27 選曲会議と矜持の選択
「全国大会は持ち時間一人十分だ。短い曲を弾くなら少なくとも二曲編成する必要がある。予定通り行くなら、悲愴の第二楽章と第三楽章だけど」
発表後、音楽教室で大地先生と話し合う。
本来なら先生は悲愴第二楽章と第三楽章通しを想定していた。
全国大会で勝ちたいだけならそれが最良だ。
難易度も、曲の長さも。
けれど、僕は。
「カノンと、Ich liebe dichがいいです」
「Ich liebe dich……たしかにそれも教えたことはあるが、コンクール向きではないだろう」
Ich liebe dichの演奏時間はおよそ二分半。
パッヘルベルのカノンと合わせても九分いくかどうかというところだ。
あまりに短いから、大地先生が言うようにコンクール自由曲で選ぶ人はまずいない。
「それでも、この二曲でいきたいです」
──華音が眠るときは僕が弾くよ。
そんな、たわいない口約束を叶える機会はもうない。
夏休みが終わる前に、華音はオーストリアに行ってしまう。
後悔したくない。
「響司くん……」
大地先生はなにか感じたのか、じっと僕を見て、最後には折れてくれた。
「……響司くんがここまで我を通すのは初めてだし。君がそうしたいのなら、その二曲でいってみようか。コンクールは来年もあるんだし」
本当は止めたいと、顔に書いてある。
けれど大地先生は何も言わず、僕の選択を後押ししてくれた。
家に帰ってからすぐにピアノに向かう。
譜面通りに弾いているのに、違和感があるというか……華音に届けるための何かが足りない。
ノックの音がして、母さんが入ってきた。
「夕食の時間よ、響司。なにかお腹に入れないと、体が持たないわよ」
「……うん」
言われてようやく、お腹が空いているということに気づいた。
リビングに行くと、食卓の真ん中にはホールケーキが鎮座していた。
真ん中に【祝 本選通過】というチョコプレートがのっている。
席に着くと父さんと母さんがクラッカーをならす。
「おめでとう、響司。お前ならやれるとおれは信じてたぞ!」
「おめでとう、響司。母さんもできることなんでもするから言ってね!」
ぴらぴらと舞う紙吹雪。
僕が小さい頃から、二人はこうやってお祝いしてくれる。
「ありがとう、父さん。母さん」
先生も、父さんも母さんも、こうして支えてくれている。
だから──
僕は華音にこの曲を届けるんだ。
全国大会まであと一ヶ月もない。
八月の間はピアノの練習に明け暮れた。




