40. 海底基地と人類の行方
(海底基地と人類の行方)
鯨型多目的潜水艦は、ドームの中の港に浮上した。港には多くの鯨型潜水艦が横たわっていた。港を見回せば、そこは一つの街だった。
空は青く、太陽が輝いていた。
「とても、海底の底とは思えませんね……」
「そうね、ここまで来るのには、大変な苦労があったのよ」
「そうでしょうね……、わかる気がします」
「でも、一つできれば、海底も宇宙も、火星ですら一緒なのよ。後は、どうやって資材を運ぶかが、最大の問題なの……」
「最初から、こんなに大きくはなかったんですね」
「当たり前じゃない……、最初はプラントの入った潜水艦を繋ぎ合わせながら、作って行ったそうよ。私は知らないけどね……」
鯨は大きく口を開けていた。
岸壁には、壮年の男性が立っていた。
「社長……、自らお出迎えですか……?」
「早く茜に逢いたかったからだ!」
「そんなこと言っても、信じませんよ……」
「初めてお会いします。カズヤ先輩には、本当に色々お世話になっています。それにスミレさんにも……」
「いやいや、世話になっているのは、こちらの方だよ。本当に、どうしようもない息子と娘だ……、ユリコの教育が悪かったんだよ。私も側にいられなかった責任はあるけどね」
「でも、星が好きで、小さい頃から星を見に連れて行ってくれたと話してくれました……」
「私のやったことは……、それくらいだ」
「でも、その影響で天文学者になったとか言っていました。お父さんに、ペテルギウスの超新星爆発を見せてあげたいと言っていました」
「ペテルギウスか……、五四八光年……、もう、すでにこの宇宙には存在していないかもしれない。私たちの見ている星たちは、常に過去の残像なんだ……」
「でも、五百光年もあるんですから、今頃きっとその残骸から新しい星が、今、生まれているかもしれません。オリオン座の大星雲Ⅿ四二の様に……」
「ヒロ君は、いつも前向きだな……」
「社長こそ、素晴らしいです。このドーム、空があって、太陽があって、海があって、草や木があります。宇宙にもあるんでしょう……?」
「見せかけの空や太陽だけどね……、スミレのわがままだ。わざわざ地上の気象に合わせてある。夜にはプロジェクトマッピングで、星空も出るんだよ。宇宙コロニーにもあるけど、これほどの規模はない。まだまだ、タワーマンションくらいだよ……」
「でもこれ、いいですよ。やっぱり人間には自然の中が必要だと思います。落ち着きます」
「スミレも、そう言っていたよ。長期滞在の閉鎖されたドームの中では、人間の心が壊れてしまいそうだ。だから癒しの空間、それも自然の中がいいと言っていた。だから、このドームも一番に、空と太陽、森や畑、牧場や海を作ったんだ。見せかけでも、人は癒されるよ。本当に……」
「スミレさんらしいです……」
「スミレに頼まれたんだ。ヒロ君に見てもらいたいものがあると言っていた。それで電気自動車で迎えに来た。ちょうど、この港の反対側だ。車に乗って行こう……」
「私も行きたい!」
「茜は横須賀だ……」
「えー、え……」
「まー、……、少しの時間ならいいだろう。一緒に来なさい……」
「ほんと……、嬉しいー」
電気自動車は四人乗り、僕と社長は前の座席に乗り、茜さんは、後ろの座席に乗った。
やはり、運転するものはなく、自然と走り出した。
街中に入ると、やっと多くの車と人通りが見えた。
「人口はどれくらいなんですか……?」
「約二万人かな……、皆、工場の従業員や、技術者、ドームの保守管理の人員、その家族、病院に学校、生活に必要な物は揃っているよ」
「工場では、何を作っているのですか……?」
「もちろん、宇宙コロニーとシャトルだよ。ここでも作っているんだよ。急いで人類を宇宙に移住させなければならない。必要な人間と、そうでない人間を……」
「素晴らしいです……」
「本当にそう思ってくれるのかね……?」
「もちろんです。地球が滅びるにしろ、しないにしろ……、宇宙に生活圏を見出すことは必要なことですから……、いずれ人類の役に立ちます。現に今、人類を救おうとしているじゃないですか?」
「ヒロ君は、本当に前向きで、いい人間だな……」
「えー、え、どうしてですか……? こんなに素晴らしい世界を海底に作ったんじゃないですか……、社長こそ、素晴らしいです」
「ここを最初に手掛けたのは、私の父だ……、つまり、カズヤたちの祖父だ……、私は二代目だ。一人息子だったから、言われるまま後を継いだだけなんだ」
「カズヤ先輩が言っていました……、本当は天文学者になりたかったんでしょう」
「あー、あー、そんな時もあった……、宇宙はどこまで広がっていくのか……? 宇宙の始まりはどこにあるのか……? 地球外生物は存在するのか……? 考えれば考えるほど、見たくなる……、宇宙は、いいなー、ロマンで溢れている」
