23. 平和と独立国家
(平和と独立国家)
「これから、市長の所に行くんですよ。大佐も行きませんか? ベガが庁舎にいるみたいなんです」
「私が行って良いのかね……?」
「お願いします。これから、釧路を中心とした独立国家を作りたいと思っています」
「独立国家……? 日本でもなく、露国でもない、独立国家というのかね……」
「そのつもりです。軍隊は、もはや無いも同然……、どの国も武力では何もできない。全世界が非武装になった様なものです。そのことに気がつかず、未だに無知な猿たちに食べ物を運ばせている領主がいる。私は子猿になって全世界の猿たちに呼びかけるつもりです。領主を見限る様にと……、まずはこの北海道から……」
「ベガの力を使ってかね……?」
「いえ、ベガに、そんな力はありません。ただの人間の心を持ったコンピューターです。この世界は私たち人間の物です。人間の力で戦争のない世界を築かなければなりません」
僕は前に進んで、大佐の机の前に詰め寄った。
「君の言っていることは、ただの平和主義者の理想だよ」
「理想を掲げなければ前には進めない……」
「人は弱肉強食の獣から何も変わっていない。例え、ミサイルや戦車、戦闘機が無くても、人は剣と弓矢だけでも戦うんだよ。過去の戦国時代のように……、それが人の業だ!」
「それは、もう十分わかっています。でも私は信じています。戦う人の業の中に、神や仏が居ることを……、人の優しさ、思いやり、愛する心を……、誰も戦って死にたいと思っている兵士はいない。戦って死ねと言っているのは国家であり領主です。独裁者と言ってもいい……」
「例え独裁者を消しても、次の独裁者が出てくるぞ。それが歴史だ!」
「その繰り返しの中で、いつか気付いて欲しいと思っています。戦わなくても、平和に暮らす心を……、理想の世界を……」
「私が、国家に従い、それを阻止しようとするとは思わないのかね……?」
「大佐なら、もう、お分かりのはず。どちらが、より幸せな国なのかということを……」
「ここで、私が君を危険分子として、射殺することもできるんだよ!」
「私を殺せばベガの所在は分からなくなる。それでは、困るでしょう」
「とんだ、キーマンだな。君は……」
「お陰様で、ベガに守られて生かされています」
「それなら私も見届けよう。ベガというものと……、そして、君の言う理想の世界を……」
「行きましょう……、市長は待っています」
「ヒカルさん、リュウにも電話して、市長室に来るように言ってくれないか……、もう、スパイごっこは終わりだ。リュウさんにもヒカルさんにも手伝ってもらいます。これからが本当の戦争になる。独立国家への戦いですよ」
「何か、良く分からないけど……、大佐が行くのなら、私も行くわ」
「ヒカルさん、貴女はどちらのスパイなんですか……?」
「だから言ったでしょう。両方よ……」
随分、日は長くなったが、夕暮れ時が迫っていた。
「私のリムジンで送らせよう」
「いえ、私たちは、ヒカルさんの車で行きます。帰りは夜になりそうですから……」
「それでは、市長室で合流しよう」
基地の中は、仕事から帰って来た兵士で溢れていた。
大佐は、その兵士たちに、ご苦労さんと話しかけていた。
兵士たちは、上官に接するような堅苦しい挨拶ではなく笑顔で接していた。
ここは、幸せに満ちた砦の中なのだ。
市長室に着くと、犬神市長とリュウが待っていた。
「ベガに逢わせてくれると言うのは本当かね?」
市長が待ちきれないように、その場に立って迎えてくれた。
「ベガからの電話を受けたという事を訊きました。それも何回も……、それなら、こちらから電話を掛ければベガは返事をしてくれるはずです」
「そんなことは何回も試したよ。電話は、市の総合受付の電話番号だった。こちらから電話をすれば総合受付に掛かる」
「そうなんですね。その前に、お話があります」
「ベガに逢わせてくれるのなら何でも言ってくれ」
「では、単刀直入に言いますと……、北海道で独立国家を作りたいのです」
