第12話 代償と新たな力
エレナと別れた後、魔力をゴッソリ消費した状態の俺は、なんとか森林区の広場まで移動し、草原に倒れ込んだ。
代償は……これまで経験した事のない苦しみを俺に課していた。
今回、ネメシスリバースを発動し、本来なら禁書がエレナの身体を乗っ取った事実を逆転し、そもそも禁書がエレナの身体を乗っ取れなかった事実に変えた。
その過程が、“時間の巻き戻し”だった。
分かりやすく整理すると、エレナの身体が乗っ取られる前に時間を巻き戻した……のではなく、エレナの身体が乗っ取られない様にするために時間が巻き戻った……ということだ。
つまり、今回の事件は最初から起きなかった事にしたのだ。
(時間の巻き戻しか。……時間関係の代償は大きいぜ〜? ほら、見てみろよ)
ネメシスがどこからか出した手鏡を俺に放り投げた。 カラスは光る物が好きって言うもんな……今はそんな事どうでもいいか。
手鏡を拾い、そこに映る自分の姿を確認する。
「髪が……」
前髪の一部が、完全に白髪になっていた。
それと同時に、目があり得ないほど充血していた。鏡に映る自分がボヤけて見える。
「視力……か」
今回の代償は、俺の視力を著しく低下させた。
これが、ネメシスリバースにより時間を巻き戻した代償……。
(随分無茶したな〜。このまま無理し続ければ、回帰の代償を払う前に死んじまうんじゃねえか? これからはあんまり厄介事にクビ突っ込まね〜で、望み通り平穏に生きるんだな〜)
「出来るならそうしたいよ」
実際、俺は平穏に生きるために頑張ってるのに、結果的に厄介事に巻き込まれてしまったんだから。
というより今回の事件は、本来なら起きていなかったのだろうか?
「なあ、もしかして、俺の存在がこの事件を引き起こした可能性もあるのか?」
(ふむ、オイラはあくまで因果の管理人だ。これからもおまえに未来を告げるつもりは無いが……終わった事象について教える事は問題ない)
「なら、教えてくれよ。本来なら、今回の事件は起こってたのか? この頃俺はもう退学していたから分からないんだ。もし俺がいなくなった後に実際に起こっていたのだとしたら、どうやって解決したんだ?」
エレナは大魔導師としてブレイブハートの一員だったのだから、今回の事件が起きていたとしても、無事に解決していたのは間違いない。
俺はネメシスリバースで無理やり解決させたが、本来の俺がいなかった時間軸ではどうやって解決したんだ?
(……おまえに教えるのは酷だが、本来ならレオンがエレナを助けてたのさ)
「……レオンが? どうやってあの状況を?」
(ン〜、本来ならエレナは、もっと大暴れして校舎を半壊させちまったんだ。で、レオンや聖女をはじめ、魔法科の教師陣が力を合わせて、禁書をエレナの身体から吹っ飛ばしたのさ)
「……って事は、また俺は歴史を変えてしまったのか?」
(まあな〜。その件でエレナはレオンや聖女に拭えない負い目が出来ちまったし、“他にやりたい事があったとしても”、ブレイブハートに入ってくれとお願いされたら断れないくらいのデッカい借りを作っちまったんだろ〜な)
だとすれば今回の件は、エレナが将来的にブレイブハートに加入する最大のきっかけとなるハズだったんだ。
マリウに引き続き、エレナの未来も変えてしまったかもしれない。これは、将来のレオンにとって……魔王の打倒にとって大きな損失だ。
「なんてこった……なんでこうも俺の望まない方向に歴史が変わってしまうんだ」
(まあ、それも因果の一部ってこった。ひとつだけ、サービスで教えてやる。どんだけ足掻いてもおまえの辿る道の結末は変わらない。でも、おまえの行動次第で、おまえの周りにいる人々や、世界そのものの未来は変わるからな)
「つまり、俺の行動次第では、レオンは魔王を倒せなくなる未来もあり得るのか?」
(さあ? 未来に関する事は、これ以上は言えないね〜)
……自分自身の未来が決まっているからといって、構わず自由に生きる事を最優先に考え、それを実現するためには歴史の通りレオンが勇者となって世界を救ってもらう様に努力はして来た。
でも、頭の片隅で思っていたのかもしれない。俺の結末が変わらないのなら、なんとなく世界の運命も変わらないんじゃないかと。
既に、マリウとエレナがブレイブハートと関わるハズだった決定的な機会を、俺が失わせてしまった。
なら、これからはこれまで以上に、ブレイブハート関係者とは距離を置いて……いや、それじゃ今までと同じ結果になるかもしれない。
むしろ、これからは俺自身が率先して関わり、ブレイブハートをひとりも欠ける事なく組織化させる行動を取らなければならないのではないか?
