第13話 平穏に生きたい
――神歴783年・春季 第131日
エレナを救い、古代魔法・波動を手に入れた俺は、ネメシスリバースの重い代償を受けた。
あの後、魔力を使い過ぎた上に色々あり過ぎたので、寮に帰って晩飯も食わず眠りについた。ひとつだけ、アンナにお使いを頼んで。
そして翌朝……目が覚めると、それはこれまでとは異なった世界になっていた。
洗面所の鏡の前に写る、いつもよりボヤけた自分を見る。ネメシスリバースによる代償は、俺から鮮明な視界を奪ったのだ。
このままの視力だと、日常生活を送るのにも支障をきたすな。
前髪も、禁書から古代魔法を奪う為にネメシスリバースを発動した事により、時間を逆行してエレナを救った段階よりも更に広い範囲で白髪が増えていた。
この白髪が、失った五感の度合いを表す目安と考えると、全てが白髪になった時……もはや俺は生きているとはいえない状態になるのではないかと不安になる。
なんにしても、これからは絶対にネメシスリバースは使わない様にしないとな。五感全てを失ってしまったら、平穏な生活など満喫どころか、もはや生きてるのかも分からなくなるのだから。
「朝ごはんですよ〜、カイン様」
ダイニングでは、既にネメシスがアンナから餌を貰っていた。
(昨日はよく寝たな〜。白髪も増えてるし)
(この白髪の意味を最もよく知ってるのはおまえだろう? 視力が低下したせいで、全てがボヤけて見える)
(時間逆行の代償だ、その程度で済んでむしろ良かったと思うぜ〜。それにおまえ、禁書を取り込んだ代償の方を忘れてないカ〜?)
そうだ、禁書を取り込んだ事により白髪の範囲が広がったのは認識してるが、それ以外の代償による弊害は今の所分かってない。
(もしかしたら、白髪だけで済んでるとかは……無いよな?)
(カッカッカッ、代償ってのは確実におまえの身体を蝕む。甘い願望は捨てるんだな)
ネメシスの目が赤く光る。コイツ、普段はふざけた口調だが、やはり油断ならない。
「カイン様、髪を染めたのですか~? なんか年寄りっぽいですけど似合ってますね。あ、はい、頼まれてた物です」
アンナが小さな箱を俺に渡して来た。
蓋を開けると、そこには黒縁眼鏡が入っていた。昨日、帰って来てすぐにアンナに頼んでおいたのだ。
(ヘ〜、眼鏡カ〜。なるほど、対処が早いネ〜)
デザインはアンナに一任したが、変な物は買ってくるなとだけお願いしていた。
ふむ、ソリッドなデザインの黒縁眼鏡か、悪くない。
今回視力が著しく低下した訳だが、以前の視力は5段階評価で4だったのが、今は1ぐらいになってしまったと感じていた。
なので、眼鏡で視力を補正しようと考えたのだが、視力1から3ぐらいまで上がった気がする。これだと日常生活に支障はないだろう。
テーブルには、いつもの軽く焼いたパンと、新鮮なサラダと野菜スープか。相変わらずパンの香ばしい香りが食欲をそそる。
とりあえずスープを一口……ん?
「アンナ、このスープ、味付けはしたのか?」
「え? いつも通り、特製のコンソメスープなんですが、薄かったですか? おかしいな〜、味見はしたんですが……」
!? ……不安になった俺は、パンをかじり、続いてサラダを口に入れる。……どちらも、“食感だけ”が、口の中に広がった。
(……どうした? 違和感でもあったカ〜?)
