけだ)
あ〜、どうやったらエレナ達に愛想尽かされる事が出来るかな〜。
そんな事を考えていると、レオンが声を掛けて来た。こちらも朝の恒例となりつつある。
「やあ、おはよう、カイン」
「ああ、おはよう」
普段は雑談など話し掛けてくるレオンだったが、今日は挨拶だけして、あとは無言で着いてくる。
「なんだ? 言いたい事があるなら言えよ」
「え? えっと……カインって、ミラ先輩の事はどう思ってるの?」
どうせまたエレナの事でも聞きに来たかと思ったら、ミラ?
「どうもこうも、付き纏われてて鬱陶しい」
毎朝飛び掛かって来るし、放課後は模擬戦を申し込んで来るし、あの日から俺を旦那様と呼び始めるし、本当に鬱陶しいんだよ。
「ハハハッ、カインはやっぱり凄いなぁ。未来の剣聖とまで言われるミラ先輩を鬱陶しいだなんて。僕なんて、出来れば一度剣のお相手してもらいたいくらい尊敬してるのに」
……お? 名案が浮かんだぞ。
「そうなのか? なら紹介してやるよ。ミラ先輩も自分を高めてくれる相手なら喜んで相手してくれるだろうし、レオンなら気に入られると思うぞ」
レオンにミラの相手をさせれば、お互いのレベルアップに繋がるし、将来のブレイブハートの仲間として関係性が深くなるかもな!
題して、“未来の勇者と未来の剣聖による、ぶつかり合って芽生える友情作戦”だ!
(……いい案ではあるが、どうなる事やら)
(は? 何の問題もないだろ?)
まったく、うるさいカラスだ。
「ホントかい!? 是非お願いするよ! ところで剣聖といえば、あのギルベルト様がアカデミーに視察に来るらしいよ? 一体何しに来るんだろうね」
おまえに会いに来るんだよ……とも言えず。
「なんでも見所のある生徒がいたら弟子にするためらしいぞ」
「剣聖の弟子か……。是非お願いしたいけど、多分僕じゃなくてカインが選ばれるんだろうなぁ」
レオンが将来勇者として魔王を打倒するためには、剣聖との師弟関係は必須。なのに、その関係まで俺に振られたらたまったもんじゃない……そうならない様に、全力で何かいい方法を考えなければ!
(悪あがきに終わると思うけどな〜)
《聖女・アナスタシア視点》
「本日はお越しくださりありがとうございます、ソルディア王国騎士団名誉顧問、剣聖、ギルベルト・ランスロット殿」
今日、私はアカデミーを休み、聖教会ソルディア王国支部の一室にて勇者の導き手となる人材、剣聖・ギルベルト・ランスロット様と面談を行なっていた。
「お目に書かれて光栄です、聖女、アナスタシア様」
目の前の男性は、齢60歳を過ぎて尚、騎士団最強を誇る剣聖だ。
私への神託を元に、教会本部がレオンの師匠に最適な人物だとして選んだのだ。
「聖女様の神託は私も聞いております。いずれ現れる魔王を倒すための切り札となる小僧を鍛えるために、私を呼んだのだと」
鋭い眼光と、鍛え抜かれた身体。その風貌は、些かの衰えも感じさせない。
「はい、勇者はまだ未熟です。剣聖と呼ばれる貴方が鍛えてくれれば、英雄に相応しい勇者となるでしょう」
「ふむ、本来なら魔王など私が相手をしたい所ですが、歳には勝てませんしな。勇者の指南役、喜んで引き受けましょう」
魔王が現れる正確な日時はまだ判明していない。ただ、まだ数年の猶予があるのは間違いない。
その頃には、ギルベルト様は更に歳を重ねているだろう。やはり神託の通り、勇者レオンに英雄となってもらわなければ。
「ですが、私はこの目で見たものしか信用しません。その勇者の卵が私から見て取るに足らないと判断すれば、この話は辞退させていただき、魔王打倒は我が王国騎士団に担わせてもらいます」
「大丈夫です。勇者は既に最初の覚醒を果たしました。きっと、ギルベルト様のお眼鏡に叶うでしょう」
「ガハハハハッ! それは楽しみですなあ!」
微笑みながら、私は一抹の不安を抱いていた。
その不安の種はあの男、カイン・ヴェイルハートだ。
アカデミーでは、レオンが覚醒したにもかかわらず、カインの評判だけが日々大きくなっている。
私が将来のレオンを支える人材として目星を付けていたエレナ、ミラ、マリウの3人が、レオンではなくカインに傾倒してしまっているのだ。
どんどん、因果人の影響が大きくなっている。それが、英雄による魔王打倒にどんな影響をもたらすのか……。
そして差し当たりの不安が、ギルベルト様がレオンとカインを見比べた時、真に未来を託すべきはどちらだと選択するのか……である。
レオンは神託で、明確に勇者と認められた人物だ。
だが因果人のカインは、私の予想を超えた行動を取り続けている。こんな不確定要素の大きい男に、未来を託せるハズがない。
「もしかしたら今回の期末試験で、何か見極めれるかも……」
カイン・ヴェイルハート、一体貴方が何を求めてるのか……必ず調べてやるわ。