マリウはむしろ今以上に俺に傾倒させて、俺経由でブレイブハートのサポートをお願いすれば問題ないだろう。
だが……今回の件で、エレナの意外な本心を知ってしまった。今までは、どうせ俺の事を嫌っていると思っていたから、どんなに嫌われても構わないと割り切っていたのだ。
なのに彼女は、こんな俺を愛してると言い、今思えば裏社会に落ちぶれた俺ですら見捨てずにいてくれたのかもしれないのだ。
ならばマリウ同様、俺のお願いなら断れない関係性を築くしかないのか? それなら、このまま許嫁として彼女に真摯に向き合ってさえいれば問題ないだろう。
でも……今までと違って、エレナとレオンが一緒に戦う光景を想像すると、モヤモヤする自分がいる。
恋愛感情? いや、違う。違う……ハズだ。これは、あんなにも落ちぶれていた俺を想い続けてくれたエレナに対する感謝と負い目だ。
そんな彼女を自分都合で利用して、世界の運命を決する戦いに身を投じさせようとしているのだから。
エレナの想いを知ってしまった今、彼女に対する打算的な考え全てに負い目を感じてしまうんだ。
「それでも……ブレイブハートは誰一人欠けたら駄目だ。俺の平穏もそうだが、それ以上に世界が崩壊したら元も子もない。そのためなら、俺の感情など二の次だ」
そして……平穏な生活を望むなら、頻繁に使うにはネメシスリバースの代償はあまりにも大き過ぎる。 多用してたら、あっという間に俺の身体は壊れてしまうだろう。
ならば、それを使わなくても済む“力”が必要だ。
胸元から、常備していた魔力回復の上級丸薬を取り出し、飲み込む。
流石上級丸薬……失われた魔力がほぼ回復した。 なにせ、上級丸薬は一粒で100万Gもする高級品だからな。
ネメシスリバースは代償もそうだが魔力の消費も激しい。万が一を考えて魔力回復の丸薬を常備しておいて良かった。
力……。ネメシスリバースの多用を回避するべく、俺は図書館から拝借して来た禁書を開いた……。
『……貴様、何をした?』
「へぇ〜、おまえは因果が逆転したのを理解してるのか?」
『確かにあの小娘を器として現世に蘇ったハズなのに……何故時間が巻き戻ってるのだ!?』
まさか禁書が、因果逆転以前の記憶を有してるとは……。
(コイツは思念体だからな〜。しかも、数百年も魔導書に閉じこもっていた変態だ。因果が逆転しても記憶は残ったんだろうよ)
(理屈は分からないが、これから俺がする事に変わりは無い)
(マジかよ? ……おまえ、思った以上にクレイジーだなぁ)
ネメシスが呆れた声を漏らすのも理解出来る。でも、これが最期だ。
禁書から禍々しい魔力が溢れ出し、俺の意識を侵食し始める……。
『チッ、ならば貴様を器とするまでよ!』
意識が禁書に奪われる感覚が自分でも分かる。
よし……そろそろだな。
『おお……あの小娘程では無いにしろ、貴様も充分な器よ!』
意識が完全に奪われる……その瞬間、俺はもうこれで最後にする覚悟で唱えた。
「ネメシスリバース」
『……なっ!? 貴様、ああ……私が……き、消えるぅ……』
「勝ち負けっていうのはな、力や運だけでは決まらない。どの瞬間に笑うか? ……で決まるんだよ。今笑ってるのは……この俺だ!」
……静寂の後、俺はまたも魔力を大きく消費した。
……だが、まだ確かめなければならない事がある。そして、そのためにはあまり人気の無いこの広場が最適だったのだ。
「ハァ、ハァ、確かこうだったよな? ……破壊の波動」
大岩に向かって、禁書がエレナを器として使っていた魔法……波動を使う。俺の放った波動は3平方メートルはある大岩に直撃し、粉々に砕いた。
「……成功、だな」
波動は古代魔法のひとつだ。魔法とは少しだけ理屈が違うみたいだが、その威力は現段階の俺でも5サークルに匹敵する威力を誇っていた。
「まあ、禁書が使ってた波動に比べると全然だけど、これでネメシスリバースに頼らざるを得ない機会は減らせる」
ネメシスリバースを使わなくても、自分の力だけで問題を解決出来れば代償を負う必要はない。平穏に生きれたとしても、五感がなくなってしまったら元も子もないからな。
だからこそ、禁書に“取り憑かれた”因果を、俺が“取り込んだ”因果に変えたのだ。
これで禁書に書かれた古代魔法・波動の習得に成功した。
魔法を強化したいと考えていたが、もう敢えて学ぶ必要はないだろう。
願わくば、今のが最後のネメシスリバースになってくれればありがたいのだが……。
『カーッカッカッカ、これからネメシスリバースを使わない為に敢えてネメシスリバースを多用したか。ホント、おもしれ〜奴だぜ〜! ま、オマエが誰を好きになろうが、ハーレムを築こうが、どんな行動を取り世界の運命がどんな変化をしようとも、全ては因果よ! オイラはそれを楽しく見守らせてもらうぜ〜』
「久々に喋ったと思ったら……おまえみたいな薄情なカラスには、アンナに言って飯抜きにしてもらうからな」
『カッ……それは勘弁してくれーっ!』
《アナスタシア視点》
「……未来が、また変わった?」
最初に、私に神託が下されたのは2年前だった。
“アカデミーに勇者が現れ、6人の仲間を中心として魔王を討つ”
次は1年前。
“勇者は起人により覚醒する”
そして先日、勇者と起人との決闘終了後。
“勇者は覚醒した。だが、起人は因果人となり、因果人が世界の鍵を握る”
そして、今。
“勇者は仲間を失い、因果人の力が増した”
勇者はレオン・ソルブレイド。そして、元は起人でしかなかった因果人とは、カイン・ヴェイルハートで間違いない。
私の知らない所で、一体何が起きたというのだろう?
これ以上神託が変わるのは危険だ。
そもそも神託なんて、そう頻繁に授かる現象ではなかったのだから。
「……いや、そもそも神託が揺らぐなんてありえない。カイン・ヴェイルハート……貴方は一体何者なの? そして、何を企んでいるの?」
もう、悠長な事は言ってられない。私自ら、カインの正体を見極めなければ……。
※12時にもう一話投稿します。