「そうですね……、僕たちは、今、天文台で地球と同じ星を探しています。そして、その惑星から、電波が出ていないか探っています」
「でも、……、私は父の言うことを聞いて、後を継いだ。だから、カズヤには好きなことを、好きな道を進んで欲しかった」
「カズヤ先輩にとって、それが天文学なんですね」
「でも、結局……、カズヤもスミレもケンタウル舎に関わらせてしまった」
「でも、それでいいと思います。家族なんですから……」
街を抜けるとキャベツ畑が広がっていた。
キャベツ畑の突き当たりを左折して、しばらく走ると草原が広がっていた。
大きな牧場だ……、その向こうには、見慣れた八ヶ岳の風景があった。
道路際の牛たちは、午後の昼寝を楽しんでいる様だった。
「……、八ヶ岳、清里の風景ですね……」
「ジャージー牛もいるぞ……、あれは、美味しい乳を出す」
「そうですね……、僕も好きです」
「でも、山はプロジェクトマッピングだ。でも、この風景に、どれだけ癒されたことか。スミレの言う様に、自然がなければ、何年もこんな海の底には居られないよ」
「本当ですね……、僕も何年も居たくなりました」
「居ればいいじゃない。私が面倒を見てあげるわ。一緒に暮らしましょう」
「茜は、スイスの会議が終われば、また宇宙ステーションだ……、スミレが待っている」
「えー、えー、私、ここでヒロと暮らすわ……」
「僕は清里に帰ります。天文台が待っていますので……」
「嘘……、あの女のところに行くのね……」
「いえ……、それも、ありますが、仕事もあります」
「この先に、ホットドックとジャージー乳のお店があるんだ。寄っていくかい」
「えー、え、ジャージーホームですか……?」
「いや、ジャージーホームの物では無いが、牧場といえばホットドックじゃーないのか?」
お店には、一〇組くらいの人々で賑わっていた。
僕たちは、ホットドックとジャージー乳を持ってテラス席に出た。
「でも、不思議ですね……、ここは、ケンタウル舎の関係者しかいないんでしょう。それなのに、誰も社長を知らないんですか……?」
社長と茜は、慌てた様子で、口に指を立てて、あたりを見回した。
「それも極秘よ……」
「そうなんですか……、でも、これから国際会議なんでしょう……?」
「もちろん、極秘よ。こんな会議、世間には知らされてないわ。知ったら、きっとパニックになるわ!」
「でも全てを知れば人は協力し合って、温暖化を止めるために努力するのではないですか」
「さー、どうかな……? 私にも分からないんだよ。その時、人類がどう対処するのか、少なくとも環境破壊が叫ばれて、五十年……、温暖化は止まっていないし、むしろ加速している。右肩上がりのグラフを見れば一目瞭然なのだが……、それでも人は、意識しない。誰も明日のことだとは思わないんだよ……」
「それでベガの出した答えが、この世界ですか……?」
「さー、それも私にはよく分からないんだよ。ベガについては、ヒロ君の方が詳しいんじゃないのかね……?」
「僕も研究室を出てから、地球がこんな状態になっているとは気が付きませんでした。宇宙ばかり見ていましたから……、うかつでした」
「ヒロ君が、どうにかできる問題でもないから……、やらねばならない連中は、環境破壊を見過ごしてきた老人たちだよ……」
「でも、カズヤ先輩も僕の側にいながら、何も教えてくれませんでした」
「それは、全て極秘事項だったからよ。私もヒロの助けが欲しかったわよ。きっとお姉さんも……、でも、カズヤさんは、ヒロまで巻き込むなって、止めたのよ!」
「カズヤは、この会社も、世間も恨んでいたからな。カズヤもヒロ君の意見と一緒だよ。どうして世間に公表しないのかと怒っていたよ。温暖化を止める方向ではなく、地球から逃げ出す方に力を注ぐ、私たちが許せなかったのだろう。カズヤはユリコと家を出て、私たちも、会社も、世間も、無視して空ばかり見るようになっていたよ」
「そうだったんですね……、でも、そんなカズヤ先輩を変えてしまったのは国防軍……、虎の尻尾を踏んでしまったんですね……」
「いや、多分、全てベガのシナリオではないのかな……? 本当に出てきて欲しかったのはヒロ君だよ。カズヤは頭がいいが、人を動かす才能は無い。それに比べて、ヒロ君は、素晴らしい……、人を引きつける力を持っている。その力は人を動かす。だから、露国も釧路も国防軍も、ヒロ君の心が通じて争いにはならなかった。ベガには、それが分かっていたんだよ。おまけに、スミレも茜も、ヒロ君に夢中だよ。私もヒロ君に会えて、その魅力が分かったよ」
「いえ……、何か、褒められている様には聞こえませんが、少しはお役に立っていれば光栄ですが、まだまだ、世界は揉めそうですね……」
「でも、もう……、そんなことを言っている、暇も時間も無いのだけれど……」
「健闘を祈ります……」




