表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/32

最終回 龍恋の鐘を鳴らして、嘘の恋にフィナーレを

 春のダブルデートで、僕らは嘘の恋人を演じようと約束した。

 海は悲しい思い出の場所だった。


 でも今は──


 僕らの目の前には、雲一つない真っ青な空と、穏やかな海が広がっている。

 照りつける日差しで肌が痛いくらいだ。


 華音が帰国してから、江ノ島の奥にある龍恋の鐘に来ていた。


 龍恋の鐘は、"恋人と二人で鳴らし、フェンスに南京錠をかけると幸せになれる"と言われている恋愛スポットだ。


 華音が「Papa(パパ)Mama(ママ)も昔ここで愛を誓ったんだって!」と言って、どうしても来たがった。


「僕、生まれたときから湘南にいるのに、こういう場所があるって知らなかったな。父さんと母さんにここに来ること話したら泣きだしちゃったよ」


「それでこそキョウジね」


 華音は鼻歌をうたいつつ、僕の手ごと鐘の紐を振り回す。


 金属特有の心地良い高音が海辺に響き渡る。


「よーし! ひとりじめよくないから、フェンス行こ!」


 満足気に笑って、華音は専用フェンスに向かう。


 もうかけるスペースがなさそうなくらいに、びっしりと南京錠がかかっていた。

 錠には鮮やかな赤やピンク色をしたハート型プレートがくっついている。


『ずっといっしょだよ』とか『結婚しよう』とか、それぞれの思いが書き込まれている。



「華音もさっき売店で書いていたよね。いいかげん見せてくれてもいいんじゃない?」


 華音が書いてすぐ、南京錠ごとショートパンツのポケットに隠したから、僕はプレートの中身を知らない。


「えへへ。これ、覚えてる?」


 華音は口角を上げてプレートをひらひらさせる。


meine geliebte

kyoji & Kanon


 名前の上に見覚えのある単語が書いてある。


「僕が華音の誕生日カードに書いた言葉?」


 あのときは、店長の歩さんが書いてくれたお手本をそのまま写した記憶がある。


「なんでこのプレートに書くの?」


「これ、愛する人って意味。誕生日カード、僕の愛する華音へって書いてあってビックリしたよ」


「はぁ!?」


 もしかして初田さんがなにか言いたげだったのってこういう意味だから?

 歩さんがやたら楽しそうだったのって、そういうこと?


 なんであのとき翻訳しなかったんだ、僕!


 嘘の恋人を演じてるときにそんなメッセージを送っちゃってたなんて。


「体育祭準備のとき、おなじ班の子たちに見せたらとてももりあがってたヨ」


 しかも僕の知らないところで拡散されてる!?


 クラスの女子からやたらと「普段おとなしいのに彼女とチョーラブラブだねー」なんて言われたのってそのせい?


 顔が熱い。

 心音がうるさくて、どうにかなりそう。

 顔から火が出そうってこういうことか。


「嘘だろ……。夏休み明けどんな顔して学校に行けばいいんだ」


「むー、なんで照れてる? あたしのために舞台でカノンとIch(イッチ) liebe(リーベ) dich(ディッチ)弾いてたのに、なにがはずかしい」


「だ、だってあれは……その」


 言葉がうまくでない僕にとっては、音楽が唯一の本音だ。

 華音は僕の腕を引っ張って、南京錠を持たせる。

 錠をはめて、僕らのかけた南京錠はこの丘を彩る誓いの中に混じった。


「これからずっと一緒なら、いつかキョウジ、おはようのチューくらいするようになる?」

「あまりそういう期待はしないで……」


 本当の恋人になったところで、僕は僕でしかない。


 横井みたいにひと目もはばからず抱きしめてキスなんてできるわけもない。


 華音の笑顔を直視できなくて目をそらしたら、華音は僕の背中に両手を回して、ありったけの力で抱きしめてくる。


 僕もそっと華音を抱きしめる。

 こうしていると、かかえていた不安なんか、全部とけてどこかにいってしまう。


 しばらくそうしていると、華音は

「いまはこれで勘弁してやろう」なんて言って僕のほほをつねる。


「とのさまかな?」


 自分から抱きついてきたのに、華音はちょっと早口で視線が明後日の方を向いている。


 僕は華音の手を取って一歩ふみだす。


「殿、この先の茶屋で甘味などいかがでしょうか」

「うむ、よいこころがけだ」


 さすが大河ドラマ大好き娘。

 普通の日本語で話すより、時代劇みたいに古めの言葉のほうが反応が早い。


 なんだか面白くて、かわいいな。


Papa(パパ)が、帰りにたこせん買ってきてって言ってたから、そこも行く」

「あはは。承知しました」


 手を繋いで歩くと、景色がさっきよりも鮮やかに見える。


 ピコン、とスマホの通知音が鳴って華音がバッグを探る。


「キョウジ。葉月さん、明日みんなで七里ヶ浜行こって」


 僕のスマホも鳴って、沢からだいたい同じような内容のメッセージが表示された。


「コンクール終わったんだからヒマだろ? まったく、失礼だなぁ」


『ごめん、演奏会近いから練習したい。遊ぶのは終わってからにしよう』と返す。

 ぷんぷんと怒るヒヨコのスタンプが返ってきた。


 この様子なら全然怒ってなさそうだ。

 沢と葉月、付き合い始めたんなら二人のデートを楽しめばいいのに。

 なんで僕らを呼ぼうとするんだか。

 


「キョウジ、次は演奏会のれんしゅうね」


「うん。受賞者演奏会。大地先生が悲愴の第二と第三通しを推すから、練習してる」


「第三楽章も聴けるの? たのしみ!」


「夏休みが開けたら、学校でも練習するよ」


「やった!」


 華音がスキップして、繋いだ手を振り回す。

 鐘の音を聞きながら階段を降りていく。



 もう、僕らの間に嘘はない。

 素直な気持ちを伝えて歩んでいくんだ。





 Fine


✼•┈┈┈┈•✼

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

後日談(カーテンコール)を準備しています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
haylbnlzgu8wh8711dzab4oj83ip_ehc_1jk_my_go4m.png
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