ネメシスが俺を覗き込む。その目は、俺の身に何が起こってるのかお見通しだと言わんばかりだ。
(味覚が……これが、禁書を取り込んだ代償か)
なんとなく、違和感はあった。朝起きてからずっと舌が麻痺した様な感覚があったから。
だが、味覚が完全に無くなった訳じゃない。それでも、本来であれば感じられた味が、酷く薄く思えたというだけで。
(ふむ、禁書の時の代償が味覚だったんだろう。ま、視力の低下に比べれば軽い代償の気もするが、人によっては視力の低下よりも重いかもナ〜)
美味しい食事は人生を豊かにしてくれる。人によっては、旨いものを食べるのが最大の喜びという者もいるだろう。
勿論、俺も美味いものを食うのは大好きだった。その感覚が失われたのは残念だが、それでも他の五感を失うよりはマシだと考える自分もいた。
それにしても、視覚に続いて味覚まで……。
レオンとの決闘の際、相手の攻撃をリフレクトしていた時はほとんど代償を感じなかった。いや、ごく僅かだが代償はあったのだろうが、気付かなかったのかもしれない。
だが、今回は違う。今回みたいな事象そのものの因果を逆転した時の代償は、より大きなものになって返ってくるのだろう。
だが……まだ大丈夫だ。幸い、聴覚や触覚に問題は無いし、嗅覚はしっかりしている。この程度なら普通に生活出来る。
大切なのは、今後は絶対にネメシスリバースを使わない事。それが重要なのだ。
◆
身支度を終え、寮を出る。
「おはようごぞいます、カイン……あれ? 眼鏡……」
すると、既にエレナが寮の門前に立っていて、俺を待っていた。
「ああ。少しでも真面目になった印象を作ろうと思ってな。伊達眼鏡だ」
おまえを救うために視力が悪くなったからなどと言える訳もないので、あえて誤魔化した。
「そうなのですか? ……でも、知的な雰囲気がして似合ってますよ。なら、その白髪は?」
「これは……若白髪だ。実は、今まで黒く染めて隠してたんだが、面倒だから隠すのをやめたんだ」
「そう……。でも、結構お洒落で似合ってますわ。貴方は昔から何をしても似合ってしまうものね」
思い返すと、エレナは俺のする事はなんでも褒めてくれていたな。かつてはそれがただの皮肉か、許嫁だから無理してるのかと思っていたのだが……どうやら全て本心だった可能性もある。
でもまあ、褒められはしたが、眼鏡も白髪も、エレナが俺に好意があるとすれば贔屓目に見てるだけなのだから、褒められてもあまり真に受けないようにしよう。
それにしても……改めて見ると、凛として立つエレナの姿は、彼女が氷の女王と呼ばれるのにも納得する雰囲気を醸し出している。周りの生徒も、その美しさにチラチラと視線を向けていた。
「今日も歩くのか?」
「ええ。貴方が歩いて登校する限り、私も付き合わせてもらいますわ」
「……勝手にしろ」
エレナの気持ちを知ってしまった手前、無碍にも出来ないのだが、かえって気を使ってしまい態度が素っ気なくなってしまった。
今日は早歩きする事なく、普通に歩いて登校していた。心なしか、エレナとの距離が近く感じる。
ふと、横目でエレナを見る。相変わらず隙のない表情だが、今日はずっと微笑んでいて、なんだか嬉しそうではある。
本当に俺の事が好きなのだろうか? これまでの俺なんて、好かれる要素がひとつも無かったハズなのに。
「あ! カイン先輩おはようございます!」
今度はマリウが駆け寄って来た。エレナと共に、よりにもよって俺が運命を変えてしまったふたりが揃ってしまった。
「おはよう、マリウ。朝から無駄に元気だな」
「ハイ! カイン先輩に助けてもらってからというもの、毎日が楽しくて!」
マリウの言葉にエレナが反応をし、俺に問い掛ける。
「助けたって……なにかしたのですか?」
「別に、ちょっと通りがかっただけだよ」
「あ、エレナ先輩ですね? 僕はケーディー商会の嫡男、マリウ・ケーディーです! カイン先輩との関係は知っております。本当に才色兼備な美男美女カップルですね〜! 結婚式の際には、我がケーディー商会が責任をもって世界一豪華な式を演出させていただきますよ!」
なに勝手に話を進めてんだよ!