「はーあ、そんなことを言いに来たのかね。昔、榎本武揚と土方歳三が五稜郭を占領して独立国家だと息巻いていたがね……」
「もう一度、独立国家を作りましょう。今度はベガと一緒です。ベガはこちらにあります」
「それこそ、国家反逆罪だ。クーデターだよ……」
「もう、十分日本国を裏切っているじゃないですか。ここは露国でしょう……?」
「いや、違う。日本国からもお金は入ってきている。今期の予算は振り込まれているのだよ。しかし露国は軍の経費すら払わない。ここはまだ日本だ。でも、独立国家などと言えば予算は打ち切られる。北海道、どの自治体もそうだ。予算欲しさに尻尾を振るのだよ」
「しかし、このままでは、いつか露国が攻めてきますよ。露国だけではない華国、米国かも知れません」
「その時は、ベガが守ってくれる。わしにそう言った」
「それでは、ベガに訊いてみましょう。どうしたらいいのか……?」
「私も是非聞きたい。ベガの意見を……」、チャイコフ大佐も発言した。
「では、もう一度、電話をしてみてください……」
市長は受話器を取って、総合受付に電話をかけた。
「もしもし、ベガさんですか……?」
その市長の話し方に、皆、体を捩って爆笑した。
「うるさい……、電話が聞こえんだろう!」、市長は、怒鳴って見せた。
「はい、こちらはベガです……」、女性の優しい声だった。
「本当だ……、ベガが出た」
「スピーカーに変えてください」、市長は、ビジネスホンのスピーカーボタンを押した。
「ベガ……、最善の方法を教えてくれ。釧路は、北海道は、これからどうすればいい?」
「それは貴方がたが考えること……、私の立場で言うことはありません」
「しかしベガ、ベガは、釧路を露国軍に引き渡したじゃないか。その先どうしたいんだ?」
「その先は、貴方たちが実行することです」
「何を実行するのか……?」
「それも、貴方たちが考えること……」
「それでは、ベガの目的は何だ……?」
「争いのない世界、戦争のない世界……、人類が幸せに暮らせる世界を目指しています」
「どうしたら、そんな世界ができる……?」
「個人の幸せに留まらず、他人の幸せのためにも生きればいい……、幸せを、お互いに分かち合う事……、互いの愛に満ちた世界……」
「残念だがベガ……、それは理想だ。人間は、そんな優しいものではない。他人を蹴とばし、己の欲望で生きる。強いものが勝ち、弱いものは泣く……、人間は、弱肉強食の中で生きる動物なんだよ。そんな動物の人間に愛などない。愛に見えるのは、ただの詐欺師だ」
「ちょっとヒロちゃん、ベガに何を教えているのよ。そんな議論は後にして、これからどうするのか、ベガに訊いてみてよ!」、ヒカルさんが、僕の袖を引っ張って言った。
「それではベガ……、釧路は、このまま、この膠着状態で続くのか?」
「何もしなければ、このまま幸せに暮らしていける。釧路経済は潤っています」
「しかし、日本国政府がこのことを知れば、来年度の予算は入らないぞ。釧路経済は落ち込む……」
「それは、私の知るところではありません。経済は、人のやることです」
「それでは戦争になる。お金のない釧路は隣の富める都市を襲い、奪い取るしかなくなる」
「それなら……、経済共有圏もしくは、連携、共同体構成で、分かち合えばいい。平和に幸せに暮らせる方法は、富においても、愛においても、分かち合う事……」
「だから、人間は、欲の深い者だから、独り占めするのだよ」
「ヒロ、平行線だ……、……」、リュウが叫んだ。
「分かった……、もう、いい。北海道のくび長に会議を申し込もう……、これからどうしたらいいのか……?」
市長が笑わず、沈んだ表情で、小声で呟いた。
「ベガ……、北海道の全くび長に電話をしてくれ。一週間後、テレビ会議開くと……、それまでに議会で北海道の行く末を話し合えと……、つべこべ言うようなら、少しは平和ボケしたくび長を脅しても構わないぞ!」
この日は、これだけ話して、散会した。
もう、すっかり日は暮れ、夜の星座が輝いていた。




