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32. 黒い車とハルナ

(黒い車とハルナ)


 次の日の朝、六時ごろ……、六台の黒い車が黒岩家の前にやってきた。

「何だ、何だ、何事だ……」

「あの黒い車、国防軍じゃないの……?」

「やっぱり、金を取り返しに来たんだ。早く使っておけばよかった」

「今更言ったってしょうがないわよ……」

 落胆した二人は、顔を見合わせ、苦笑いをした。

 車からは、大勢の黒ずくめの男たちが、一斉に出てきて黒岩家を囲んだ。

 その中の三人が玄関にやってきた。

「大森春菜さんが居ますね?」

「居ることは、居ますけど……」

「こちらに渡してもらいます」

「え、3億円のことじゃないですか……?」

「3億円……、何のことでしょう……?」

「いえね……、……」

 女将さんは、耕作の腕を引っ張って、説明しようとすると耕作を止めた。

「それじゃー、何で春菜さんを連れて行くのよ。警察じゃーあるまいし、任意同行なんでしょー、それとも逮捕状でも持っているのかい……」

 女将さんが語気強く言い放った。

 その言葉に怒ったのか、もう一人の男が……

「つべこべ言わずに、ここに連れてくればいいんだよ!」

「脅そうって言うのかい……、警察呼ぶよ!」

 男たちはニヤニヤ笑っていた。

「警察を呼んでもらってもいいですが、我々は事を荒立てたくないんですよ、女将さん」

「あ、あんた達は、グルだね!」

「分かってもらえれば、大森春菜さんを連れてきてもらえますか……?」

「馬鹿にしちゃーいけないよ。ペンションって言ったって、旅館やホテルと同じさー、お客の不利益になることをさせる訳にはいかないんだよ!」

「それなら……、協力してもらえるのが筋ですけどね……」

 男は、女将さんの言葉にも余裕のある態度を見せた。

「どこに誰だかわからない連中の言いなりになる店があるんだい。身分証を出してもらおうか、刑事なら警察手帳があるだろう……?」

「女将さん……、我々も手荒なことは、したくないんですよ」

「それなら、腕ずくで連れていけばいいだろう……?」

 男たちは、二人を押しのけ、家の中に入ってきた。

「こ、こらー、土足でなんだい、あんたたちは……」

 女将さんの叫びも虚しく、男たちは……

「大森春菜さん……、いらっしゃいますか……? 出てきてもらえますか……?」

 一人の男が家の中で叫んだ。

「少し待ってください。今、支度をしていますから……」

 ミズエが奥の客室に続く廊下から車椅子で出てきて言った。

「そんなに、待てませんよ。私たちも、子供の使いじゃないので……」

「分かっています。逃げたりはしませんから、外に出てください。家の中が汚れますので」

「今、来るって言っているだろう。さっさと出ておきよ!」、女将さんも男たちに叫んだ。

 男たちは、ひとまず外に出た。

 しばらくして、春菜は、来たときと同じ格好で、旅行鞄を持って出てきた。

「すみません、こんな事になるとは、思っても見なかったので、ご迷惑をお掛けしました」

「あいつら、国防軍だよ。何されるかわからないよ……」

「でも、いいんです。うかつでした。私は、付けられていたんですね」

「お姉さん……、何もしてあげられなくて、ごめんね……」

「泣かないでよ……、いいから……、国防軍なら、ヒロに逢えるかもしれないし……」

「ヒロは、釧路だから……、きっと人質にするつもりなんだよ」

「でも、大丈夫です。それでも、きっとヒロが助けに来てくれるはずです。ヒロは私の、ペルセウスだから……」、春菜は、俯いて恥ずかしそうに言った。

「お勘定してください……」

「そんなのは、いいんだよ。もう一生分、お代はもらっているよ」

「ありがとうございます。それでは、行ってまいります」

 春菜が玄関から外に出ると、黒ずくめの男たちが三人待っていた。

 男たちは、春菜に触れることもなく、前に一人と左右に二人と、囲うようにして、一番近い車の後部座席に載せた。

 耕作も女将さんもミズエも外に出て、春菜の行方を見守った。

 六台の黒い車は、エンジンが掛かった瞬間、エンジンは停止した。

 再び、キーを回して、エンジンを掛けようとするが、スターターは回らなかった。

 その内に、エンジンから煙が上がってくるのが見えた。

 黒ずくめの男たちは、慌てて車から降りて、車から離れた。

 春菜の乗った車も例外ではなかった。

「早く、降りろ……、爆発するぞ……」

 春菜が降りると間も無く、それぞれの車のエンジンルームの下から炎が上がった。