「マリウ君ね……貴方、見所がありますね。でも、結婚式の際は私も計画段階から参加させてもらいますね」
エレナも乗り気だし……。
その後、マリウは俺が虐めから助けてくれた話や、レオンとのいざこざの話などをして、エレナもそれを真剣に聞いていた。
「なるほど……またレオン・ソルブレイドですか。やっぱりあの男、生かしちゃおけませんね」
「悪い人じゃないんですが、なんか勘違いして暴走する傾向があるんですよね〜、あの先輩」
おまえら、未来の勇者に対して酷い言い様だな。 しかも、本来なら仲間になるハズだったのに。
このふたりを今からブレイブハートに関わらせる様に仕向けるのは大変そうだな……。
校門を抜け、グラウンドを見ると、朝から扱かれている剣術研究会の面々が視界に入った。
面々を扱いていたミラがこちらを見て手を振っている。……勘弁してくれ。
「おーい、カイン君! おまえも朝から一汗流さないかー!」
戦闘狂と知り合いだなんて思われたくないのでシカトしました。
その際、ミラの目が獲物を見つけた獣の様に怪しく光っていたのに気付かないフリをして。
玄関からはエレナと別れ、剣術科の1年生だったマリウとも途中で別れた。
そして教室に向かってると……。
「あ、おはよう、カイン」
先日の作戦の折から、俺に友好的な態度になったレオンが声を掛けて来た。
「実は、昨日はカインに背中を押されて、初めてエレナさんに話しかけてみたんだ!」
昨日は勇者と氷の女王、禁断の愛作戦なんて言って煽ってしまったが、今となってはレオンとエレナが恋人関係になるかもなんて、考えただけでもイライラしてしまう。
決して、俺がエレナに恋愛感情を抱いたとかではない。ただ、少しだけ胸がザワついただけだ。
(ヒトはそれを、恋って呼ぶんじゃねえのカ?)
な訳るか、このクソガラス。
「……それで、なんて話しかけたんだ?」
「うん! 話したい事があるから、森林区の大きな木の下で待ってるって言ったんだけど……結局来てくれなかったよ」
残念そうに項垂れるレオン。森林区の巨木といったら有名な伝説があるし、そりゃ初対面で告白しようなんて無理に決まってるだろ?
……あ、そうか。だから、レオンは昨日エレナが禁書に取り憑かれた時も近くにいなかったのか。
やっぱり、俺の行動のせいで未来が変わってしまってるんだ……。でも、何がどうしたら未来が変化するのか分かってない以上、対策のしようがないのも事実。
とりあえず、今まで以上に慎重に、出来るだけ未来を変えず、変わってしまった未来は修正する必要があるな。
もうひとり、何を考えてるのか分からない要注意人物もいるみたいだし……。
俺は気付かないフリをしながら、校舎二階の窓際にいる人物を確認していた。
白銀の髪が風に揺れる……聖女アナスタシアだ。その視線は確実に俺を捉えており、妙に冷たかった。まるで監視する様な……厳しい視線で。
はあ……ブレイブハートの面々て、なんかみんな面倒くさいのばっかだな。気が付けば、そんな面倒でありながらもいずれ世界を救う連中に囲まれてるし。
俺は平穏に生きたいだけなのに……。
第一章 元悪役、回帰する 完
《主要キャライラスト》
これにて第一章終了です。ここまで読んでみての評価や感想もらえると、今後の励みになります。
また、今後は毎日20時に更新しますので、引き続き読んでもらえるとありがたいです。
第一章終了を機に、タイトルの変更します。
旧・ネメシスリバース〜元悪役の回帰英雄譚〜
新・勇者に討たれた元悪役、回帰して平穏に生きたいの に世界が許してくれない〜ネメシスリバース〜
となりますので、宜しくお願いします。