「何処からの攻撃だ……」

 男たちは、黒のスーツを開いてショルダーホルスターの拳銃を抜いて、構えて辺りを見回した。

「危険だ、銃撃戦になるぞ。早く家の中に」、耕作が叫びながら、ミズエの腕をとった。

「駄目よ……、お姉さんが捕まっているのよ……」

「でも、巻き添えを喰うぞ……」

「私は、大丈夫……」

「大丈夫じゃーないだろう……」

 しかし、攻撃してきた相手は何処にも見えなかった。

 春菜の横にいた男が、春菜が逃げないように腕を捕まえた瞬間、男は銃を持ったまま、煙をあげて転げ回っり、その内に動かなくなった。

 周りの男たちは、春菜に銃を向けた。

 その瞬間、男たちは、銃を放り投げた。

 そして、春菜を置いたまま走って、その場から逃げて行った。

「おいおい、一人仲間が倒れているぞ……」

 耕作が、男たちに叫んだ。しかし、男たちは戻って来る様子はなかった。

「ハルさん……、早くこっちにおいで……」

 呆然と見ていた春菜は、女将さんの言葉で、我に返った。

 そして、倒れている男をしゃがんで見た。

「死んでいるのかね……」

 女将さんは、春菜のところまで来て、男の腕を取った。

「まだ、生きているよ。救急車、それと警察も……」、女将さんが耕作に叫んだ。

「もうー、世話の焼ける連中だ……、それと消防も呼ばないと……」

「でもお父さん、いいじゃない……、3億円もらったんでしょう……」

「もらったのは1億円だよ。この燃えている車の片付けは、国費でやってくれるよな……、国防軍だろう……」

 しばらくして、救急車と消防と警察がそれぞれにやってきた。

 男は、気絶していただけだった。

 救急隊員によって、目を覚ましたが、焦げた頭と身体中に無数の裂傷と出血があり、救急車で搬送された。

 耕作と女将さんの手で車の消火は終わっていたが、念のため消防隊が水をかけて行った。

 最後に警察の事情聴取……、それには女将さんが答えて、耕作は仕事に出かけた。

「車の撤去……、国費でやってもらえよ……」、それだけ、言い残して行った……

 事情聴取も終わり、警察も帰っていくと、春菜は寂しそうに言った。

「女将さん、タクシーを呼んでください……、私、清里に帰ります」

「あいつらも逃げて行ったんだから、明日、釧路に行けるんじゃないかね」

「そうよ……、お姉さん、もう一晩、泊まって行って……」

「そうしたいのですが、またご迷惑がかかるかも知れません……」

「そんなのは、いいんだよ。来たらまた追っ払ってやるよ」

「ありがとうございます。でも私、ヒロがいなくなる前に言われていたんです。何処にも行かずに、家でいつもの、普段通りの生活をするようにと……、その意味が、やっと分かりました。私はベガに守られていた事が……」

「お姉さん、ベガって何……?」

「さー、私もよく知らないのよ。私とヒロを守る守護神のような、背後霊の様なものかしら……、カズが言ったの……、カズと言うのは、ヒロの上司なんだけど、私が何処かに行くとベガも付いていかなければならないから、その分、ヒロを守れなくなるって……、だから、私、今、ヒロを窮地に陥れているかも知れないの……、早くベガを私から解放して、ヒロを守ってもらわないといけないの……」

「それなら、釧路で一緒にいた方がいいんじゃないの……? 二人一緒に守れるから……」

「でも、私、きっとヒロの足手まといになるから……、それにカズが言ったの……、私が普段通りの生活をする事が、ヒロの助けになっているって……」

「そうだね……、自分の気持ちを押し付けるだけじゃなく、相手の立場も考えるのも愛することだね……、うちの車で駅まで送っていくよ……」

「そんなご迷惑を……」

「いつも、ペンションのお客を駅まで送っていくのも仕事だからね」

「ありがとうございます……、それともし、ヒロがここに戻ってきたら、私がここに来たことを言わないでください。内緒にしてくださいね」

「どうしてだい……、言った方が、思いが通じるんじゃないかい……」

「あの人、私が仕事の邪魔をすると、私を裸にして、お尻を叩くのよ……」

「ほんと……、そんなサドな男には見えなかったけど……」

「嘘、嘘、……、私が裸になるのが好きなだけ……」

「もうー、なんでも好きにやっておくれ……」

 緊張の中に笑顔が漏れた……

「でも、お姉さん、また来てね……、必ずよ……」

「もちろん、来るわよ……、1億円、あるからね……」


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